ゼノ・クライシス(Xeno-CRISIS)   作:gp真白

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第十話

虚数潜航を終えたポッドは、目もくらむような高層ビルの影、陽の光さえ届かない「エルサレム」の最下層スラムへと着弾しました。

 

「……ここが、科学の都の足元か」

 

クライムはポッドのハッチを開け、鼻を突く錆と油の匂いに顔をしかめました。頭上にそびえる近代都市の輝きとは裏腹に、ここは打ち捨てられた機械の残骸と、行き場を失った人々が蠢く吹き溜まりです。

二人は目立たないようボロ布を纏い、王宮への潜入ルートを探るべく聞き込みを開始しました。しかし、事態は最悪の形で動き出します。

 

都市の全域を覆う防衛システムから、周期的に放たれる高周波の走査波。それに反応したのは、クライムが肌身離さず持っていた、あの「元素の結晶体」でした。

 

「っ……、熱い!?」

 

ポケットの中の結晶が、防衛システムの周波数に同調し、隠しきれないほどの桃色と蒼の光を放ち始めます。アニマの力が、都市のセンサーに「特異点」として補捕捉されてしまったのです。

 

「いたぞ! 未登録の感応波形を確認! 確保せよ!」

 

スラムの汚れた路地裏に、白銀のパワードスーツに身を包んだ「都市警備隊」が次々と空から舞い降り、二人を完全に包囲しました。

 

「アニマ、逃げろ!」

 

クライムは、ムサシに教わった「見えない網」を展開しようとしましたが、多勢に無勢。警備隊が放った電磁拘束弾がクライムの身体を焼き、その場に崩れ落ちさせます。

 

「クライム! ……やめて、彼には関係ないわ!」

 

アニマが叫びますが、警備隊の一人が結晶体のアニマを冷酷に掴みました。

「『アニマの器』を確保。これはエルフ王族直属の管理物だ。汚い猿と一緒に扱うな。……そいつは、不法侵入者として地下監獄へ。器は直ちに、王宮の『研究区画』へ移送しろ」

 

クライムの意識が遠のく中、視界の端でアニマが豪華な浮遊艇へと無理やり押し込まれていくのが見えました。

 

クライムが次に目を覚ましたのは、冷たいコンクリートとレーザー格子に囲まれた、エルサレム地下深層の独房でした。

 

「……くそっ、アニマ……!」

 

拳で壁を叩きますが、虚数領域を封じる特殊な電磁波のせいで、「網」を編むことさえままなりません。

絶望が彼を襲ったその時、隣の独房から、皮肉めいた落ち着いた声が聞こえてきました。

 

「無駄だよ、新人さん。ここはエルフたちが作った『神の知恵』が詰まった檻だ」

 

声の主は、ボロを纏いながらも、王族と同じような気品を感じさせる瞳を持った、一人の男でした。

 

「もっとも、君のその『左目』から漏れ出している数式を使いこなせば、話は別だがね」

 

隣の独房から聞こえてきたのは、確かな知性と、この絶望的な状況をどこか楽しんでいるような余裕のある声でした。クライムは顔を上げ、レーザー格子の隙間から隣を覗き込みます。そこにいたのは、汚れたボロを纏ってはいるものの、背筋を正し、エルフ特有の長い耳と透き通るような肌を持つ男でした。

 

「……誰だ、あんた。俺の目のことを知ってるのか?」

 

「知っているとも。この『エルサレム』のシステムを構築した一族の末裔を捕まえて、その質問は酷だな。私の名はカレルレン。かつてこの都の叡智を司り、そして王族の傲慢に背いたことでここに捨てられた『落ちこぼれ』さ」

 

カレルレンは、暗闇の中でクライムの左目を指差しました。

 

「君の左目に宿っているのは、ゾハルの深層言語だ。そしてこの監獄を覆っている電磁波……それは虚数エネルギーを抑え込むためのものだが、君の持つ『数式』にとっては、単なる外部電源に過ぎない」

 

「電源……? これが?」

 

「そうだ。君が恐怖を捨てて、その左目に映る数式をこの監獄のシステムに『上書き』してごらん。そうすれば、この難攻不落の檻は君の指先一つで開く。……アニマの結晶体を救いたいのだろう?」

 

クライムは目を閉じ、アニマが冷たい研究室へと運ばれていく光景を思い出しました。自分を守るために必死に叫んでいた結晶体の輝き。怒りと焦燥が、彼の脳内の数式を激しく活性化させます。

 

「……アニマを……返せッ!!」

 

クライムが目を見開いた瞬間、左目の虹彩が神域の色へと完全に変色し、複雑な数式が空中にホログラムのように投影されました。

 

『事象変移:コード・強制介入』

 

バチバチと激しい火花が散り、監獄全域のレーザー格子が一斉に消失しました。それどころか、エルサレム地下深層の全ロックが解除され、警報が鳴り響く中、すべての独房の扉が解放されていきます。

 

「ははは! 素晴らしい! 期待以上の『バグ』だ、君は!」

 

カレルレンは優雅に立ち上がり、自由になった自分の手首をさすりながら笑いました。

 

監獄内は、解放された囚人たちの叫び声と混乱に包まれました。

カレルレンはクライムの肩を叩き、王宮へと続く巨大な昇降機を指差します。

 

「さて、新人さん。アニマの器……あの結晶は今頃、最上階の『理(ロゴス)の塔』で解体されようとしている。王族たちは、その純粋なアニマの力を自分たちの不老不死のエネルギーに転用するつもりだ」

 

クライムは、カレルレンの瞳に宿る、底知れない野心と憎悪の混じった光に一瞬怯みますが、今は彼の手を借りるしかありません。

 

「案内しろ。……アニマを助け出すためなら、この街ごとぶっ壊してやる!」

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