「……あいつ、どこに行きやがった!?」
背後から迫る重装歩兵の銃撃を間一髪でかわしながら、クライムは豪華絢爛な回廊を全力で疾走していました。ついさっきまで隣で不敵に笑っていたカレルレンの姿は、煙のように消え失せています。
「先生もいない、カレルレンもいない……。結局、頼れるのはこれだけかよ!」
クライムは左目を強く見開きました。脳内に直接流れ込む王宮の構造図と、その最上階で悲鳴を上げるように脈動するアニマの結晶反応。彼は「見えない網」を自身の足元に展開し、重力を無視したような跳躍で追っ手の手を逃れながら、ひたすら上へと駆け上がります。
一方、最上階の「理の塔」。アニマの結晶を抽出カプセルに閉じ込め、冷徹にモニターを監視していたエルフの王女、マーニャの背後で、空間がわずかに歪みました。
「久方ぶりだね、マーニャ。……その結晶、さっさと僕に渡してくれると助かるんだけど?」
聞き慣れた傲慢な声に、マーニャは眉一つ動かさず振り返りました。そこには、監獄にいたはずのカレルレンが、汚れ一つない足取りで立っていました。
「一度は私達に負けた分際で、随分と強気に出るのだな、クソ野郎」
マーニャの言葉には、氷のような憎悪が籠もっていました。かつて、カレルレンがこの都市の叡智を独占しようとし、王族によってその座を追われた屈辱的な歴史を、彼女は忘れていません。
「貴様に渡すくらいなら死んだ方がマシだが……今は『神の記憶』を解析するのに忙しくてな。悪いが、もう一度牢にでも入っておけ」
マーニャが冷酷に指を鳴らした瞬間。天井や壁の隠しハッチがスライドし、純白の甲冑を纏った「秩序の番人」の精鋭たちが、音もなくカレルレンを包囲しました。彼らが構える武器からは、ゾハル直系の高純度エネルギーが漏れ出し、周囲の空気をピリピリと震わせます。
「やれやれ……。相変わらず話が通じないね」
カレルレンは溜息をつき、眼鏡を指で押し上げました。
「君たちが『神の記憶』と呼んでいるものは、そんな粗末な機械で扱える代物じゃない。……真にそれを受け止められるのは、僕のような『進化の先を見据えた者』だけだと思わないかい?」
二人の会話をよそに、カプセルの中で繋がれたアニマの結晶が、かつてないほど激しく蒼い光を放ちました。
(クライム……! 来ないで……! ここは……仕組まれた『罠』なの……!)
結晶から放たれる思念波が、王宮の壁を伝わり、下層を走るクライムの脳裏に直接響き渡ります。しかし、その警告は同時に、クライムに自らの居場所を強く指し示すことになってしまいました。