僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
プロローグ
雄英高校実技試験、演習場Ⅾ区画。
無数のモニターが壁面を埋め尽くした採点室に、受験者の数だけの視点映像が流れている。カメラが捉えるのは、爆発や咆哮、閃光や轟音に満ちた戦場──の、はずだった。
「リカバリーガール。Ⅾ区画の第七街路、また彼女だ」
パワーローダーが端末を操作し、一つのモニターを拡大する。
映っていたのは、ロボットと戦う映像ではなかった。
倒壊した壁の下敷きになりかけた受験者を、白い糸のようなもので引っ張り上げている少女。小柄で、身長は同年代の女子の中でも低い方だろう。顔の上半分を覆うマスクの下から覗く目は真剣だが、どこか怯えの混じった色をしている。
引き上げた受験者に「大丈夫? 怪我してない?」と声をかけ、相手が頷くと、彼女はすぐに別の方向へ駆けだした。
「今の、何人目だ」
訊ねたのは採点に参加しているプロヒーローの一人だ。
「……七人目ですね」
スタッフが手元の端末を確認しながら答える。
「七人?」
「はい。うち二人は、瓦礫や破片から身を庇っての保護。三人はロボットに追い詰められた受験者の救出。一人は転倒した受験者への応急対応。そして今のが七人目です」
採点室がわずかにざわつく。
「あー、この子だ。さっきから気になってたんだよねえ。ロボットと戦ってるっていうより、その辺を走り回って人助けばっかりしてる」
ミッドナイトがモニターに顔を寄せた。
「あらあら。可愛い顔してるじゃない。──ねえこの子、ヴィランポイントいくつ?」
「現時点で6ポイントです」
「6ポイント? もう試験の半分以上過ぎてるのに?」
「はい。目の前のロボットよりも他の受験者の救助を優先しているようです」
「ヴィランには目もくれてないってわけね。レスキューポイントのこと気づいてるのかしら」
「この受験者の名前は?」
「少々お待ちください……ありました、受験番号3810、
「安良久根……あ、一体捕まえたわね」
モニターの中の少女──安良久根イトは、糸で壁に縫い付けたロボットを一瞥すると、興味を失ったように視線を外した。手首に装備しているサポートアイテムから放たれた糸は、ロボットの関節を的確に固定し、完全に動きを封じている。
「救助の動きは悪くないわね。むしろ相当いい。──13号、あなたどう見る?」
ミッドナイトが隣に座るヒーローに声をかける。
13号はモニターから目を離さなかった。
「……レスキューポイントに気づいてるようには見えませんね」
「わかるの?」
「なんとなくですが」
映像の中で、安良久根イトは別のロボットに追い詰められた受験者の前に飛び込んでいた。糸でロボットの腕を引き、軌道を逸らす。受験者が逃げる時間を稼ぎ、自分はロボットの死角に回り込んで壁面に張り付く。ロボットが彼女を見失った隙に、関節部に糸を射出。動きを封じる。
その後、トドメを刺そうとしたのか腕を振り上げたが、直後弾かれたようにその場を駆け出した。
「ロボットを破壊してポイントを稼ごうという気概はあるように見えるんです。救助でもポイントが貯まると分かっているならああいう動きにはならないんじゃないかと」
「なるほどねえ」
「……試験という場においては非合理的だな」
相澤消太の声は平坦だった。モニタールームの隅で壁に寄りかかったまま、彼は半眼でスクリーンを見つめている。
「ヴィランポイントだけ見れば、落ちる数字だ」
「冷やかしってわけじゃなさそうだけど。あの子の中じゃ救助活動の方が重要ってことなのかしら」
校長──根津がモニターを覗き込む。小さな体が、椅子の上で器用に身を乗り出した。
「どちらにせよ、レスキューポイントの存在を知らないのは確かだろうね。見た目からは分かりづらいけど、彼女相当焦ってるのさ」
「焦ってる、ねえ……」
相澤の目が細まった。彼の視線はモニターの少女に固定されている。
「自分の行動の結果、自分の首を絞めてるってことでしょう。良く言えば救助の本能。悪く言えば──」
「──視野狭窄、かしら?」
ミッドナイトが先を継いだ。相澤は無言で頷く。
その時、モニターの映像が切り替わった。
B区画の地面が揺れる。遠くからの振動ではない。地下から何かが這い上がってくるような、重く不穏な地鳴り。
ゼロポイントヴィラン──巨大ロボットが、ビルの向こう側からその巨体を現した。
画面の中で、受験者たちが一斉に逃げ始める。当然だ。ゼロポイント。倒しても無意味。関わるだけ損。全員の判断は正しかった。
安良久根イトも逃げていた。他の受験者と一緒に、巨大ロボットから距離を取ろうとしている。
「……ん?」
パワーローダーが声を上げた。
安良久根イトの足が、止まった。
周囲の受験者が彼女を追い抜いていく中、彼女だけが立ち止まっている。顔は巨大ロボットの方を向いていない。左斜め下──巨大ロボットの足元の方を、見ていた。
「何を見て──」
カメラが角度を変える。巨大ロボットの進路上、瓦礫が散乱した地面に、何も見えない。誰もいない。
はずだった。
「……待って。あそこ、受験者一人のバイタルが反応してます」
スタッフが端末を確認する。
「受験番号2801、葉隠透。個性は『透明化』──姿が見えないだけで、そこにいます!」
モニターの中で、安良久根イトは走り出していた。
逃げる群衆の中を逆走して、巨大ロボットの足元に向かっている。
「何をしている……見えないだろう、あそこからじゃ──」
相澤が壁から背中を離した。
「見えてないでしょうね」
13号が呟く。
「見えてないけど、見えてるんでしょう」
「……感知能力か」
相澤の声には、わずかに驚きが混じっていた。虫系の個性に時折見られる、周囲の変化を感じ取る知覚能力。危機察知。しかしそれは通常、自分自身への危険を回避するための能力であって──。
「なるほどね。都合よく他の受験者のピンチに次々駆けつけられるわけだわ」
納得したとばかりにミッドナイトがため息を吐く。
モニターの中で、安良久根イトは巨大ロボットの足が降りてくるその真下に滑り込んでいた。
見えない誰かの上に覆いかぶさるように。
巨大な鉄の足裏が、少女の小さな体に激突した。
採点室が息を呑む。
「──耐えている」
パワーローダーが声を上げた。
彼女は立っていた。両足が地面にめり込み、腕が震え、全身が軋むような姿勢で──しかし崩れない。巨大ロボットの重量を、その小さな体で受け止めている。
「とんでもないパワーだな。あの体格で……」
『にげ、て──』
モニターの音声が、少女のかすれた声を拾った。
透明な気配が──葉隠透が、彼女の下から這い出て離れるのが、バイタルの移動で確認できた。
直後、試験終了のブザーが鳴る。
巨大ロボットが停止した。安良久根イトは、その足の下で静かに崩れ落ち、動かなくなった。
「リカバリーガール」
相澤が名前を呼んだ。既に立ち上がっている。
「もう出てるよ」
小柄な老婦人は注射器型の杖を手に、採点室のドアを開けていた。
「ったく。試験中に三十人は診てきたけど、あの子が今日イチバン無茶をしたねえ」
ドアが閉まる。
採点室に沈黙が落ちた。
「……本人は落ちたと思ってるだろうな」
相澤が小さく言った。
その声には、呆れと、わずかな──ごくわずかな感嘆が混じっていた。
モニターを見る。動かない少女のもとに、リカバリーガールが駆け寄る映像。
「見込みゼロ、というわけではなさそうです」
根津がにこりと笑った。
「私も楽しみなのさ、イレイザーヘッド。いずれにせよ、あの子には色々と──教えることが多そうだ」
相澤は何も言わず、再び壁に寄りかかった。
モニターの中で、リカバリーガールの治癒が始まっていた。安良久根イトの意識はまだ戻らない。
彼女は知らない。
自分が助けた人の数も。
自分が倒したロボットの数も。
自分を見ていた教師たちの視線も。
知っていたのは、ただひとつ。
あそこに、誰かがいた。
だから走った。
ただそれだけ。
アニメ見返してたら実技会場ガッツリ緑谷と被ってたので修正しました。
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも