ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers― 作:神谷萌
週末、岸辺家。
「大丈夫? そうちゃん……」
「うん……」
掃き出しの窓に脚を出して座り込んでいるラ・ピュセルに、小雪が問いかけるが、ラ・ピュセルは最初、生返事をした。
魔法少女の衣装と尻尾は消した状態で、オーバーサイズのシャツと短パンを着けている。
「小雪……キツいだろ? ボクの分のキャンディー集めまで付き合うの……」
ラ・ピュセルは、視線はボーッと正面を向いたまま、無気力な口調で言う。
「そ、そんな事ないよ!!」
小雪は、驚き慌てて否定の言葉を出す。
「解ってるんだよ。夜、1人で魔法少女活動してるんだろ? それで、ボクにいくらかくれてるんだ。ボクのキャンディーが不自然に増えてるし、解るよ」
「それは……」
相変わらず無気力な様子のまま、追求する言葉を言うラ・ピュセルに対して、小雪は一瞬、言葉を躊躇ったが、
「うん……夜も活動してるのは事実だよ。ただ、その、1人じゃないけど」
と、後ろめたいかのように答えた。
「……そっか、そうなんだ」
ラ・ピュセルは、無感動の表情でただ、その言葉を出した。
「そうちゃん……」
小雪は、自分からラ・ピュセルの視線の前に行く。
「私、そうちゃんに死んで欲しくないよ」
「…………うん」
ラ・ピュセルは、ただ曖昧にそう答える。
迷惑をかけている事は解っている。だが、死んでもいいから、もう放棄したい、そう言い出せるまでには至っていない。
生きる事に理由はいらないが、死ぬのには理由がいる。そして存外強い意志がいる。気が抜けてしまっている今のラ・ピュセルには、そのハードルを越えるだけの強い意志がないのだ。
「そうちゃんに、早く元気になって欲しい」
「なれるかなぁ」
「なれるよ、大丈夫だよ」
小雪の言葉は本心だ。ラ・ピュセルもそれは解っている。それでも、今は気休めにしか聞こえなかった。
小雪が視線を少しだけ移すと、庭に転がっているそれを見つけた。
小雪は、それを拾いに行く。
「ほら」
拾ったサッカーボールを持って、ラ・ピュセルの正面まで戻ってくる。
「大事なボール、でしょ?」
「大事、か」
それを見せられて、初めてラ・ピュセルの表情が変わった。
立ち上がって、庭に出る。
「この身体じゃ、サッカーなんて……」
自嘲気味に笑いながら、小雪からサッカーボールを受け取ると、それを自分の正面で落とす。
それを受け止めるように、片足を出して ────
「あ、れ?」
ポン、ポン、ポン、ポン…………
無様にサッカーボールを転がしてしまうところを見せようとしたつもりが、リフティングが続く。
足で、膝で、10回、20回、リズミカルに続いていく。
元々は苦手だった胸トラップも、難なく、何度もこなせた。
いつまでも続いてしまいそうだったところを、わざと一度大きく上げて、そのボールを両手でキャッチした。
「そうちゃん!」
小雪が、我が事のように喜んだ笑顔を見せる。
「思ったより……身体、動くようになってる……」
ラ・ピュセルは、自分でも信じられない、と言ったように、サッカーボールを凝視したまま、呟くように言う。
考えてみれば ────
最初の頃は確かに身体が重かったし、1日の活動で身体を動かすのが嫌になるほど疲労感があったが、今はそこまででもない気がする、と、ラ・ピュセルは思い返す。帰宅後にボケーッとしてしまっていたのは、どちらかと言うと
「そうちゃん、身体は元気になってるじゃない」
「うん、そうみたいだ」
嬉しそうに笑って言う小雪に、ラ・ピュセルは、まだ驚きを隠せない様子ながらも、口元は笑うようになっていた。
颯太の姿に戻れない事は、一先ずどこかに置いておこう。
ラ・ピュセルとして前のように動けるなら、小雪にこれ以上一方的に迷惑をかけないで済む。前のように小雪を助けることも、守ることもできる。
少しだけ、希望が出てきた気がした。
夜。
両親が寝静まった頃、ラ・ピュセルは、玄関先の、普段は両親が出かける時の身だしなみを確認するための姿見を引っ張り出す。
「…………」
鏡に全身を映してみる。
鏡の中の存在に違和感は覚えない。その姿が自分だと認識できる。
その上で、不思議と、拒絶感や嫌悪感といったものも、これまで通りあまり出てこない。皆無ではない、と言った程度だ。
変身を発動させる。
シャツと短パン姿から、ラ・ピュセルの魔法少女の衣装に変わる。剣を手にして、少しポーズを取ってみる。
「あ…………」
今はまだなんとなくだが、理解できたような気がする。
── そうか、ラ・ピュセルは……ボクは、こうなりたいって思ってたんだ……
単なる変身願望、というわけではない。
誰かを助けられる自分。
小雪に誓ったように、守れる存在。
目指した自分、こう有りたいと思った自分。
まだ完全には吹っ切れないが、ラ・ピュセルとしてのこの姿も自分にとっては重要なんだ、と、少なくとも心の中にそう言う想いが広がっていた。
──── 同じ頃。
住宅街の、とある公園。
「あの、今日も、ありがとうございました!」
「こちらこそ助かってるよー。アンタの魔法のおかげでかなり楽に稼げてるし」
丁寧に礼を言うスノーホワイトに対し、手をひらひらとさせながら、トップスピードはそう言った。
以前からトップスピードと組んでいたリップルもいる。が、一見不機嫌そうな姿でそっぽを向きつつ黙っているが、視線はチラチラとスノーホワイトを見ていた。
以前はシスターナナの考えに同調しかけていたスノーホワイトだったが、ラ・ピュセルの件があって、不確実なシスターナナの行動に付き合うどころではなくなってしまった。
とにかくラ・ピュセルの分も稼がなきゃ、と、1人で駆けずり回っていたスノーホワイトの前に、トップスピードが声をかけてきた。
「ちょっと前から気になって見てたけど、1人でやるには随分手を広げすぎてない? ラ・ピュセルはどうしたんだよ」
そう訊かれた時、スノーホワイトは最初躊躇ったものの、トップスピードの話術もあって、結局は事情を話すことになってしまった。
「ふーん……交通事故で動けない、ね。それでラ・ピュセルの分もって稼いでたわけだ。 ──── それじゃあ、オレ達と一緒にまわらないか?」
それは悪い、自分達の事情に巻き込みたくない、と、最初は固辞したスノーホワイトだったが、
「ああ、別に好意だけで話しかけてるわけでもないから。アンタがいると、オレ達も効率を上げられるだろ? どっちもWin-Winって事になるじゃないか」
それでも、スノーホワイトは、態度をはっきりさせる事ができずにいたが、
「そのやり方じゃ、アンタ自身が潰れる方が早いよ。事情が事情なんだからさ、意地張ってる場合じゃないだろ? 一緒に動いた方が確実だって」
どちらかと言うと内向的で断るのも応じるのも苦手なスノーホワイトだったが、そこまで言われ、気を遣ってもらっていて、トップスピードの提案を受け入れる事になった。
「それじゃあ、また明日もよろしく、で、いいかな?」
「はい、私の方こそ、よろしくお願いします」
トップスピードの問いかけるような言葉に、スノーホワイトは、少し焦ったような様子でそう返した。
「それじゃあ……」
言いかけたトップスピードだったが、ふっと気がついて、前からの相棒であるリップルに視線を向けて、
「ほら、挨拶ぐらいしなよ」
と、リップルに促した。
スノーホワイトは、リップルに視線を向ける。
「…………」
スノーホワイトには、リップルがどうしてこんな態度なのか、解ってしまっていて、自分としても気まずい。
「お疲れ様」
リップルが、静かな声で短く、スノーホワイトに向かってそう言った。
「はい、お疲れさまです、ありがとうございました」
スノーホワイトもそう返す。
「それじゃ、気をつけて帰りなね」
「はい。ありがとうございました」
トップスピードとそう挨拶を交わして、スノーホワイトは2人と別れた。
2人が去ってから、変身を解除して、小雪の姿に戻る。
そこからは徒歩で、近くの自宅まで戻った。
一旦、自室に戻る。
学習机の椅子に腰掛けたところで、マジカルフォンを再度呼び出した。
それを持つ手が、震えている。
今日はランキングが更新される。最下位の魔法少女が、その資格を剥奪される日だ。
チャットルームには入らず、そのランキング結果を表示させる。
しかし ──── 今週は、最下位にいて資格を剥奪された魔法少女はいなかった。
一瞬、ホッ、と安堵してしまう。だが、それという事は、誰か魔法少女が死んだ、という事だ。自分よりラ・ピュセルの事を気にしていたからとは言え、自己嫌悪をもってしまう。
小雪は震える手で画面をスクロールし、順位を確認する。
下位にはラ・ピュセルはいなかった。もちろん自分も。ふぅ、と息が出る。
上位を確認するが、
「あ、れ?」
軽く驚いて、眉を軽く
自分、スノーホワイトは2位。トップスピードとリップルも近い順位にいる。
問題は1位だ。
1位の表示が、崩れたフォントのデタラメな並びになってしまっている。保有マジカルキャンディー数も表示されていない。
── これ……どういうこと?
「うーん、これ、間違いなくラ・ピュセルみたいぽんねー」
ファヴ自身も、表示の異常を確認していた。
「殺されかけて、完全におかしくなってるんだぽん」
当然のように、ファヴはラ・ピュセルが今の状態になった理由が、クラムベリーに殺されかけた事が原因、と見抜いていた。
本来なら、このあたりを修正するべきだったが……────
「まっ、この方が、疑心暗鬼が深まって面白いぽん。しばらく放っておくぽん。どうせ近いうちに死ぬぽん」
翌日からは、ラ・ピュセルももっと体力を使った魔法少女活動をするようになった。
「うわぁ、た、助けてくれ!!」
工事現場で資材が崩れかけ、作業員が必死にそれを支えているところに行き、それを持ち上げて積み直す。
「待ってー! 私のカバンー!!」
駅前でひったくりが発生したところへ行き、ひったくり犯に追いつき、カバンを取り戻す。
「誰か、誰か助けておくれ……」
警報機が鳴る中、踏切内で脱輪してしまったセニアカーを持ち上げ、乗っていた老人ごと遮断器の外まで運ぶ。
「まいったな、これはにっちもさっちも行かないぞ」
パンクして立ち往生している小型バイクを、修理ができる店まで運ぶ。
「助けて、上がれない、上がれないよ!!」
排水路の高水敷に落ちてしまって上がれなくなっていた子供を、すくい上げる。
etc、etc ────
「ラ・ピュセル、自信、戻ってきた?」
スノーホワイトに訊ねられて、
「うん、だいぶ……もう、平気だよ」
と、そう答える。
「ごめん。スノーホワイトにすごく迷惑かけちゃって……」
「ううん、それは気にしないでいいよ。前はラ・ピュセルが私を助けてくれていたんだもん。そのお返しだよ」
小雪の方も、どこか、以前はあまりしなかったような笑顔を見せながら、そう返した。
「ボクも明日ぐらいからは、夜の活動、一緒にしようかな」
「うん、無理はして欲しくないけど、大丈夫そうなら」
明るい表情を取り戻したラ・ピュセルが言うと、スノーホワイトは穏やかな笑顔で返した。
「じゃあ、私は、約束してるから、行くね」
「うん、ありがとう」
スノーホワイトとはそう言って別れた。その場所はラ・ピュセル、岸辺颯太の自宅の屋根の上。
屋根から玄関先に降り立ち、そこで変身解除をする。もちろん、ラ・ピュセルの姿は変わらない。ただ、衣装と尻尾は消えて、オーバーサイズのシャツにジャージのズボン、という姿になった。
そのまま、マジカルフォンを確認する。
「あれ、メッセージ? ファヴから……なんだろ?」
そのメッセージを開く。
「!?」
それを見て、ラ・ピュセルの表情が強張る。
『クラムベリーがキミの家の近くで活動を始めたぽん』
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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