ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers―   作:神谷萌

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第06話

「そうちゃん、このあたりまで来ることがあるんだ」

「うん」

 名深市内。

 2人の自宅からは少し離れた住宅街。

 区画整理がされている自分達の家の周りと比べると、いくらか雑然とした(ふる)い地区だ。

 経年低層マンションの屋上で、その構造物に並んで腰掛けて、2人は話していた。

「昼間は、いくらでも時間があるから。パトロールも兼ねて」

「あ…………」

 ラ・ピュセルが苦笑しながら言うと、スノーホワイトが失言と感じて口元を押さえる。

 今のところ、ラ・ピュセルは、岸辺颯太として学校に通うこともできない状態が続いている。

「ああ、別に。そっちは気にしてないから大丈夫」

「それなら、いいけど……」

 ラ・ピュセルの方が軽く慌ててフォローすると、スノーホワイトは、晴れきらない表情ながら、一応は安心したような声を出した。

「まぁ……父さん母さんに迷惑かけちゃってるのは、気になってるんだけど」

 ラ・ピュセルは、苦笑したままそう言いつつ、頬を掻く仕種をする。

 最近は、「通信制フリースクール」「勤務を在宅にする」「個別対応で戸籍訂正」といった言葉が、ラ・ピュセル ──── 颯太の両親から聞こえてきていた。

「そうなんだ……」

 声に出して言っている内容と、魔法で聞こえてきている内容はほとんど一致していた。スノーホワイトも納得したように言うしかない。

 一瞬だけ、会話が途切れる。といっても、その時点では、嫌な空気が漂っていたわけではないのだが……────

「そうちゃん」

「うん?」

 それが、新しい話題に代わったことで、少し流れが変わる。

「リップルへの頼み事、聞いてもらえなかったんだ」

「あ、うん……そうか、スノーホワイトには聞こえちゃうんだ」

 顔を伏せがちにしているスノーホワイトに対し、ラ・ピュセルは、苦笑して深刻でもないような様子を繕いながら、そう返す。

「そんなに怖い人なの? クラムベリーって」

「あ」

 一番言いたくなかった相手に、その事を知られてしまった、

「前にも、出会ったらとにかく逃げろ、って言ってたし」

「小雪……」

「大丈夫。私はそうちゃんを困らせようと思ってないから。でも、そうちゃんにも危ない目にあって欲しくない」

「…………うん、ボクも、できたら会いたくない相手、だけど」

 ラ・ピュセルがそう言った時、スノーホワイトははっと顔を上げ、ラ・ピュセルの顔をまじまじと見つめる。

「ど、どうかした?」

 スノーホワイトの反応に、ラ・ピュセルは、気恥ずかしくて軽く頬を紅くしながら、緊張した表情で見つめ返してしまう。

「そうちゃん……」

「うん?」

「変わった、ね」

「!」

 しまった、と、ラ・ピュセルは口元を押さえる。

 この手のウソが、スノーホワイトには通用しない。

「ごめん……」

「うん、いいよ」

 思わずで謝ってしまうラ・ピュセルに対し、スノーホワイトは、言葉ではそう曖昧に返すものの、表情は晴れきらないままだった。

「ただ……本当に、小雪……スノーホワイトには悪いと思うけど、アイツには本当に近づかないで欲しい」

「うん……」

 真剣な、やや険しい表情で言うラ・ピュセルに、しかし、スノーホワイトは視線を外して伏せたまま、生返事をした。

 僅かに沈黙。

「ごめん」

 今度は、スノーホワイトの方がその言葉を出した。

「うん?」

 ラ・ピュセルが、なんの事だろう、と訊き返す。

「ホントはこの話をしたかったんだけど……」

「うん」

「リップルの事、あまり悪く思わないであげて欲しいんだ」

「そんなつもりはなかったけど……どうして?」

 スノーホワイトの言葉を意外に感じつつ、ラ・ピュセルは訊き返す。

「リップルね、家族の事や学校の友達の事で凄く苦しんでるの。誰にも頼れなくて、誰も助けてくれないって、いつも思ってて、苦しんでて……」

「そう、なんだ」

 スノーホワイトの言葉を聞いて、ラ・ピュセルも重い言葉を出す。

「多分、リップルはこの事、私達には知られたくないと思ってるし、そうちゃんだから、言ったんだけど……」

 実際、スノーホワイト自身も、聞いてはしまったが、リップル本人に問いかけるまでの意思は持てず、自分1人で抱えているのが辛くて、ラ・ピュセルとリップルの確執にかこつけて、話してしまった面があった。

「……うん、誰にも言わないよ」

 ラ・ピュセルは、口元で笑ってそう言った。

「じゃあ ────」

 ここでただ駄弁っていても仕方ない、と、ラ・ピュセルが移動を提案しようとした時。

「!」

 驚いた顔をして、スノーホワイトが跳ねるように立ち上がった。

「スノーホワイト!?」

 誰かの “困っている声”、それもかなり大きい、悲鳴を聞いたのだと理解して、ラ・ピュセルも険しい顔になりながら立ち上がる。

「女の人が、襲われてる!」

「なんだって!? 早く行こう!」

 ラ・ピュセルは “騎士” の表情になって、声を上げて促す。

 だが、スノーホワイトは、僅かな間、目を(まる)くしたまま、立ち尽くしてしまった。

「でも、この声 ────────」

 

「──── リップル?」

 

 

 ──── 少し、時系列は前後する。

細波(さざなみ)さん……」

 照洲田(てすた)という店舗のマネージャーは、険しい表情をして言う。

「親戚の手伝いって……いつになったら終わるの?」

「それは……その……」

 詰められた細波華乃(かの)は、視線を伏せがちに逸し、返答に詰まってしまう。

「いや、別に責めるつもりはないんだけどね」

 照洲田マネージャーは、難しそうに眉を歪ませる。

「今はブラックバイトなんて言われても困るし、事情があるんならそのペースで構わないんだけど……ただ、ずっと続くってなると、細波さんが入れない分、平日夕勤新しく雇う事になるからさ……その後で戻してって言われても困るから、それは承知してて貰わないと」

「はい…………」

 リップル ──── 華乃は、再婚を繰り返す母親が連れてきた今の結婚相手と確執を生み、家を飛び出すかたちで、賃貸住宅でひとり暮らしをしていた。

 居住費、生活費を稼ぐため、学校が終わった後は、アルバイト尽くめの毎日を送っていた。

 ソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』を始めたのも、そんな多忙な生活の中での息抜きに過ぎなかった。

 魔法少女リップルになってからも、基本的にはそれを逸脱する事はなかった。ただ、トップスピードとの交流は、時間が経つに連れ心が落ち着く時間になっていった。

 ──── それが、 “魔法少女ゲーム” によって崩壊した。

 少しでも多くマジカルキャンディーを集めるため、夕方からの時間はそれに取られることになった。当然、その時間にアルバイトは入れられない。当然、アルバイト先に本当の事を言うわけにも行かず、適当に口実を作って誤魔化した。しかし実働時間が減る分、当然収入は減少する。

 トップスピードと一緒にいられる時間が増えたことは喜ばしかったが、経済的には困窮が避けられそうになかった。

 アルバイトを退勤した後、トップスピード達との合流の時間までにはまだだいぶあった。その場で変身はせず、駅へのショートカットになる裏路地を歩いていた。

 ── 本当に、私は、なにも、うまく、行かない。

 苛立ちが表情に出したまま、スタスタと速歩きで路地を抜けていた、その途中だった。

「おい」

 声が聞こえてきたかと思ったら、

 ガバッ! ドサッ!

 と、何かが背中にのしかかってきて、そのままうつ伏せに地面に倒れ込んだ。

 背中に覆いかぶさっている()()が、人間の男性だと言うことはすぐ気がついた。

「この……」

「へへへ……予想通り、母親に似ていい女になってるじゃないか」

「!」

 聞き覚えのある声。

 母親の、3度目の再婚相手、今の2人前の……元義父だ。

 ジタバタともがくが、文字通りのマウントを取られ男性の体格で押さえつけられて、思うように身動ぎできない。

 元義父は、服の上からだが華乃の身体を(まさぐ)り始める。

「無駄な事すんなって。痛い思いが増えるだけだぜ?」

 リップルの状態なら簡単に払い除けられるが、今変身したらこの男に変な弱みを教える事になると思い、できなかった。

「どうせ母親も相変わらずなんだろ? いい加減分かれよ ────」

 下卑た笑いを伴って、元義父は言う。

 

「お前を助けてくれるやつなんか、誰もいないんだって」

 

 ── そうだ、私を助けてくれる人なんか、誰も……

 トップスピードの顔が思い浮かんだ。

 けれどトップスピードが助けてくれるのは “リップル” だ。 “細波華乃” じゃない。

 ── 誰も……いない……

 

 ドガッ

 

 華乃に鈍い衝撃が伝わり、自分を押さえつけていた重みが無くなる。

 身体を捩って視界を上げると、そこには、

「ラ・ピュセル?」

 掬うような蹴りで、元義父を蹴り飛ばした直後の姿勢だった。

 

【挿絵表示】

 

 そのまま姿勢を直すと、蹴り飛ばした元義父の方へ向かっていく。

「てめぇ、何しやがる!」

 起き上がり、ラ・ピュセルに対して怒声を上げた元義父だったが、ラ・ピュセルと組み合いになると、簡単に腕をひねられ、今度は自分が押さえつけられる。

「イデデデデデッ……やめろ……離せよ……」

 元義父がラ・ピュセルに対して、苦しそうな声で言う。

 ラ・ピュセルは、元義父を締め上げたまま、

「二度とコイツに近づくなよ?」

 と、大きくはないが低く響く声でそう言った。

「わ、わかった、わかったから離してくれよ……」

 元義父が、すっかり弱気になった声で言うと、ラ・ピュセルは放り投げるように元義父から手を放した。

「ひ、ヒィッ……」

 元義父は、走って路地の先へと逃げていった。

 それを見届けると、ラ・ピュセルは、元義父を押さえつけていた時とは一転、心配で焦ったような表情になり、華乃の方に駆け寄ってくる。

 ── 確かに、コイツは私を助けてくれた、けど……

 それは、魔法少女としての活動のひとつ。

 暴力に遭っている女性をたまたま見つけて、助けただけ。

「大丈夫か? ────」

 ラ・ピュセルが自分のところへ駆け寄ってきて、手を差し伸べるのも、見た事もない他人として……────

 

「── リップル」

 

「え?」

 華乃はラ・ピュセルの言葉に、一瞬呆然とする。

 すると、

 ストッ

 と、建物の屋上から、もう1人、魔法少女が路地に降りてきた。

「あ、あ ────」

 ラ・ピュセルの更に後ろから、心配そうに自分を覗き込んでくるのは、スノーホワイト ────

 

 

「うーん……」

 ファヴが、何かを考えていた。

「どうしたの?」

 珍しく、クラムベリーはファヴに問いかけた。

「スイムスイムが良からぬことを考えているぽん」

「そんなの、今更じゃない」

 何故か妙に不満そうなファヴに対し、クラムベリーは微笑みつつも、何を解りきった事を、と言った様子で返す。

「それが見たくて今の状況にしたんでしょ」

「うーん、それはそうなんだけど……」

 ファヴは難しい声を出す。

「平気で殺せるやつが単純に生き残っても、面白くないぽん。ドラマチックじゃないぽん」

「確かに、それもそうね……」

 ファヴの言葉に、クラムベリーはそう言って、少し考え込むように言ったかと思うと、

「じゃあ、私が刈り取ってくる?」

 と、提案するように言った。

「お? 珍しくやる気ぽん?」

 ファヴは意外そうに言う。

「そんなに意外かしら? 2人も魔法少女を殺して、充分私の気に入る “強者” じゃない?」

「確かにそうは言えるぽん」

「それに」

 クラムベリーの表情が、冷徹で酷薄そうなものに変わる。

「オードブルを平らげないと、メインディッシュには取りかかれないわ」

 

 





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ラ・ピュセル以外に追加で助かる魔法少女がいてもいい?

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