格闘家世界チャンピオン、敵なしだったので引退しサバンナに行きジャガーを狩る〜現代ダンジョンが発生したので帰還、美少女になって配信します〜 作:tetois
俺達はパンケーキを作る上で欠かせない調理器具を持っていく為に一旦ダンジョンの出口に並んで歩いていた。俺が抱えたロケットビーの巣は少し重さを感じるもののその重さが満足感を与えていた。
「ねえねえ!さっきの巣を引きずり落としたやつ!やばかった!」
あきたんが目を輝かせながら俺に声をかけた。言いたいことをやっと言えた好奇心旺盛な子供の様な様子だった。
「あ、そうだ!配信外でいいからお願いがあるんだけど……。プリンさん!師匠になってよ!」
「いやあ……あれは……何というか……」
「私もプリンみたいに強くなりたい!」
「……わ、わかりました。トレーニングメニューだけ……」
あまりの推しとファンの熱意に揺さぶられて俺はトレーニングメニューだけ教えることにした。勿論特定されないように一部だが。
「やった!頑張るよ!」
そう言ったあきたんの顔は日に照らされた向日葵のようだった。
「何故そんなに純次がすきなんですか?」
「ん――私ね元々入院してて、身体弱かったの。ずっとベッドで寝たきり!」
「え!?」
今のあきたんからは想像できない過去を朗らかな顔で突然明かされ、思わず俺は驚きの声を上げた。
「意外だった?で私の親は共働きで忙しくて。病院でひとりきり。だけどある日テレビをふと付けるとプロレスの試合やってたの」
あきたんの話は続く。
「でそれが純次!キズだらけでもまるでへっちゃらな顔で立ち上がるその姿が好きで気が付けば趣味は試合を見ることになってた!だから私も強くなりたい!」
そう言ったあきたんの表情はいつも通り明るく、けれども自身の夢を語っているかのような強い意志を感じた。その顔はどこかルーキー時代にチャンピオンになろうと奮闘する自分に似ていた。
★
八階層にてパンケーキ作りを行うことにした。ホットケーキを焼くフライパンとガスコンロや机はあきたんが準備してくれたので俺は搬入を手伝っていた。
搬入が終わり、机の上には調理器具などが並べられている状態になった。幾ら序盤の序盤、来るのは初心者も初心者だけの超過疎階層だとしても、ダンジョンの隅っこで料理をしようとしている姿は異様だろう。だが俺達はそんなことにも気に留めず料理を開始した。
「パンケーキの素は勿論?」
「十枚分だよね!もう準備してある!」
あきたんは机にどっさりとパンケーキの素三つ分を置いた。ロケットビーの蜂蜜を取り出すための巣の欠片とパンケーキの素。準備は整った。
――久しぶりの十枚乗せ、パンケーキを貪り食う時間だ。
パンケーキを焼くのは俺、素と牛乳、卵を混ぜ合わせるのはあきたんになった。
次々と渡される生地を俺は椀子そばのように焼いていく。まずは一枚目。生地を少しずつ入れ、円状に広げていく。
そしていい感じになったタイミングでフライパンごと上空に投げる。先にフライパン、次に裏返した状態の生地をキャッチした。仕上げはありったけの力でフライ投げをし、約4メートル宙に舞わせ、皿に落とした。落ちたパンケーキは皿の上で極めて静かにバウンドし、着地した。さながらcm上の演出の様に。
こうして十枚焼ききった後、ロケットビーの巣を取り出す。一般的な蜂の巣より内部は複雑で身体に合わせるためか穴に角張りがある。試しに木製のスプーンで掬うと通常の蜂蜜より少しだけ赤みを帯びている。力を入れないとスプーンから元の巣へこぼれ落ちるほどだった。
俺は豪快にいった。パンケーキの上に巣を構え、スプーンを掬う。そうすると皿という花に恵みの蜜の雨が振り注ぐ。そうして完成したパンケーキ。それに対し俺は手が勝手にスプーンへ向かっていた。
「「あっ」」
思っていたのはあきたんも一緒だったようで、全く同じスプーンを取ろうとした手が合わさる。
「……ふふ!」
暫くして二人の空間に笑いの渦が広がった。どちらもシンクロしたように図々しく卑しい行動をしたのが不思議と面白くて爆笑した。
「……あ!箸あるよ!私もやるからやろ?」
あきたんが言っているのは純次時代にやった帝王五枚食べ。五枚のパンケーキを箸で掴み、豪快に頬張るといった食べ方だ。
あきたんから箸を渡され、受け取る。格闘家時代の記憶が箸から次々に蘇る。走馬灯を見てるかのように。俺は五枚のパンケーキを掴み、それをかつての記憶とともに飲み込んだ。
★
私はプリンティスさんと連絡先を交換した後家のふかふかのベッドに飛び込み、ごろごろしていた。
今日御礼に行って彼女のためにパンケーキを一緒に作った。その筈なのに、何故か形容しがたい満足感があった。別にそれ自体がいやなわけではないのだが、結局は私がやりたかったことをしたかっただけなのかなと少し不安になる。
それ以外にも奇妙な感情があった。プリンティスさんはどこか男っぽい一面がある。普段は礼儀正しい普通の少女。でも配信の中で時々見せる不敵な笑み。オークから助けてくれた時、タンクを引き受けるって言った時の妙な頼もしさ、そして。
「私の宝物……か」
ベッド近くにあったサイン入りの加湿器を手で優しく撫でた。あの一言がどうしても私の胸中を掴んで離さない。私はどうやらあの人に御礼をしにきた筈が逆にプレゼントをもらったみたいだ。
彼女とはまだニ回目の面識の筈なのに、でも不思議と楽しくなる。私自身あまり人付き合いは得意じゃないのに。
「……またしたいな」
スマホの友達欄を見ながらそう小さく呟いた。
――そういえば……あのマスクだいぶマイナー寄りなのによく気付いたなあ……。