僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ   作:スパイダーキャット

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第29話 余計なお世話

 

 開始と同時に、緑谷があのスパークをまとった。

 その直後──猛烈な勢いで轟の足元から氷が迫る。

 

(轟くんの氷結! 出久くんが今制御できる威力じゃ迎撃は無理だ。あの状態はまだ動きながらは上手く維持できないって言ってたし、回避の択もない……だから、たぶん──)

 

 

SMAASSSHHH(スマッシュ)!!!」

「ぐっ…!」

 

 

 氷が緑谷の目前に迫ったところで爆ぜる。

 余波で轟が大きく吹き飛び、背後に新たに生やした氷で場外を免れる。

 

「うわああ!!」

「寒っ!?」

 

 吹き飛ばされた冷気が観客席まで届く。

 

「……やっぱそう来るか」

 

 ──緑谷の右手の中指が痛々しく変色している。

 

(制御を捨てた最大威力で迎撃……! それしかない、けど……)

 

 緑谷が全力で個性を発動した箇所は、骨折どころではないぐちゃぐちゃの状態になってしまう。

 その激痛をイトは想像することができなかった。

 

 

 轟が再び氷を放つ。

 

「ぃぎ……ッ!!」 

「くっ……! ……ちっ」

 

 だが届かない。またも緑谷の指による迎撃に阻まれる。

 

(対抗、できてる。でも……)

 

 それは多大な犠牲を払ったごく短時間の拮抗だった。

 背中を軽く打った程度の轟に対し、緑谷はすでに常人ならばのたうち回って叫ぶほどの大怪我を負っている。

 

(氷を打ち消してるだけじゃ勝てない……それは出久くんも分かってるはず。一体何を狙って……)

 

 

「ゲッ始まってんじゃん!」

 

 切島が息を切らしながらやってきた。

 控室から急いで戻ってきたのだろう。

 

「おっ切島! 一回戦おめでとう!」

「おうサンキュー! 次おめーとだ爆豪!」

「ぶっ殺す」

「ハッハッハやってみな!」

 

 やり取りが聞こえてくる。切島はトーナメントを勝ち上がった猛者同士の余裕というものか、爆豪との試合を前にしても堂々としていた。

 

「とか言ってよ、おめーも轟も強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー」

「ポンポンじゃねえよナメんな」

 

 爆豪が不機嫌そうに返す。それにイトが反応した。

 

(確かに……麗日さん相手に特大の爆破を使った時、爆豪くんの手は震えてた)

 

 個性は魔法ではない。あくまで身体機能である以上、限界は必ず存在する。

 

(出久くんは……それを探ってるんだ。この拮抗の間に、轟くんの弱点を見つけようと……)

 

 自分の指を犠牲にしながら。体を壊しながら。それでも──轟の隙を探し当てるために。

 

「……耐久戦のつもりか。すぐ終わらせてやるよ」

「……ッ!」

 

 四度目の氷結。それを緑谷が打ち消した時、轟が動いた。

 

 

『おォーーーっと轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接だあ!!!』

 

 

 新たに生やした氷を足場に、緑谷に近づく。が……

 

「……今ッ!!」

「なっ──!」

 

 

 轟が氷から飛び立った一瞬。緑谷が低い姿勢で距離を詰め、轟の懐に潜り込んだ。

 

SMASSH(スマッシュ)!!」

「ぅぐ……ッ!?」

 

 左手の拳が轟の腹に叩き込まれる。今度は100%ではない──制御された一撃。だがゼロ距離の攻撃は轟を大きく吹き飛ばした。

 

「ゲホッ……近づけねえか。だが…」

 

 轟が体勢を立て直す。僅かな動揺が見えた。

 

 ──だが、イトは見た。緑谷の体のスパークが消えていく。

 

(動いたから……)

 

 動きながらの攻撃に個性の全身発動が維持できなかったのだ。個性が切れた緑谷の意識が、一瞬だけ再発動に向けられる。

 

 轟はその隙を逃さなかった。

 足元から氷が噴き出し、緑谷の両足を捕らえようとする。

 

「くっ……!?」

 

 氷が足首に這い上がってくる。逃げられない──咄嗟に、緑谷が左腕を振り上げた。

 

 ──100%。

 

 左腕全体から放たれた全力の拳が、氷ごと周囲の全てを吹き飛ばした。

 

 

「ぐぁ……うぅ……!!」

 

 

 その代償を、緑谷は左腕に受けていた。

 

 指どころではない。左腕全体が、肩の近くまで痛々しく歪んでいる。

 

「……捕まえきれなかったか。でもどうした、緑谷……もうボロボロじゃねえか」

「……? …………!!」

 

 轟がゆっくり歩いて緑谷に近づきながら言う。緑谷は何を思っているのか、俯いて動かない。

 

「悪かったな……ありがとう緑谷。おかげで、奴の顔が曇った」

 

 轟が観客席のエンデヴァーを見上げながら言った。

 

「その両手じゃもう戦いにならねえだろ。終わりにしよう」

 

 轟の言う通りだった。もう緑谷に迎撃手段は残されていない。

 緑谷に氷が迫る。

 

(出久くん……!!)

 

 

 

『あァーーーっと轟!! トドメの氷結を「──どこ見てるんだ」

 

 

 

 氷は、またも緑谷の目の前で吹き飛んだ。

 

「……え?」

 

 イトは思わず声を漏らした。

 もう緑谷に抵抗手段はなかったはずだ。右手の指で四回、左腕で一回、全力攻撃を放っている。

 

(なのにどうやって……ッ!?)

 

 

「てめぇ……壊れた指で……ッ!!」

 

 緑谷は、既にぐちゃぐちゃに歪んだ右手の指で、再度全力攻撃を放っていた。

 

(なんてことを……!!)

 

 一度壊れた箇所に、同じだけの負荷をもう一度かける。骨が折れるどころではない。下手をすれば二度と動かなくなる──そんな危険を度外視して、緑谷は撃った。

 

「個性だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろ……」

 

 緑谷の声は低く、途切れ途切れだった。だがその目だけは──真っ直ぐに轟を射抜いている。痛みで意識が飛びかけているはずなのに、言葉は止まらない。

 

「でそれって、左側の熱を使えば解決するもんなんじゃないのか……?」

 

 緑谷の右手が、ぎちり、と音を立てた。歪んだ指を無理やり折り曲げて拳を作っている。ぐちゃぐちゃの骨と肉が擦れ合う、聞いているだけで背筋が凍るような音。

 

「皆……本気でやってる! 勝って目標に近づくために……一番になるために!!」

「お前……ッ」

「半分の力で勝つ? まだ僕は君に…傷一つつけられちゃいないぞ……!」

 

 

「全力でかかってこい!!!」

 

 

 緑谷が叫んだ。轟の表情が怒りに歪む。

 

「何のつもりだ……ッ!!!」

 

 緑谷に向けて駆け出した。だが──動きが鈍い。

 

 轟の動きは明らかに精彩を欠いていた。障害走でイトが後ろから見ていた時のそれとは比べるべくもない。

 そんな動きが、たとえ重傷であっても緑谷に通じるはずはなかった。

 再び緑谷の体にスパークが走る。そして──

 

SMASSH(スマッシュ)!!」

「ぐぁ……ッ!!」

「ぐぅぅッ!!!」

 

 緑谷の右拳が轟の腹に突き刺さる。だがボロボロの拳で殴った緑谷にも少なくないダメージが入っていた。

 轟は大きく吹き飛んだが、なんとか生やした氷でステージ上に留まっている。

 

「緑谷くん……あんな手で……!!」

「やりすぎだろォ!? 俺こええよ!!」

 

 悲鳴じみた声をあげるイトに、峰田が同調するように喚いた。

 

(無茶なんてレベルじゃない……なんで先生たちは止めないの!?)

 

 緑谷は止まらない。勢いの弱まった轟の氷を再度壊れた指で吹き飛ばす。

 

「なんで……」

 

 轟が接近する。物理的に握れなくなってしまったのか、緑谷は口に指を引っかけて弾いた。

 

 

(なんで……!)

 

「なんで……そこまで……ッ」

 

 

 イトの心と轟の言葉が重なった。

 

 

「期待に応えたいんだ……」

 

 

 緑谷は答えた。

 

 

「笑って応えられるような……カッコイイ(ヒーロー)に……なりたいんだ……ッ!!!」

 

 

(……!!)

 

 

 「だから全力でやってんだ…皆!!」

 

 緑谷が轟に体当たりする。轟はよろめき、膝をついた。

 

「君の境遇も、決心も……僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも!!」

 

 緑谷が立ち止まり、また全身にスパークが漲る。

 

「全力も出さないで一番になって完全否定なんて…フザけるなって今は思ってる!! だから僕が勝つ!!!」

「うるせェ……ッ!」

 

「君を超えてッ!!!」

 

 緑谷の拳が再度轟を捉えた。地面を何度かバウンドし、轟は蹲る。

 

(……出久くん)

 

 イトは知らず、涙を流していた。見届けると決めた自身の前言を撤回しかけたことを恥じる。

 

 彼はいつものように、己を省みず戦っていた。

 自分の将来のため……だけではない。いや、もしかしたら今の彼は自分のことなど考えていないかもしれない。

 

 彼が今戦っているのは、きっと──

 

「やめろ……ッ、俺は親父を…親父の力を──」

 

 

 

「君の!! 力じゃないか!!!」

 

 

 

 轟のためだ。

 

 

(……だめだぁ、私)

 

 

 ──プロを目指すなら己を省みろ。

 

 相澤先生の言葉が蘇る。

 きっとその言葉は正しいのだろう。

 だがきっと、イトはその言葉を守れない。

 

 だって──

 

(だって……あんなにカッコいいものに、なりたくないなんて思えない)

 

 

 轟の左半身から炎が噴き出す。冷え切った会場に、急激に熱が充満する。

 

「勝ちてえくせに……ちくしょう。どっちがフザけてるって話だ」

 

 轟の右半身に降りていた霜が引いていく。

 

 

「俺だって、ヒーローに……!!」

 

 

 轟と緑谷が構える。

 

 先に緑谷が動いた。無事な両足で氷の壁を蹴り、轟に接近する。

 轟が氷を放ちながら、右手を緑谷に向けた。

 呼応するように緑谷も右腕を振り上げる。

 

 

 果てしない衝撃が轟いた。

 

 

「ぐああああ!!!」

「何コレエエエ!!」

「なんも見えねえ!!!」

 

 

 イトは咄嗟に透とお茶子の腰を抱えた。二人をガッシリ掴み、吹き飛ばされないよう足を地面に吸着させる。

 

 

『何今の…おまえのクラスなんなの……』

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され膨張したんだ』

『それでこれってどんだけ高熱だよ!! なんも見えねー勝負はどうなった!?』

 

 

 ──煙が晴れていく。

 

 ステージは、半分以上が消し飛んでいた。

 そして、二人の姿は──

 

 

「……両者、場外」

 

 

 ミッドナイトが、声を絞り出すように宣言した。

 

 緑谷と轟。二人ともステージの外に倒れていた。最後の衝撃で、互いに吹き飛ばされたのだ。

 

 

「…………」

 

 

 会場は異様な空気に包まれていた。歓声でも悲鳴でもない──呆然と、二人の戦いの余韻に浸るような沈黙。

 

 やがて、それは大きな拍手に変わった。

 

 イトも、立ち上がって拍手した。涙を拭いながら。

 

 

 

    *

 

 

 

「デクくん!!」

「緑谷くん!!」

「緑谷ァ!!」

 

 イトはお茶子、飯田、蛙吹、峰田とともに医務室に駆け込んでいた。

 中には包帯でグルグル巻きになった緑谷と、彼の付き添いかやせ細ったスーツの男性がいる。

 

「心配で来ちゃいました」

「緑谷くん、大丈夫……なわけないよね」

「いや、まあ……あの、次の試合は……?」

「ステージ大崩壊のためしばらく補修タイムだそうだ」

 

 飯田が律儀に答える。

 

「怖かったぜ緑谷ぁ…あれじゃプロも欲しがんねーよォ」

「塩塗り込んでくスタイル感心しないわ」

「でもそうじゃんか!」

 

 戦々恐々といった様子で言う峰田を蛙吹が窘める。

 

「あの、轟くんのほうは……」

「あの子は大した怪我してなかったからね。もう戻ったよ」

 

 イトの疑問に、リカバリーガールが答える。

 

「ほら出てった出てった! 心配するのはいいがこれから手術さね」

 

「「「手術!?」」」

 

 

 

    *

 

 

 

「すみません、オールマイト……」

 

 緑谷が、スーツの男性──オールマイトに呟いた。

 

「轟くんに、あんなこと言っておいて……僕こんな……」

「……オイオイ、まだ君の負けと決まったわけじゃないぜ」

 

 オールマイトが苦笑して言う。だが緑谷の言葉は続いた。

 

「轟くん、悲しすぎて……余計なお世話を考えてしまった……でも、それ以上にあの時、僕はただ……悔しかった」

「…………」

「周りも先も…見えなくなってた……ごめんなさい」

 

 緑谷の謝罪を、オールマイトは黙って受け止めた。

 

「……確かに、あんなこと言ってなきゃ君が勝ってたかもな」

「……はい」

「でもな」

 

 オールマイトは続ける。

 

「余計なお世話ってのは、ヒーローの本質でもある」

 

 

「──緑谷くん!!」

 

 その時、再び医務室の扉が開く。

 

「びっくりした……」

「あ、さっきの……ごめんなさい」

 

 息を切らした安良久根イトが、そこに立っていた。

 

「なんだ忘れ物かい!? さっきも言ったろ、これから手術で──」

「分かってます、すみません! でもどうしても……」

 

 追い出そうとするリカバリーガールに短く謝罪して、イトは緑谷に向き直る。

 

「あの、あのね……余計なお世話かもしれないけど……でもどうしても言いたくて……」

「う、うん……何?」

 

 困惑する緑谷の目を真っ直ぐに見て、イトは言った。

 

 

「緑谷くん、すごく、カッコよかった! ヒーローだったよ!!」

 

「……えっ」

「私も、がんばるね。それだけ、言いたくて……それじゃあ、手術気をつけてね」

 

 オールマイトとリカバリーガールに会釈して、イトは退室した。

 

「安良久根、さん……」

「な? 見ている人には伝わってるもんさ」

「はい……っ、はいッ」

「あーあー、泣き虫は治さないとって言ったろ」

「すみません……」

 

 両手が動かせない緑谷の代わりに、オールマイトはハンカチで緑谷の涙を拭った。

 

 

 雄英体育祭最終種目二回戦第一試合。

 

 結果──引き分け。

 





結果は引き分けです。主にフルカウル不完全習得による轟へのダメージ蓄積と緑谷の攻撃威力上昇が原因ですね。
いや、本編だとあんまり言及されませんけど、やっぱり腕100%他素で撃つスマッシュより腕100%他5%で撃つスマッシュのほうが威力高いと思うんですよ。パンチは腕だけで撃つわけじゃないですし。
なので今作においてはその分大きく轟くんが吹き飛び引き分けとなりました。まあボロボロの緑谷がこの後の腕相撲などによる勝負に勝てるはずもないので先に進むのは原作通り轟くんですが。

中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?

  • あった方がいいかも
  • なくてもいいかも
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