僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ   作:スパイダーキャット

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第4話 雄英高校入試

 入試当日の朝は、晴れていた。

 

 二月の空にしては雲が少なく、空気は冷たいが風はない。絶好の──何の日和と言えばいいのだろう。試験日和? そんな言葉はたぶんない。

 

 イトは自室で最後の装備確認をしていた。

 

 ウェブシューター、両手首に装着。カートリッジは予備を含めて六本。射出機構の動作確認──問題なし。サポートアイテム使用の事前申請は、榕介おじさんの指導のもと、二週間前に提出済みだ。

 

 顔の上半分を覆うマスクを手に取る。これも自作だ。スイング中に目に虫やゴミが入るのを防ぐために作ったもので、視界を確保しつつ防塵性能がある。見た目は少し怪しいが、機能性は十分だ。

 

 鏡を見る。小柄な少女が、手首にメカを巻いてマスクを持って立っている。

 

「……ヒーローっぽい、かな」

 

 ぽくはない。全然ぽくない。でもいい。今日は見た目じゃなくて結果で証明する日だ。

 

「イト、朝ごはん」

 

 皐月おばさんの声で台所に降りる。テーブルには普段より品数の多い朝食が並んでいた。

 

「今日はしっかり食べなさいね」

「……おばさん、これ多くない?」

「受験生にはエネルギーが必要でしょう」

「実技試験もあるんだよ。食べすぎたら動けないって」

「じゃあ残していいから。でもお味噌汁は飲みなさい」

 

 榕介おじさんは工房から出てこなかった。いつも通りだ──と思ったら、玄関に出たとき、靴箱の上にメモが置いてあった。

 

『カートリッジの3番と5番は新しい配合にしてある。粘着力が12%上がっている。──榕介』

 

 イトはメモを折りたたみ、ポケットに入れた。

 

「行ってきます」

 

 皐月が玄関まで出てきた。

 

「頑張ってね」

「うん」

「──帰ってくるのよ」

「……うん」

 

 家を出た。空は、やっぱり晴れていた。

 

 

    *

 

 

 雄英高校は、でかかった。

 

 テレビや雑誌で何度も見たはずの校舎が、実物として目の前にあるだけで圧倒される。門の前には受験者が溢れていた。何百人もいる。個性の見た目からして多種多様で、自分がどれだけ小さな存在かを思い知らされる。

 

 イトは人混みの端を歩きながら、受験票を握りしめた。手汗でしわが寄りそうだ。

 

 ふと視線の先に、一人の受験者が転びかけたのが見えた。緑色の髪の、緊張で顔が真っ青な男子。

 

 ──彼が地面に顔をぶつける直前、隣にいた茶髪の女子が手を伸ばし、彼の体がふわりと浮いた。

 

「無重力……?」

 

 思わず呟いた。個性で転倒を防いだらしい。あの女子が何か声をかけ、緑髪の男子が真っ赤になって固まっている。

 

 微笑ましい光景だったが、イトにはそれを眺めている余裕がなかった。そのまま会場に向かう。

 

 

    *

 

 

 説明会場は大講堂だった。

 

 ステージ上にプレゼントマイクが立っている。本物だ。テレビで毎週見ているラジオDJヒーローが、目の前に。イトは一瞬だけヒーローオタクの血が騒いだが、すぐに試験の緊張が勝った。

 

「Say hey!! 未来のヒーロー諸君! 今日は俺のライヴへようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!」

 

 静寂。ヨーコソーというプレゼントマイクの小声だけが小さく響いた。

 

「……こいつぁシヴィーーー!!!」

 

 イトは小さく「hey」と呟いた。周囲には聞こえていない。

 

 プレゼントマイクが試験の概要を説明し始める。擬似ヴィランのロボットを倒してポイントを稼ぐ実技試験。1ポイント、2ポイント、3ポイントの三種類。

 

 イトは手元のノートに素早くメモを取っていた。ロボットのポイント配分。区画の広さ。制限時間。できる限りの情報を──

 

 近くの席から、小さなブツブツという声が聞こえた。

 

「──ということは1ポイント型は数で稼ぐ前提で、3ポイント型は少数配置の高難度個体……配点と分布から逆算すると最適な戦略は──」

 

 視線を向けると、さっき門の前で転びかけていた緑髪の男子だ。手元のノートに猛烈な速度で何かを書き込みながら、ブツブツと分析を呟いている。

 

 イトは思わず目を見開いた。

 

(この人、すごい。配点から分布を逆算してる……というか、私もやりたかったやつだそれ)

 

 ──と思った瞬間、後ろの席からズバッと声が飛んだ。

 

「失礼!」

 

 長身の男子が立ち上がっていた。眼鏡をかけた、姿勢の良い受験者。プレゼントマイクに向かって手を挙げている。

 

「プリントには4種類のヴィランが記載されています! 誤載であれば、日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態! ──ついでにそこの縮毛の君!」

 

 ビシッと緑髪の男子を指差す。

 

「先程からボソボソと…気が散る! 物見遊山のつもりなら即刻雄英(ここ)から去りたまえ!」

 

 会場中の視線が緑髪の男子に集まった。当の本人は「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げて縮こまっている。

 

 イトも縮こまった。

 

 自分も同じようにメモを取っていた。ブツブツとは言っていなかったはずだが──いや、言っていなかったと言い切れる自信がない。同類だ。自分と緑髪の彼は間違いなく。

 

(怖い……あの人、真面目すぎて怖い……でも確かに私もうるさかったかも……)

 

 ノートをそっと閉じた。

 

 

    *

 

 

 演習場Ⅾ区画のゲート前。

 

 受験者たちが思い思いに準備運動をしている。イトはゲートの隅で、ウェブシューターの最終確認をしていた。

 

 ──とにかく、ロボットを倒す。殴って壊す。それだけ考えればいい。

 

(でも……ロボットを殴るの、けっこう手が痛いんだよな……)

 

 そんなことを考えている間に──

 

「STAAAAART!!」

 

 プレゼントマイクの声が響いた。他の受験者が一瞬固まる中、イトの体は反応していた。

 

 ──走る。

 

 ゲートを抜け、市街地型の演習場に飛び込む。最初のロボットはすぐに見つかった。1ポイント型。路地の角から現れる。

 

 ウェブを射出。関節部に命中。動きを封じる──が、これではきっとポイントにならない。

 

「……えい!」

 

 近づいて、拳を叩きつけた。ロボットの胴体が凹み、火花を散らして停止する。

 

 手が痛い。

 

「いった……1ポイント……」

 

 次のロボット。今度は2ポイント型。大きい。ウェブで脚を絡めて転倒させ、上から踏みつける。

 

「2体目……3ポイント……」

 

 ──そこで足が止まった。

 

 路地の向こうから、悲鳴が聞こえた。

 

 受験者の声だ。ロボットに追い詰められている。

 

 体が、そっちに向かって動いた。

 

 素早く接近し、ロボットの腕をウェブで引き、軌道を逸らし、受験者が逃げる時間を作る。

 

「だ、大丈夫? 怪我してない?」

「あ、ありがとう……!」

 

 受験者が去る。ロボットはウェブで関節を縛って放置した。倒す時間が惜しい──

 

 ──違う。倒さないとポイントにならないんだ。

 

 振り返ったが、もう別の方向でまた悲鳴が上がっていた。

 

 体が動く。また走る。また助ける。

 

 何度もそれを繰り返した。

 

 

    *

 

 

 試験時間が半分以上過ぎた頃、イトは崩れた壁の縁に座ってうなだれていた。

 マスクを脱ぎ、息を整える。

 

 ここまでに助けた受験者の数は、もう覚えていない。五人か、六人か。瓦礫から引っ張り上げ、ロボットから庇い、転倒した受験者を起こし──

 

 そして、自分が倒したロボットの数は。

 

「……2体」

 

 声に出すと、絶望的な響きだった。

 

 2体。3ポイント。試験時間の半分以上が過ぎて、たったの3ポイント。

 

 ロボットと遭遇するたびに、戦っている途中で誰かの悲鳴が聞こえる。感覚が反応する。そっちに走る。救助する。戻ったらもうロボットは他の受験者に倒されている──あるいは別のロボットが現れて、また同じことの繰り返し。

 

 頭では分かっている。ポイントを稼がなきゃ落ちる。分かっている。でも……。

 

「あの!」

 

 声をかけられた。さっきロボットから助けた受験者がこちらに走ってくる。

 

「さっきは本当にありがとう! 助かりました!」

「あ、いや……全然。それより早くロボット探した方がいいよ、時間ないから」

「あなたこそ大丈夫? 得点、足りてます?」

 

 ──足りてない。全然足りてない。

 

「だ、大丈夫。頑張って……」

 

 笑顔で返したが、内心は大焦りだった。

 

(まだ2体しか倒してないのに……! あと何分残ってるの……!?)

 

 その時──

 

 地面が揺れた。

 

 遠くからの振動ではない。地下から何かが這い上がってくるような、重く不穏な地鳴り。

 

 ビルの向こうから、巨大な影がせり上がってきた。

 

 ゼロポイントヴィラン。

 

 ──でかい。

 

 イトの思考はそれだけだった。プレゼントマイクが言っていた。避けるのが吉。0ポイント。倒しても意味がない。

 

 周囲の受験者が逃げ始める。イトも踵を返した。こんなものに関わっている場合じゃない。2体しか──

 

 ──足が、止まった。

 

 頭の奥で、あの感覚が鳴った。

 

 いつもの感覚。危険を告げる感覚。でも──自分に向かって来ているわけではない。

 巨大ロボットの足元。瓦礫が散乱した地面。何も見えない。誰もいない。

 

 ──嘘だ。いる。

 

 見えない。でも確かに感じる。あそこに、誰かがいる。巨大ロボットの進路上で動けなくなっている。

 逃げられていない。もうすぐ踏まれる。

 

 マスクを放り投げ、イトは走り出していた。

 逃げる受験者たちの流れに逆らって、巨大ロボットの足元に向かって。

 

(何やってるの、私……! 0ポイントだよ!? まだ2体しか倒してないのに──!)

 

 頭が叫んでいる。でも体が止まらない。だって、あそこに──

 

 あそこに、誰かがいる。

 

 巨大な鉄の足が持ち上がった。振り下ろされる。その真下に──

 

 イトは滑り込んだ。

 

 何もない空間に、手が触れた。温かい。人の体だ。見えないけど、確かにここにいる。

 

 覆いかぶさる。背中を上にして、その人を守るように。

 

 鉄の足裏が落ちてくる。

 

 

 途方もない衝撃。

 

 

 ──なんとか、受け止めた。

 

 両手で。膝で。全身で。

 重い。信じられないほど重い。両足が地面にめり込む。腕の骨が軋む。背中が潰されるような圧力。

 でも──崩れない。崩れるわけには、いかない。

 

「にげ、て──」

 

 声が掠れた。届いているか分からない。

 手の下で、見えない誰かが動いた。這い出ようとしている。

 

「はやく……!」

 

 少しずつ、手の下から温かい感触が離れていく。

 

 ──いなくなった。逃げた。

 

 よかった。

 

 ──ブザーが鳴った。

 

 巨大ロボットの動きが止まる。圧力が消える。

 その瞬間、全身の力が抜けた。

 膝が折れ、腕が落ち、視界が暗くなっていく。

 

 最後に思ったのは──

 

(……2体かあ……落ちたな、これ……)

 

 地面が近づいてくる。

 それきり、何も分からなくなった。

 




拙者、スパイディがすんごい負荷に必死に耐えながら救助活動してるの大好き侍と申します。

中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?

  • あった方がいいかも
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