僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
目が覚めた時、最初に見えたのは白い天井だった。
知らない天井。知らない部屋。ベッドの脇に見慣れない医療機器が並んでいる。
「……ここ、どこ」
体を起こそうとして、全身が軋んだ。背中と肩と腕が痛い。腰も。脚も。頭も。ぜんぶ痛い。
「起きたかい」
パーテーションの向こうから、小柄な老婦人──リカバリーガールが現れた。注射器型の杖をつきながら、ベッドの横に腰かける。
「あ……あの、ここは──」
「雄英の保健室だよ。あの後すぐに治療したから、骨折は治ってる。筋肉痛と打撲は自分で治しな」
「骨折って……」
「ロボットの足を受け止めたんだろう? よく無事だったね」
──記憶が戻ってくる。巨大ロボット。見えない誰か。鉄の足裏。
「あの人は……あの、私が庇った人は……!」
「大丈夫、無事だよ。あんたが守ったおかげでね」
力が抜けた。ベッドに倒れ込む。
「……よかった」
リカバリーガールはじろりとイトを見た。
「試験中に三十人は診たけど、あんたが今日イチバン無茶をしたよ。次やったら承知しないからね」
「は、はい……すみません……」
「謝るのはいいから、水を飲みな。体力を消耗してるんだから」
差し出された水を飲みながら、イトの頭の中を一つの数字がよぎった。
──2体。
倒したロボットは、2体だけ。
合格なんてできるわけがない。
*
家に帰ったイトは、しばらく自室に籠もった。
皐月おばさんには「たぶん駄目だった」とだけ言った。皐月は何も訊かず、「お風呂沸いてるわよ」とだけ返した。
入浴中、天井を見上げながら考えた。
合計3ポイント。あの場で見た限り、他の受験者は数十体のロボットを倒していた。到底届かない。
でも──後悔はしていなかった。
あの場所に誰かがいて、踏まれそうになっていた。走った。庇った。それは間違いじゃない。入試に落ちたとしても、あそこで走らなかった自分の方がずっと嫌だ。
「……サポート科、受け直そうかな」
呟いて、湯船に沈んだ。
*
合格通知が届いたのは、一週間後だった。
学校から帰ると、玄関に小さな封筒が置いてあった。雄英高校の校章が印刷されている。
──不合格通知か。
そう思いながら自室に持ち帰り、封を切った。中から金属製の円盤が落ちた。
机の上に置くと、光が投射された。ホログラムだ。
オールマイトが映っていた。
『私が投影された!!』
──え?
『映像で失礼するね! 安良久根少女! 実技試験の結果をお知らせしよう!』
イトは固まったまま動けなかった。なんでオールマイトが? 不合格通知にオールマイトが出てくるのか?
『まずはヴィランポイント! 君の成績は──10ポイント!』
「…………え?」
声が出た。10?
「10……? 3ポイントじゃなくて……?」
オールマイトは当然イトの声には答えない。ホログラムは続く。
『しかーし! この試験にはもう一つの採点基準がある!』
画面が切り替わる。試験中の映像が流れた。イトが受験者を助けている映像だ。瓦礫の下から引っ張り上げ、ロボットから庇い、転倒した受験者を起こし──
『レスキューポイント! 他者を救う行為に与えられるポイントだ!』
レスキューポイント。
そんなものが、あったのか。
『安良久根イト──レスキューポイント、66ポイント!!』
イトの頭が真っ白になった。
66。
66ポイント。
『合計76ポイント! 文句なしの合格だ! ──ようこそ、君のアカデミアへ!』
ホログラムが消え、部屋が静かになった。
イトは椅子に座ったまま、机の上の円盤を見つめていた。
──合格。
「……え、嘘」
手が震えている。
「……嘘でしょ、えっ、えっ……?」
レスキューポイント。助けた人の数だけ、点数になっていた。
あの時、ロボットを無視して走り回っていたことが──全部、点数になっていた。
「おばさんっ!!」
階段を転がるように降りた。台所にいた皐月が驚いて振り返る。
「どうしたの、イト──」
「受かった……! 雄英、受かった……!!」
声が裏返った。涙が出た。皐月がゆっくりと笑って、イトを抱きしめた。
「おめでとう」
工房のドアが開いた。榕介が顔を出した。
「うるさいぞ」
「おじさん、受かった! 雄英のヒーロー科!」
榕介は数秒黙ったあと、小さく頷いた。
「コスチュームの設計、早めに出せ。提出期限がある」
それが、榕介なりの「おめでとう」だった。
*
四月。入学の日。
雄英高校の正門は、入試の日よりもずっと静かだった。新入生の数は受験者の数より遥かに少ない。当たり前だ。あの試験を突破した者だけがここにいる。
イトは制服に袖を通し、ウェブシューターを鞄の中に入れて歩いていた。正門を抜け、校舎に向かう。
──1年A組。
教室番号を確認しながら廊下を歩く。ヒーロー科はA組とB組の2クラス。イトはA組に割り振られていた。
「あの!」
背後から声をかけられた。
振り返る。──誰もいない。
いや、いる。目の前に。見えないだけで。
制服が浮いている。雄英の女子制服が、誰も着ていないかのように宙に浮いている。でもよく見れば袖が曲がっているし、スカートの裾が揺れている。
──透明人間。
「ごめんね、びっくりするよね! 私、A組の葉隠透!」
声は明るかった。元気で、真っ直ぐで、少し早口で。
「あの、もしかして──入試の時、演習場Ⅾだった?」
イトの心臓が跳ねた。
「大きいロボットの時に……私、瓦礫の下に挟まっちゃって動けなくなってて。そしたら誰かが上に覆いかぶさって、ロボットの足を受け止めてくれて……」
──あの時の人。
姿は見えなかった。でも確かにいた。手の下で温かくて、這い出ていった、あの人。
「あなたでしょ? 助けてくれたの」
イトは頷いた。声がすぐに出なかった。
「……うん。私、あそこに誰かがいるって分かって──でも、姿は見えなかったから……」
「見えないのに分かったの!? すごい!」
葉隠が──たぶん──イトの手を掴んだ。温かい手が、目に見えないまま、イトの指を握っている。
「あの時は本当にありがとう! もう駄目だと思ったんだけど、でもあなたが来てくれて! ずっとお礼言いたかったんだ!」
入試の時は意識が朦朧としていて、ちゃんと聞けなかった言葉。今、こうして面と向かって──見えないけど──もらっている。
「……よかった。無事で、本当に」
イトは笑った。泣きそうだったけど、笑った。
「私、安良久根イト。同じクラスだよね──よろしく」
「よろしくね、安良久根さん! いっしょのクラスだなんて嬉しい!」
透明な手が、ぶんぶんとイトの手を振った。
──ああ、この人を助けたんだ。
この明るい声の人を。この温かい手の人を。
やっぱり、走ってよかった。
二人並んで──片方は見えないけど──廊下を歩く。1年A組の教室が近づいてくる。
扉の向こうから、声が聞こえた。何やら言い争っているような──いや、一方的に大声を出している誰かと、それを制止しようとしている誰かの声。
葉隠がドアに手をかけた。
「行こっ!」
扉が開く。
新しい世界が、イトの目に飛び込んできた。
葉隠いっぱいちゅき。
書いてた分はこれで全部です。なるべくちょこちょこ更新できるよう頑張ります。
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも