ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers―   作:神谷萌

2 / 18
第02話

「はぁ、最近めっきり腰が悪くなったなぁ、そこにこの荷物の量は堪えるわ」

 スーパーマーケットの出入口。

 たくさんの買い物をした初老の女性が、それを運ぶことに難儀していた。

 そこへ、

「あの、よければボクが運びますよ」

 と、ラ・ピュセルが声をかけた。

 ボリューム袖のパーカーを着て、魔法少女の衣装があまり目立たないようにしている。

「いえ、悪いわよ、そんなの……」

 相手の女性はそう言うものの、

「大丈夫です。任せておいてください。どこまで運べばいいですか?」

「じゃあ、駐車場のクルマのところまで、お願い」

 そうやり取りして、女性が4つもぶら下げていたうちの2つの袋を持ち上げる。

 ── う。

 ズシリとくる重さが、腕に鈍いしびれをもたらす。背筋にも突っ張る感じがあった。

「その、そっちは重いよ?」

 女性が言う通り、ラ・ピュセルが持ち上げた袋には、飲み物や調味料のボトル、また生野菜などが入っていて、見た目に対して重く感じられた。

「大丈夫ですよ。重いからボクが持つんです」

 ラ・ピュセルは、漏れそうになった声をなんとか殺し、笑顔を取り繕って、言う。

「じゃあ、こっちへ」

 郊外型の大型スーパーで、駐車場はかなり広い。女性が先導して彼女のクルマのところまで向かうが、まるで数km歩くかのような感覚に陥った。

「よいしょっ……と」

 女性の軽自動車の、リアハッチから荷台にその袋を載せた。

「それも……貸してください」

「あ、はい」

 女性が自分で持っていた残り2つの袋も、ラ・ピュセルが持ち上げて、荷台に載せる。

「ありがとう、助かったわ。そうだ、お駄賃でも ────」

「あ、い、いいえ、そんなつもりじゃありませんので」

 財布から千円札を取り出しかけた女性に対して、手のひらを前に向けてバタバタと降って制止して、

「そ、それじゃあ、ボクはもう行きますので」

 と、そう言って、できるだけ軽い足取りを装って、その場を離れた。

 

 

 近所の児童公園、市民の憩いの場でもあるはずのそこだが、だいぶ散らかっていた。タチの悪いグループでも来ていたのか、コンビニのビニール袋やら、そこで買っただろうお菓子やらパンやらおにぎりやらの包装、飲み物のペットボトルや缶が散乱していた。

「はぁ、こんなのでもやらないよりはマシ……か……」

 長柄のシダ(ほうき)と屋外用のちりとりを手に、ラ・ピュセルは、その散らかされた場所を見て、ため息を()くように言った。

 ゴミを拾い、分別して、備え付けのゴミ箱に入れていく。

「はーぁ……」

 これは呆れのため息だった。ゴミ箱がちゃんとあるのに、どうして、まるでわざとかのように散らかしたままにしていくんだろう、と。

 屈んではゴミを拾うのを何度も繰り返していると、やはり、全身が軋むような感覚が出てくる。

 なんとか、手で拾えるゴミを片付けた後、あとは細かい食べこぼしと言うか、散乱したスナック菓子やらパン屑やらを箒で掃き取っていく。

 それをやっていると、

「あの、失礼ですが」

 と、声がかけられた。

 ラ・ピュセルが振り向くと、そこに2人組の男性が立っていた。帽子のある作業服を着込んでいる。

「どちらかの業者の方ですか?」

「あ、いいえ。近所に住んでいるんですが、あんまりに酷かったので」

 男性の片方に訊ねられて、ラ・ピュセルはそう答える。

「そうでしたか。わざわざありがとうございます。あ、申し遅れました。私は市の環境課の鹿目(かのめ)と申します」

 胸から下げている、名深市の顔写真入りの身分証を見せて、男性はそう名乗った。

「こちらの方にも苦情が来てまして、私達が来たのですが、ほとんど片付けていただいたようで……お疲れになられたでしょう?」

「あ、大丈夫です。これぐらい」

 鹿目と名乗った市の職員に対し、ラ・ピュセルは苦笑してそう返した。

「ゴミの処分はこちらでやりますので。本当に、お疲れさまでした」

「いえ……じゃあ、ボクはこれで帰りますので」

 (ねぎら)いの言葉を言う市の職員にそう言って、自分の持ってきた箒とちりとりを持ち、その場を後にした。

 

 

「キミ、迷子なの?」

 駅前で泣いていた、未就学ぐらいの女の子に声をかける。

「うぐ……ひっく、ぐす……ママが……いなく……なっちゃった」

 大声で泣いたばかりの女の子は、しゃくりあげながら答える。

「じゃあ、ボクと、ママを探してくれるところまで行こうか?」

 ラ・ピュセルは、しゃがんで視線を合わせ、努めて穏やかに笑いながら、提案するように言う。

「でも……ママが……」

「ここにいても、ママもキミを探し出せないと思うよ?」

「う…………」

「ね?」

「…………うん、行く……」

 ラ・ピュセルの説得に、女の子は、まだべそをかきながらも、おずおずと同意した。

「よし、じゃあ行くよ?」

 ラ・ピュセルは女の子の手を引いて、移動を始める。

 と言っても、すぐそこだ。

 駅の構内に入っていき、窓口に着くと、

「すみません、この子、迷子みたいなんですが」

 と、窓口の駅員に声をかける。

「解りました。今別の者が行きますので」

 窓口の駅員がそう言ったかと思うと、駅事務室から男性駅員が出てきて、女の子のところまで来る。

「お母さんとはぐれちゃったのかな?」

 駅員もまた、しゃがんで女の子と目線を合わせながら、穏やかな口調で訊く。

「うん」

 ラ・ピュセルが声をかけたときよりは、少しは落ちついた様子で、女の子は頷いて答える。

「持ち物見せてもらえるかな?」

 持ち物に連絡先が書いてあるかも知れない、と踏んだのだろう、駅員は女の子にそういった。

 女の子は、こくん、と頷き、持っていた小さなポーチを駅員に差し出す。

「ありがとう、ちょっと開けるね」

 駅員はそう言いながら、女児向けの小さなポーチの、口のファスナーを開ける。

「!」

 気がつくと、女の子はラ・ピュセルの着ているパーカーの裾を掴んでいた。

「ああ、お母さんの携帯番号があった」

 ポーチの内側に、母親の連絡先があったのを見つけて、駅員が呟くように言った。そのまま、

「ごめんね、お母さんを呼んであげるから、少し借りるね」

 と、そう言いながら立ち上がり、窓口の駅員の方に向く。

「お母さんの電話番号みたいだから、連絡して差し上げて」

「はい」

 そう言いながら、窓口に座っていた駅員は一旦、奥に入っていく。

「ご協力ありがとうございます。あとはこちらで保護者の方をお探しします」

 駅員はラ・ピュセルに向かって、笑顔で例の言葉を言う。

「不都合がなければ、貴方の連絡先をお聞きしてもよろしいですか?」

「あ、えっと、ボクは……」

 まずい、と思って、慌てて身体の前で両手を振り、誤魔化そうとする。

 すると、そこへ、

菜乃花(なのは)ちゃん!」

 と、女性の声が聞こえてきた。

 ラ・ピュセルが駅員と揃って声のした方を見ると、まだ若い、見た目には20代だろう女性が、通話状態のスマートフォンを耳元に当てたまま、憔悴した表情で女の子を見ていた。

「ママー!」

 女の子は、そう言って現れた女性の方に駆けていく。

 女性は、屈んで女の子を包み込むような体勢になって、その背中を撫でながら、

「よかったー…………ごめんね、ママが手を離しちゃって」

 と、安堵しつつも、女の子に謝る。

 女の子が落ち着くまで、背中を撫でた後、女性は立ち上がって、

「ご迷惑おかけしました」

 と、ラ・ピュセルと駅員の方に向かって言う。

「こちらの方が、窓口まで連れてきていただいたんです」

 駅員は、手でラ・ピュセルを指しながら、笑顔でそう言った。

「すみません、本当にありがとうございます。何かお礼を…………」

「あ、だ、大丈夫です。すぐそこから連れてきただけですし、大したことはしてませんから。その、ぼ、ボクはこれで失礼します」

 お礼の話になってまずいと思い、ラ・ピュセルは身体の前で両手を振りながらそう言い、その場を離れようとする。

「今回はご協力、ありがとうございました」

「本当にありがとうございました」

 駅員と女性にそう言われたところで、ラ・ピュセルは(きびす)を返そうとする。

「おねーちゃん、ばいばーい」

 歩きだす直前、女の子のその声が聞こえた。

 

 

「お姉ちゃん、か……」

 自宅でだらりとしながら、ラ・ピュセルは呟く。

 退院できたとは言っても、あくまで「自宅療養」 ──── 外を歩き回ってもいいという判断ではない。

 だが、魔法少女ゲームが続いている以上、マジカルキャンディーを集めなければ、最下位になって死ぬことになる。

 両親には、「死ぬ」という事を避けてそれを告げた。ひどく心配していたが、小雪が一緒にいて支えるから、と、渋々認めてくれた。

 だが、実際は ──── なんてことない、ちょっとした “親切” をするだけで、疲労が身体に溜まり、家に帰ってくる頃にはヘトヘトになってしまっていた。

 母親が食事や風呂の準備をしている間、こうしてボーッとしている。そんな時間を過ごす。

「ボク、なにやってるんだろうな……」

 なにか、何もかもがどうでも良くなったような口調で、呟く。

 日中の活動も、実際には小雪頼みだった。小雪の魔法で困っている人を見つけて、それをラ・ピュセルが助ける、という稼ぎ方をしていた。

 当然、学校には行けてない。

 両親は、ラ・ピュセル姿の自分を子供として受け容れてくれているが、同時にひどく悩んでいた。「戸籍の性別変更」「市役所に相談」「弁護士」、そんな単語が、時折聞こえてきた。

 退院前も退院してからも、必死に変身解除を何度も試したが、消えるのはアバターの衣装と尻尾だけ。ラ・ピュセルの姿から元に戻ることは、ついになかった。

 ひとつ解ったのは、衣装と尻尾を消した状態の時は、マジカルキャンディーが貯まらないという事だ。つまりそれが、変身が解除された状態、という事なのだろう。

 小雪がファヴに訊いたらしいが、

「正直言ってわからないっぽん。交通事故のせいで何かがおかしくなったのかも知れないけど、多分自然に戻るってことはないと思うっぽんよ」

 と、そう答えるだけだった。

 ただ、小雪は本当に大怪我の原因を交通事故としか知らない。クラムベリーとの戦いの事はまだ伝えられていなかった。

 不思議と、女の身体である事にあまり違和感や嫌悪感は湧かなかった。いや、精神(こころ)にそんな余裕がないというだけの事かもしれないが。

 ただ一度、変な気の使い方をした父親に、

「父さんな、本当は娘が欲しかったんだ」

 と、言われた時は、惨めにその場で泣き出してしまった。

 ──── ほとんど惰性で、マジカルフォンを確認する。

 今日の “親切” で稼げたと思うより、多くのマジカルキャンディーが貯まっている。

 ── 小雪が、分けてくれているのかな……

 ラ・ピュセル自身は危険だからと、日中の活動に限定していたが、小雪、スノーホワイトは夜にも、少しリスクのある事をしてでも稼いでいるんだろう、ラ・ピュセルはそう考えていた。

「何が、守る、だよ」

 今は、完全に守られてしまっている。それも、小雪の足を引っ張るほどに。

 表情は変わらないまま、目尻から涙が伝う。

 そして、もう一度呟く。

「ボク、なにやってるんだろうな……」

 

【挿絵表示】

 





具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
Twitter https://twitter.com/kaonohito2
Discord https://discord.gg/WN23qmRnkQ
Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「⁠一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。