僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ   作:スパイダーキャット

6 / 35
第5話 ようこそ君のアカデミアへ

 目が覚めた時、最初に見えたのは白い天井だった。

 知らない天井。知らない部屋。ベッドの脇に見慣れない医療機器が並んでいる。

 

「……ここ、どこ」

 

 体を起こそうとして、全身が軋んだ。背中と肩と腕が痛い。腰も。脚も。頭も。ぜんぶ痛い。

 

「起きたかい」

 

 パーテーションの向こうから、小柄な老婦人──リカバリーガールが現れた。注射器型の杖をつきながら、ベッドの横に腰かける。

 

「あ……あの、ここは──」

「雄英の保健室だよ。あの後すぐに治療したから、骨折は治ってる。筋肉痛と打撲は自分で治しな」

「骨折って……」

「ロボットの足を受け止めたんだろう? よく無事だったね」

 

 ──記憶が戻ってくる。巨大ロボット。見えない誰か。鉄の足裏。

 

「あの人は……あの、私が庇った人は……!」

「大丈夫、無事だよ。あんたが守ったおかげでね」

 

 力が抜けた。ベッドに倒れ込む。

 

「……よかった」

 

 リカバリーガールはじろりとイトを見た。

 

「試験中に三十人は診たけど、あんたが今日イチバン無茶をしたよ。次やったら承知しないからね」

「は、はい……すみません……」

「謝るのはいいから、水を飲みな。体力を消耗してるんだから」

 

 差し出された水を飲みながら、イトの頭の中を一つの数字がよぎった。

 

 ──2体。

 

 倒したロボットは、2体だけ。

 合格なんてできるわけがない。

 

 

    *

 

 

 家に帰ったイトは、しばらく自室に籠もった。

 皐月おばさんには「たぶん駄目だった」とだけ言った。皐月は何も訊かず、「お風呂沸いてるわよ」とだけ返した。

 

 入浴中、天井を見上げながら考えた。

 合計3ポイント。あの場で見た限り、他の受験者は数十体のロボットを倒していた。到底届かない。

 

 でも──後悔はしていなかった。

 

 あの場所に誰かがいて、踏まれそうになっていた。走った。庇った。それは間違いじゃない。入試に落ちたとしても、あそこで走らなかった自分の方がずっと嫌だ。

 

「……サポート科、受け直そうかな」

 

 呟いて、湯船に沈んだ。

 

 

    *

 

 

 合格通知が届いたのは、一週間後だった。

 学校から帰ると、玄関に小さな封筒が置いてあった。雄英高校の校章が印刷されている。

 

 ──不合格通知か。

 

 そう思いながら自室に持ち帰り、封を切った。中から金属製の円盤が落ちた。

 机の上に置くと、光が投射された。ホログラムだ。

 

 オールマイトが映っていた。

 

『私が投影された!!』

 

 ──え?

 

『映像で失礼するね! 安良久根少女! 実技試験の結果をお知らせしよう!』

 

 イトは固まったまま動けなかった。なんでオールマイトが? 不合格通知にオールマイトが出てくるのか?

 

『まずはヴィランポイント! 君の成績は──10ポイント!』

 

「…………え?」

 

 声が出た。10?

 

「10……? 3ポイントじゃなくて……?」

 

 オールマイトは当然イトの声には答えない。ホログラムは続く。

 

『しかーし! この試験にはもう一つの採点基準がある!』

 

 画面が切り替わる。試験中の映像が流れた。イトが受験者を助けている映像だ。瓦礫の下から引っ張り上げ、ロボットから庇い、転倒した受験者を起こし──

 

『レスキューポイント! 他者を救う行為に与えられるポイントだ!』

 

 レスキューポイント。

 そんなものが、あったのか。

 

『安良久根イト──レスキューポイント、66ポイント!!』

 

 イトの頭が真っ白になった。

 66。

 66ポイント。

 

『合計76ポイント! 文句なしの合格だ! ──ようこそ、君のアカデミアへ!』

 

 ホログラムが消え、部屋が静かになった。

 イトは椅子に座ったまま、机の上の円盤を見つめていた。

 

 ──合格。

 

「……え、嘘」

 

 手が震えている。

 

「……嘘でしょ、えっ、えっ……?」

 

 レスキューポイント。助けた人の数だけ、点数になっていた。

 あの時、ロボットを無視して走り回っていたことが──全部、点数になっていた。

 

「おばさんっ!!」

 

 階段を転がるように降りた。台所にいた皐月が驚いて振り返る。

 

「どうしたの、イト──」

「受かった……! 雄英、受かった……!!」

 

 声が裏返った。涙が出た。皐月がゆっくりと笑って、イトを抱きしめた。

 

「おめでとう」

 

 工房のドアが開いた。榕介が顔を出した。

 

「うるさいぞ」

「おじさん、受かった! 雄英のヒーロー科!」

 

 榕介は数秒黙ったあと、小さく頷いた。

 

「コスチュームの設計、早めに出せ。提出期限がある」

 

 それが、榕介なりの「おめでとう」だった。

 

 

    *

 

 

 四月。入学の日。

 

 雄英高校の正門は、入試の日よりもずっと静かだった。新入生の数は受験者の数より遥かに少ない。当たり前だ。あの試験を突破した者だけがここにいる。

 

 イトは制服に袖を通し、ウェブシューターを鞄の中に入れて歩いていた。正門を抜け、校舎に向かう。

 

 ──1年A組。

 

 教室番号を確認しながら廊下を歩く。ヒーロー科はA組とB組の2クラス。イトはA組に割り振られていた。

 

「あの!」

 

 背後から声をかけられた。

 

 振り返る。──誰もいない。

 

 いや、いる。目の前に。見えないだけで。

 制服が浮いている。雄英の女子制服が、誰も着ていないかのように宙に浮いている。でもよく見れば袖が曲がっているし、スカートの裾が揺れている。

 

 ──透明人間。

 

「ごめんね、びっくりするよね! 私、A組の葉隠透!」

 

 声は明るかった。元気で、真っ直ぐで、少し早口で。

 

「あの、もしかして──入試の時、演習場Ⅾだった?」

 

 イトの心臓が跳ねた。

 

「大きいロボットの時に……私、瓦礫の下に挟まっちゃって動けなくなってて。そしたら誰かが上に覆いかぶさって、ロボットの足を受け止めてくれて……」

 

 ──あの時の人。

 姿は見えなかった。でも確かにいた。手の下で温かくて、這い出ていった、あの人。

 

「あなたでしょ? 助けてくれたの」

 

 イトは頷いた。声がすぐに出なかった。

 

「……うん。私、あそこに誰かがいるって分かって──でも、姿は見えなかったから……」

「見えないのに分かったの!? すごい!」

 

 葉隠が──たぶん──イトの手を掴んだ。温かい手が、目に見えないまま、イトの指を握っている。

 

「あの時は本当にありがとう! もう駄目だと思ったんだけど、でもあなたが来てくれて! ずっとお礼言いたかったんだ!」

 

 入試の時は意識が朦朧としていて、ちゃんと聞けなかった言葉。今、こうして面と向かって──見えないけど──もらっている。

 

「……よかった。無事で、本当に」

 

 イトは笑った。泣きそうだったけど、笑った。

 

「私、安良久根イト。同じクラスだよね──よろしく」

「よろしくね、安良久根さん! いっしょのクラスだなんて嬉しい!」

 

 透明な手が、ぶんぶんとイトの手を振った。

 

 ──ああ、この人を助けたんだ。

 

 この明るい声の人を。この温かい手の人を。

 やっぱり、走ってよかった。

 

 二人並んで──片方は見えないけど──廊下を歩く。1年A組の教室が近づいてくる。

 

 扉の向こうから、声が聞こえた。何やら言い争っているような──いや、一方的に大声を出している誰かと、それを制止しようとしている誰かの声。

 

 葉隠がドアに手をかけた。

 

「行こっ!」

 

 扉が開く。

 新しい世界が、イトの目に飛び込んできた。

 




葉隠いっぱいちゅき。

書いてた分はこれで全部です。なるべくちょこちょこ更新できるよう頑張ります。

中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?

  • あった方がいいかも
  • なくてもいいかも
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。