叩きつけられる暴風と、死の予感が全身を痺れさせる。クライムの意識が白濁していく奈落の闇の中で、不意に風の音が止みました。
(……なんで、貴方は産まれてきたの?)
銀鈴のようでありながら、どこかひび割れた無機質な少女の声。それは先ほどまで王宮で暴走し、全てを破壊していたグノーシス・レアリアンの思念でした。
(なんで貴方はそんなに生きようとするの? 落下して、砕けて、無に還るだけなのに。貴方は何故そこまで、生きるのに必死なの?)
問いかけは、クライムの脳髄に直接突き刺さります。その震える声には、自らの存在理由を暗闇で探し続けるような、深い孤独と渇望が混ざり合っていました。
クライムは、薄れゆく意識を無理やり引き戻し、心の底から叫びました。
「……っ、そんなの……決まってるだろ……! 俺の生きる意味は、俺の意志で決めているんだ。誰かに敷かれたレールなんて、俺には要らない。そんなもんに従うのは、ただの人形と同じだ……!」
虚空を掴む手に力がこもります。
「……お前はどうなんだ。お前は、誰かの道具で終わるつもりなのか……!?」
一瞬、思考の深淵で少女の気配が揺らぎました。
(私の生きる意味は……兵器としての運用でしかない。殺し、壊し、消去すること。……もし、その他にも生きる意味があるというのなら。貴方のその『生きる意志』……私が、受け継いであげる)
刹那、クライムの全身を異質の冷気が貫きました。
「な……っ、何……を……!?」
クライムの視界から光が消え、代わりに見慣れない「数式の羅列」が網膜を埋め尽くしていきます。彼の肉体の主導権は、奈落に沈んでいた少女の意識へと強制的に
クライムの口が、彼の意志とは無関係に、少女の静かな声で言葉を紡ぎます。
「貴方の生きる意志が答えなら……貴方の存在は、私達を導く『集合的無意識の溜まり場』となる。それは、グノーシスの力を持つ私も、貴方と同じ意志を持つということ……」
奈落の底、地面に激突する寸前。
クライムの背中から、黒紫色の結晶でできた「グノーシスの翼」が爆発的に展開されました。それは重力を拒絶し、落下の衝撃を凄まじい虚数エネルギーの余波へと変えて霧散させます。
立ち上がったのは、クライムの肉体。しかし、その瞳にはレアリアンの紫色の輝きが宿り、全身からは不気味なほどの静寂が漂っていました。
「……不完全な器に、確かな魂。これが、貴方の視ている世界なのね。クライム」
少女の意識を宿したクライムは、ゆっくりと空を見上げました。そこにはまだ、戦いの火花を散らす王宮の影が、はるか高みに浮かんでいます。