「ハァ……ハァ……ッ!」
空中庭園の端、砕け散った大理石の破片が奈落へと吸い込まれていく中、クライムは必死に空を「編んで」いました。眼前に迫るのは、一歩歩むごとに地響きを鳴らす巨漢、ドンパ。その拳が空気を叩くたび、砲撃のような衝撃波がクライムの肌を焼き切らんばかりに襲います。
「……見えてるなら、それを利用してやる!」
クライムは左目の数式を限界まで回し、これまで「敵を捕らえる」ために使っていた網の概念を書き換えました。あえて空中に、蒼く光り輝く「重力の網」を派手に展開します。
「そこか!」
ドンパの巨大な右ストレートが、光る網を粉砕しようと振り下ろされました。しかし、それは囮。クライムの本命は、光り輝く網の陰——完全な暗闇の中に編み上げた、「無色の不可視の足場」でした。
「かかった!」
クライムは光の網をすり抜けるように跳躍し、何もない虚空を蹴りました。ドンパの巨体が空を切り、クライムは彼の手が届かない、さらに高い階層の「見えない階段」を駆け上がっていきます。
(これだ……! 網は捕まえるだけじゃない。俺の『道』になるんだ!)
新しい可能性に、胸が高鳴りました。この空中戦ならば、巨体のドンパを翻弄し、アニマと共に脱出できる——そう確信した瞬間でした。
「本当に……君は侮れないよね」
耳元で、岩を砕くような重低音が響きました。
「……えっ!?」
心臓が凍りつきました。見えない足場を使い、誰よりも高い場所にいたはずの自分の、すぐ後ろ。そこには、巨躯に似合わぬ無音の跳躍で追いついていたドンパが、冷徹な瞳で立っていたのです。
「機密部隊の重戦車が、ただパワーがあるだけだと思ったかい?」
クライムが振り返るよりも早く、ドンパの巨大な鉄の掌が、クライムの顔面を鷲掴みにしました。
「ぐ……あ、が……っ!」
「隊長は『生かしておけ』と言ったが……これだけ高いところから落ちれば、運が良ければ生き残れるだろうさ。あいにく、僕はそこまで優しくないんでね」
ドンパの指に力がこもり、クライムの視界が歪みます。
そのまま、ドンパは無造作に腕を振り抜きました。
「さらばだ、小さな英雄」
ドォォォォォンッ!!
凄まじい遠心力と共に、クライムの身体は空中庭園の端から、雲の下へと広がる真っ暗な奈落へと叩きつけられました。
「クライムーーーーッ!!」
胸の中で、アニマの結晶が悲痛な叫びを上げ、周囲の景色が猛スピードで上へと去っていきます。叩きつけられる突風と死の恐怖。遠ざかる理の塔の頂上で、ムサシと隊長の火花が散る光景が、視界の隅で小さく消えていきました。