僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
「いやあ、悪いね。改めてよろしく、安良久根さん」
パワーローダーが差し出した手を、イトは控えめに握った。ヘルメットのような装具の奥から覗く目は、厳しそうだが理不尽ではなさそうだ。
「よろしくお願いします、パワーローダー先生」
「イレイザーヘッドから話は聞いてるよ。ドリルと旋盤は自由に使っていい。溶接機だけは事前に声をかけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「構わないよ」
「その、扉のこと……」
「ああ、あれはいつものことだから気にしなくていい」
「いつもの……」
廊下に転がった鉄の扉を見る。壁にめり込んでいた。
パワーローダーは工房の奥に目を向けた。煤だらけの背中が、何かの装置に向かってカチカチと作業を再開している。
「……あの人は、いつもああなんですか」
「発目か」
パワーローダーは少し疲れたような、でもどこか誇らしげな声で言った。
「入学初日から毎日、閉門ギリギリまでここにいるよ」
「初日から……」
「技術屋ってのは大抵どっかネジが飛んでるもんだが、あいつは別格だ」
パワーローダーの視線が、発目の背中に向く。
「サポート科と思えばそれも才能だけどな。──まあ、爆発にだけは気をつけてくれ」
「肝に銘じます」
(サポート科に入っていたら、あの人がクラスメイトだったかもしれないのか……)
背筋が薄ら寒くなった。ヒーロー科を選んでよかったと、入学以来最も心の底から思う。
「散らかしっぱなしにさえしなければ、ここは好きに使って構わない」
パワーローダーがイトに作業スペースを案内しながら言った。壁際の一角に、工具棚と作業台が用意されている。最低限の設備だが、ウェブシューターの整備には十分だ。
「その手首のアイテム、自作なんだってね」
「あ、はい。家の工房で──」
「自作?」
声が──横から飛んできた。
さっきまで背中を向けて作業に没頭していたはずの発目が、いつの間にかイトの真横にいた。近い。位置がおかしいくらい近い。
「興味あります! ちょっと拝見!」
「え、ちょっ──」
発目がイトの右腕を掴んだ。そのまま手首を自分の顔の前に持ってきて、ウェブシューターに十字の瞳を近づける。
「手首に装着…用途はなんでしょう。このスイッチは起動用? 押すと──」
シュッ。
「へぶっ」
至近距離から射出されたウェブが、発目の顔面に直撃した。白い糸が顔全体を覆い、張り付く。
「はっ、発目さん!?」
発目が両手で顔をバタバタと叩いている。ウェブが口と鼻を塞いでいる。息ができていない。
「ま、待って──剥がすから!!」
イトは慌てて発目の顔に張り付いた糸を剥がしにかかった。自分の糸だから剥がし方は分かる──端を見つけて、繊維の方向に沿って──
べりっ。
「ぷはっ!」
糸が剥がれ、発目が盛大に息を吸い込んだ。顔に糸の跡が残っている。
「死ぬかと思いました!」
あっけらかんとした声。反省の色はゼロだった。
「発目!! 人のアイテムを勝手に──」
「こちら見てくださいパワーローダー先生! この射出機構、小型なのにちゃんとしたバルブが入ってます!」
パワーローダーの叱責を完全に無視して、発目は再びイトの手首に目を向けた。今度は射出ボタンを避けて、本体の構造を覗き込んでいる。
「えっと……あの、大丈夫ですか顔」
「何がです? それよりこれカートリッジ式ですよね? 何を射出してるんです? 充填方法は?」
「あの…」
「あと電源は? バネ式? 空気圧? まさか電磁式?」
「えっと、順番に──」
「あとあと、この本体の材質は何です? チタン? 強化プラスチック?」
(こわい)
矢継ぎ早すぎて処理が追いつかない。
でも──聞かれていることの一つ一つは、的確だった。
「……えっと」
ひと呼吸して、イトは続ける。
「……カートリッジは私の個性を参考に調合した液が圧縮されて入ってます、それを糸として射出するんです。充填は手動」
ひとつ答えると、発目の目が輝いた。
「ほう、射出圧の調整も手動ですか?」
「バネ式で、ダイヤルで三段階」
「糸の太さは?」
「液は射出後の空気接触で固化するから、射出口の径で決まるの。今は0.8mmの単一径」
「可変にする気は?」
「したいけど、機構が大きくなりすぎて──」
「あーーー、もったいない!!」
発目が声を上げた。
「ノズルの交換式にすれば解決しません? 径の違うノズルを複数用意して──」
「考えたけど、交換にかかる時間が戦闘中だと致命的で」
「だったら回転式にして──こう、ドラムマガジンみたいに──」
「……それ、バルブの配置次第では──」
止まらなくなっていた。
「あとここの射出口、あと2mm広げれば射程15%は伸びますよ」
「でもそうすると糸の拡散率が上がって精度が──」
「だったら内壁に螺旋溝を切ればどうです? ライフリングと同じ原理で直進性が──」
「……! それ、いけるかも」
発目がにんまりと笑った。イトも、気づけば前のめりになっていた。
パワーローダーは二人のやりとりを、腕を組んで黙って見ていた。
*
「あとはこの部分の回路なんですけどね」
気がつくと、イトは発目の作業台の横に座っていた。
目の前には発目の「第四子」──さっき爆発を引き起こした装置の改良版が広げられている。基板がむき出しになった状態で、配線が蜘蛛の巣のように絡まっている。
「ここの出力が安定しないんです。電流を上げると過熱して、下げるとパワーが足りない」
発目が回路図を指さす。手書きの図面だが、思考の密度がすごい。走り書きのメモが余白を埋め尽くしている。
「……ここ、抵抗値が合ってなくない?」
「え?」
「この経路、電流がここで分岐してるのに抵抗が均等じゃない。だから片方に電流が集中して過熱する」
イトは作業台のペンを借りて、回路図の余白に数式を書いた。
「こう分圧すれば、両方の経路に均等に──」
「……なる程、盲点!!」
発目が身を乗り出した。
「やりますね! この計算ぱっと出ます?」
「回路設計は伯父に教わったから……基礎的な分圧計算くらいなら」
「それ基礎じゃないです! あなたなんでヒーロー科にいるんです?」
「……」
発目はもう回路の修正に取りかかっていた。イトの計算を元に、ものすごいスピードで配線を組み替えていく。その手際は──正直、すごかった。理論を実装に変換する速度が尋常じゃない。
(この人……わたしが計算で出したことを、手で実現できるんだ)
「できました! 通電しますよ! 三、二、」
パワーローダーの声が工房の端から飛んできた。
「お前ら、時間だ」
「えー!! あとワンステップなのに!!」
「閉門時間だよ。片付けろ」
「あと5分だけ!」
「あと5分認めたらあと50分居座ろうとすんのがお前だ。これ以上食い下がると出禁にするぞ」
「そんな!?」
発目が心底残念そうな顔をした。イトも──自分でも意外なことに、同じ気持ちだった。
「発目さん。……明日もここに居る? できれば今日の続き…」
「もちろんです! 放課後来てください! あと、射出口の件も計算してきてくれたら!」
発目が目を輝かせる。あの十字の瞳が、まっすぐにイトを見ている。
「あ……うん。計算、してくる」
「ではまた明日! ええと……お名前忘れました!」
「えぇ!?」
まさかの会って数時間で名前を忘れられ、イトは戦慄した。
「……安良久根イト」
「イトさん! 覚えました!」
「え、名前呼び!?」
「だって安良久根って発音しづらいです。いけません?」
「……いや、いい…けど」
「ではそういうことで!」
工具を片付け、作業台を拭いて、工房を出る。パワーローダーがイトの背中に声をかけた。
「気に入られちまったね」
「……みたいです」
廊下を歩きながら、イトはふと笑った。
すごい人だった。距離感はゼロだし、人の装備で窒息しかけるし、パワーローダーの言うことは聞かない。でも──あの人の目が技術を見る時の輝きは、伯父さんと同じだった。
(また明日、か)
帰り道の足取りが、少しだけ軽かった。
ウェブシューター強化フラグ。
発目さん書いてて楽しいけど無限にむずいです。
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
-
あった方がいいかも
-
なくてもいいかも