僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
「安良久根ちゃん、私本気出すね」
「え?」
イトが向き直ると、葉隠は脱いだ手袋とブーツを床に置くところだった。
「ええと……それが本気?」
「うん! これで私完全に透明だよ!!」
(透明人間としては正しいのかもしれないけど……)
全裸で本気の女子高生。文章にするとなかなかのインパクトだった。
イトと葉隠は、最上階の一室で核の傍に立っていた。ヴィラン側には試合開始前に5分間の準備時間が与えられている。
「なんか作戦とかある?」
「……正直、相手のことがまだよく分からなくて」
轟焦凍。個性把握テストで氷を使っていた。あの規模は尋常ではなかった。
障子目蔵。六本の腕に何かしらの能力がある。詳細は不明。
「とりあえず……私が前に出て、葉隠さんは透明を活かして隠れていて。もし私が抑えられても、葉隠さんが核の近くにいれば相手は迂闊に触れない」
「うーい了解!」
「あと、何かあったら身振りで合図して。私、見えなくても居場所と動きはなんとなく分かるから」
「……それまだちょっと不思議なんだけど、了解!」
作戦と呼べるほどのものではない。情報が足りない。でも今はこれが精一杯だ。
イトはウェブシューターを確認した。カートリッジ残量、射出機構の動作。問題なし。予備カートリッジはベルトに2本。
試合開始のブザーが鳴る。
──その時。
頭の奥が、鳴った。
今まで感じたことのない強さで。耳鳴りのような、でも耳ではない。頭蓋骨の内側全体が振動するような。
──来る。
何が、とは分からない。でも、来る。今すぐ。ここに。下から。全方向から。
「葉隠さん!」
葉隠の腕を掴み、抱え上げる。両足で床を蹴り、跳躍。天井に張り付き、すぐさまウェブを射出。葉隠を片腕で抱えたまま、部屋の真ん中付近にぶら下がる。
「え、ちょ、安良久根ちゃん!?」
それとほぼ同時──床が、壁が、天井が凍った。
一瞬だった。
白い霜が爆発的に広がり、部屋にあった全てを覆い尽くした。温度が急激に下がる。吐く息が白くなった。
イトは天井からぶら下がったまま、眼下の光景を見下ろした。
部屋の中が──いや、建物全体が、氷に包まれていた。
「…………うそ」
葉隠の声が震えていた。
「これ……外からやったの……?」
イトの声も震えていた。一瞬で建物まるごと、ブザーとほぼ同時にすべてを凍らせた。
(……これが、轟くんの個性)
規格外だ。個性把握テストで見た氷とは比較にならない。あの時はまだ手加減していたということか。
イトと、イトに抱えられた葉隠。二人だけが凍結を免れていた。
「お、降ろして……大丈夫だから」
「あ、ごめん」
葉隠を氷の床に降ろす。イトもまた、一旦床に降りた。
(轟くんは、これで終わったと思ってるはず)
建物まるごと凍結。中にいたヴィラン側は動けない。あとは悠々と入ってきて核に触れるだけ──そう考えているはずだ。
(でも、私たちは凍ってない)
葉隠は透明で見えない。自分は天井を移動できる。不意打ちにはもってこいの個性。
(轟くんが核に触る前に仕掛ける。油断しているはずの今が、唯一のチャンス)
「葉隠さん」
「うん」
「作戦変更。守りをやめて、こっちから仕掛けよう」
「え?」
「轟くんはきっと私たちが凍ったと思ってる。それが一番の隙になる。葉隠さんはこのまま移動して、轟くんの背後に回って。私は天井から行く」
「……奇襲?」
「うん。これしかない」
葉隠が少し黙った。
「分かった。やろう」
*
轟が建物に入ってきた。
氷に覆われた廊下を、悠然と歩いている。イトは天井から逆さまにその姿を見ていた。呼吸を限界まで抑える。心臓の音すら聞こえそうで怖い。
轟の表情は淡々としていた。予想通り、終わったと思っている顔だ。
イトは天井を移動した。指先と足裏の吸着で、音を立てないように。ゆっくり、ゆっくりと。
葉隠は氷の上を歩いているはずだ。透明なので見えない。イトにもほとんど気配が分からない──ただ、なんとなく「いる」ということだけは感じ取れる。微かな存在感。
轟が核のある部屋に近づいていく。あと一つ角を曲がれば、核の部屋だ。
(……今だ)
イトは天井から音もなく降り──
「そこか」
轟の足元から氷が展開された。
「っ──!」
イトは天井から飛び、慌てて氷を避ける。
「バレてんじゃん!」
「俺も驚いたよ。障子、助かった」
(障子くん……彼が探知した? パワー系の個性だと思ってたけど、そんなこともできるなんて……)
一瞬考え込むイトの目の前に、再び氷が迫る。
「ぐええ!? ちょっとタイムタイム! やり直しさせて!」
「無理な相談だな」
轟の声は静かだった。床から氷が噴き出し、廊下全体を塞いでいく。逃げ道が次々と潰されていく。
「ずっる!」
「お前教室とキャラ違くないか?」
イトは天井を走った。壁面を蹴り、氷柱を避け、確保テープを投げつけ、ウェブを射出して方向を変える。轟の氷は速いが、天井と壁面を三次元的に移動するイトには追いつけない。
「素早いな」
「ありがと! そっちこそ冷えてるね!」
「それ誉め言葉か?」
テープを軽く避けながら、轟は答える。
(ぐおおおやばいやばいやばい!!! 葉隠さん早く!)
イトはギリギリで氷を躱し続けている。だが、避けるたびに新たに生える氷が、廊下をどんどん狭く、逃げ場のない場所に作り替えていた。
「詰みだな」
「──!」
ついにイトの四方全てが氷に囲まれる。もう逃げ場はない。
「お互いにね」
「──なにが」
「敵の数はちゃんと数えようねって話」
「確保ーーーーーー!!!」
背後から飛びかかった葉隠が、轟に確保テープを巻き付けた。
「な……」
「ひえー寒い! もう限界だよ!!」
葉隠が足踏みを繰り返しながら叫ぶ。
「……そうか、苦し紛れの反撃だと思ってたが、あのテープ……」
「うん、葉隠さんに投げ渡したんだよ」
「ナイススローだったよ安良久根ちゃん!」
「そっちこそナイス捕獲」
二人でハイタッチする。勝利の感触がした。
「……やられたよ。詰めは甘いけどな」
「え、なんで?」
「敵の数はちゃんと数えようって話だ」
『ヒーローチームWIIIIIN!!』
スピーカーからオールマイトの声が響いた。
「「……え」」
*
「……負けちゃったね」
葉隠が小さく言った。手袋が力なく揺れている。
「……うん」
イトはマスクを外した。汗で髪が額に張り付いている。
「でもさ、あの最初の凍結を避けたのすごかったよ! あれ食らってたら一瞬で終わってたもん」
「……そうだね。でも、結局負けた」
悔しい。負けたことが──いや、それだけじゃない。
目の前の轟のことでいっぱいいっぱいになり、障子のことが頭から抜けてしまった。イトたちが戦っている間に建物の外から核の部屋に侵入していたらしい。
(まだまだだなあ)
実力が足りない。それだけのことだ。
「ところでさあ」
葉隠の声色が変わる。心なしか弾んだ感じに。
「轟くんと戦ってた時のあれ何? すっごい喋ってたよね」
「え、いやあの」
「めちゃくちゃギャップあってびっくりしちゃった! ホントはあんな感じなの?」
「いやあれはその、小っちゃい頃から焦ると口数が増えちゃうというか変に口が動いちゃうというか」
「わあホントだ!」
葉隠がケラケラと楽しそうに笑った。
「からかわないでよ……」
「あの感じの安良久根ちゃんも良いと思うよ私! 出してこ出してこ」
「そんなあ」
「安良久根」
声に振り返ると、轟が立っていた。
「……轟くん」
「……あの最初の凍結。なんで避けられた」
質問だった。表情はほとんど変わらないが、目の奥に何かがある。純粋な疑問。
「……分からない。なんか、来るって思って……昔からよくあるんだ」
「……そうか」
轟はそれだけ言って、離れていった。イトの回答に納得したのかしていないのか、読めない。
「いい判断だったよ安良久根少女!」
別の声がした。モニタールームから出てきたオールマイトだった。
「轟少年の初撃を回避し、状況を冷静に分析して奇襲に切り替えた。ヴィラン側でありながら攻めに転じる判断力、大したものだ!」
「……でも、負けました」
「勝敗だけが全てじゃない。今日の訓練で何を学んだか──それが大事なんだ」
オールマイトが笑った。あの、テレビで見る笑顔だ。目の前で見ると、まぶしい。
「……はい」
イトは頭を下げた。
「さて、本格的な講評は戻ってからにしよう。ついておいで!」
オールマイトが歩いていく。
負けた。作戦は通じなかった。でも──
(次は、もっとうまくやる)
マスクを抱えたまま、イトは立っていた。四月の風が、汗ばんだ額を冷ました。
はい。そうです。轟くんの初手全体凍結をスパイダーセンスで避けたいというただそれだけの理由で私は葉隠ちゃんとイトを組ませました(懺悔)
そのあとのことはぶっちゃけプロットではなんにも考えてなかったんですけど、予想外に善戦しましたね。それどころか轟くん確保しちゃった。
そんでやっとペラペラしゃべるターンのイトを出すことができました。楽しいけど難しい……でもやりたい。今後も戦闘中のイトはめちゃくちゃ喋ります。がんばって喋らせます。おうえんして
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも