僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
「安良久根、残れ」
終礼が終わり、生徒たちが席を立つ中で、相澤の声がイトを呼び止めた。
「はい」
教室を出ていくクラスメイトたちを横目に、イトは教壇の前に立った。相澤はいつも通り、感情の読めない目でこちらを見ている。
(私、何かした…?)
「サポートアイテムの件だ」
「!」
「パワーローダーに話を通しておいた。用がなければ今日のうちに一階の開発工房に顔を出しておけ」
(……やった!)
少し前に、イトは相澤にひとつ相談をしていた。ウェブシューターの調整を、校内でも行えるようにしたい──と。
ウェブシューターはイトの自作サポートアイテムだ。カートリッジの補充、射出機構のメンテナンス、部品の微調整。自宅に工房があるからこそ運用できている装備だが、裏を返せば自宅でしか整備ができない。日常的に使う装備である以上、学校で調整できれば大きい。
相澤はその時「考えておく」とだけ言って、以降何も触れなかった。正直、忘れられたかと思っていた。
「ありがとうございます、先生」
「別に構わん。──他に何もなければ行って良し」
何気ない確認のはずだった。
だが──イトの足が止まる。
言おうか。言うべきか。あんな曖昧なことを先生に言って、意味があるのか。
「……あの、先生」
「なんだ」
「今日の、食堂の件で」
相澤の目が、ほんの僅かに動いた。
「あの騒ぎの時……マスコミとは別に、何か変な感じがしたんです」
「変な感じ」
「うまく言えないんですけど……すごく嫌な、冷たい感覚で。マスコミの人たちとは違う何かが混じっている気がして。何か見つけたわけじゃないし、何があったわけでもないんですけど……なにかが、いた、ような」
言葉にすると、あまりにも漠然としていた。こんな報告に意味があるとは思えない。
相澤はしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「なるほど。お前の個性か」
「……え?」
なんのことか分からないという様子のイトに、相澤の眉がわずかに動く。
「なんだ、知らなかったのか。虫に類する個性には稀に、周囲の微細な変化を感知する能力が備わることがある。空気の振動、温度変化、生体電気──いわゆる危機察知だ」
(危機察知──個性……?)
頭の中で、いくつもの記憶が点滅した。
中学の時、真後ろから飛んできたボールを見もせずに避けた。
入試の時、姿が見えないはずの葉隠が「いる」と分かった。
戦闘訓練で、轟の凍結が来る直前に体が勝手に跳んだ。
今日の食堂で、人波に飲まれる前に天井に飛んだ。
──全部、勘が良いだけだと思っていた。
「……個性だったんですか、あれ」
「自覚してるのとしてないのじゃ個性の成長具合も変わる。意識しとけ」
「は、はい」
「よし」
相澤は淡々と続けた。
「食堂でお前が感じた異変の件は覚えておく。以上だ、行け」
「……はい。ありがとうございます」
頭を下げて、教室を出た。
*
廊下を歩きながら、イトはさっきの言葉を反芻していた。
(個性……。あの感覚が、個性)
ずっと「勘が良い」で片付けてきた。自分の体が蜘蛛の個性で強化されていること自体は分かっていた。筋力も、吸着も、糸も。でもあの感覚──あの、体の奥底から走る警告だけは、個性だと思ったことがなかった。
(意識しとけ、か……)
試しに、意識を集中してみる。周囲に何かの気配はないか。危険はないか。
──何も感じない。放課後の静かな廊下が広がっているだけだった。
(……やっぱり無理だ。来る時は、勝手に来るんだよなあ)
階段を降り、一階の奥へ向かう。サポート科の開発工房は校舎の端──ヒーロー科の教室からはだいぶ離れた場所にあった。
聞こえるのは自分の足音と、遠くの部活動の声だけ。それなのに、相澤の言葉を聞いた今は、自分の感覚が妙に意識される。
角を曲がると、大きな鉄の扉が見えた。扉の上に英語で「開発スタジオ」と書かれたプレートが掲げられている。中から、かすかに金属が軋む音と排気のような音が漏れている。
(ここか……)
深呼吸をひとつ。扉のノブに手を伸ばした。
──ぞわっ。
手を一気に引っ込め、イトはその場から飛び退いた。
直後──轟音。
扉が内側から吹き飛んだ。鉄の塊がイトの立っていた場所を通過し、廊下の壁に叩きつけられる。爆風と黒煙が、枠だけになった入口から噴き出した。
(──ッ!)
天井に張り付いた状態で、イトは目を見開いていた。心臓がばくばくと鳴っている。
(こ、これ、今の──)
個性だ。さっき相澤先生に聞いたばかりの、危機察知。あの扉をまともに食らっていたら確実に吹き飛ばされていた。
(この学校危ないことばっか……)
「発目ぇ!! お前何回目だ!!」
「フフフ、数えてないんですかパワーローダー先生? 七回目です!」
「そういう話じゃねえ!!」
煙が晴れていく中、部屋から声が聞こえた。
開発スタジオの中は──控えめに言って、戦場の跡だった。
工具や部品があちこちに散乱し、壁には焦げ跡が幾重にも重なっている。その中で、ヘルメットのような装具を被った小柄な男性──パワーローダーが頭を抱えていた。
そして、その横に。
「あら、お客さま?」
ゴーグルを額に上げた女子生徒が、煤だらけの顔でにっこりと笑った。ピンクの髪が煤で灰色がかっている。服はあちこちが焦げ、手にはまだ何か──爆発の原因としか思えない装置を持ったまま。
爆発の直後とは思えない、あっけらかんとした声だった。
「あなた初めましてですね! 私サポート科の発目明です!」
イトは天井に張り付いたまま、答えた。
「……安良久根イトです。ヒーロー科の」
「ヒーロー科! なる程!」
(何に納得したんだろう)
「では私は忙しいので! 第四子の完成までもうすぐなんです」
「その前に片付けだよ! お前まさか散らかすだけ散らかしてこのまま帰る気じゃないよな?」
発目のマイペースな声とパワーローダーの怒声が廊下に響く。
イトは天井からゆっくりと降りた。
(……すごい人がいた)
あの感覚は、この人物に対して何の反応も示さなかった。
──危険ではある。でも、悪意はない。たぶん。
発目明、襲来。
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中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも