ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers―   作:神谷萌

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第04話

『クラムベリーがキミの家の近くで活動を始めたぽん』

「…………」

 絶句する。

 あの日、一方的に蹂躙された記憶が蘇ってくる。

「あ、あ…………」

 痛み、苦しみ、そして、その後の事、現状。

『本当に?』

 緊張しながら短くそう入力する。

 すると、ファヴからのすぐに返信が来た。

『もちろんだぽん。このままじゃ、今度こそ殺されちゃうぽん』

「…………!」

 クラムベリーに殺されかけた事は、まだ誰にも言っていない。小雪には、近づくな、すぐに逃げろ、とは言ってあったが。

 なぜファヴがその事を知っているのか、という疑問も湧くが ────

 それ以上に、「殺されちゃう」の文言に心がざわつく。

 それは、強い恐怖。背筋が凍り、表情が動かなくなる。 ──── だが、それと同時に、胸の奥から、別の感情が湧いてくるのも感じていた。

 ラ・ピュセルが何も入力せずにいると、

『そこで、ラ・ピュセルに特別アイテムを売るぽん』

 と、ファヴの方から続きのメッセージを送ってきた。

『特別アイテム?』

『これだぽん』

 ラ・ピュセルが訊き返すと、ファヴはそう言って、そのアイテムを表示させた。それは、岸辺颯太として、学校の理科や音楽の授業で見覚えのあるものだった。

『音叉?』

『これは音の魔法を吸収して反射するアイテムだぽん』

『音? クラムベリーの魔法って、音だったんだ』

『あれっ、気づいてなかったぽん? これは失敗したぽん』

「…………」

 文面のせいか、あまり失敗を反省しているようには見えない。

『ただ、1本の大きさが10mあるぽん』

「じゅっ……」

 思わず声に出しかけてしまう

『そんなの、どうやって使うんだよ』

 持ち上げる事は可能だと思うが、それをどう使って戦うかと考えたら、うまくそのイメージが湧かない。

『確かに考えちゃうぽんね。でも、ラ・ピュセルなら大丈夫だぽん』

『どうして?』

『追加アイテムはアバターのアイテムのひとつになるぽん。だから、剣と同じように大きさを変えられるようになるぽん』

「…………」

 なるほど、それならなんとかなりそうな気はする。

『いくらするんだ?』

『今なら特別価格、寿命6年で5本のところを、1本おまけするぽん』

「寿命、6年……」

 流石に、その表現に少し躊躇する気持ちが出る。

『6年なんて誤差の範囲だぽん。それに、このままじゃ結局クラムベリーにすぐ殺されちゃうぽん』

「う…………」

 そう指摘されて、表情が歪む。

『次の機会はないかもぽん。どうする? 買っちゃう? 買っちゃう?』

 ファヴは買うように急かしてくる。

『買う』

 ラ・ピュセルは決断した。

 

「いやー、でも失敗したぽん。クラムベリーの魔法を教えてしまったぽん」

 ファヴは、そうは言うものの、その口調はまったく、失敗した、と悔いているように聞こえない。

「まぁ、ラ・ピュセルの性格なら、あれがあってもクラムベリーには勝てないぽん。それより、実用性皆無で不良在庫になってたあれを処分できて、うまうまだぽん」

 

 

 恐怖と同時にこみ上げてくる感情 ──── 騎士として、 “ラ・ピュセル” として、本当は否定しなければならないもの。

 “憎悪”。

 だけど、今はそれを制御することがどうしてもできなかった。

 ── アイツのせいで、アイツのせいで、ボクはこんな事になってるんだ。あんな目にも逢わされたんだ。

 そう考え出すと、今までの正々堂々、なんて考えは一時的に霧散してしまった。

 受け取った音叉の数は6本。

 それを使ってどう戦えばいいのか、考えると、今までは思い浮かばないか、思い浮かんでもすぐに否定していただろう戦法が、思い浮かんでくる。

 クラムベリーの魔法は音と解ったが、あの身体能力は音の魔法で補っているものとは限らない。

 単純に強い。最初から接近戦に持ち込まれたら、勝ちようがない。それはこの前で思い知っている。

 だから、最初に音を使わせるよう、考える必要があった。

 考えた結果 ────

 

 岸辺颯太として通っていた中学校の敷地に忍び込む。

 校舎はセキュリティが掛かっているはずだが、グラウンドにある体育倉庫は簡単なプレハブのあばら家だ。

 力を込めて鍵を破壊し、扉を開けた。

 目当てのものは、すぐに目に入る場所にあった。

 旧式のワイヤレスアンプ。だいぶ古びているが、今でもラジオ体操やダンスの音楽を流すのに使われていた。

 それを手に持って、その場を後にする。

 “騎士” にあるまじき行為。だが、今の感情はその思考をほぼ完全に封じ込めた。

 ── アイツには、何をしてでも勝ってやる。

 ただ、その必死な思いが、このような行為でも自己正当化させてしまっていた。

 

 

「あら?」

 クラムベリーが、マスター用のマジカルフォンに、メッセージが届いているのに気づく。

『僕は生きている。もう一度戦え。場所は宇水(うみ)(なり)町の廃工場、今夜1時』

「…………え?」

 そのメッセージを見て、クラムベリーは、珍しく怪訝そうな表情をした。

 発信者の欄が、崩れたフォントがデタラメに並んでいるだけになっていた。

「ファヴ、このメッセージ、誰のかしら? 名前が正常に表示されていないのだけど」

「正常に表示されてない? ……ああ、多分ラ・ピュセルぽん」

 クラムベリーに問われて、ファヴは答える。

「この前クラムベリーに殺されかけた後に、変な事になってるぽん」

「ラ・ピュセル……ああ、あの子。死んでなかったのね。それで、また戦え、とは、大きく出たものだわ」

 クラムベリーは、呆れているのかただ楽しいのか、どちらともつかない笑みを浮かべる。

「行くぽん?」

「行くわ。再戦を望むというのなら、それに(こた)えるのも礼儀でしょう。せめて、前よりはましな音を聞かせてくれるといいのだけど」

 クラムベリーは、そう言って立ち上がった。

 

 

 ──── 廃工場、深夜1時。

 リサイクル工場だったが、人死を出す事故を起こし、工場の事業者は夜逃げ同然の倒産をした。既に土地は差し押さえられていたが、老朽化建物自体に加えて、その屋内にも、古い上に独自改造してしまって買い取り手のつかない廃機材が、廃材とともに取り残されていて、処分が行われていなかった。

 その、中央の作業場に、クラムベリーは姿を表す。

「…………これは?」

 無音の不気味な廃工場内を想像していたが、中に入るとかなりの大音量で音楽が流れている。ベートーベンの交響曲第3番。

 クラムベリーがその音源を追うと、廃機材や廃材の積み上がったその上の中央で、旧型のワイヤレスアンプが、内蔵されているCDプレーヤーから音楽を流していた。その隣に、ラ・ピュセルは腰を下ろしていた。

「何のつもりでしょうか。これで私を挑発しているつもり? それとも、この前の仕返し、という事なのですか?」

 クラムベリーは、口元に酷薄そうな笑みを浮かべながら、強者の余裕と見下す態度を合わせて見せつつ、言い回しだけは問いかけるように言う。

 クラムベリーがそう言っている間に、ラ・ピュセルは立ち上がり、廃機材の反対側に飛び降りていった。

「そう、これほど障害物があれば、私に有利になると……そう、思ったのですね?」

 優雅さまで演出しながら、クラムベリーはそう言った。

 そして、言った直後に、全周に破壊音波を発した。

「が、ぁっ!?」

 その声を発したのは、クラムベリーの方だった。

 6本の魔法の音叉のうち、5本を、ほぼ正五角形になるように、作業場の壁に配置してあった。大きさはそれぞれの場所で高さが収まるように調整してある。

 クラムベリーは、自身の攻撃に対しても本来はこんな事にはならない。しかも、今のはラ・ピュセルを炙り出すつもりで、威力は抑え気味だった。

 だが、5本の音叉が作動して弾き返してきたことで、5方向から、合わせて5倍の威力になってクラムベリーを襲った。

 破壊音波を自身で受けてしまい、足元がおぼつかなくなる。

 その瞬間、ラ・ピュセルが廃機材の影から飛び出してきた。

 剣の大きさは常識的に人間が振り回す程度の大きさ。

 バキィッ!

 クラムベリーの脳天を狙って斬りつける。打撃音が響く。クラムベリーの身体は強い耐久力を持ち、マトモに斬撃は通らず、ただ額が僅かに割れて血が出た。

 クラムベリーがその事を自覚した時には、ラ・ピュセルは既に離脱して、再び廃機材の影に隠れてしまっていた。

 本来、反応や速度の勝負なら遥かにクラムベリーの方が上だが、破壊音波を受けたことで、身体の動きが万全ではなくなっていた。

「面白い、ことを、するじゃないですか」

 まだ、口元では余裕があるように笑いながら、クラムベリーは作業場内を見回す ────

 バキィッ!

 死角からラ・ピュセルが飛び出してきて、今度は横薙ぎの一撃を加えてきた。左腕に剣が当たる。常人なら腕どころか胴まで切断されていておかしくない威力のはずだが、やはり上腕部から出血させる程度にとどまっている。

 クラムベリーがそちらの方向を向いた時には、やはりラ・ピュセルは既にいない。

 ── 心音か、足音を追う……

 クラムベリーは、それを試みるが、中央でワイヤレスアンプが大きな音で音楽を流し続けていて、雑音がひどい。それでも本来は小さな音を聞き分けることができるはずだが、今は軽いとは言えないダメージを全身に受けているせいで、集中することができない。

「目障り、ねっ!」

 そう言い、強烈な破壊音波を放ってしまった。本来なら、廃機材や廃材ごと、ワイヤレスアンプ、それにラ・ピュセル自身をも破壊してしまえる程のものだった。

 だが ────

「あ、が、が、がぁぁぁぁっ!!」

 魔法由来の破壊音波は5本の音叉に吸収されてしまい、それはクラムベリーに反射した。

 骨が何本か折れたかのような衝撃を、クラムベリーは全身に受けた。

 更に ────

「音が、声が、聞こえない!!」

 強烈すぎる破壊音波を受けて、一時的な失聴に陥ってしまった。

「どこへ、どこへ行った……!!」

 バキィッ!

 今度は、姿勢を低くして飛び出してきたラ・ピュセルは、その脚を薙ぎ払うように斬りつける。やはり、見た目に派手な出血をつくっただけだ。

 ただ、それでバランスを崩し、作業場の床に倒れ込んでしまう。

「これで ────」

 ラ・ピュセルは、それを好機と捉えて、剣を大振りにする。

 その表情には、憎悪、無制限に近い敵意が、現れていた。殺意と狂気の入り混じったものが、その瞳から発されている。

「──── 終わりだ!!」

 ただ、それはラ・ピュセルの悪いクセが抜けきれなかった、というところだった。

 剣を大振りにしたせいでできた隙に、クラムベリーは床に這った状態から、ラ・ピュセルの正面に指向性の破壊音波を放った。

「がぁっ!!」

 ラ・ピュセルは後ろに吹っ飛ばされる。

 だが、それはクラムベリーも同じだった。ラ・ピュセルとは反対方向へと弾き飛ばされる。

 ラ・ピュセルは、6本の音叉のうちの残り1本を30cm程度の大きさにした上で、自身の衣装の正面に、黒いビニールテープで貼り付けてあった。

 流石に、小さくしすぎている上に音叉の至近距離過ぎて、完全に吸収・反射しきれなかったが、クラムベリーに向かって反射波は放たれた。

「くっ!」

 ラ・ピュセルが起き上がるが、

 バンッ!!

 そこへ、廃材の金属板がその正面に命中した。

「次は……殺してやる……」

 本来、彼女が言いそうにない言葉を吐いて、ラ・ピュセルが体勢を立て直す前に、クラムベリーはその場からかき消えるように見える程の速度で廃工場から脱出していった。

「…………逃し、ちゃったか……」

 立ち尽くしたまま、ラ・ピュセルは言う。

 次はどうやって戦おう、等、嫌な考えも浮かんでしまうが、ひとまずは、以前にやられた事をやり返した、終始優位を取った、ということで、納得している気持ちもあった。

「あ……」

 足元が崩れて、その場で床にへたり込んでしまう。身体よりも、極度の緊張に置かれ続けた精神が限界だった。

 

 

 

「クラムベリー? ラ・ピュセルはどうしたぽん?」

「死んだわ」

 ファヴに問いかけられ、クラムベリーはそう答えた。

 クラムベリーは見てしまった。以前は騎士道とか、きれいな戦いに固執していたラ・ピュセルの、殺意と憎悪、一種の一時的な狂気にとらわれた顔と目を。

 だが、そのことをファヴに伝えれば、その興味は確実にそちらへ向く。クラムベリーはそれを避けた。

「前の時よりはいい音を奏でてくれたけど、それだけよ」

「そうぽんか。まぁ、想定の範囲内ぽん」

 ファヴはそう言い、システムを確認する。

「すると、このデータはバグの残り滓って事ぽんね」

 ラ・ピュセルと思しき、名前の部分が壊れたデータを見て、ファヴはそう判断した。

 





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