僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
白い天井が見えた。
ゆっくりと瞬きをする。視界がぼやけている。体が重い。右腕に鈍い痛みがあるが、さっきまでの灼けるような激痛ではない。
(……ここは)
首を動かす。清潔なベッド。白いカーテン。点滴のスタンド。消毒液の匂い。
──学校の保健室だ。
「あ、起きた!」
声と同時に、視界の端に肌色──いや、透明な何かが飛び込んできた。
「安良久根ちゃん! 起きた! よかったぁ……!」
葉隠透。声が震えている。泣いているのかもしれないが、見えないので分からない。
「葉隠、さん……」
「もう、もうもうもう!! どんだけ心配したと思ってるの!!」
制服の袖がわたわたと動いている。
「……わたし、どうなったの」
「気絶したんだよ! 血が出過ぎて! あの怪我で走り回ってたって聞いた時は本当にびっくりしたんだからね!」
(そうだ。わたしは──13号を助けて、相澤先生を助けに行って──)
「……オールマイトが、来たんだよね」
「来た! 来てくれたの!」
葉隠の声が弾けた。
「オールマイトがあのでかいの……脳無ってやつをぶっ飛ばして! それでプロヒーローの先生たちもいっぱい来て、ヴィランは全員捕まったか逃げたかで──とにかく終わったの!」
(終わった……のか)
「安良久根ちゃんが倒れてるのを見つけた時は、ほんと……血だらけで動かないから……」
葉隠の声が詰まった。
「……ごめん。心配かけて」
「謝らないでよぉ……生きててくれたらそれでいいの……」
イトは天井を見つめた。体は重いが、生きている。
「相澤先生は?」
「結構な怪我だけど、命に別状はないって」
「……よかった」
「13号先生も軽い怪我で済んだって。安良久根ちゃんが助けたんでしょ? すごいよ」
「……すごくないよ。無茶しただけ」
「それが分かってるんならまあいいさね」
カーテンの向こうから、しわがれた声がした。小さな老婆がベッドの脇にやってくる。
「リカバリーガール先生……」
「出血多量で意識不明。前腕部の表皮剥離損傷。治癒はかけたけど、失った血は戻せない。今日いっぱいはおとなしくしてなさい」
リカバリーガールがイトの右腕を覗き込む。包帯が巻かれているが、その下にはまだ痛みがある。
「傷自体は塞いだけど、神経と筋繊維のダメージが深い。完治まではまだ数日通ってもらうよ」
「……はい」
リカバリーガールが少しだけ表情を緩めた。
「怪我して倒れた生徒を叱るのは好きじゃないんだけどね。13号から聞いたよ。重傷を負った状態で、制止を振り切って飛び出したそうじゃないか」
「……」
「命あっての物種だよ。次があるかは分からないんだからね」
イトは黙って頷いた。返す言葉がなかった。
*
少しして、保健室の扉がノックされた。
「入るぞ」
──相澤先生と、長身の女性だった。
相澤は顔の半分が包帯に覆われている。腕にもギプス。それでも自分の足で歩いて来ていた。
「先生……! 来て大丈夫なんですか」
「お前に心配されるほどじゃない」
「よかった…あの」
「起き上がらなくていいよ、横になったままでいなさい」
長身の女性からは、聞き覚えのある声がした。
「……13号先生?」
「そうです」
「素顔……初めて見ました」
「人前では基本コスチューム脱がないからね。今は壊れちゃってこの通りだけど」
「なるほど……」
しばらく、沈黙があった。
「……今回の、君の行動」
13号が言った。
「尊い行いだったことは間違いありません。だけど…プロヒーローとして、そして教師として、僕は君を褒めてあげるわけにはいかない」
「……」
「あの場での僕と先輩…相澤さんの役目は、生徒たちを守ることだったんだよ、君も含めてね。断じてその逆じゃない」
「……はい」
俯いて、小さく返事する。当然の叱責だった。
「でも」
13号は続ける。
「一人の人間として……ありがとう。君のおかげで助かった。僕はあのままじゃ、何も役目を果たせないまま倒れるところだった」
「……!」
「君の、その心は間違ってない。そのことは……忘れないでほしい」
「……はい…っ、はい!」
自然と涙が零れた。13号が、ハンカチで涙を拭ってくれる。
「まあ言いたいことはだいたい13号が言ってくれた」
相澤が口を開いた。
「婆さんからも説教受けたろうし、俺まであれこれ言うつもりはない。感謝もしてる」
「…はい」
「だがプロを目指すなら己を省みろ」
「……ごめんなさい」
口調こそ厳しいが、相澤の声は穏やかだった。素直に謝罪する。
「……先生が危ないって思ったら、動かずに…いられなくて」
「分かってる」
相澤は溜息をついた。
「お前のそれは──今は置いておく。別の話をする」
相澤の目が、鋭くなった。
「お前の個性についてだ」
「……?」
「マスコミの侵入時、お前は食堂で『何かいる』と感じ、報告した。あの報告は結果的に正しかった」
「はい」
「そして今回、ヴィラン連合の出現を事前に察知した。俺に報告したのは出現の直前だったが──おそらくお前が感じた段階では、まだ奴らはUSJに入ってもいなかった」
「……そう、かもしれません」
「広場の方にいた、俺の異変も感じ取っていたそうだな」
相澤がイトをまっすぐ見た。
「安良久根。お前の知覚能力は、どの程度のものだ」
「……」
イトは言葉を探した。だが──見つからない。
「分からないです」
正直に言った。
「『なんかヤバい』って感じるだけで……何がとか、誰がとか、具体的なことは全然分からなくて。距離もあいまいだし、方角もなんとなくでしかなくて」
「意識的に使えるか」
「使えない……です。勝手に来るだけで。来ない時もあるし、来ても何が危ないのか分からない時もあるし」
相澤は黙って聞いていた。
「入試の時もありました。ゼロポイントヴィランが来た時に、足が動いて。あの時も何も考えてなくて……ただ、危ないって感じて」
相澤はメモを取り、口を開いた。
「もういい。今は休め」
「先生……」
「お前の個性については、今後調べよう。己の力を正しく知ることが、成長には不可欠だ」
二人が椅子から立ち上がり、ドアに向かう。
「先生」
イトが呼び止めた。
「先生たちが無事で……本当によかったです」
相澤は振り返らなかった。
「……早く治せ」
「安静にね」
それだけ言って、二人は出て行った。
*
点滴を終え、イトは保健室を出た。
窓の外は曇り空。静かだった。
右腕の包帯を見る。その下に、傷がある。ブラックホールに削られた傷。
(13号は無事だった。相澤先生も助けられた。出久くんも、梅雨ちゃんも、みんな無事だった)
それは、よかった。本当によかった。
(でも)
リカバリーガールの言葉が蘇る。13号の制止が蘇る。相澤の言葉が蘇る。
(みんな同じことを言ってる。無茶をするなって。制止を聞けって。重傷のまま飛び出すなって)
正しい。全部正しい。
(でも、あの時私が行かなかったら、先生は──)
──君の、その心は間違ってない。
(……)
考えが、堂々巡りする。
正しいことと、やらなければいけなかったこと。その境目が分からない。
(……まあ、今は考えても仕方ないか)
考えを切り上げる。体がまだ重い。
ふと、壊れたコスチュームのことを思い出した。右腕のあたりがウェブシューターごと半分消失している。コスチューム製作会社に連絡しないと……いや、発目に見せる方が早いかもしれない。
(「イトさん何してるんですか!?」って怒られるかな。いや、「せっかくだから分解してもいいですか?」かな……)
少しだけ笑った。
窓の光が、白い包帯を照らしていた。
──USJ事件。後にそう呼ばれる一日は、こうして幕を閉じた。
USJ事件の原作との差異
・13号が軽傷。リカバリーガールの治癒で即時復帰できるレベル
・相澤の負傷軽減。数日引きずるが後遺症は残らないレベル
・オールマイトがほぼ万全の状態で有事に備え待機していたため、多少余裕を持って脳無を撃破。原作の同時期よりも消耗は少ない。
オールマイトと緑谷はしっかり保健室のお世話になっていましたが、イトが目覚める前に退散しました。
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも