ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers― 作:神谷萌
「そうちゃん、このあたりまで来ることがあるんだ」
「うん」
名深市内。
2人の自宅からは少し離れた住宅街。
区画整理がされている自分達の家の周りと比べると、いくらか雑然とした
経年低層マンションの屋上で、その構造物に並んで腰掛けて、2人は話していた。
「昼間は、いくらでも時間があるから。パトロールも兼ねて」
「あ…………」
ラ・ピュセルが苦笑しながら言うと、スノーホワイトが失言と感じて口元を押さえる。
今のところ、ラ・ピュセルは、岸辺颯太として学校に通うこともできない状態が続いている。
「ああ、別に。そっちは気にしてないから大丈夫」
「それなら、いいけど……」
ラ・ピュセルの方が軽く慌ててフォローすると、スノーホワイトは、晴れきらない表情ながら、一応は安心したような声を出した。
「まぁ……父さん母さんに迷惑かけちゃってるのは、気になってるんだけど」
ラ・ピュセルは、苦笑したままそう言いつつ、頬を掻く仕種をする。
最近は、「通信制フリースクール」「勤務を在宅にする」「個別対応で戸籍訂正」といった言葉が、ラ・ピュセル ──── 颯太の両親から聞こえてきていた。
「そうなんだ……」
声に出して言っている内容と、魔法で聞こえてきている内容はほとんど一致していた。スノーホワイトも納得したように言うしかない。
一瞬だけ、会話が途切れる。といっても、その時点では、嫌な空気が漂っていたわけではないのだが……────
「そうちゃん」
「うん?」
それが、新しい話題に代わったことで、少し流れが変わる。
「リップルへの頼み事、聞いてもらえなかったんだ」
「あ、うん……そうか、スノーホワイトには聞こえちゃうんだ」
顔を伏せがちにしているスノーホワイトに対し、ラ・ピュセルは、苦笑して深刻でもないような様子を繕いながら、そう返す。
「そんなに怖い人なの? クラムベリーって」
「あ」
一番言いたくなかった相手に、その事を知られてしまった、
「前にも、出会ったらとにかく逃げろ、って言ってたし」
「小雪……」
「大丈夫。私はそうちゃんを困らせようと思ってないから。でも、そうちゃんにも危ない目にあって欲しくない」
「…………うん、ボクも、できたら会いたくない相手、だけど」
ラ・ピュセルがそう言った時、スノーホワイトははっと顔を上げ、ラ・ピュセルの顔をまじまじと見つめる。
「ど、どうかした?」
スノーホワイトの反応に、ラ・ピュセルは、気恥ずかしくて軽く頬を紅くしながら、緊張した表情で見つめ返してしまう。
「そうちゃん……」
「うん?」
「変わった、ね」
「!」
しまった、と、ラ・ピュセルは口元を押さえる。
この手のウソが、スノーホワイトには通用しない。
「ごめん……」
「うん、いいよ」
思わずで謝ってしまうラ・ピュセルに対し、スノーホワイトは、言葉ではそう曖昧に返すものの、表情は晴れきらないままだった。
「ただ……本当に、小雪……スノーホワイトには悪いと思うけど、アイツには本当に近づかないで欲しい」
「うん……」
真剣な、やや険しい表情で言うラ・ピュセルに、しかし、スノーホワイトは視線を外して伏せたまま、生返事をした。
僅かに沈黙。
「ごめん」
今度は、スノーホワイトの方がその言葉を出した。
「うん?」
ラ・ピュセルが、なんの事だろう、と訊き返す。
「ホントはこの話をしたかったんだけど……」
「うん」
「リップルの事、あまり悪く思わないであげて欲しいんだ」
「そんなつもりはなかったけど……どうして?」
スノーホワイトの言葉を意外に感じつつ、ラ・ピュセルは訊き返す。
「リップルね、家族の事や学校の友達の事で凄く苦しんでるの。誰にも頼れなくて、誰も助けてくれないって、いつも思ってて、苦しんでて……」
「そう、なんだ」
スノーホワイトの言葉を聞いて、ラ・ピュセルも重い言葉を出す。
「多分、リップルはこの事、私達には知られたくないと思ってるし、そうちゃんだから、言ったんだけど……」
実際、スノーホワイト自身も、聞いてはしまったが、リップル本人に問いかけるまでの意思は持てず、自分1人で抱えているのが辛くて、ラ・ピュセルとリップルの確執にかこつけて、話してしまった面があった。
「……うん、誰にも言わないよ」
ラ・ピュセルは、口元で笑ってそう言った。
「じゃあ ────」
ここでただ駄弁っていても仕方ない、と、ラ・ピュセルが移動を提案しようとした時。
「!」
驚いた顔をして、スノーホワイトが跳ねるように立ち上がった。
「スノーホワイト!?」
誰かの “困っている声”、それもかなり大きい、悲鳴を聞いたのだと理解して、ラ・ピュセルも険しい顔になりながら立ち上がる。
「女の人が、襲われてる!」
「なんだって!? 早く行こう!」
ラ・ピュセルは “騎士” の表情になって、声を上げて促す。
だが、スノーホワイトは、僅かな間、目を
「でも、この声 ────────」
「──── リップル?」
──── 少し、時系列は前後する。
「
「親戚の手伝いって……いつになったら終わるの?」
「それは……その……」
詰められた細波
「いや、別に責めるつもりはないんだけどね」
照洲田マネージャーは、難しそうに眉を歪ませる。
「今はブラックバイトなんて言われても困るし、事情があるんならそのペースで構わないんだけど……ただ、ずっと続くってなると、細波さんが入れない分、平日夕勤新しく雇う事になるからさ……その後で戻してって言われても困るから、それは承知してて貰わないと」
「はい…………」
リップル ──── 華乃は、再婚を繰り返す母親が連れてきた今の結婚相手と確執を生み、家を飛び出すかたちで、賃貸住宅でひとり暮らしをしていた。
居住費、生活費を稼ぐため、学校が終わった後は、アルバイト尽くめの毎日を送っていた。
ソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』を始めたのも、そんな多忙な生活の中での息抜きに過ぎなかった。
魔法少女リップルになってからも、基本的にはそれを逸脱する事はなかった。ただ、トップスピードとの交流は、時間が経つに連れ心が落ち着く時間になっていった。
──── それが、 “魔法少女ゲーム” によって崩壊した。
少しでも多くマジカルキャンディーを集めるため、夕方からの時間はそれに取られることになった。当然、その時間にアルバイトは入れられない。当然、アルバイト先に本当の事を言うわけにも行かず、適当に口実を作って誤魔化した。しかし実働時間が減る分、当然収入は減少する。
トップスピードと一緒にいられる時間が増えたことは喜ばしかったが、経済的には困窮が避けられそうになかった。
アルバイトを退勤した後、トップスピード達との合流の時間までにはまだだいぶあった。その場で変身はせず、駅へのショートカットになる裏路地を歩いていた。
── 本当に、私は、なにも、うまく、行かない。
苛立ちが表情に出したまま、スタスタと速歩きで路地を抜けていた、その途中だった。
「おい」
声が聞こえてきたかと思ったら、
ガバッ! ドサッ!
と、何かが背中にのしかかってきて、そのままうつ伏せに地面に倒れ込んだ。
背中に覆いかぶさっている
「この……」
「へへへ……予想通り、母親に似ていい女になってるじゃないか」
「!」
聞き覚えのある声。
母親の、3度目の再婚相手、今の2人前の……元義父だ。
ジタバタともがくが、文字通りのマウントを取られ男性の体格で押さえつけられて、思うように身動ぎできない。
元義父は、服の上からだが華乃の身体を
「無駄な事すんなって。痛い思いが増えるだけだぜ?」
リップルの状態なら簡単に払い除けられるが、今変身したらこの男に変な弱みを教える事になると思い、できなかった。
「どうせ母親も相変わらずなんだろ? いい加減分かれよ ────」
下卑た笑いを伴って、元義父は言う。
「お前を助けてくれるやつなんか、誰もいないんだって」
── そうだ、私を助けてくれる人なんか、誰も……
トップスピードの顔が思い浮かんだ。
けれどトップスピードが助けてくれるのは “リップル” だ。 “細波華乃” じゃない。
── 誰も……いない……
ドガッ
華乃に鈍い衝撃が伝わり、自分を押さえつけていた重みが無くなる。
身体を捩って視界を上げると、そこには、
「ラ・ピュセル?」
掬うような蹴りで、元義父を蹴り飛ばした直後の姿勢だった。
そのまま姿勢を直すと、蹴り飛ばした元義父の方へ向かっていく。
「てめぇ、何しやがる!」
起き上がり、ラ・ピュセルに対して怒声を上げた元義父だったが、ラ・ピュセルと組み合いになると、簡単に腕をひねられ、今度は自分が押さえつけられる。
「イデデデデデッ……やめろ……離せよ……」
元義父がラ・ピュセルに対して、苦しそうな声で言う。
ラ・ピュセルは、元義父を締め上げたまま、
「二度とコイツに近づくなよ?」
と、大きくはないが低く響く声でそう言った。
「わ、わかった、わかったから離してくれよ……」
元義父が、すっかり弱気になった声で言うと、ラ・ピュセルは放り投げるように元義父から手を放した。
「ひ、ヒィッ……」
元義父は、走って路地の先へと逃げていった。
それを見届けると、ラ・ピュセルは、元義父を押さえつけていた時とは一転、心配で焦ったような表情になり、華乃の方に駆け寄ってくる。
── 確かに、コイツは私を助けてくれた、けど……
それは、魔法少女としての活動のひとつ。
暴力に遭っている女性をたまたま見つけて、助けただけ。
「大丈夫か? ────」
ラ・ピュセルが自分のところへ駆け寄ってきて、手を差し伸べるのも、見た事もない他人として……────
「── リップル」
「え?」
華乃はラ・ピュセルの言葉に、一瞬呆然とする。
すると、
ストッ
と、建物の屋上から、もう1人、魔法少女が路地に降りてきた。
「あ、あ ────」
ラ・ピュセルの更に後ろから、心配そうに自分を覗き込んでくるのは、スノーホワイト ────
「うーん……」
ファヴが、何かを考えていた。
「どうしたの?」
珍しく、クラムベリーはファヴに問いかけた。
「スイムスイムが良からぬことを考えているぽん」
「そんなの、今更じゃない」
何故か妙に不満そうなファヴに対し、クラムベリーは微笑みつつも、何を解りきった事を、と言った様子で返す。
「それが見たくて今の状況にしたんでしょ」
「うーん、それはそうなんだけど……」
ファヴは難しい声を出す。
「平気で殺せるやつが単純に生き残っても、面白くないぽん。ドラマチックじゃないぽん」
「確かに、それもそうね……」
ファヴの言葉に、クラムベリーはそう言って、少し考え込むように言ったかと思うと、
「じゃあ、私が刈り取ってくる?」
と、提案するように言った。
「お? 珍しくやる気ぽん?」
ファヴは意外そうに言う。
「そんなに意外かしら? 2人も魔法少女を殺して、充分私の気に入る “強者” じゃない?」
「確かにそうは言えるぽん」
「それに」
クラムベリーの表情が、冷徹で酷薄そうなものに変わる。
「オードブルを平らげないと、メインディッシュには取りかかれないわ」
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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ラ・ピュセル以外に追加で助かる魔法少女がいてもいい?
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いいと思う
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よくないと思う
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むしろ助けろ