僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに──』
「まじかよ!」
「やっべえ!!」
「え、なになに」
「さん?」
慌て始める2,3年生に対して、1年生は警報の意味が分からずにいた。
「先輩がた! セキュリティ3とは何でしょう!!」
「校舎内に誰か侵入したんだよ!」
「三年間でこんなこと初めてだ!!」
「ほら早く逃げるぞ!」
「あっ、ちょ──」
内に走る感覚に従って葉隠を脇に抱え、テーブルを蹴って跳躍する。
「きゃっ──!?」
天井に着地。四肢の指が天井面に吸いつき、片腕で葉隠を抱えたまま体を固定した。
「あ、安良久根ちゃん……」
「ごめん、隣にいたからつい」
「ううん、ありがと。でもまたこのパターン……」
イトたちの下を、人の濁流が押し寄せていく。さっきまで座っていたテーブルは、もう人波で見えなくなっていた。
「わあ……」
天井から見下ろす食堂は、凄まじい光景だった。
数百人の生徒が一斉に出口を目指している。椅子が蹴倒され、トレーが宙を舞い、食器の割れる音が連鎖する。食堂の出入り口は広くない──そこに何百人もが殺到し、人の壁ができていた。
出入り口に折り重なるように密集した生徒たち。押し合い圧し合い、悲鳴と怒声が入り交じっている。
(このままだと怪我人が出る……)
緑谷も、麗日も、飯田も、人の海に呑まれている。何とかしないと。でも天井から何ができる──
視線を巡らせた時、窓の外が目に入った。
校門の方角。テレビカメラ。マイク。中継車。
(──マスコミだ)
侵入者は、ヴィランじゃない。今朝正門前に殺到していた報道陣が、敷地内に入り込んだのだ。
だが、それをこの場の全員に伝える手段が──
「安良久根くん!!」
下から、声が飛んできた。
人波の中で、飯田が天井を仰いでいた。周囲に流されまいと両足で踏ん張りながら、真っ直ぐにイトを見ている。こんな状況でも冷静に周囲を見渡し──天井に張り付いた自分を見つけたのか。
「窓の外を見ろ! 侵入者はマスコミだ!」
(飯田くんも気づいてる──!)
「俺が皆を鎮める! 麗日くんのところまで運んでくれ!!」
(麗日さんの──無重力……!)
飯田の意図を理解した。
天井から食堂を見渡す。出入り口付近が最も混雑している。その渦中に──茶色い髪。麗日だ。飯田と10mは離れた位置。人の壁が隔てている。歩いてたどり着くのは不可能だ。
「葉隠さん、ここ掴まってて!」
「え、ちょ──」
葉隠を天井の梁に掴まらせると、イトは片手を飯田に向けた。
制服の袖の下──手首に装着したウェブシューター。
「飯田くん、腕!!」
シュッ、とウェブを射出する。白い線が素早く飛び、飯田の伸ばした腕に張り付く。
「引くよ!!」
天井に張り付いた両足で踏ん張り、引いた。
飯田の体が浮き上がる。人波を飛び越え、宙を滑る長身。イトは天井を走るように移動しながら、片腕で飯田を吊って食堂を横切った。
「飯田くんが宙に浮いてる!?」
「天井に誰かいる──!」
「なんか糸出てる!!」
下で声が上がるが、構っていられない。
──茶色い髪が、真下に来た。
「麗日さん、上!!」
「えっ──安良久根ちゃん!? 天井!?」
「麗日くん! 俺を浮かせてくれ!」
麗日は一瞬だけ目を瞬かせたが、飯田の目を見て──頷いた。
「──うん!」
五本の指が、飯田の足首に触れた。
飯田の体から、重力が消える。同時にウェブを切り離した。
脚のエンジンが唸りを上げる。飯田は急加速し、出口の上方──非常口の標識のすぐ横に到達する。壁に両脚を叩きつけるようにして固定した。
その姿は。
非常口のピクトグラムそのものだった。
「皆さん!!」
食堂に、飯田の声が轟いた。
「大丈ーーーー夫!!!」
その声に、食堂の喧噪が一瞬止まった。
「ただのマスコミです! パニックになることはありません大丈ーー夫!!」
──静まっていく。
ざわめきが、波のように引いていく。押し合いが止まる。密集が緩む。窓の外を確認した生徒たちが「マスコミだ」「ヴィランじゃないの?」と口々に呟き、その声がさざ波のように広がっていく。
「ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
呼吸ができる空気が、食堂に戻った。
(すごい……)
天井に張り付いたまま、イトは飯田を見ていた。
あの混乱の中で、冷静に状況を見極めた。自分一人では目的地に届かないと判断して、迷いなく他人の力を借りた。そしてたった一声で、何百人もの生徒を鎮めてみせた。
仮にイトが飯田の位置まで一人で向かっていたとしても、同じことはできなかっただろう。
(飯田くん……すごい)
感心して──見とれていた、その時だった。
──ぞわ、と。
背筋を、何かが這い上がった。
さっきとは、違う。
人混みに押し潰される危険を感じた時とは、次元の違う感覚。もっと深い。もっと冷たい。体温が一度下がったかのような──本能の奥底からの、拒絶。
(──な、に……?)
反射的に立ち上がり、周囲を見回す。
生徒たちは落ち着きを取り戻している。教師たちが駆けつけてきている。校門付近ではマスコミが教職員に対応されている。
何も起きていない。何も、見えない。
──なのに。
(……なにかが、いた)
いた。ほんのさっきまで、この混乱の中に。マスコミとは違う何かが。
だがそれが何なのか、誰なのか、どこにいたのか──何一つ分からない。感覚はすでに薄れている。指先に残る寒気だけが、それが気のせいではなかったことを告げていた。
「安良久根ちゃん! 安良久根ちゃん!」
「え?」
少し離れた位置から──正確には天井の梁から──葉隠の声が響き、イトは我に返った。
「あ、ごめん。すぐ降ろすから」
「そうじゃなくて! いや、それもだけどそれより──」
いやに焦った様子の葉隠を、イトは訝しむが──
「いま安良久根ちゃん逆さまだから! スカート、スカート押さえて!!」
「え? ………………あ」
*
「穴があったら入りたい……」
「どんまい」
昼休みが終わり、教室。
机に突っ伏して悶えるイトを、葉隠が慰めていた。
「みんな飯田くんに注目してたし、見られてないよ。たぶん。きっと」
「希望的観測……」
「それにほら、かわいいやつだったし」
「やめてぇ……」
足をばたつかせて羞恥を逃がす。しばらくそうしていると、緑谷と八百万がいつの間にか教壇に立っていた。
「ほら委員長、開始の音頭を」
「でっでは! 他の委員決めを執り行ってまいります!」
いつの間にか始まっていたらしい。首を振り、背筋を伸ばした。
「けど、その前に」
緑谷は緊張した面持ちのまま続ける。
「委員長は、やっぱり飯田くんが良いと…思います!」
(! ……出久くん)
「……食堂の件。あんな風にかっこよく人をまとめられるんだから、僕は…飯田くんがやるのが相応しいと思うよ」
飯田のことをまっすぐに見つめながら、緑谷は言った。
「良いんじゃね? 飯田超活躍してたし! 緑谷でも良いと思うけどな!」
「非常口の標識みてぇになってたよな」
「めっちゃ笑った」
投票で勝ち取った委員長の座を、自分から譲った。飯田の方が相応しいと──迷いなく。
少しだけ残念に思う自分がいる。緑谷が委員長としてがんばる姿を、もう少し見たかった。
でも──昼のことを思い出す。あの混乱の中で真っ先に状況を掴み、天井の自分を見つけ、迷わず助けを求め、全校生徒の前に立った飯田。昨日の昼食で語っていた、インゲニウムへの憧れ。"多"を導くリーダー。
(飯田くんなら、大丈夫だ)
「……委員長の指名ならば仕方あるまい!!」
飯田の声が、教室に響いた。背筋をまっすぐに伸ばした、力強い声。
「任せたぜ非常口!」
「非常口飯田! しっかりやれよー!」
拍手が起きた。イトも、小さく手を叩いた。
ふと隣に目を向ける。
緑谷は──ほっとしたような、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。自分が立つことよりも、相応しい人に託すことを選んだ顔。
(……やっぱり出久くんは、かっこいいな)
ふと思って、少し自分に驚く。
イトは視線を窓に移した。
空は、穏やかに晴れている。
──指先だけが、まだ冷たかった。
かわいいやつ^^
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも