オルムスは眼鏡の奥の鋭い瞳を細め、ホログラムの映像を切り替えました。そこには、無数の光の粒子が巨大な海のようにうねり、互いに溶け合う幻想的な光景が映し出されます。
「クライム君、君が夢の中で聞いた『声』……二人の男女が語っていた言葉を覚えているかな? 彼らが口にしていたのは、この宇宙の根源的な生存本能——集合的無意識のことだ」
クライムは、先ほど脳裏をよぎった記憶の断片を反芻しました。燃える星々の下で、男と女が冷徹に、しかしどこか悲しげに世界の終わりを議論していた光景。
「……ああ。あいつら、言ってた。『せめて集合的無意識に帰らない意識の理由を知る事が出来れば』って。それが何を意味するのかは分からなかったけど」
オルムスは重々しく首を振りました。
「集合的無意識とは、全人類、全生命の精神が繋がった虚数領域の深淵だ。本来、そこは静かな安らぎの場であるはずだった。しかし今、『神の庭』……つまり上位存在の世界が、この次元宇宙を『不治の病』と見なし、拒絶し始めたのだよ」
「神の庭からのエネルギー供給が、ゾハルを通じて変質し始めている。上位存在は、この宇宙の精神がこれ以上勝手に進化し、自分たちの領域を汚染することを恐れた。その結果、集合的無意識からあふれ出した精神の澱みが、実体を持たない怪物——グノーシスとなって現れているんだ」
「グノーシスが急増しているのは、宇宙が自らを守るために『個』としての意識を塗り潰し、すべてを無に帰そうとしている予兆だ。君が夢で見た男女は、その『消去(フォーマット)』を実行するかどうかを決定する、上位存在の端末だったのかもしれない」
「だが」と、オルムスは一歩踏み込みました。
「君の左目は、その『消去命令』のコードを読み解き、書き換える可能性を持っている。本来、グノーシスに呑み込まれた記憶は消滅するはずだが、君はそれを『断片』として維持し、自分の中に取り込んでしまった」
ムサシが横から、低く唸るような声で補足します。
「つまり、お前さんは消されるはずのデータを勝手に保存しちまった『歩くバックアップ』ってわけだ。神の庭の連中からすりゃ、これほど目障りなバグはねえな」
オルムスが操作するモニターに、突如として真っ赤な警告サインが点滅しました。祠の外部、島の防衛ラインが突破されたことを示すアラートです。
「……話が早すぎる。どうやら、彼らが君の『知覚』を許さなかったようだ」
アニマが顔を強張らせ、クライムの腕を掴みました。
「来るわ……! 番人じゃない。もっと冷たくて、もっと大きな……上位存在の『抗体』たちが!」
祠の入り口の空間が、飴細工のようにぐにゃりと歪み始めました。