────今の俺の姿をよく覚えておけよ────
(俺もおんなじようになるってことか?)
規則正しい振動に身を揺らしながら、馬上のウェイブは元同僚の言葉を反芻していた。
「……ちょ…」
(冗談じゃねぇ)
「た…ちょ…」
(仲間はもう絶対死なせないって、誓ったはずだろ)
────仲間が泣き喚いて命乞いするのを見せつけられたんだよ────
────よく覚えておけよ────
────ウェイブ────
「た…ちょ…。ウェイブ隊長!」
「へっ? うわっ!」
ハンナの声でウェイブの意識は現実に帰還した。直後に目の前に迫っていた木の枝に気付くが、時すでに遅し。
「イテテ……」
「大丈夫ですか? 隊長」
「オウ……、なんてことない……」
昼間なのにお星様が見えたよ、とは言えないウェイブ。
(何やってんだよ、俺)
「それはともかくとして。隊長、もうそろそろ指定ポイントです」
カイが落ち着いた口調で告げる。
先日はなかった全長1mほどの細長い背嚢を背負っている。両太腿の回転式拳銃は健在。
「よくわかるよな。俺なんか地図があってもサッパリだ」
最後尾のザイルが左手に地図を持ってキョロキョロと周囲を見渡している。
「家は猟師だからな。この辺の山は庭みたいなものさ」
フフンッと得意げなカイ。
「カワイイ動物を追い回して殺しちゃうんだ」とか言ってるハンナのことは無視しておくことにする。
「いや、さすがに今いる場所くらいは、把握できてないとマズいでしょ」
ベイターが頭を半分回してザイルの方を振り返る。
「敵がどうこうの前に、迷子になっちゃうよ、ザイル」
「うるせー」
「ぷぷぷっ」
「なんだよ!」
「はいはい、ケンカしないの」
ベイターのからかいが乗ってきたところでハンナが止めた。
「いやー、この隊は楽しいね。みんな、イジり甲斐があってさ」
毎度のことながら、ベイターに反省の色はない。もはや、戯れの部類になりつつあった。
「ようし、全員停止だ。作戦開始の時間までここで待つぞ」
「「「「了解」」」」
5人は馬を下りて、荷を背中から下ろした。
「それじゃ、時間もありそうだし、作戦のおさらいだ」
ウェイブが腰を下ろしたメンバーたちに向かって、
「俺たちの相手は? ハンナ」
「反政府武装集団『ホワイトファング』。その内、本隊が討ち漏らして逃走した構成員たち。敵が来なければ、今日は待ちぼうけです」
「よし。じゃあ、なんでここで待ってるんだ? カイ」
「推測された逃走ルートの内の一つで、その中で私たちの受け持ちがここだからです。逃走ルートは本部が地形から割り出しました。自分がもしホワイトファングの構成員ならこちらに逃げるだろうと思います」
「よし。それじゃあ、作戦開始はいつだ? ベイター」
「ええっと、本隊は大人数で足が遅いから、だいたい「もう始まってるよ」です。……えっ?」
ベイターの言葉に何者かが割り込んだ。
全員が一斉に不穏な言葉の主の方を見る。
「やあ、ウェイブ隊長」
5人の視線の先に現れたのは、犬歯を見せて不遜に笑っている若い男。
「あんたにはこないだ会ったよな」
「お前はッ……」
「カルラだ。背中から斬りかかっといて『忘れちまった』ってのはナシだぜ、隊長さん」
ヘラヘラした態度を変えることなく話し続けるカルラ。
「心配すんな。ちゃんと覚えてるよ。5歳児を誘拐しようとしたクソ野郎だ」
(本隊は……。いやいい。考えるのは後だ)
挑発するように言ったウェイブは剣を抜いて臨戦態勢に移行した。
他のメンバーもそれぞれの得物を構えていた。
ハンナは刀を。
ザイルは剣を。
カイは拳銃を。
ベイターは両手に填めたグローブの感触を確かめるように何度か握りしめる。
「初っ端から、やる気満々じゃねえかよ。光栄だな。そうだろ? お前ら!」
「「おう!」」
「「「「!!!!!」」」」
ウェイブ隊の面々は、これ以上ないほどまでに集中していたと言えるだろう。
敵は目の前。それも、一度精鋭部隊を撃退した強敵だ。
にもかかわらず、
(あいつら、いつからあそこにいたんだ……)
カルラの両脇に控えるように、左右に現れた、美女と野獣のような取り合わせの男と女。
男の名前は、ボリスと言った。体型に見合う大振りの剣を背に負っている。
女の名前は、
「レイラ教官……」
……レイラと言った。腰に日本刀を提げている。
「よう、元気そうだな、ハンナ。俺がいなくなってから、腕は上がったか?」
「お陰様で」
会話の通り、元は政府軍で新兵を相手に教鞭をとっていた人物であり、ハンナの師であった。……3年前までは。
「突然いなくなった、って聞いてたんですけど、こんなところで何をしてるんですか?」
「おいおい、そんな目で睨むなよ。興奮してくるじゃねえか。連れて行かなかったこと怒ってんのか? だって、お前ノン……」
「そんなこと聞いてません!」
「じゃあ、あれか? いつだったか、風呂でお前のこと襲ったこと根に持ってんのか? 結局、あの時はせいぜい……」
「ふざけないでください!」
ハンナは顔を真っ赤にして叫んだ。
(((“せいぜい”ってどこまでやったんです!?)))
男たちの邪念は放っておくとして、
「まあ、お前の質問に答えるとするなら、『帝国のため』かな」
「帝国……」
「流れに乗ってそのまま軍人やってたが、元は帝国軍だったからな。皇帝陛下の首まで飛ばした革命政府とはいつか別れるつもりだったんだ」
「皇帝……」
「そうだ。あの幼い皇帝を慕ってたのは私だけじゃないぜ? こっちでも結構な人数が似たようなこと言ってたよ。まあ、それより何より……」
「まだ何かあるんですか?」
「『愛』だな」
レイラはキッパリと言い放った。
「……あ、い?」
呆然とするハンナにレイラは続けて、
「ああ。ただ中央を離れるだけじゃなくて、『ホワイトファング』に入ることにしたのは、ストライクゾーンど真ん中の美女がいたからだ。シオンって言ってな、肌は雪みたいに白くて、髪は夜の闇のような色で、物静かで……」
長くなりそうだ……。
「(中略)でもそんなところも憎めなくさ。……おっと、ついつい話しすぎちまった。早い話が、シオンは見事に俺のハートを射止めたってことだ。そう……」
親指から中指までをつけた状態でレイラは左手をあげた。
「こんな風にな」
フィンガースキップ。
「なっ!」
突如飛来した一本の矢がベイターの左肩に突き刺さった。
「相変わらず、恐ろしい腕前だな」
笑い混じり評価するレイラだが、ウェイブ陣営にとっては完全に奇襲だった。
「ベイター!」
「急所ってわけじゃありません。すぐに動けるようになりますよ」
茂みの中に引っ込みながら、ベイターは笑みを見せる。
「しばらく、そのまま隠れてろ。カイ!」
「行きます!」
ウェイブの言葉を待たず、カイは細長い背嚢を拾い上げて走り出していた。
「どんだけ離れてるか、わかってるのか? 走れる距離じゃねえぞ?」
「どうかな?」
レイラの言葉に挑発的に返したウェイブに二の矢が飛来する。
「グランシャリオ!!」
キンッ! という金属音と共に、装甲に当たった矢が弾かれた。
「行くぞ!」
「はい!」「おー!」
ウェイブに続いて、ハンナとザイルが得物を振りかざして敵に飛び込む。
「こっちもやるか」
カルラは懐に手に入れ、
「帝具……」
自らの武器の名を告げた。
「……『アガルタ』」
瞬間、ウェイブの視界からカルラが姿を消した。
「どこに……」
「後ろだよ」
即座にウェイブが振り向きざまに放った拳はまたも空を切る。
「鬱陶しい能力だな」
「ヘヘッ……」
ウェイブの感情を逆撫でするように嗤うカルラ。
時折、グランシャリオに当たっては砕ける矢もダメージにはならないが、神経に触った。
(やってやる!)
「ウォー!」
続けざまに二度、三度とウェイブは攻撃を繰り出す。
「数打ったって当たるもんじゃねえよ」
カルラはそれら全てを危なげなく回避し続ける。
しかし、ウェイブは攻撃の手を休めない。
4度、5度、6度、7度、8度、…………。
「そこだ!」
声と共に放った何度目かの拳も、カルラを捉えることはなかった。
「だから当たらねえって、何回も、……」
呆れたようにカルラは言う。
「いや、当たったぜ」
しかし、ウェイブは否定した。
「あ?」
自信あふれるウェイブの言葉を訝しむカルラ。
次の瞬間、
「グハッ!」
カルラの腹から矢が生えた。
「シ、オンぅ!」
「矢を射ってから的に当たるまでのタイムラグを狙ったんだ。責めてやるなよ」
「くっ……。なんだよ、若くて経験が浅い隊長だって聞いてたのに、頭も使えるんじゃねえかよ」
傷口を押さえるカルラの額から一筋の汗が滴った。
「ハアッ!」
「フフン」
気合いの籠もった声と共に放たれるハンナの斬撃を、レイラは笑みを消すこともなく受け流していく。
「へえ……。結構、強くなったじゃねえか。悪くない」
「うるさいです! ……やあ!」
押された力を利用して一歩下がったハンナは、刀を水平に倒してレイラの胸を狙った鋭い突きを繰り出した。
「でもな……」
レイラは地面に対して垂直に立てた刃で、突きを身体の右側に逸らすと、左手でハンナの刀を握る右手を掴み、勢いを殺せずに飛び込んできた彼女の足を払って、
「キャアッ!」
……空中でハンナの身体を半回転させて、背中から地面に叩きつけた。
「攻撃が素直すぎだぜ。ルーキーの頃から変わってない。因みに、この技は相手の力を利用するから、投げるときにでも自由に片手を使えるんだ。たとえば……」
レイラはハンナの顔を覗き込むようにして、
「手首を切ってやれば、相手は一分もすればあの世行きだ」
「…………」
────嘗められている。
────遊ばれている。
相手にされていないと思い知らされた。
しかし────
それでも────
(馬鹿にするな!)
「私だって、あなたの弱点くらい知ってます!」
ハンナは刀を手放し、屈んだ姿勢をとっていたレイラの頭の後ろに両手を回して、
「何するつも……ッ!」
レイラと自らの唇を重ねた。
(えっ?)
余裕ぶっていたレイラの顔から初めて笑みが消えた。
呆気にとられ、完全に固まってしまう。
ようやく、事態を把握したとき、
「グフッ……!」
鳩尾に強烈な一撃をお見舞いされた。
続けざまに、レイラの下から滑り出したハンナは後ろ足で地面の砂を巻き上げた。
思わぬ奇襲に目を見開いてしまっていたレイラは、まんまと視覚を潰されてしまう結果となった。
「『勝つためなら何でもやれ』って……」
刀を拾い上げて、ハンナは言った。
「教えてくれたのはあなたですよ、レイラ教官」
「いいぜ……」
これに、レイラは狼狽えるどころか、却って先ほどよりも楽しそうに笑みを浮かべた。
「『ズルは嫌です』とか言ってたお前が随分やるようになったじゃねえか。嬉しいよ。目が見えないくらい、ちょうどいいハンデだよ」
砂の入った目では、姿が捉えられるはずもないにもかかわらず、レイラの刀の切っ先は真っ直ぐハンナの眉間に向けられた。
「殺し合いだ! 楽しもうぜ!」
ハンナの全身に凄まじい殺気が浴びせられる。一瞬、背中に氷水をかけられたかのように筋肉が硬直した。
そこを逃さず、レイラは切り込んでくる。
キンッ! と。刃がこぼれて火花が散る。
(さっきの打ち合いとは段違いの力……)
競り合う中でハンナの身体が後方に押し下げられる。
(でも……)
一度、力を脇へ逃がして、今度はハンナから刀を出す。
「望むところです!」
「ハハッ!」
「ドラァッ!」
「ウラァッ!」
ザイルとボリスの戦いは白熱していた。
全長が人間の身長ほどもある剣を双方が振り回す。殺陣のようなテクニックもなく、ほぼ力任せに。
周囲には、衝撃で立っていられないほどの風圧が生じていた。
剣の行く手に立っていた哀れな木々は、巨人の手によってへし折られたのかと疑うような断面を残して、無惨な姿を晒している。
「やるな!」
「そっちこそ!」
(こいつ、バカに見えて意外と考えてるな)
剣を振り回す手は止めることなく、ボリスは目の前の男について考察する。
(これじゃあ、シオンの矢が届かない)
ただでさえ木々の生い茂る中だというのに、ああまで巨大な剣をブンブン振り回されてはまともな間隙は生まれない。
そして、ボリスの体格と得物にしてみれば、回避やカウンターもままならず、結局は矢の防御を手伝う覚悟で、自分も剣を振るうしかない。
単なる力押しに見えて、的確な分析に基づいて脅威を排除した上での行動だ。
(だが!)
「フアッ!」
「くっ……!」
強烈な一撃にザイルの手が痺れを訴える。
「ガチンコ勝負なら、負けるわけにはいかねえな……」
「……しまった」
自分の矢がカルラに命中したことを確認し、シオンは言葉少なに呟いた。
「まあいいか」
気を取り直して次の矢をつがえる。
狙いは帝具使いの隊長だ。
ボリスの援護はどうやら不可能だし、レイラに関しては援護は不要な上に、もしやったら『邪魔するな』くらいのことは言ってきそうだ。ベイターはもう狙う必要がない。
もう一人──二丁拳銃のイケメン──いるにはいるが、今のところ姿が見えない。ここまではかなり距離がある上に、到達するまでには絶対に茂みから姿を現す必要がある。自慢ではないが、弓を使えたとしても、自分ほどの遠距離攻撃は想定する必要はないだろう。まして、相手の得物は拳銃だ。
「と、いうわけで、まずは隊長から」
フー、とゆっくり息を吐きながら、弓を引き絞る。
「鎧の隙間。鎧の隙間……」
場所は不明だが、それらしいところを狙って……、
その時、彼女の頭のすぐ横の木の枝が突然折れた。
「ん? ……ッ!」
バァンッ!
一瞬遅れて山に響き渡った銃声。
確認した後方の木の幹には丸い金属の塊がめり込んでいた。
考える前に、シオンは身体を左方へ回転させていた。
さっきまで彼女がいた場所を鉛玉が通過していく。
「ライフル狙撃……」
「言っただろ?」
レバーを押して薬莢を吐き出させ、
「俺の家は……」
次の弾丸をセットして、
「猟師だってさ」
またレバーを戻す。
仕事柄、というより家柄、慣れた動作を反復しながら、カイは思う。
(あと一瞬、気づくのが遅れてたら仕留められたのに……)
バァンッ!
姿は視認できないが目算で一発撃ってみる。当然、ハズレる。
(でもそれを言ったらこっちも同じか……)
最初のベイターへの攻撃で、誰かが死んでいてもおかしくはなかった。
バァンッ!
(それにしても弓でこの距離を狙われたら、コレも形なしだな……)
この国でライフルはまだ歴史が浅い。高価なことと平和も手伝って軍での採用はない。
カイが持っているのは私物だ。
(黙って持ってきたから、壊したら親父に殺されるな……)
バァンッ!
(でも、弓がどうこうというより、これは射手の腕なのかな。人間業じゃないな……。あっちも狩猟民族の末裔かな)
カイの思った通り、北方出身のシオンは幼い頃より両親や兄たちから狩りのやり方を教わっていた。
「ムカついた……」
現在は尋常ならざる速度で山の中を駆けていた。
次々と弾丸が背後の木々に命中しているのがわかる。
時折ペースを変え、時に立ち止まり、地面に伏せたり、太い木の裏に回ったりもしたが、効果は薄かった。
獲物に気取られないような移動方法も心得ているつもりだが、遥か遠方にいながらそれを見抜いて補足している相手はおそらく似た素性を持っているのだろう。
しかし、……いや、だからこそ、
(気に入らない……、逃げ回るのは……)
シオンの瞳に光が宿った。純粋な殺気を湛えた、狩人の眼光だった。
「獲物は……、お前だ……」
長い前置きを乗り越えてようやく話がノってきたって感じですね。単に戦闘シーンになっただけですが……。
一話に収めるには長すぎるようなので、ウェイブ隊vsホワイトファングは前後編構成に相成りました。
タツミとエスデス将軍の出番がドンドン遠のいてゆく……。
この二人に死んでほしくなくてこの話を書こうと思ったはずなのに、どうしてこうなった……。