ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers― 作:神谷萌
「はぁ、最近めっきり腰が悪くなったなぁ、そこにこの荷物の量は堪えるわ」
スーパーマーケットの出入口。
たくさんの買い物をした初老の女性が、それを運ぶことに難儀していた。
そこへ、
「あの、よければボクが運びますよ」
と、ラ・ピュセルが声をかけた。
ボリューム袖のパーカーを着て、魔法少女の衣装があまり目立たないようにしている。
「いえ、悪いわよ、そんなの……」
相手の女性はそう言うものの、
「大丈夫です。任せておいてください。どこまで運べばいいですか?」
「じゃあ、駐車場のクルマのところまで、お願い」
そうやり取りして、女性が4つもぶら下げていたうちの2つの袋を持ち上げる。
── う。
ズシリとくる重さが、腕に鈍いしびれをもたらす。背筋にも突っ張る感じがあった。
「その、そっちは重いよ?」
女性が言う通り、ラ・ピュセルが持ち上げた袋には、飲み物や調味料のボトル、また生野菜などが入っていて、見た目に対して重く感じられた。
「大丈夫ですよ。重いからボクが持つんです」
ラ・ピュセルは、漏れそうになった声をなんとか殺し、笑顔を取り繕って、言う。
「じゃあ、こっちへ」
郊外型の大型スーパーで、駐車場はかなり広い。女性が先導して彼女のクルマのところまで向かうが、まるで数km歩くかのような感覚に陥った。
「よいしょっ……と」
女性の軽自動車の、リアハッチから荷台にその袋を載せた。
「それも……貸してください」
「あ、はい」
女性が自分で持っていた残り2つの袋も、ラ・ピュセルが持ち上げて、荷台に載せる。
「ありがとう、助かったわ。そうだ、お駄賃でも ────」
「あ、い、いいえ、そんなつもりじゃありませんので」
財布から千円札を取り出しかけた女性に対して、手のひらを前に向けてバタバタと降って制止して、
「そ、それじゃあ、ボクはもう行きますので」
と、そう言って、できるだけ軽い足取りを装って、その場を離れた。
近所の児童公園、市民の憩いの場でもあるはずのそこだが、だいぶ散らかっていた。タチの悪いグループでも来ていたのか、コンビニのビニール袋やら、そこで買っただろうお菓子やらパンやらおにぎりやらの包装、飲み物のペットボトルや缶が散乱していた。
「はぁ、こんなのでもやらないよりはマシ……か……」
長柄のシダ
ゴミを拾い、分別して、備え付けのゴミ箱に入れていく。
「はーぁ……」
これは呆れのため息だった。ゴミ箱がちゃんとあるのに、どうして、まるでわざとかのように散らかしたままにしていくんだろう、と。
屈んではゴミを拾うのを何度も繰り返していると、やはり、全身が軋むような感覚が出てくる。
なんとか、手で拾えるゴミを片付けた後、あとは細かい食べこぼしと言うか、散乱したスナック菓子やらパン屑やらを箒で掃き取っていく。
それをやっていると、
「あの、失礼ですが」
と、声がかけられた。
ラ・ピュセルが振り向くと、そこに2人組の男性が立っていた。帽子のある作業服を着込んでいる。
「どちらかの業者の方ですか?」
「あ、いいえ。近所に住んでいるんですが、あんまりに酷かったので」
男性の片方に訊ねられて、ラ・ピュセルはそう答える。
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。あ、申し遅れました。私は市の環境課の
胸から下げている、名深市の顔写真入りの身分証を見せて、男性はそう名乗った。
「こちらの方にも苦情が来てまして、私達が来たのですが、ほとんど片付けていただいたようで……お疲れになられたでしょう?」
「あ、大丈夫です。これぐらい」
鹿目と名乗った市の職員に対し、ラ・ピュセルは苦笑してそう返した。
「ゴミの処分はこちらでやりますので。本当に、お疲れさまでした」
「いえ……じゃあ、ボクはこれで帰りますので」
「キミ、迷子なの?」
駅前で泣いていた、未就学ぐらいの女の子に声をかける。
「うぐ……ひっく、ぐす……ママが……いなく……なっちゃった」
大声で泣いたばかりの女の子は、しゃくりあげながら答える。
「じゃあ、ボクと、ママを探してくれるところまで行こうか?」
ラ・ピュセルは、しゃがんで視線を合わせ、努めて穏やかに笑いながら、提案するように言う。
「でも……ママが……」
「ここにいても、ママもキミを探し出せないと思うよ?」
「う…………」
「ね?」
「…………うん、行く……」
ラ・ピュセルの説得に、女の子は、まだべそをかきながらも、おずおずと同意した。
「よし、じゃあ行くよ?」
ラ・ピュセルは女の子の手を引いて、移動を始める。
と言っても、すぐそこだ。
駅の構内に入っていき、窓口に着くと、
「すみません、この子、迷子みたいなんですが」
と、窓口の駅員に声をかける。
「解りました。今別の者が行きますので」
窓口の駅員がそう言ったかと思うと、駅事務室から男性駅員が出てきて、女の子のところまで来る。
「お母さんとはぐれちゃったのかな?」
駅員もまた、しゃがんで女の子と目線を合わせながら、穏やかな口調で訊く。
「うん」
ラ・ピュセルが声をかけたときよりは、少しは落ちついた様子で、女の子は頷いて答える。
「持ち物見せてもらえるかな?」
持ち物に連絡先が書いてあるかも知れない、と踏んだのだろう、駅員は女の子にそういった。
女の子は、こくん、と頷き、持っていた小さなポーチを駅員に差し出す。
「ありがとう、ちょっと開けるね」
駅員はそう言いながら、女児向けの小さなポーチの、口のファスナーを開ける。
「!」
気がつくと、女の子はラ・ピュセルの着ているパーカーの裾を掴んでいた。
「ああ、お母さんの携帯番号があった」
ポーチの内側に、母親の連絡先があったのを見つけて、駅員が呟くように言った。そのまま、
「ごめんね、お母さんを呼んであげるから、少し借りるね」
と、そう言いながら立ち上がり、窓口の駅員の方に向く。
「お母さんの電話番号みたいだから、連絡して差し上げて」
「はい」
そう言いながら、窓口に座っていた駅員は一旦、奥に入っていく。
「ご協力ありがとうございます。あとはこちらで保護者の方をお探しします」
駅員はラ・ピュセルに向かって、笑顔で例の言葉を言う。
「不都合がなければ、貴方の連絡先をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、えっと、ボクは……」
まずい、と思って、慌てて身体の前で両手を振り、誤魔化そうとする。
すると、そこへ、
「
と、女性の声が聞こえてきた。
ラ・ピュセルが駅員と揃って声のした方を見ると、まだ若い、見た目には20代だろう女性が、通話状態のスマートフォンを耳元に当てたまま、憔悴した表情で女の子を見ていた。
「ママー!」
女の子は、そう言って現れた女性の方に駆けていく。
女性は、屈んで女の子を包み込むような体勢になって、その背中を撫でながら、
「よかったー…………ごめんね、ママが手を離しちゃって」
と、安堵しつつも、女の子に謝る。
女の子が落ち着くまで、背中を撫でた後、女性は立ち上がって、
「ご迷惑おかけしました」
と、ラ・ピュセルと駅員の方に向かって言う。
「こちらの方が、窓口まで連れてきていただいたんです」
駅員は、手でラ・ピュセルを指しながら、笑顔でそう言った。
「すみません、本当にありがとうございます。何かお礼を…………」
「あ、だ、大丈夫です。すぐそこから連れてきただけですし、大したことはしてませんから。その、ぼ、ボクはこれで失礼します」
お礼の話になってまずいと思い、ラ・ピュセルは身体の前で両手を振りながらそう言い、その場を離れようとする。
「今回はご協力、ありがとうございました」
「本当にありがとうございました」
駅員と女性にそう言われたところで、ラ・ピュセルは
「おねーちゃん、ばいばーい」
歩きだす直前、女の子のその声が聞こえた。
「お姉ちゃん、か……」
自宅でだらりとしながら、ラ・ピュセルは呟く。
退院できたとは言っても、あくまで「自宅療養」 ──── 外を歩き回ってもいいという判断ではない。
だが、魔法少女ゲームが続いている以上、マジカルキャンディーを集めなければ、最下位になって死ぬことになる。
両親には、「死ぬ」という事を避けてそれを告げた。ひどく心配していたが、小雪が一緒にいて支えるから、と、渋々認めてくれた。
だが、実際は ──── なんてことない、ちょっとした “親切” をするだけで、疲労が身体に溜まり、家に帰ってくる頃にはヘトヘトになってしまっていた。
母親が食事や風呂の準備をしている間、こうしてボーッとしている。そんな時間を過ごす。
「ボク、なにやってるんだろうな……」
なにか、何もかもがどうでも良くなったような口調で、呟く。
日中の活動も、実際には小雪頼みだった。小雪の魔法で困っている人を見つけて、それをラ・ピュセルが助ける、という稼ぎ方をしていた。
当然、学校には行けてない。
両親は、ラ・ピュセル姿の自分を子供として受け容れてくれているが、同時にひどく悩んでいた。「戸籍の性別変更」「市役所に相談」「弁護士」、そんな単語が、時折聞こえてきた。
退院前も退院してからも、必死に変身解除を何度も試したが、消えるのはアバターの衣装と尻尾だけ。ラ・ピュセルの姿から元に戻ることは、ついになかった。
ひとつ解ったのは、衣装と尻尾を消した状態の時は、マジカルキャンディーが貯まらないという事だ。つまりそれが、変身が解除された状態、という事なのだろう。
小雪がファヴに訊いたらしいが、
「正直言ってわからないっぽん。交通事故のせいで何かがおかしくなったのかも知れないけど、多分自然に戻るってことはないと思うっぽんよ」
と、そう答えるだけだった。
ただ、小雪は本当に大怪我の原因を交通事故としか知らない。クラムベリーとの戦いの事はまだ伝えられていなかった。
不思議と、女の身体である事にあまり違和感や嫌悪感は湧かなかった。いや、
ただ一度、変な気の使い方をした父親に、
「父さんな、本当は娘が欲しかったんだ」
と、言われた時は、惨めにその場で泣き出してしまった。
──── ほとんど惰性で、マジカルフォンを確認する。
今日の “親切” で稼げたと思うより、多くのマジカルキャンディーが貯まっている。
── 小雪が、分けてくれているのかな……
ラ・ピュセル自身は危険だからと、日中の活動に限定していたが、小雪、スノーホワイトは夜にも、少しリスクのある事をしてでも稼いでいるんだろう、ラ・ピュセルはそう考えていた。
「何が、守る、だよ」
今は、完全に守られてしまっている。それも、小雪の足を引っ張るほどに。
表情は変わらないまま、目尻から涙が伝う。
そして、もう一度呟く。
「ボク、なにやってるんだろうな……」
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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