僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ   作:スパイダーキャット

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最初の方は割と書けてるのでさくさく出していきます。


第1話 安良久根イトの日常

「んぐぐ……」

 

 朝のアラームが鳴る前に、安良久根イトの目は開いていた。

 

 別に早起きの習慣があるわけではない。単にベッドの上のオールマイトのポスターが朝日を受けて光り、それが顔に当たっただけだ。

 

 ……いや、正確にはオールマイトだけではない。

 

 六畳の部屋の壁という壁が、ヒーローグッズで埋め尽くされている。オールマイトの歴代コスチュームのポスター、13号の災害救助記録のスクラップ、シンリンカムイのデビュー戦を報じた新聞の切り抜き。棚にはフィギュアが並び、ファイルにはヒーローの個性分析ノートが何冊も差してある。壁の一角には自作の「個性×救助パターン分析表」が画鋲で留められていた。

 

 そしてもう半分は──機械だ。

 

 学習机の上は教科書の居場所がない。半分組み上がった基板、バラされたモーター、各種工具、はんだごて、回路設計のメモ。机の横には伯父の工房からもらった小型の万力が据え付けてあり、その足元には使いかけの蜘蛛糸液のカートリッジが転がっている。本棚の一段は完全にパーツの引き出しと化しており、ラベルには「M3ネジ」「導線(細)」「弾性素材サンプル」と几帳面な字で書かれている。

 

 ヒーローオタクの城と、機械オタクの工房が正面衝突した部屋。

 それが安良久根イトの世界だった。

 

「イトー、ごはんよー」

 

 階下から声が聞こえる。

 

「はーい」

 

 返事をしながらベッドから降りる。足が床に着く感触。冷たいフローリング。冬の名残がまだ少しだけ、朝の空気に混じっている。二月の終わり。中学二年生の三学期。

 

 制服に着替えながら、机の上のウェブシューターに目が行く。まだ未完成のそれは、手首に装着する形のサポートアイテム──になる予定の、今のところはただの趣味の工作物だ。蜘蛛糸液のカートリッジを装填して、圧縮空気で射出する仕組み。だいぶ形にはなったものの、射出の精度がどうしても安定しない。

 

「……帰ったらノズルの径をもう少し絞ってみよう」

 

 独り言を呟いて、部屋を出た。

 

 

    *

 

「おはよう、おばさん」

 

 台所に降りると、テーブルにはすでに朝食が並んでいた。トーストと目玉焼き、サラダ。イトの伯母──皐月がコーヒーを淹れながら振り返る。

 

「おはよう。今日も早いわね」

「ポスターに起こされた」

「あら、また? あのオールマイトのポスター、朝日がちょうど反射するって前にも言ってたでしょ。貼るところ変えたら?」

「……嫌です」

「そう」

 

 皐月は苦笑して、それ以上は追及しなかった。この子がヒーロー関連のものに執着するのは今に始まったことではない。

 

 イトが席に着くと、廊下の奥から重い足音がした。安良久根榕介(ようすけ)──イトの伯父が、作業着のまま台所に入ってくる。手には油汚れの残った布巾。工房で朝から何かをやっていたらしい。

 

「おはよう、おじさん」

「ああ」

 

 榕介は寡黙な男だった。口数は少ないが、手は常に動いている。サポートアイテム技師として小さな工房を切り盛りしている彼の朝は、イトよりもずっと早い。

 

「おじさん、圧縮空気のレギュレーターって在庫ある?」

「型番は」

「AR-04か、それに近いやつ」

「工房の棚の三段目。勝手に使っていい」

「ありがとう」

 

 会話はそれだけだった。皐月が横で「朝からそんな話……」と呆れた顔をしているが、この家ではこれが日常だ。

 

 イトにとって、この家は世界で一番安全な場所だった。

 両親の顔は知らない。物心がつく前に亡くなったと聞いている。それ以上のことは知らないし、訊いたこともない。訊かなくても、ここには榕介おじさんと皐月おばさんがいる。それで十分だった。

 

 

    *

 

 中学校までの道を、イトは一人で歩いていた。

 

 友達がいないわけではない。挨拶をする相手はいる。たまに話す相手もいる。ただ、一緒に登校する相手はいなかった。別にそれが寂しいとも思わない──と、少なくとも本人は思っている。

 

 住宅街を抜け、大通りに出る。信号待ちの間、スマホでヒーローニュースをチェックするのが日課だ。

 

「……あ、13号。昨日の土砂崩れ、救助完了したんだ」

 

 画面に映る13号の活動報告を、イトは食い入るように見つめた。

 13号のことが、好きだ。

 

 ブラックホール──本来は全てを吸い込み、破壊する個性。それを災害救助に使っている。危険な個性を、人を救うために。その在り方に、イトは言葉にできない共感を覚える。

 

 ──あんなふうに、なれたらいいのに。

 

 信号が青に変わる。イトはスマホをポケットにしまい、歩き出し──

 

 ──隣にいた小学生の肩を掴み、自分の体ごと後ろに引き倒す。

 同時に、猛烈な速度の自転車が目の前を通過する。風圧が前髪を揺らした。

 

「……っ」

 

 背中からアスファルトに倒れ込んだイトの上に、小学生が目を白黒させて乗っかっている。周囲の大人たちが「大丈夫か!」と駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫です。大丈夫……」

 

 小学生を起こし、怪我がないか確認する。擦り傷一つない。よかった。

 

「お姉ちゃんすごい! なんで分かったの?」

「え? あ、えっと……たまたま、見えて」

 

 見えてはいなかった。自転車は横から来た……視界の外だった。

 でも、分かった。何かが来る、って。

 

 ──いつものことだ。

 

 イトは立ち上がり、制服の砂を払った。「気をつけてね」と小学生に言い、何事もなかったように歩き出す。背中が少し痛い。明日には消えるだろう。

 

 これがイトの「勘の良さ」だった。真後ろから飛んでくるドッジボールを避けたり、落ちてくる植木鉢の下から一歩だけ横にずれたり。そういうことが、昔からよくある。便利ではあるけど、ちょっと気持ち悪いとも思っていた。

 

 イトの個性は「蜘蛛」。ちょっと力が強くて、壁に張り付けて、手首からほんの少し糸が出せる。それだけだ。少なくとも、イトはそう思っている。

 

 

    *

 

 学校は、いつも通りだった。

 

 授業を受けて、ノートを取って、昼休みに一人で弁当を食べて。理科の授業だけはいつもより前のめりで聞く。放課後、図書室で雑誌のバックナンバーをめくる。

 

 友達と過ごす時間がないわけではない。でも、一人の時間が長い方が落ち着く。人と話していると、無意識に力の入り方を気にしてしまうから。握手するとき、肩を叩くとき、ふざけて押し合いになったとき──力加減を間違えたらどうしよう、という漠然とした不安が、いつも頭の隅にある。

 

 なぜそう思うのかは、分からない。力加減を間違えた記憶なんてないのに。

 

 だからかイトの人間関係は、常に一歩引いたところにある。嫌われているわけではない。でも深く入り込めない。自分から壁を作っているつもりはないのに、気がつけば一人でいる。

 

 ──まあ、いいか。一人は嫌いじゃないし。

 

 放課後、イトはまっすぐ家に帰った。

 帰り道にコンビニでヒーロー雑誌の最新号を買い、早足で自室に戻る。制服のまま机に向かい、雑誌を開く前にウェブシューターを手に取った。

 

「えーと、ノズル径を0.3ミリ絞って……カートリッジの圧力をもう少し上げれば……」

 

 はんだごてを握り、基板の配線を一箇所修正する。接合部に息を吹きかけ、冷えるのを待つ。カートリッジを装填し、腕に巻きつけ、窓を開けて向かいの電柱に向けて射出テスト。

 糸が飛び、見事電柱に命中した。

 

「……うん、だいぶ形になってきたな」

 

 ノートにデータを記録する。射出角、距離、粘着時間、気温。几帳面な字で。

 

「こっちは……」

 

 カートリッジを取り換え、もう一度射出する。

 再び糸が飛び出したが、今度は張り付かなかった。

 

「うーん……蜘蛛糸液の再現はまだ上手くいかないか」

 

 この作業が、イトは好きだった。

 

 空気に触れると、先端に粘着力のある形で即座に固形化する液と、それをカートリッジに圧縮収納し、糸として射出するウェブシューター。

 自分の個性を参考に考えたサポートアイテム、その開発が今のイトの趣味のひとつだ。

 

「私だけならもう使えそうだけど、それじゃ意味ないんだよなあ……」

 

 シューターの方はすでに完成にかなり近づいている。

 最初のテストに使ったカートリッジは、イトの体内で分泌された蜘蛛糸液を抽出したものだ。

 問題は二発目──人工の蜘蛛糸液の方だった。

 

 イトの蜘蛛糸液は特殊だ。空気に触れた瞬間に先端が粘着質のまま固形化し、弾性と引張強度を両立する。それを化学的に再現しようとしているのだが、どのレシピを試しても粘着力か強度のどちらかが足りない。

 汎用サポートアイテムは、誰でも使えてこそ意味がある。

 シューターがどんなに優秀でも、弾が個人の体からしか取れないのではただの「個性の延長」にすぎない。自分で使うならまだしも、それではサポート科の汎用製品として失格だ。

 

「あと試してないのはどれだっけ。ちゃんと書いとかないと……」

 

 ため息を吐いて、失敗した配合のメモを閉じる。

 

「おじさんみたいな技師になる未来は遠いなあ……」

 

 雄英高校サポート科。それがイトの進路希望だ。

 

 ヒーローになるつもりはなかった。戦うのは好きじゃないし、人と積極的に関わるのも得意じゃない。でもサポートアイテムを作るなら、一人でもできる。伯父のように、裏方からヒーローを支える仕事。それが自分に合っていると思う。

 

 ──本当に?

 

 ふと、壁の13号のポスターが目に入る。

 宇宙服のような白いコスチューム。個性ではなく、コスチュームで個性を制御している。破壊の力を、救いの力に変えて。

 

 あんなふうになれたらいいのに──と思ったのは、いつだったか。

 

「……いや、無理でしょ」

 

 独り言を言って、視線をウェブシューターに戻した。

 夕飯の時間まで、もう少しだけ。

 

 

    *

 

 夕食の席で、皐月が訊いた。

 

「イト、進路希望の用紙、もう書いた?」

「うん。雄英のサポート科」

「そう。……ヒーロー科は、考えないの?」

 

 皐月の声は何気ない調子だったが、イトにはそこに含まれた意味が分かった。おばさんは知っている。イトの部屋がどれだけヒーローグッズで溢れているか。13号の動画を何度も繰り返し見ていること。ヒーローの個性分析ノートを何冊も書いていること。

 

「……考えてないよ。サポート科がいいの」

「そっか」

 

 皐月はそれ以上追及しなかった。

 

 榕介は黙って味噌汁を啜っている。何も言わない。でもそのあと、台所を片付けるときにイトの前を通りがかり、ぽつりと言った。

 

「工房、明日も使っていいぞ」

「……うん。ありがとう、おじさん」

 

 それだけの会話。でもイトには、それで十分だった。

 

 自室に戻り、ベッドに倒れ込む。天井には蓄光シールで作った星座が淡く光っている──小学生の時に貼ったもので、今さら剥がすのも面倒でそのままにしてある。

 スマホで13号の救助映像を再生する。もう何十回と見た映像。土砂崩れの現場で、ブラックホールの吸引力を使って瓦礫を除去し、埋まった人々を救い出す。

 

「……すごいなあ」

 

 呟いて、画面を閉じた。

 目を閉じる。

 

 明日も同じ一日が始まる。学校に行って、授業を受けて、一人で帰って、ウェブシューターをいじって、ヒーローの動画を見て、眠る。その繰り返し。

 

 それでいい──と、思っていた。

 

 あの日までは。

 




スパイダーマンといえば救助、ヒロアカで救助といえば13号なので、イトは13号の大ファンです。

さて、スパイダーマンを描くにあたっては必ず突き当たる問題、「ウェブは自分で出せるようにするのか?」

悩みましたが、イトの場合は「自分で出せるし、ウェブシューターも持っている」ハイブリッドタイプです。
ただし自前の糸は非常に燃費が悪く、ウェブシューターなしだとすぐに糸を切らしてしまう……そんな感じのバランスで行こうと思います。よろしくどうぞ。

中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?

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