ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers― 作:神谷萌
バキィッ
「── ッ!」
鼻を僅かに左にずれて、右ストレートの拳が顔面に強かに打ち込まれた。
ラ・ピュセルは後ろによろめく。
「お前のせいで……お前のせいで……!」
「やめろ! リップル!」
拳を放った側、リップルは、激昂し、そのあまりに目尻に涙まで浮かべながら、怒りと憎悪の視線をラ・ピュセルに向けている。
その拳が炸裂した直後に、トップスピードが、左腕
そして、スノーホワイトは、呆然としてトップスピードを見ていた。
──── この、直前。
「やー、血は止まったけど、流石にここまでになっちゃうと元通りに治りはしないみたいだね」
雑居ビルの塔屋部に隠れて、変身解除と再変身を試行したトップスピードだったが、失った右腕が再生するような事はなかった。
塔屋部から出てきたトップスピードは、それが深刻なことでもないかのように、あっけらかんと笑いながら、待機していた3人にそう伝えた。
『さー、これ、旦那にどうやって説明すっかなー』
スノーホワイトは、目を
その直後、リップルがラ・ピュセルを殴り飛ばした。 ──── と、いうところだった。
「こいつが邪魔をしなければ……!」
「違う! 最初から分の悪い賭けだったんだ!!」
怒りと興奮が収まらないリップルを必死で制しながら、トップスピードは自分も声を荒げる。
「カラミティ・メアリの射撃はお前と違う! ラ・ピュセルがいなくてもこうなってた可能性はあるんだ!」
トップスピードがそこまで声を上げたところで、リップルはラ・ピュセルへ更に襲いかかろうとするのを止めた。だが、表情にはまだ憤怒が残り、眼光鋭くラ・ピュセルを睨んでいる。
トップスピードはそんなリップルに説得を続ける。
「むしろ逆に、あれで失敗して、ラ・ピュセルがあそこに来ていなかったら、オレ達2人ともアイツに殺されてた。違うか?」
「…………」
リップルの表情から怒りは消えないが、視線はラ・ピュセルから下の床へと逸れる。
「オレはラ・ピュセルに感謝してる。片腕なくなったのはそりゃキツい ────」
『お腹の子を抱っこするのが難しくなったな』
「── それでも、死ぬよりはマシだ! 特に今のオレはな!」
逆にリップルに対して啖呵を切るかのように、トップスピードはそう言った。
「……あの」
「謝るなよ」
おずおずと言いかけたラ・ピュセルに、トップスピードは先んじてそう言った。
「謝られたら、余計にオレが惨めになっちまう」
それをどうしようとしていたのか、トップスピードやリップルの方に向けようとしていたラ・ピュセルの右手が、宙を泳ぐ。
「トップスピード、さん……」
そこで、スノーホワイトがおずおずと声を出した。
「んぁ?」
トップスピードが振り返る。ラ・ピュセルもそちらに視線を向けた。
「あの、わたし、だまってられないかも、しれません」
「あ……」
スノーホワイトが震えながら泣きそうな表情と口調で言うと、トップスピードは決まり悪そうな表情をした。
「どこまで聞こえた?」
「結婚してる事、お腹に赤ちゃんがいる事」
トップスピードが表情を繕い直して訊ねると、スノーホワイトはそう答えた。
「まいったな、肝心なところ全部かよ」
トップスピードは苦い顔をする。
スノーホワイトの口からそれを聞く事になったラ・ピュセルとリップルは、驚愕に目を見開き、トップスピードを凝視している。
「本当、なの?」
震えるような声で、リップルが問い質す。
トップスピードは、まずリップルの方に振り向いて、
「ああ。そもそも、スノーホワイトはわざわざ
と、そう言ってから、スノーホワイトとラ・ピュセルを見渡せる方を向く。
「まぁー、この姿だとそうは見えないのも無理はないが、 ──── と言っても、所謂ヤンママってやつでな。どっちの意味でも。だから多分、トシはお前達とあんま離れてないだろ。むしろ旦那との方が結構離れてるんだけどな、オレにとっては愛しい旦那様って事だけど ──── て、何言ってんだ。恥ずかしいな」
説明のつもりが、途中から惚気になってしまっている事に気がついて、トップスピードは決まり悪そうに気恥ずかしそうにする。 ──── 照れ隠しで後頭部を掻く仕種をしようとしたが、それはできなかった。
表情を整えてから、トップスピードはラ・ピュセルに正面から視線を向ける。
「だから、お前さんに感謝してるってのは本心だ。乗っちゃいけない賭けに乗ったのはオレ自身。失敗したのも
「そんな……ボク……」
ラ・ピュセルも泣きそうな目になってしまう。
「ああ、もう、オレ自身が不幸話で湿っぽいのは苦手なんだよ」
トップスピードは、半分芝居、半分本心で、苦笑しながら言う。
「とにかくあれだ、アブネーやつは倒した、それで誰も死ななかった。今日はそれでいいだろ? あとはまぁ、なんとかなるって」
「ひ……ひっ……」
ミナエルは、恐怖のあまり足が竦んで、身動きが取れなくなっていた。
──── 船賀山の山荘のある森の中にクラムベリーを呼び出し、待ち伏せする。ミナエルは変身能力で、たまはアイテムの透明マントで、それぞれ姿を消して忍びやり過ごし、正面のスイムスイムのところまで来たところで、取り囲んで殺す。これがスイムスイム達の作戦だった。
確かにその作戦は功を奏した。クラムベリーは獣道の脇に、岩に化けて隠れていたミナエルの前を通り過ぎていった。
たまは怯えたため、静かに待ち伏せている事ができず、徐々にスイムスイムの方へ向かって移動してしまっていた。足音を殺そうとしてはいたようだが、クラムベリーにはそれが聞こえていたようだ。
結果として、たまが案内してしまうかたちで、クラムベリーはスイムスイムの潜んでいる場所まで来る。
スイムスイムは、自分が『ルーラ』と名付けている、追加購入の槍を持ち、地面に潜んでいた。
クラムベリーが正面、目前に立ったところで、スイムスイムはそのほぼ直下から奇襲を仕掛けた。
それを合図に、ミナエルも変身を解いて、クラムベリーの背後を急襲しようとした。
だが。
スイムスイムの奇襲は難なく回避された。
もっとも、奇襲の初手を回避されても、スイムスイムの動きは鈍くない。物質透過の魔法を組み合わせた動きなので、リップルと比べるとトリッキーではあったが、一撃離脱に徹すれば相手に付け入る隙はない。 ──── ないはずだった。
だが、クラムベリーはそのスイムスイムの縦横無尽の機動を、難なく躱している。それも、余裕をもって。
それでも、クラムベリーにも決め手がないはずだ。スイムスイムも、ミナエルもそう思っていた。
スイムスイムの物質透過は、スイムスイム自身が物体を通り抜けられるだけでなく、スイムスイムに対してぶつかってくる物体も透過する。つまり、物理攻撃は一切効かない。
ラ・ピュセルとの初戦の時のように、徒手空拳でスイムスイムに攻撃するも、それは全てスイムスイムの身体をすり抜けるだけに終わる。
それでも、クラムベリーは余裕気だった。
「知ってましたか?」
スイムスイムと組み合いながら、クラムベリーは言う。
「声は聞こえる、姿は見えるという事は、音と光は透過しない、という事なんですよ」
そして、スイムスイムの身体に潜った腕から、破壊音波を出そうとして、────
一瞬、躊躇った。
クラムベリーは、それが実際に何だったのかまでは解らなかったが、再戦時のラ・ピュセルが破壊音波攻撃を吸収・反射して来た事を覚えていた。
しかも、その時も待ち伏せ戦法をとられた。
だから一瞬、躊躇った。
それでも、間合いを完全にクラムベリー側に制されていたスイムスイムにとって、その一瞬は充分ではなかった。
ラ・ピュセル再戦では、全周に破壊音波を放った結果、全周から返ってきた。
だから、今は、指向性を強烈に強め、まるで衝撃波の槍のようにして放った。
スイムスイムは、強烈な力で弾き飛ばされ、森の奥の茂みに落ちていった。
「…………不味そうなデザートが2つ、あるようですが、まぁ、後で頂くことにしましょう」
「ひっ……!」
ミナエルは、腰が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
「勝利を確信したからと言って、確認を怠ることは、本来の強者とは言えませんからね」
悦に入ったように言っているが、これも初戦でラ・ピュセルを殺し損ねた経験からだ。
茂みをかき分け、スイムスイムの身体が落下しただろう場所に向かい ────
「子ども…………!?」
スイムスイムの本来の姿、7歳の少女の姿を見て、一瞬、戸惑ってしまう。
その時。
バシッ
クラムベリーの腹部に、衝撃があった。
「スイムちゃんに……ちか、ちか、近づかないでぇ!」
たまが、クラムベリーに向かって、猫グローブの爪で何度も引っ掻く。
だが、クラムベリーには、その衣装を引き裂くだけが精一杯だった。
「この、この、このっ……!!」
怯えながらも、必死にクラムベリーに攻撃してくるたまに、クラムベリーは、一見穏やかな笑みを浮かべ、
「勇気とは、実力が伴わなければ、ただの無謀なんですよ」
そう言って、破壊音波を纏わせた手で、たまの頭に触れようとして ────
バシュッ
「え ────?」
突然、クラムベリーの右太ももに、外側から内側に向かって穴が空いた。骨も肉もない、文字通りの空虚な穴だ。
当然、右脚を失ったクラムベリーは、バランスを崩してその場に倒れ込む。
「お前なんか、お前なんか、お前なんか!」
たまは、届くようになったクラムベリーの上半身に、爪攻撃を繰り返す。
──── 今度は、左の上腕部に穴が空いた。そのまま、左腕もクラムベリーの身体から離れて、地面に転がっていく。
「こ、の……」
クラムベリーは、たまに向かって破壊音波を放とうとしたが、────
ドシュッ
──── それは果たせなかった。たまのすぐ背後に立ったスイムスイムは、クラムベリーの頭部に、その両耳を貫くようにして、槍を突き刺した。
わずかに、静寂。
「やった……やったぁ……!!」
その事を実感したたまが、喜びの声を上げる。
「す、すごいじゃない。2人でこんなおっそろしいやつ片付けちゃうなんて」
ミナエルも立ち上がり、近づいてきて、スイムスイムとたまの2人に言う。
「うん! それに、スイムちゃんが無事でよかった」
たまはそう言い、自分もスイムスイムの方に振り向く。
「それにしても、スイムちゃんって私より子どもだったんだね。驚いちゃっ ────」
たまの声は、途切れた。
「な……アンタちょっと、何を……」
ミナエルが、驚愕と困惑の声を上げる。
スイムスイムは、たまの首を、槍の穂先で撥ねたのだ。
スイムスイムは、ただ淡々と、機械的に処理をするかのように、ミナエルに視線を向ける。
「ひっ……や、あっ……!!」
ミナエルは、身を翻して逃げようとした。
だが、数歩も走れないうちに、地中から突き出してきたスイムスイムの槍に、下から刺し貫かれた。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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