僕のヒーローアカデミア:スパイダーウェブ 作:スパイダーキャット
第6話 個性把握テスト
1年A組の扉は、思ったよりも大きかった。
それもそうだ。ヒーロー科には様々な体格の生徒がいる。異形型の個性で巨大な体を持つ者もいるかもしれない。それを考慮した設計なのだろう──などと考えている場合ではなかった。
扉の向こうから、怒声が聞こえている。
「雄英に対する侮辱だと思わないのか!?」
「はあ? うっぜえ、どこ中だテメエ」
葉隠が扉を開けた。
教室の中で、二人の男子が向き合っていた。いや、片方は席に座って足を机の上に投げ出しており、もう片方が立って指を差している。
立っている方は、入試の説明会で立ち上がって質問した眼鏡の男子だ。姿勢も声量もあの時と変わらない。
座っている方は──金髪で、目つきが鋭い。座っているだけなのに、教室の空気を支配するような存在感がある。
「やめなよ初日からとか言いたいけど、すごい迫力だね……」
葉隠が小声でイトに話しかける。制服の袖が、イトの方向に小さく揺れた。
「……うん」
イトは入口付近で立ち止まったまま、中に進めずにいた。あの眼鏡の人の真面目さも、金髪の人の威圧感も、どちらも自分とは住む世界が違う気がする。
「ほら、行こ! 席探さないと」
教室を見回すと、もう大半の生徒が揃っている。みんな、これからヒーローになる人たちだ。
(私もその中の一人。うん、一応)
そう思った瞬間、また入口のドアが開いた。
緑色の髪の男子が、おそるおそる教室に入ってくる。
イトは目を見開いた。入試の説明会で、配点から分布を逆算していたあの人だ。
緑髪の男子はドアの前で金髪と眼鏡の対峙を目撃し、明らかに怯んでいた。助けを求めるように目を泳がせ──目の前のイトと目が合った。
「あ……お、おはようございます」
緑髪の男子が、ぎこちなく会釈した。
「あの時の、分析すごい人……」
つい口から出た。
「ぶ、分析……?」
緑髪の男子が固まった。顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、いや、あの、入試の説明会の時に、配点から分布を逆算してて、すごいなって」
「ええっ、聞こえてたの!? ごめんなさいうるさくしてすみませんでした……!」
「あ、違っ、嫌だったんじゃなくて……!」
「ちょっとちょっと! 分析すごいって何?」
葉隠が身を乗り出してきた。
「あっ、えっと……入試の説明会で、ロボットの配点を聞いてすぐに最適な戦略を分析してたの。ノートにもの凄い速さで書き込みながら」
「へえー! すごいじゃん!」
「い、いやそんな……ただの癖みたいなもので……」
緑髪の男子はしきりに手を振ってから、ふと思い出したように姿勢を正した。
「あの、えっと──僕、緑谷出久です。よろしく」
「安良久根イト……です。よろしく」
「私は葉隠透! よろしくね、緑谷くん!」
葉隠の明るい声に、緑谷が少しだけ表情を緩めた。
「うん。よろしく、葉隠さん、安良久根さん」
ちゃんと自己紹介できた。よかった。第一声が「分析すごい人」でなければもっとよかったが、まあ嘘ではないし──
「君は!」
声が飛んできた。眼鏡の男子——金髪との言い争いを切り上げたらしい——が、大股でこちらに歩いてくる。
「俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ」
「あ……うん。僕緑谷、よろしく飯田くん」
「緑谷くん……俺は君を見誤っていたよ。あの実技試験の構造に気づくとは……悔しいが君の方が
「えっ……いやいやいや!」
まるで演説のような声量で語り始める飯田に、緑谷は全力で首を横に振っている。
(実技試験の構造……? レスキューポイントのことかな。緑谷くんは気づいてたんだ、やっぱりすごい)
「あれは全然そんなんじゃなくて──!」
イトは一歩後ろに下がった。飯田の真面目さと、緑谷の慌てぶりと、葉隠のけらけらした笑い声。
──賑やかだな、このクラス。
不思議と、嫌な気分ではなかった。
「あ! そのモサモサ頭は! 地味めの!!」
入口の方から声が聞こえた。
ドアの前に、茶髪の女子が立っていた。入試の日、校門の前で緑谷が転びかけたのを個性で助けた──あの女子だ。
ぱあっと顔を明るくして、まっすぐ緑谷の方に歩いてくる。
「受かってたんだね! そりゃそうだ、パンチ凄かったもん!!」
「いやあの! あなたの直談判のおかげでぼくは…その……」
茹で上がったような顔の緑谷は、どんどん声がか細くなっていく。
「へ? なんで知ってんの?」
「いやそれは…えっと……」
(女子が……近距離に女子が三人……!!)
「緑谷くん? 大丈夫?」
葉隠が緑谷の前で手を振った。透明な手なので緑谷には見えていない。
「大丈夫、です……」
真っ赤になったまま、小さく呟いた。
イトは気づいた。
緑谷は今、自分と葉隠と茶髪女子の三人に囲まれている。入口付近の狭い場所で、女子三人が至近距離に。
目は回遊魚のごとく泳ぎ、顔は耳まで赤く染まっている。
(……もしかして、女子苦手?)
イトは少しだけ距離を取った。追い詰めるのはかわいそうだ。
「ね、ね、パンチって何? 何があったの?」
葉隠は距離を取らなかった。むしろ茶髪女子の方に寄っていって話しかけている。
「あ、私は葉隠透! この子は安良久根イトちゃん!よろしくね!」
「わあ、よろしくー! 葉隠ちゃん、安良久根ちゃん! 私麗日お茶子!」
麗日は自然体で笑った。初対面なのにもう「ちゃん」付けが出てくるタイプの子だ。イトにはない社交性が眩しい。
「……よろしく、麗日さん」
イトはかろうじてそれだけ返した。
緑谷は未だに固まっていた。
*
「お友達ごっこしたいなら
イトたちが入口付近で盛り上がっている中、不意に声が響いた。
思わず声のした方を見ると、床に寝袋が転がっていた。
「ここはヒーロー科だぞ」
(((なんかいる)))
クラスの心がひとつになった瞬間だった。
寝袋には男が入っていた。目の下にひどい隈のある、疲れ切った顔の男。長い黒髪。首にはグレーの長いマフラーのようなものを巻いている。
男は手に持ったゼリー飲料をひと息で吸い上げると、寝袋からにょろりと出てきた。
「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
「あの……あなたは」
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
──この人が、担任。
「早速だが
*
「個性把握テスト……?」
言われるがまま体操服に着替え、グラウンドに連れられてきた1-Aの面々は、聞き覚えのない単語に首を傾げていた。
「入学式とかガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」
有無を言わさぬ口調だった。雄英は自由が売り文句、教師に関してもそれは然りだと。
相澤が全員の前に立つ。片手にスマートフォンを持ち、もう片方の手にはソフトボール。
「中学の頃にやっただろ、個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる、合理的じゃない」
相澤が爆豪を指差した。
「爆豪。中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「…67m」
「じゃあ個性を使ってやってみろ」
爆豪がサークルに入り、ソフトボールを構える。
「円から出なきゃ何してもいい。
爆豪が腕を振りかぶる。
「思いっきりやれよ」
「んじゃまぁ……死ねェ!!」
掌から爆発が炸裂し、ボールが弾丸のように飛んでいく。爆風がグラウンドの砂を巻き上げた。
スマートフォンに数字が表示される。
「705.2m」
クラスがどよめいた。
「705メーター!?」
「すげえ!」
(確かに……すごい)
イトもまた静かに感嘆していた。「死ね」は、ヒーローの掛け声としてどうかと思うが。
「なにこれ! 楽しそう!」
生徒たちが湧き上がる。個性を使った体力テスト。面白そうだ、やってみたい──そんな空気が広がりかけた時。
「楽しそう、か」
相澤の声が、空気を切った。
「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごすつもりか?」
グラウンドが静まった。
「よし」
相澤がスマートフォンの画面を見せた。50m走、握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ソフトボール投げ、持久走、上体起こし、長座体前屈。
「トータル成績で順位をつける。──最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
イトの心臓が跳ねた。
「除、籍……?」
「初日にそんな……!」
「不運だろうと不可抗力だろうと、災害は待ってくれない。日本の平和はヒーローの綱渡りの上に成り立っている。3年間、雄英はありとあらゆる試練を与える。
Plus Ultra。
イトは唇を噛んだ。入試が終わったと思ったのに、もう次の試練か。でも──
(合格したのに、ここで落とされてたまるか)
*
テストが始まった。
50m走。
イトはスタートラインに立った。隣のレーンには尻尾の生えた男子──尾白猿夫。
号砲が鳴る。
イトは地面を蹴った。体が弾けるように前に出る。風が耳元で鳴る。50mなんて一瞬だ。
──4秒82。
(速い……こんなに速く走れたっけ……?)
入試の時は気にしていなかったが、こうして数字で見ると自分の身体能力が普通ではないことを改めて突きつけられる。
握力。
握力計を握る。ぎゅっと力を入れると、針がぐんぐん上がっていく。
──217kg。
「にっ……217!?」
隣にいた赤い髪の男子──切島鋭児郎が目を剥いた。
「えっ……そんなにある?」
イトは自分でも驚いた。こんな数字、見たことがない。
「すげえな! 負けてらんねえぜ!」
「いやそんな……」
立ち幅跳び。
地面に足を張り付けて、踏み切る力が逃げるのを防ぐ。踏み切る瞬間に吸着を解除、体が高く──遠くへ飛ぶ。着地は軽い。
──7m24。
悪くない。いや、中学の記録が2m台だったことを考えると、おかしい数字だ。
反復横跳び。
立ち幅跳びと同じく足を地面に吸着させて反復の効率を上げる。
結果は97回。頑張った方だろう。
長座体前屈。
「うお……なんだあれ」
「柔らけぇ……柔らかすぎてむしろ怖い」
(体は昔から柔らかいんだよね)
イトのひそかな自慢だった。
ソフトボール投げ。
イトの番が来た。サークルに入り、ソフトボールを手に取る。
(……普通に投げたら、まあそこそこだろうな)
ウェブシューターがあれば、ボールに糸をつけて射出の勢いを加えることもできるかもしれない。でも今は体操服で、手首には何もない。自前の糸なら出せるが。
(いや、やめとこう)
ここで糸を使って体力を消耗したら、残りのテストに響く。燃費の悪さは身に沁みて知っている。
普通に投げた。腕の力だけで。
──89m。
爆豪の705mには遠く及ばないが、中学時代の30m台から考えれば三倍近い。
テストが進む中、イトは他の生徒の個性も見ていた。
轟が氷でスライドしながら走る。八百万が道具を生成する。蛙吹が蛙のように跳ぶ。それぞれが自分の個性を最大限に活かして数字を叩き出している。
──そして。
緑谷出久。
彼は全てのテストで、平凡な数字を出し続けていた。イトが見る限り、個性をまったく使っていない。いや、使えていない?
(どうしたんだろう……入試の時、あのでかいロボットをパンチで倒したって麗日さんが言ってたのに)
ソフトボール投げ。緑谷の番が来た。
サークルに入った緑谷の表情は、何かを覚悟したような顔だった。
腕を振りかぶる。投げる──
──ボールは、ぼとりと落ちた。
46m。
(……え?)
何かがあった。相澤先生が緑谷に何か言っている。距離があって聞こえないが、緑谷の顔が蒼白になっていく。
そしてもう一度。
緑谷が再び構える。今度は──空気が変わった。
腕を振り抜いた瞬間、指先から何かが弾けた。ソフトボールが爆発的な速度で飛んでいく。
705.3m。
「……えっ」
イトは目を見開いた。指一本でこの数字を叩き出した。しかもその指は──明らかに、折れている。
(あの個性は……使ったら体が壊れるの……?)
緑谷が折れた指を押さえながら、相澤の方を向いた。
「先生……まだ、動けます」
「コイツ……」
その声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。
*
全テスト終了後、相澤がスマートフォンの画面をグラウンドの前方に映し出した。
総合順位。
イトは画面を見上げた。自分の名前を探す。
──4位。
(4位……だいぶ上の方だ。よかった……除籍にはならない)
安堵の息をついた後、一番下に目を向ける。
20位──緑谷出久。
最下位。
イトの胸がざわついた。あのボール投げの数字を出した人が、最下位。他のテストで個性を使えなかったから。
(除籍……されちゃうの?)
「ちなみに除籍は嘘な」
相澤が平然と言った。
「君らの最大限を引き出すための合理的虚偽」
クラスが硬直した。
「嘘!?」
「ええーっ!?」
「当たり前でしょう、ちょっと考えれば分かりますわ」
八百万が呆れたように呟いた。
イトは膝から力が抜けそうになった。嘘。嘘だった。
(……この先生、怖い……)
安堵と同時に、思った。この人は本気で生徒を鍛えるつもりだ。甘い言葉はない。
緑谷がぺたんとグラウンドに座り込んでいた。ほっとしたのか、それとも指の痛みか。たぶん両方。
イトは少し迷ってから、緑谷の方に歩いた。
「……緑谷くん」
「あ、安良久根さん」
「指……大丈夫? 保健室、行った方がいいよ」
「あ、うん……ありがとう。大丈夫、リカバリーガールに診てもらえば──」
「あの先生、『次やったら承知しないからね』って言うよ。たぶん」
緑谷が目を丸くした。
「……なんで分かるの?」
「入試の時に言われたから」
イトは少しだけ笑った。
「お互い無茶する人なのかもね」
緑谷がぽかんとして、それからつられるように笑った。
「……そう、かも」
春のグラウンドに、風が吹いた。ヒーロー科の一日目が、こうして終わった。
デク茶を否定したいわけじゃないんです、でもこの主人公が勝手にシンパシー感じて寄っていくんです。ゆるして
中学編、USJ編みたいな章区分あった方がいいですか?
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あった方がいいかも
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なくてもいいかも