戦場を覆う黒紫の残光。圧倒的な演算能力でドンパを無力化した「クライム」の姿を、ムサシと隊長は一歩引いた位置から静かに見つめていました。
隊長は新しい葉巻に火を灯すと、紫煙の向こう側で異形の翼を羽ばたかせる少年を指差しました。
「……おい。ムサシ、お前にはあれが何に見える。あの中身がなんなのか、分かってるのか」
ムサシは抜刀の構えを解き、険しい表情で弟子の背中を見つめました。
「……クライムが前に、夢で二人の男女が会話しているのを聞いたらしい。『集合的無意識に帰らない意識』……その理由を知れば、対処できる、とな」
ムサシの声は低く、哲学的な響きを帯びていました。
「この次元宇宙には、精神が集まることで新しい精神へと生まれ変わる、
隊長は鼻で笑い、葉巻を深く吸い込みました。
「それを『グノーシス』って呼ぶんだろ。だが、それは死んだ人間の精神が虚数領域で漂流し、凝り固まることで起きる現象のはずだ。……だがあれを見ろ。あれはグノーシス化したレアリアンの精神を、そのまま生きた人間が『集合的無意識』のネットワークとして構築し、制御してやがる。おかしいだろ。普通、そんなことは起こり得ない」
隊長の指摘は鋭く、この世界の根幹を揺るがす矛盾を突いていました。生身の人間が、死者の拒絶反応であるグノーシスのネットワークを維持するなど、本来なら精神が焼き切れるはずの所業です。
ムサシは隊長の問いに賛成するように頷き、クライムの左目——蒼い数式が躍動する瞳を指差しました。
「普通ならな。……だが、クライムの左目には『ゾハル』に直接アクセスできる力が宿っている。それが何を意味するか、お前なら理解してないわけじゃないだろ」
隊長の目がわずかに細まりました。
「つまり、グノーシス化した精神……あの少女の意識が、自分の自我を預けられるほどの『強い意志を持つ精神』を見つけ出し、融合したんだ。消滅の恐怖から逃れるために、クライムという強い芯を持つ精神と同化し、自分という存在を繋ぎ止める……。あの集合的無意識というネットワークは、彼女たちが消えないために必死に作り上げた、究極の防衛本能の結果なんだろうよ」
「なるほどな……」隊長は葉巻を投げ捨てました。「消えたくないという生存本能が、神の力を媒体にして物理法則を書き換えたか。皮肉なもんだ」