格闘家世界チャンピオン、敵なしだったので引退しサバンナに行きジャガーを狩る〜現代ダンジョンが発生したので帰還、美少女になって配信します〜 作:tetois
「一旦カメラ止めます!新しく着替えするから見ないで」
俺はすぐにカメラを止めた。ボケがあるまだはっきりと映っていない内に、尚且つアウトの部分は即座に隠したので垢バンという大事には至らないだろう。
収益は……いや止まらない。そう確信する。
とはいえあのレア種。道連れに服を持っていくとは思わなかった。最後の最後まで楽しませてくれるあのエヴォラドオーク。心中で尊敬の念を抱いた。
"服が!?"
"ぐへへ"
"オークくんありがとう"
"サービス定期"
"恥ずかしがってカメラ殴るかこわかった"
あくまでカメラ以外は機能しているのでコメントは流れる。
コメントを見るより先に俺は変装スキルを再発動した。スキルを発動させた瞬間、下から眩い赤紫の光が身体を包んでいく。ニーソックス、スカート、白手袋、次々と衣装が揃っていき、あっと言う間に元に戻った。
変装スキルは何も見た目を変える以外にも任意の服を指定し、装着させることも可能である。一部配信者は演出で衣装チェンジする際に重宝している。ある意味配信者の補助魔法というべき所だろう。
「はい!戻りました。……さっきのは忘れろビーム!」
カメラを反応ありに修整し、カメラに向けて必殺ポーズを笑顔で構えた。
"忘れました"
"うわあああああ!!!"
"お前ら演技しろ忘れなかったら殺される"
"忘れろ(脅迫)"
コメント欄もノリ良く反応をくれる。有難いものだ。だがそれと同時、ある考えが心中に浮かぶ。
……これ今更だが、成人男性がこんなことやるって恥ずかしさの極みも極みじゃないか?
そう考えていると顔も気づかない内に笑顔から紅潮へと変化していた。視聴者は何故顔が赤くなっているかなどは想像もつかないだろう。
★
百からはダンジョンを一階層ずつ上るたびに見たことのないモンスターが次々と湧いてくる。それはダンジョンを攻略する者にとっては共通認識である。
百二十五階層、アンデッドともスライムともゴブリンとも違う新たなモンスターが現れる。そこは中ボスが待ち受ける場所だった。
"やばい、やば、これ……"
"プリンあっち早く早く早く早くいけいけいけ"
"好き好き好き好き好き好き好き好き好き"
始めに異変が現れたのはコメント欄だった。俺が百五階層に入った、その瞬間、スパムかと思われる謎のコメントが増殖していた。
ダンジョン内にはピンク色の霧が全体的に漂い、甘い香りを放っていた。
「どうしたんですか?もしかして私に見惚れてます?」
冗談交じりの一言を吐いたが、謎のコメントは返答することはなく、むしろ逆に暴走を続けている。何者かに好きだと連呼し、何の脈略も無くダンジョンに行きたいと叫び、霧が深くなる方に行けと指示し、身体が溶けそうだと発狂する。まさに異常。その勢いがこの階層に入ってから留まることを知らない。
――不味いな。
俺にもこの霧の影響が少しずつ現れ始めていた。霧の深い方に行くように指示するコメントに何故か従いたいのだ。まるで身体が電車に繋がれたコンテナのようになっている。
――この階層についてからは配信や戦闘のことなどどうでも
そのような考えが一瞬浮かぶ。瞬間俺はハッとした。
「……どりゃああああああ!」
ダンジョン探索中に右ストレート、それを俺は顔に傷が残るのを覚悟で行った。
歪む頬、地面に強くぶつかる身体。自身を殴ったことで床に少しクレーターが出来た。だがそれを代償に支払い、俺は無理やり正気を取り戻した。
――理解した。
この階層に霧をばら撒くモンスター。それがこの謎コメント欄を創り出している。普通ならば俺がいきなりクレーターを作るほど自身を自傷させたのが放送されると何やっているんだ!とかバカ?とか送って来るのが正常な判断だが……、その様なコメントは一件も見られない。
霧が精神をおかしくしていることは容易に想像できた。魅了系の魔法だろうか。
思えばこの階層は普通の階層の筈。だが静かすぎる。モンスターが一体も出現しない。まるで誰かに制御されているかのように。
「……コメントの皆。お望み通り」
俺は一つ決心した。俺には状態異常回復魔法は使用できない。ならば――。
「行きましょう!霧の奥深くへ!」
原因をブチのめす。あいにく視聴者に正気を取り戻させる方法は俺にはないのだから。
★
濃くなる霧の方へ俺は全力疾走していた。俺をここまで急かしている理由は短期決戦を狙わざるを得ないということと――沸々と沸き上がる怒りだ。
一瞬、ほんの一瞬。俺の戦いへの渇望を無くした。そしてプリンの配信を、一色に染め上げた。モンスターに始めて侮辱された気分だ。
「早く出ないとボコボコ具合が酷くなるので出てきてください。殺します」
半分中の人の凶暴な人格が出ようが知ったことではない。なにしろ魅了されているのだから気づきようもない。
静かにダンジョンの奥へ奥へと行く。
そして恐らくその原因のモンスターが目の前に待ち構えていた。