「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち集いて赤き炎となれ」
夕闇に包まれたとある森
肩ほどまで伸びたボサボサの黒髪に同色の黒い瞳、裾に赤いギザギザ模様が入っている白いローブを羽織った長身痩躯の若い男が、木造りのロッドを振りかざしぶつぶつと呪文を紡ぐ。
「ファイア!」
男が叫ぶと、何処からか発生した小さな一本の火柱が男の眼前の標的を包み込んだ。
「いやー、ほんと便利よね魔法って」
「メンチさん…結構疲れるんすよ、これ」
「あ、焦がしたら殺すわよ」
「聞いちゃいねぇや」
男は奇天烈な髪型をしている若い女に小突かれながら、グレイトスタンプと呼ばれる巨大な猪をパチパチと焼いてた。
「あ、月が1個だ」
「?そりゃそうでしょ」
◇
――目が覚めると、そこは異世界だった。
俺はガーネット=ダガー=ペプシマンというものだ。
白魔道士をやっている。
ガーネットは女みたいな名前なのでミドルネームのダガーと呼んでくれ。
白魔道士ってのは魔法で怪我を治したりなんやかんやする魔道士のことだ。
白魔道士は引く手数多に重宝されるっつーから頑張ってなってみたはいいものの、これが全く重宝されなかった。
俺が必死こいて白魔法の修行を終えた時、質の良いポーションや解毒薬が市場に安く出回るようになっていて、いつの間にか白魔道士の仕事が減っていた。あと寝たら回復する変なテントとかさ。
なんでも戦争によって紛失していた過去の技術が発見されたらしい。
誰だよ変なもん発見しやがって、糞が。
とはいってもやはり腕の良い白魔道士ならそれなりに必要とされる事に変わりはない。
つまり重宝されなかった俺は腕が悪かったということで。
なにせあだ名がへっぽこ白魔だし。
ケアルガとかエスナとかアレイズみたいな上級魔法使えねーし。つーかケアルラが限界。
そもそも男の白魔って良い目で見られないんだよな。 白魔法ってわりとゲスい魔法もあるし。
知り合いの黒魔道士に頼み込んで就職に有利な黒魔法も覚えてみたけど、ファイアとかブリザドみたいな基本的な魔法が限界だった。しかもしょぼいし。
いや、使ってる俺がしょぼいのか。
まあそのおかげで一人でもなんとか生き延びてたんだけど。
なんにしても生きていくには金というものが必要な訳で、そして金ってのは有れば有るほど良い訳で。
そういう訳で俺は心機一転、億万長者を夢見て、眠らない街トレノへと向かったわけだ。
しかし結果は最悪。
街へと入った途端にいきなり1000ギルもスられたかと思えばギャンブルには尽く負け続け、一攫千金を狙って借金をしてまで臨んだカード大会で大敗し、さらに莫大な借金を背負ってしまった。
それからは借金取りから逃げる日々、悪い噂が流されててまともな仕事もできなかったから盗人紛いのこともやった。ヘイスト掛けて逃げまくった。
そんな折、情報屋のモーグリーから金になるという話を仕入れた。
簡単に言えばお宝探し。
『デジョンの魔本』という超レアな魔導書が遺跡に眠っているらしいとの情報である。あのお伽話に出てくる伝説の魔法世界、テラから持ち運ばれた伝説の魔導書だとかなんとか。
ただの人間なら簡単に信じなかっただろうが、なにせモーグリーの情報だ。
頭が弱くアホ面でくぽくぽ鳴いてるモーグリーだが、世界中のあらゆる場所に散らばって頭の触覚で情報を共有している。
昔、遺跡の奥底に普通にいたりしてビビった事がある。
まあそんな訳で、一発逆転のチャンスを狙って一人で遺跡まで潜ったわけだ。
もし本物ならオークションで売り払って借金返して商売でも始めようかなーなんて思って。魔道士とか冒険者の才能ないしな、俺。
モーグリーからは『戻った人間はいないクポ!やめとくクポ!』とクポクポしつこく言われたが『テメェらみたいなバカ面妖精とは違うんだよべらんめぇ!』と男らしく啖呵を切って遺跡へと向かった過去の俺、阿呆なのやら馬鹿なのやら。
結果としてデジョンの魔本はあった。
わりと簡単に潜れた遺跡の最奥、神々しく輝く黄金の台座の上に鎮座する紫色の魔導書に、俺は有頂天となった。
これで俺も億万長者だ。
へっぽこだのなんだのと言って俺を見下してた脳筋の阿呆どもを見下せる。
奴らの眼前で美女を侍らしてギル束で頬をひっぱ叩いてやるぜ!
なんて浮き足立ってた。
この時の俺は気付かなかった。そもそも俺みたいなショボい白魔道士が一人で最奥まで到達できるなんて事がおかしいって事を。
遠目から見ても分かる凄い魔導書に、なんの守りも無いという圧倒的な胡散臭さに ――――
「こら! なに黄昏てんのよ! 焼き過ぎ!」
「あ、すんません」
ふざけんじゃないわよ!とプリプリ怒っているメンチさんをよそに、俺は異界の空を見上げて息を吐いた。
薔薇色の大逆転人生を想像して意気揚々にデジョンの魔本を手にした瞬間、パックリと割れた足元の空間に俺は引きずり込まれた。
そして気付いたのだ。あ、罠だ、と。
こうして意識を失った俺は気付けば深い森の奥に倒れていたわけで。
しかし最後の最後で運が良かったのかもしれない、偶然出会ったメンチさんに拾われなければ俺はそのまま野垂れ死んでいただろうし。
「ダガー、魔法で水出して」
「勘弁してくださいよ…」
だからといって魔法を調理道具扱いするのはどうかと思うのだが。
「メンチさんって変な髪型っすよね」
ガンッと頭を殴られた。痛い。
「さっさとしなさい」
◇
「ガーネットって似合わないわよね」
「あ、やっぱり変すか?この世界でも」
「まあね、アンタは宝石って感じじゃないでしょ」
「そりゃ自覚はありますけど」
異世界でもガーネットという名前は宝石に付けられていて、やはり俺に似合ってないらしい。
ガキの頃、よくからかわれたものだ。女みたいな名前しやがって、と。
なので普段はダガーと名乗っている。ペプシマンってのもなんかダサいし。
「俺の世界の、古い時代にあったとある国の王女様の名前なんすよ。ガーネット」
「王女様? アンタがぁ? ぷっ」
頬を膨らませて嘲笑うメンチさん。くそッ! ちょっとかわいいな!
「俺じゃないっての……で、母がそのガーネット王女の物語が大好きでしてね。女の子が生まれたらガーネットって名前を絶対つけるんだー!って」
「で、産まれたのがアンタってわけ? ぷっ」
「ひでぇ」
ジタンとガーネット
俺の故郷リンドブルムに伝わる有名な古典劇だ。
亡国アレクサンドリア、悲劇の女王ガーネットと盗賊王ジタンとの冒険譚、そして禁断の恋。
なんともありがちなお話。
今も昔も女性には大人気のようで、毎年選ばれるジタン役のイケメン俳優に女達がキャーキャーと騒いでた。
「あーあ、私もアンタの世界に行ってみたいなぁ」
「どうせなにかしら食べたいだけでしょメンチさん」
「そりゃね、美食ハンターだし私」
メンチさんは美食ハンターという職業をやっているらしい。
なんともお気楽な職業に聞こえるが、メンチさんの実力は本物だ。
身のこなしは俺の世界にいた一流の戦士に引けを取らないし、料理もめちゃくちゃ上手い。おかげで毎日美味いもの食わせてもらってる。
しかしこの世界には魔法は無いと言っていたが、メンチさんたちハンターはいつも常人離れした動きをする。
明らかに自分の体より大きい魔物を丸呑みしまくったり、足から火とか出す人もいた。あれどう見ても魔法じゃねぇか。
ハンターならこれくらい普通と言っていたが、やはり異世界だと同じ人間でも作りが違うのだろうか。
んなわけあるかよ、絶対おかしいよこの人たち。
そういえば俺、ライブラが使えるんだった。
ライブラは相手の能力や弱点を見破る便利な魔法だ。
便利な魔法ではあるのだが昨今の個人情報がどうのとやらで制限され、女性に悪用する奴らが出始めた事でさらに制限。
なんでも服の上から透け透けに見えるようにライブラを改良した天才白魔道士がいたとか。
残念ながら俺は修得できなかったがな、くそっ、爆ぜろ。
男の白魔道士が不人気職ってのはそいつの影響もあるだろう。
無闇やたらに使うと周りからは白い目で見られ、女性から憲兵に通報されるというなんとも酷い有様になっていて、対人で使う機会ってのはなかった。
そもそも俺より強い奴の情報は読み取れないから魔獣相手にも余り役に立たなかったな。結局使い手次第か。
メンチさんも絶対俺より強いしなぁ…でも異世界で使えるかどうかくらいは試してみたい。
「いいわよ」
なんか、あっさりとOKの返事を貰えた。羞恥心とかないのかなこの人、露出度高いし。
「ライブラ」
さっと呪文を唱えると目のあたりに魔力が集中するのが分かる。
ライブラを使うと目の色が緑や赤や青になってギラギラ光るので怪しさ満点、通報しやすいのだ。
「どう?」
「見えないっすね、…けど」
メンチさんの情報は一切見えなかった。あの部分のサイズとか見たかったからちょっとガッカリした。だが体の周りに薄っすらと光る靄が見えた。魔力にちょっと似ている。
「へぇ、オーラが見えたのね」
「オーラ?」
オーラというのは生命エネルギーであり、これを使う事でパワーアップできるらしい。やっぱり魔法はあるんじゃないか。
「そんな便利なもんじゃないわよ。ハンター以外には秘匿技術だしね」
ハンターは念と呼ばれる技術でオーラを操ってオラオラするとかなんとか。
独占しているのは治安のためだろうか。
まあ、俺の世界にも魔法を悪用する奴いたしなぁ…ま、秘匿が正しいのかどうかは俺の判断すべきことじゃない。
「俺ハンターじゃないけどいいんすかね?」
「いいんじゃない? アンタ魔法使い(笑)なんだし」
なんか馬鹿にされたような気がするが気のせいだと思いたい。
「俺はその念ってやつ使えますかね?」
「アンタが? う~ん、変態…変なのよねアンタのオーラ」
「誰が変態だ」
「異世界人だからなのかな?とにかく変!アンタのオーラなんか気持ち悪いのよ!変なの混ざってて」
「ほんとひでぇ人だなぁ」
そんなド直球で気持ち悪いって…もうちょっとオブラートに包んでくださいよメンチさん。
「ま、やってみるか! ダガー、ちょっと後ろ向きなさい」
ニヤッとしながら俺に近づいてくるメンチさん。
やだこの人こわい。
「せーのっ!」
メンチさんが俺の背中に両手で触れると、ドンっという鈍い音が体の中から響いてなにかしらがボンッと破裂した。
あ、多分これ内臓だ。
「ぐぼあっ…」
そして喉から迫り上がる大量の血液。
それをごボォっと吐き出して倒れる俺。
「ちょっ!? ダガー! 大丈夫!?」
「ざ……く……れ……ろ……」
うーん……なんだか意識が朦朧としてきた。
―完―