連邦生徒会長(失踪中)からモモトークが止まらない先生   作:蒼雲しろ

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一章 砂漠観光する連邦生徒会長
「先生!私は今ここにいますよ!」


 シャーレの椅子に深く体を沈める。

 軋む音がやけに響いた。

 

 ため息が静かに漏れる。

 指先で机をたたく音だけが、やけに規則的だった。

 

 その人物は、若い男性だった。

 黒のパンツに、白いワイシャツを着こなした姿はまさしく大人といえるものである。

 そんな彼は、顔を落とす。

 

 数日前、(先生)は連邦生徒会長の指名により、このシャーレに就任した。

 先生はこのキヴォトスの住民ではなく、外の世界からやってきた大人の男性だった。

 

 整えられた機材と、積み重なった書類だけがある室内。

 机の上では、シンプルな銀色のタブレット端末が、紫色の光を発している。

 画面に表示されているのは、何かの記号だけだった。

 

 悩まし気に眉を寄せ、肘を机につく。

 頭を抱えながら、何度目かわからないため息とともに、独り言を漏らした。

 

「一体……どこにいるんだ」

 

 先ほど、ここに来るまでに連邦生徒会の役員から話されたことを思い出していた。

 リンちゃん(七神リン行政官)によると、現在のキヴォトスは混乱状態に陥っているとのことだった。

 様々な場所において事件が発生し、治安は悪化、問題は山積みになっていく。

 

 すべては、連邦生徒会長の失踪が齎した出来事。

 

 そして、彼女の失踪は、想定していなかったのだ。

 先ほどから頭を悩ませる原因は、彼女がこのキヴォトスにいないことであったのだ。

 

 ここなら、いると思っていた。

 ここなら、もう一度会えると思っていたのに。

 どれだけ探しても手がかりはなく、その事実が胸の奥に重く沈んでいた。

 何度感じたかわからない、暗闇を歩いているような感覚に再び襲われ、うなだれるしかなかった。

 

 これでも見つからなかった際にはいよいよ手がかりがなくなる。

 そう思うと、精神への負担も想像以上に大きかった。

 

 黒髪の前髪を右手で持ち上げ、椅子に座っていて凝り固まった体を伸ばす。

 

 次の瞬間、タブレット端末から「ピロン♪」と軽快な音が聞こえてくる。

 一瞬見つめるだけだったが、すぐさまタブレットを手に持ち、確認する。

 手に取ったそれを慣れた手つきで操作していく。

 

 差出人不明、一件のモモトークを受信していた。

 

 項目をタップし、内容を確認する。

 開いてすぐに目に飛び込んできたのは、一枚の写真だった。

 

 目は次第に見開かれ、表情が驚きに染まる。

 

 先生が一番望んでいたものが、そのモモトークには記載されていたのだった。

 

 砂漠でピースをする女性の姿。

 腰まで届く絹のような水色の長髪には、薄いピンクのインナーが入っていた。

 純白の制服を纏う彼女は、ある種の神聖を感じる。

 そんな美しさとは裏腹に、深い青の瞳が心底楽しそうな子供のように映っている。

 

 それは――先生が追い求めている、彼女であった。

 

 

 連邦生徒会長。

 

 

 そして、その写真の下には。

 

『先生!私はここにいますよ!』

 

 端的な文章が添えられていた。

 だが、そんな小さなことでさえ喜びを隠せないのが先生。

 タブレットを机に置き、勢いよく立ち上がった。

 歓喜に打ち震え、思わず泣きそうになるのをこらえていた。

 

 ……こらえられなかったようだ。

 

 目から涙を流しながら、天に向かって思い切りガッツポーズをしていた。

 衝動に身を焦がしながら、あと一歩で叫ぶだろうというとき。

 

「何故……」

 

 タブレットから声が聞こえてくる。

 先生は、声が聞こえたことに動きを止める。

 見られているとは思わず、つい一人で興奮してしまったことに恥ずかしさを感じた。

 辛うじて残っていたら嬉しい威厳を保つべく、いたって真剣な表情で椅子に座りなおす。

 

「どうして……連邦生徒会長が」

「ここはキヴォトスだよ。連邦生徒会長がいなくなるわけないじゃないか、アロナ」

 

 泣きながらガッツポーズをしていた人から出てくるとは思えないほど、威厳のある声に聞こえる。

 だが、先生の取り繕いは触れられることがなく、またもや恥ずかしさを募らせることとなった。

 

 先生の声には答えず、モモトークの画面を画面の中から見つめる少女――アロナは、困惑していた。

 

「混乱。何故、連邦生徒会には連絡しないのですか?」

「それには、色々と事情があるんだろうね」

 

 しびれを切らしたのだろうか。

 タブレット画面の右下が揺れる。

 モモトークの背景しか映っていない場所に、アロナが現れる。

 画面下から現れた彼女は、眉をひそめた表情で先生と対峙する。

 

 腰まで届きそうな白亜の髪には白の大きなリボンに加え、髪の色とは対照的な黒のヘアバンドがセットされている。

 同様に、黒のセーラー服は、淡く光を纏った髪を持つ彼女には映えるものに感じる。

 モノトーン調の可愛らしい少女だった。

 

「先生は、何か知っているのですか?七神さんが先ほど説明していた通り、彼女の失踪はキヴォトスに様々な変化を起こしました。このような状況で――」

 

 アロナは目を細め、画面に映る連邦生徒会長の写真と、彼女が書いたと思われる文章を見る。

 

「一体、何をしているのですか?」

 

 アロナの表情を困惑が支配する。

 

 アロナの言っていることはまさしく正論だ。

 彼女がいなくなったことで治安は荒れ、サンクトゥムタワーの制御権は宙づりになっていた。

 現状、彼女が世間に与えた不の影響というものが多すぎるのだ。

 

 そんな中で送られてきた彼女の写真は、まるで観光を楽しんでいるように見えた。

 混乱のさなかで、原因でありトップである彼女は、そんなところで何をしているのだろうか、そう思ったようだ。

 

「普通に遊んでるだけじゃないかな」

「……はい?」

「フツーに。遊んでるだけだよ。いつもみたいにみんなに迷惑かける奴だよ」

「いつもみたく……?」

 

 そう、いつもみたいに。

 先生は思い出す。

 彼女が、どれだけお転婆で、自由主義で、突発的なのかを。

 それに悩まされてきたことは、アロナも同じはずだと。

 

 だからこそ、これは普段通りなのだ。

 どちらかといえば、大変なのはこれから砂漠まで探しに行くことだろう。

 

「疑問。先生は、ここ数日でキヴォトスに来られたのですよね」

 

 何とか状況をかみ砕こうと、頭を押さえながら先生に質問をするアロナ。

 先生はにっこりと微笑んだ表情を崩さず、答える。

 

「そうだけど」

「では何故……連邦生徒会長の人柄について知っているのですか?」

「何言ってるのさ。アロナだって………………」

 

 続きが紡がれることはなく、先生の言葉が止まった。

 アロナは自身の聞き間違いを疑った。

 

 何をそんなに慌てているのかと思ったら、間違っていたのは自身のようだった。

 自身の間違いに気づき、言葉を訂正しようとする先生よりも先に、アロナが話し始める。

 

「先生は、私が連邦生徒会長の人柄について何か知っていると……そう思っているのですか……?」

「ごめんアロナ。なんだか――」

「連邦生徒会長が迷惑をかけているのを、いつもと言ったのは……何故ですか?」

 

 何処かおかしい先生との価値観のズレを確認するように、質問をしていく。

 先生の反応は何もなく、表情を変えることもなかった。

 

「先生、連邦生徒会長が失踪した原因を知っていらっしゃる……否、連邦生徒会長について、何を知っているのですか」

 

 何を質問しても、先生の表情が崩れることはなかった。

 変わらず微笑んだ顔でアロナを見つめる、そんな先生にしびれを切らしたアロナ。

 頬を膨らませ、眉間にしわを寄せたその表情は、頬が破裂しそうなほど怒っていた。

 しらを切りとおすことは、アロナの表情から難しいと悟ったのだろう。

 

 先生の表情が、ほんの僅かに固まった。

 頬をかきながら、ぎこちない笑みを浮かべる。

 視線はアロナから外れたまま、落ち着きがない様子でタブレットをいじる。

 

「なんだか気が抜けてたみたいだ。気にしないでほしいかな」

「それは不可能です」

「人間違いだったみたいでさ」

「騙されません」

「そうだよねぇ……」

 

 困った表情で、頭を叩く先生。

 唸り声をあげて席を立ち上がり、室内を歩き回る。

 

 そして、ぴたりと止まったかと思えば、アロナのほうに駆け寄っていく。

 

「先生――?」

 

 目を見開くアロナを他所に、タブレットを持つ。

 夏の暑い外へと足を向けた。

 

「話はあとで!取りあえず写真に写ってた砂漠まで行こうか!」

「……話をそらしましたね」

 

 否、こんなもので話が逸れるとは先生も到底思っていないが、多少の時間稼ぎになれば御の字であった。

 胸のボタンを1つ外し、荷物を持って外に出る準備を済ませる。

 何故こんなに上階にあるかもわからないシャーレの部室から、エレベータでエントランスまで下る。

 

 日陰となり、石の涼しさで満ちるエントランスを進む。

 そのまま足早にオフィスを出るが、死を感じるほどの暑さにとんぼ返りした。

 

「この暑さで砂漠行くの……?」

「先生が決めたことではないですか」

「というかあの砂漠って、どこにあるのさ」

 

 実は、スタート地点にも立っていなかったことに今更ながら気が付いた。

 見切り発車もいいところだが、話題を変えるためには致し方ないことだと割り切るしかない。

 先生は、額から出た汗をぬぐい、自身が持てる精一杯真面目な声でアロナにお願いをする。

 

「アロナ――ナビお願いしてもらってもいいかな?」

「先程の話の詳細を求めます」

「……」

 

 タブレットから目をそらし、湧き出る汗が止まらなくなる先生。

 一度自身の中でアロナへの対策を考え、もう一度戦うことに。

 

「このまま外を歩いていたら、私干からびちゃうかもな~」

 

 横目で何度もタブレットを見る先生。

 何がそこまで自信を与えているのか理解できないが、彼はまさに勝ち誇った表情をしていた。

 

 そんな先生を見たアロナは、しばらく無言を突き通す。

 返事が返ってこないことを疑問に思った先生が、タブレットを確認しようとしたとき。

 

「――干からびればいいんじゃないですか」

 

 先生の身体が硬直する。

 今まで聞いたこともないような辛辣な言葉を聞いた先生は、脳が停止していた。

 先ほどまでよりも数度下がった声の温度に、今なら外でも余裕で歩けるくらいは体温が急激に下がった気がした。

 

「なんて辛辣……」

 

 上を向いて涙がこぼれないようにする先生。

 嘗て、こんなに辛辣な言葉を受けたことがあっただろうか。

 アロナと自身の仲は、こんなに離れていなかったはずだ。

 

 先生の言葉に反応がなくなった。

 アロナの声はタブレットから聞こえなくなり、先生一人になる。

 

「私が悪いのは明白なんだけどさ……」

 

 自身の悪いところを反省しながら、下を向きながら猫背で外に足を進める。

 先生の呟きはシャーレエントランスに響くだけだった。

 

 

 ――――――――

 

 

「暑い……」

「先生が誤魔化そうとしなければ、こんなことにはなっていませんでした」

 

 先生のせいだと終始言い張るタブレットの(快適な場所に籠る)住人は、頬が膨らんだままだ。

 

 簡単に言っているが、先生にとってこの環境は暑いどころの騒ぎではない。

 アロナの助けなしに、この『アビドス自治区』まで辿りついたのは良いものの。

 水はすでに底をつきかけていた。

 肝心の砂漠の位置がわからず仕舞い、死にかけの先生を見かねたアロナがサポートをし始めるも。

 

「何故、倒れそうになっているのですか」

「喉が……」

「安心してください。生存に必要な水分量は問題ありません。加えて、水がある場所まで案内してるので、歩いてください」

 

 鬼の教官、アロナ様案内の元。

 ライフ1の先生は、ゾンビのように水分補給ができる場所に向かっている。

 アロナには、先生はまだまだ余裕がありそうに見えるため、躊躇することなく鬼の如き言葉をかける。

 

「このままだと……死んじゃう……」

「まだ死にません」

「まだって何……?」

 

 先程から励ましているように見えて、地獄に突き落としているアロナ。

 あそこまで気になるような言い方をされた上に、連邦生徒会長のことである。

 先生が隠し事をしていることに相当お怒りのようだ。

 

「なんでそんなに怒るのさ」

「先生が隠すからです」

「隠し事の1つくらいさせてくださいな……」

「……」

 

 先生の言葉に、黙ってしまうアロナ。

 ついにこの戦いに終止符が打たれるのではないかと、喜びが湧き上がってくる先生に、異なる意味での終止符が打たれた。

 

「……生徒に隠し事をする先生は嫌いです」

 

 効果抜群の攻撃は、瀕死の先生に更なる追撃をする。

 限界を迎えつつある先生の足元がふらついてきた。

 

「撤回します。嘘です」

「嫌い…………」

 

 アロナの前言撤回は、虫の息な先生には届かなかった。

 

 アロナも、先生の体力限界を感じたのだろう。

 ため息をつき、言葉を発した。

 

「……提案。近くの日陰で休憩しましょう。幸い、あと少しで水を手に入れることができる場所まで来ましたので」

「これ、休んでる途中で干からびるとかないよね?」

「……」

 

 アロナの返答に死を感じた先生は、膝から崩れ落ちた。

 顔面から地面に突き刺さり、尻を天に掲げるような尊厳などない体勢。

 

 アロナが何かを言っているが耳になど入っていない様子で、地面とキスをしている。

 

 しばらく、そうしていた。

 

 すると、何かが横を通り過ぎたような音がした。

 と思ったら、カラカラと、何かが戻ってきた。

 その音源は、先生の横に止まる。

 

 「ん……?」

 

 先生の横に止まったのは、透き通るような水色のロードバイクだった。

 

 ロードバイクに乗った少女は地面に突っ伏す先生を見て思った。

 

 こんなところで何をしているのだろうか、と。

 

 

 

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