格闘家世界チャンピオン、敵なしだったので引退しサバンナに行きジャガーを狩る〜現代ダンジョンが発生したので帰還、美少女になって配信します〜 作:tetois
なるべく配信内では対人トラブルを起こしたくはない。それが俺のスタンスだった。しかし、こうしてカイの前に立った以上は覚悟しなくてはならない。
カイは再び臨戦態勢になっていた。俺が次にするべき行動はカイに反撃せず、事をこれ以上ヒートアップさせない事、そしてカイに一旦諦めてもらうようにさせる事だ。
"ダークネスエンペラーをかばった!?"
"流石プリン"
"こんなやつやっつけろ!"
コメントは俺の意思に反してカイとの戦いを望む声で溢れていた。俺はコメントを伏し目がちに見つめる。
この状況はまずい。俺は配信を終了させようとスマホを動かそうとした。
「――他所見するな!」
だがカイの杖での攻撃がその機会を失わせる。そしてカイはその攻撃を起点に連撃を開始した。
繰り返される杖の突き。俺は腕を盾にして防戦する。しかし、杖を防御する度に感覚が徐々になくなっていくという違和感が俺を襲う。
影響は身体全体にも及んでいた。徐々に杖の突きを回避するタイミングが掴みづらくなっていく。
「――はっ!」
顔に杖が当たる。
――不思議だ。
攻撃が当たった後ふと周りを見渡す。すぐに要因は明らかだった。振り積もる雪、辺りに広がる結晶。目に見えるほどの冷たさをはらんだ呼気。灯を無くした松明。
そしてカイが辿る地面。そこには分厚い氷河が広がっていた。
――氷魔法の使い手か。
カイ。彼女はこの一瞬にして無機質で構成されたダンジョンを一面銀世界へと変化させた。
「……降参するならばこれ以上は展開しないがどうする?」
カイが冷徹な瞳で見つめながら俺に言う。異名を勝手に付けるならば氷の女帝とでも言うべきか。
「うーん……まだちょぴっとだけ抵抗しますね」
しかし、女帝の言うことを聞く義務は俺にはない。とっとと配信を元に戻すだけだ。
いい加減にしてほしいものだと心中に苛立ちを覚える。だがそれと同時に。
――面白い。
配信が無茶苦茶にされている筈なのにどこか充実感を感じる。彼女は俺の心をどうやら滾らせたらしい。だが交戦はできないこの状況に俺はむず痒い気持ちになった。
「なるほど……。あまり仕事を増やされても困りますが」
彼女は杖を構える。杖からはさらなる冷気が放出され、彼女の身体は数多の雪の結晶に包まれる。部屋には吹雪が吹き始める。
冷気は俺にも作用する。指先の震え、呼吸量の増加、寒さを超えた痛み、感覚の鈍化。それらが一気に襲いかかる。
「……くしゅん!……この程度で邪眼解放の私を倒せると……」
この状況になってもダークネスエンペラーの減らず口は収まりを知らない。もはやここまでなると尊敬レベルだろう。
吹雪の中、カイが動く。顔目掛けた杖の突き。そして脇腹を狙うカイを中心に回る氷の結晶。
俺は距離を取るべく足で彼女を祓い除け、パックステップをする。
――が、後ろにはカイが形成したであろう氷の檻が待ち構える。
ウサギのヘアピンが当たる。みるみるヘアピンは氷に覆われていく。
「アイスブレイク」
霧の中でカイが囁くような声を発する。刹那、目の前に現れたのは氷のビーム。俺は右へと移動し回避行動を取る。だがそこに待ち構えたのは倒壊する氷の柱。
柱をいつも通り粉砕し、ウサギのヘアピンを床に投げ捨てた。
――中々難しい……。
俺はカイに完全な持久戦へと持ち込まれていた。俺は配信の都合上、反撃は最小限に抑えたい。だが、今フィールドを掌握しているのは間違いなくカイ。吹雪に氷の檻、そして遠距離から放たれるビーム。
こちらは魔法は使えない。カイに一旦諦めてもらうことは相当苦難の道になっていた。
……そして状況は俺にとって最悪の事態へとなる。
「あいも変わらずチンタラちんたら……遅えな」
威圧的な低い声がダンジョン内に響く。声の主が徐々に俺の前に姿を現す。
声の主は上半身をタンクトップで身を包んだ粗暴そうな印象を受ける男。坊主頭で筋肉質、右目に傷。
「キラー。貴方は留守番してなさいと言った筈ですが」
「カイ。お前のやり方は甘すぎるにも程がある。しかも遅い。犯罪者には容赦はいらないと何度言ったら分かる?」
キラーという男が発する言葉一つで俺は容易にカイの仲間であると想像できた。
「貴方のやり方は少々過激すぎるんですよ」
「ふん……」
カイには明らかにキラーに対し、嫌悪感を抱いていた。目は合わせず、顔を歪ませ、今にも舌打ちを鳴らす程の悪意を間違いなく持っていた。それだけで俺にカイより厄介な人物と足らしめる証拠になる。
「よう!犯罪者くん!」
ニカッとした笑顔でキラーは俺に近づく。
「会ってそうそう犯罪者ですか。冤罪だと何度――」
その瞬間、俺の腹部に衝撃が走り、俺の手からスマホが落ちる。完全なる不意打ちをキラーは実行した。キラーは恐らく俺が抵抗できない状況であるなどとっくにお見通しと言ったところか。
「――聞いてほしいんですけどいい加減」
俺の声に明らかな怒気が籠る。しかし、キラーは気にすることはなく、喋る。
「犯罪者くんには聞く意味ないだろう。そうそうプリンだったか?素晴らしい提案をしよう」
キラーは右手に俺の配信中のスマホを握っていた。