格闘家世界チャンピオン、敵なしだったので引退しサバンナに行きジャガーを狩る〜現代ダンジョンが発生したので帰還、美少女になって配信します〜   作:tetois

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第三十六話 痛みと快楽

 

 "神神神神神神神神神"

 "ついに見れた"

 "ありがとうございます"

 "出会えたこの地に祝福を"

 

 そのモンスターがカメラに映った瞬間、視聴者の異常なまでの熱狂が最大となる。カメラが捕らえたモンスター……。肌は色白、胸元はスーツ越しながら豊かな果実が育っており、瞳を見ると吸い込まれそうになる錯覚を生む。

 

「もっとこっちに来てご覧なさい……」

 

 "はい行きます"

 "うわああああああ"

 "祝福をください"

 "好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き"

 

 言葉が視聴者の脳を甘く蕩けさせる。魅惑的かつ妖艶な女性だった。ただ一つ人間と異なるとするならば……背中に上半身を包み込めそうな程の大きな翼を、頭には悪魔に相応しい巨大な角を有していること。

 

「成る程」

 

 魅了の霧をばら撒いているモンスターの正体。それはサキュバスであった。

 言語の発達、精神に影響を及ぼす攻撃、一階層全体をその身一つで支配できる力。まさに今までのモンスターとは格が違うということは容易に想像できる。

 

 俺は準備運動を少しした後、サキュバスを力強く見つめ、拳を固めた。

 

「では行きますよ――!」

 

 床を右足で沈ませ、前へ飛び出す。勢いに身体を預け、風を切る程素早い一撃。サキュバスはこちらに気づく。相手は向かってくる愚かな配信者へ微笑を浮かべる。

 

 拳が空を切った。サキュバスは靭やかに身体を回転させ、回避の途中、俺の耳元を狙い、口元から薄紅色の炎を流れ込ませた。

 

「あっつ!?」

 

 反応する俺に対しクスクスと笑い声を生む。そしてこれこそ彼女の狙いであること。それは直ぐにいやでも理解できた。

 

 【おいでおいで……】

 【気持ち良い快感を与えてあげる……】

 【一つになって……】

 【受け入れてあげる……】

 【一生ここで幸せに暮らしなさい……】

 

 頭の中に強制的に雪崩込む甘言の数々。次の攻撃や戦略を思考するたびに考えが相手側に塗りつぶされていく感覚を覚える。

 

 俺は抵抗し、果敢に相手を攻める姿勢を取り続ける。右のストレート、膝蹴り、ラリアット。次々と技を繰り出す。が、サキュバスの嘲り笑いは止まることはない。止まって見えると言わんばかりにゆったりとした動きで回避された。

 

「……クスクス。抵抗する気力ももう失せてきたでしょう?魅了の炎は貴方の意思を消してしまうの。次第に私の虜に……。クスクス……」

 

 俺の反撃の一撃はキレを無くしていく。スピードもパワーも全てが一、二段堕ちていく。

 

 魅了とは厄介なもの。

 

 ――いっそのこと抵抗しなければ楽になれるのでは?

 

「ふふ……。さあ私の元に来て?私が終わらせてあげる」

 

 サキュバスを包む赤紫色の綺麗な炎。その炎はどんな万物であろうが凌駕する美しさを秘めていて――。

 

 "祝福だあ"

 "仲間仲間仲間仲間"

 "きったあああああ"

 "行け"

 

 コメントに、瞳に、衝動に、炎に導び――

 

「……っ」

 

 その瞬間、俺の矜持が本能で反抗した。

 魅了された自分の意思とは違う行動。地面に蹲り、気づけば……。

 

 頭を地面に全力で打ち付けていた。額から流れ落ちる鮮血とともに俺の意思は矜持とともに目覚める。

 

「……ち。危ない」

 

「あらもう少しだったのに」

 

 だが正気に戻った俺を見て、サキュバスにはまだ余裕がある様子だった。空中で足を組み、頬杖をつきながら欠伸をしている。

 

「……でも無駄。私見てたわよ?貴方、魅了に対しての解除魔法は使えないみたいね。目覚めたとして……また支配してあげればいいだけ。一瞬の痛みでは永遠の快楽に抗えないもの……。クスクス」

 

「ああそうですか」

 

 俺は勢い良くサキュバスに向かって走る。彼女はその場から動くことなく嘲り笑っていた。まるで道端に捨てられている哀れな赤ん坊を見ているかの様な視線を向けて。

 

 だが俺は掴んだ。勝機を。宙に向かって飛び、彼女の頭……。鋭利な角を右肩に正面から突き刺した。出来る限り着地した時に彼女の身体が地面に平行になるように。

 

 同時に肩に鮮血が噴き出す。身体は少し冷たくなり、視界が揺れる感覚を覚える。

 

 

「まだ魅了も完全に解けていなかったようね。身投げなんて――」

 

 多大な出血にサキュバスは確信していたようだった。自らの勝利を。

 

「もう詰みですよ?」

 

 その時、声から魅了されてないと彼女は初めて分かる。そして余裕のある表情は音を立てて崩れ、次第に顔が青白く変化していく。

 

 そうもう詰みなのだ。深く角を突き刺された以上、サキュバスは逃げることはできない。そして魅了をかけようと痛みですぐに解除される。

 

「……っ!離しなさい!」

 

 必死に抵抗するサキュバスは薄紅色の炎を何度も吐き続ける。

 

 【離せ!】

 【従いなさい!】

 【命令!】

 【命を、精力を私に捧げなさい!】

 

 脳に甘い指令が流れ込む。しかし、その指令は痛みとともに洗い流され、意味をまるでなさなくなっていた。

 

「さあ……お覚悟しましょうか?」

 

 炎に包まれ、身体に多大な傷を負っている、その筈なのに拳を鳴らしながら笑みを浮かべる俺を見て、サキュバスは恐怖を感じていた。

 

 瞬間、俺は彼女の腹にアッパーを何度も繰り出す。このラッシュは角が肩から抜けない限り逃れようがない。

 

 地面にサキュバスの唾液が流れ、ラッシュの激しさとともに唾液は次第に鮮血へ変化する。あの美しく何もかもを虜にしてしまいそうな小悪魔はもういない。口から血を垂らし、顔が体液まみれでぐちゃぐちゃになった見るも無残な老女だけがそこにいた。

 

「くたばりやがって下さい!」

 

 肩から角を強引に引き抜き、全力でフルスイングし、投げ飛ばす。老女は三本にも渡る柱に強く衝突し、壁にクレーターを残した。

 その後、老女はかつて美しかった身体を失い、骨と化した。

 

 ――霧は晴れる。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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