「6年前のあの日、私はアカメに斬られた。死の直前、私の頭に浮かんだのはやはりタツミのことだった。『自分はどうなってもいいから』と、あんな風に感じたことは初めてだった。その時だ。こいつが騒ぎ出したんだ」
エスデスは自らの胸に手を当てた。
「『デモンズエキス』………」
「流石に鋭いな、ラン。そうだ。私の帝具。私の身体に流れていた超級危険種の血」
「流れて“いた”?」
「もういない。タツミの替わりに死んだ」
「そんなことが……」
「私も驚いたさ。何百、何千、何万と、殺した私と帝具にそんな能力があるとはな。ともかく、これで私は死んで、タツミは生きる。話は終わりのはずだった」
「でも……」
「そうだ。私は生きている。デモンズエキスが私の身体から消えた時、村雨の呪詛も一緒に消えた。危険種が死んだから私も死んだと思ったのかも知れんな。実際のところはわからんが、私は生き残った。だが、元通りとわけにはいかなかった。デモンズエキスを失ったからか、それとも村雨によるものなのかはわからないが、私は戦えない身体になってしまった」
「ッ……」
「情けない話だ。もう氷は使えない。その上、身体もまともに動かない。その辺の雑兵の方がよほどマシだ。まさか、この私が狩られる弱者の側になろうとはな……。正直なところ、死のうと思った」
「そんなッ!」
「同情など必要ない。私はそうして生きていたんだ。だが、タツミは言ってくれたんだ。そんな私に。『生きろ』とな」
『そんな風に考えるなよ! 生きていけないってんなら俺がずっと一緒にいてやる! だからあんたは生きなきゃダメだ!』
「彼らしい、……何というか、優しさですね」
「そうだな。タツミは優しい。その優しさに私は救われた。タツミがいるだけで幸せなんだ。こんな気持ち、タツミに会うまで感じたことがなかった。もう私はタツミがいないと生きられなくなってしまった。本当に罪な男だな……」
「6年間、ずっと一緒に? タツミくんもあなたも、顔が知られているのですから、いろいろ難しかったのでは?」
「あぁ。人里離れた山奥に、家を建ててそこで暮らした。タツミが狩りをして稼いでいたから生活にはあまり不自由しなかった。私は、料理やら洗濯やら家のことをな。片腕でもコツを掴めば何とかなるものなのだな。あと、買い出しも私の役目だったな。手配書のあるタツミと違って、私は知り合いにさえ会わなければ、服装を変えただけでごまかせたからな。そうやってしばらくした時、………」
「あのティーって子が?」
「あぁ。そういったことは私は初めてでよくわからなかったのだが、タツミのやつ、ああ見えてベッドの上では……」
「そこはいいよ!」
「そうか? 面白い話ができそうなんだがなぁ。最初の夜なんかはお互いやはり緊張もあってな……」
「聞きたくねぇよ! 次! 早く、次!」
「ふむ……。まぁ、そうして生まれたのがティーだ。母親になると、人生観もいろいろ変わってきてな。無論、タツミの所為もあったのだろうが。随分と私も丸くなったものだよ」
「ティーちゃんをあの学校に入れたのは……」
「私が言い出したんだ。タツミと私で教えるというのもありだったかも知れんが、やはり友達がいた方がティーも喜ぶだろうと思ってな。それに、私と同じようには育って欲しくなかった」
(とても6年前と同一人物とは思えませんね)
「さて。そしてここから今回の事件にも関わることなのだが……」
「やはり、たまたま巻き込まれただけではなかったのですね?」
「フフッ。そうだったら私もタツミも喜ぶところなのだがな。残念ながら、関係は大ありだ。黒幕の正体、知りたいか?」
「先生、死んじゃったんだね……」
ティーは悲しげな声でタツミに言った。
「あぁ……」
「先生、いい人だったのに……」
「そうだな……」
「悪者はパパがやっつけたの?」
「あぁ……」
「パパ、強いもんね。かっこいいんだ」
「ティー」
「何、パパ?」
「パパはかっこよくなんてないぞ」
「ええ~」
「悪者が先生を殺したのも、パパが悪者を殺したのも、結局おんなじことなんだ」
「でも、でも! 悪者をやっつけたんだから、パパはいい人なんじゃないの?」
「それは違う。悪者を殺したって、結局殺したことに変わりはないんだ。だから、パパはいい人なんかじゃない」
「むぅ~。やっぱりよくわかんないや」
「ハハハッ……」
タツミは優しくティーの髪を撫でた。
「ティーももっと大きくなったらわかるよ。その時、よ~く考えるんだ。今はかっこよく見えるかも知れないけど、パパみたいになるのはあんまりいいことじゃないって、きっとその時わかるよ」
「今回の事件を起こしたのは、革命と新国家が気に入らない連中。要するに帝国の亡霊。そういう集団の一つだ。昔、味わった快楽が忘れられないのだろう」
「いつまで経っても。ったく、どんだけ潰したと思ってんだよ」
ウェイブが呆れたように天を仰いだ。
「気を落とすな。なかなかよくやっているそうじゃないか。だが、今度のを今までの連中と同じだと思わない方がいいぞ」
「どういうことです?」
「連中の根は相当深く張られてる。帝国の上層部にいた連中だけじゃない。現役の軍人や、果ては革命政権の一部まで取り込んでる。他との一番の違いは主張だろうな」
「というと?」
「『革命は嘘の上に築かれたものだ。だから、正しい方法でもう一度自分たちがやり直す』。確かこんなところだったか」
「『嘘』……」
「ナイトレイドのことだろうな。他にも新国家の中の腐敗政治家らのことも指しているそうだが、一番大きいのはそれだ。革命を優位に進める為に夜な夜な帝都で行われた、殺しに継ぐ殺し。まして国が変わっても、変わらず犯罪者として扱い、革命軍との繋がりを消してきたんだ。民衆に漏れればそれなりの威力の爆弾になるのだそうだ」
「随分と詳しいのですね。我々が掴んでいないことまで色々と」
「当然だ。本人たちから聞いたからな」
「はぁ!?」
「どうやって居場所を突き止めたのか知らんが、数週間前に勧誘されてな。無理だと言って追い返したが、連中諦めが悪いらしい」
「あなたの娘をさらった、と」
「そういうことだ。ティーを押さえれば私が協力すると思ったのだろう。戦えずとも利用はできると踏んだか。それに、タツミは連中の謳い文句の生き証人になりうる。当然、押さえておきたいところなのだろうさ」
「なるほど。漸く事情が飲み込めましたよ」
「嘘を吐け。ラン、お前のことだから私が現れた当たりで察しは付いていたのだろう?」
「えぇ、まぁ。しかし確証はありませんでしたから」
「許せねえ。折角、平和な時代が来るって時なのに……。隊ち……、エスデスさん、そいつらの名前は?」
「名前か? 確か……」
「『ホワイトファング』」
3人のすぐ近く男が立っていた。
「「「!!!」」」
「で、俺がそのリーダー的なことをやってるカルラだ。自己紹介はちゃんとしただろ? そんな昔のことでもねえのに忘れないで欲しいな」
犬歯を剥き出しに喋るカルラと名乗った男。
「テメェ、いつの間に……」
「そうカッカしなさんな。今日は挨拶だけのつもりで来たんだからさ。俺の後ろで糸引いてるご老人方、今回はかなり本気みてえだから気ぃ付けろよ。何よりナジェンダ将軍がいなくなって俄然やる気出してやんの」
口振りからは凶暴性よりも飄々とした性格が見て取れる。
「挨拶だけだと? 貴様、私とタツミの娘にまで手を出してタダで済むと思っているのか?」
「男つくってガキまで生んで、ただの女になっちまったあんたになんざ用はねえよ、……ってのは言いすぎか。まだまだ利用価値はあるしな。ま、とにかく、今のあんたに凄まれたってちっとも怖かねえんだよ。せいぜい、旦那と娘との残された時間を大切にな……」
カルラは背を向けて歩き出した。
「って! 背中向けて余裕だな、おい!」
ウェイブがここぞとばかりに斬りかかった。
しかし、刃が触れる前にカルラの身体が手品のように消える。
「ハハハッ! 『本気だから気を付けろ』。さっき言ったばっかだろうが。国中の役人や兵士が俺たち『ホワイトファング』とつながってんだ。帝具だって、持ってるのは一人や二人じゃない」
声はすれども姿は見せず。カルラは捨て台詞を吐いて気配を消した。
「俺は何としてもこの国を潰す。邪魔する奴らも一緒にな」
タツミ、エスデス生存の辺りはかなりご都合展開ですね。深く考えてはダメですよ。