「―――――Anfang」
薄暗い地下室に男の低い声が静かに響く。
血の滴るような深紅のルビーが鮮やかに発光し、噴出された紅蓮の炎が生命を得たかの様にしなやかに円を描きながら虚空を舞い室内を明るく照らし出した。
「すごいっ…!」
「にゃ?(言うほど凄いか?)」
――深夜・遠坂邸地下室
なんかヒゲのオッサンがドヤ顔で火噴いてた。
「いいかい凛、魔術とは――――」
長いのでカットカット。
要するにオッサン…リンちゃんの父親であるトキオミ氏は魔法使いとか魔術師とかそういう人らしい。
『魔法中年アゴヒゲトキオミ☆』
本人が至って堅物なため、なんともシュールな光景になるだろう。
ところで僕は猫である。
深夜の遠坂邸、僕はリンちゃんと共に毎夜恒例おトイレデートへと洒落込んでいた。
なにしろプレイキャットな僕なので、毎日のようにリンちゃんサクラちゃんに取っ替え引っ替え深夜のお便所へと連れ込まれるのだ。いや参ったね。
そんな折である、なにやらコソコソと地下に潜っていくトキオミ氏を発見した僕らは、某ヘビの人も真っ青なスニーキング技術によりトキオミ氏の後を追った。
途中バリアやら光線みたいなのが襲い掛かってきたが猫の道を極めた僕にそんなものは無意味であり、尽くを発動したコンマ0001秒以内に無効化してやった。リンちゃんは僕の勇姿に気付いていないようだった。残念。
しかしここぞという所でリンちゃんが盛大にズッコケてヒゲに見つかってしまうというドジっ娘ハプニングにより、ドヤ顔でヒゲファイアーを見せ付けられたという訳だ。
リンちゃんは目をキラキラと輝かせてヒゲファイアーに魅入っていたのだが、僕は正直なところガッカリというか、なにせ僕自身が超常の塊みたいなもんなので今更魔術とか言ってヒゲの火炎放射を見せ付けられても心にはグッとこなかった。
むしろなにやってだこいつ的な心境である。
なにやってだこいつ。
「ねぇおとーさま! さくらもここにつれてきていい?」
自分だけ見せてもらって不公平だと思ったのだろう、興奮で頬を上気させながらも妹のサクラちゃんの事を気付かうリンちゃん。なんと優しい子か。このまま真っ直ぐ育つといいなぁ…。
こんなリンちゃんもいずれはヒゲのパンツに嫌悪を抱き、洗濯物を別にしろと舌打ちしたりするのだろうか。
最も僕は大いに賛成、ヒゲのパンツは明日から分別しろ。
「…凛、魔術師は一子相伝。次女である桜に遠坂の魔術を受け継ぐ資格は無い。ここで見聞した事を桜に話してはいけないよ、それが桜のためにもなるのだ。わかるね?」
「……はい」
「そして凛に遠坂の魔術を嗣ぐ意思があるのならば、それは辛く厳しいものになるだろう。何れ選択せねばならないその時までに、覚悟を決めておきなさい」
「…はい!」
リンちゃんは真っ直ぐな意志を大きな瞳に宿して力強く頷いた。
一子相伝、北○神拳みたいなものだろうか。いいじゃないか別に教えても、ヒゲが火吹くだけだろうに。
インゲンだかコンゲンだか知らないがトキオミ氏の長々とした魔術師論を聞くに、魔術ってやつはどうにも時代錯誤で非人道的だ。
やはりトキオミ氏は僕とは相容れないヒゲである。彼が金持ちでイケメンだから妬んでいるわけではない。いや、多少はあるにはある。
僕は子を持つ親じゃないし、伝統ある魔術師で金持ちの家に生まれた訳ではないので彼の苦悩や苦労は理解する事は難しい。
だが僕は現在リンちゃんサクラちゃんのペットであるわけで、彼がトオサカや魔術師の在り方を是として優先するように僕もまた二人の幸せを最優先として動かねばならない。
ネコとヒゲ、譲れない戦いがそこにはある。
「…師よ、なぜ凛がここに」
地下室の重厚なドアが軋みと共に開くと、一人の大男がヌボーっとした足取りで部屋の内へと侵入を果たした。顔面表情筋が死んでいるのかのような相貌に、僅かながら驚きの感情が覗える。
「綺礼…いや、どうやら後を付けられていたみたいでね」
やられたよと苦笑するトキオミ氏の言葉に、黒衣の大男はピクリと眉を動かした。
「工房に…? 一体どうやって……」
こちらの腐った魚のような目をした青年、コトミネキレイ。
コトミネ教会の神父見習いであり、どうやらトキオミ氏が開講している魔術教室の生徒らしい。
おい、一子相伝はどこに行ったんだヒゲ。
180半ばは越えているであるだろう巨体に黒衣の上からでも分かるような鍛え抜かれた肉体。そして何よりもドロドロヘドロを詰め込んだような濁った目をぺったりと無表情に貼り付けている。
どう見てもカタギではない。
神父ってのは某アンデルさんみたいにイカれた頭と戦闘力が必須な稼業なのだろうか? そもそも敬虔な神の信徒である筈の神父が魔術ってのはどうなのだ。
僕は静かに佇むこの暗い男がどうにも苦手であった。それはリンちゃんやサクラちゃんも同様で、あの空虚な目に見つめられると毛が逆立ってしようがない。
「シロ…」
コトミネキレイの暗く濁った目に射すくめられたリンちゃんが、震える小さな腕でギュッと僕を抱き締める。
大丈夫だリンちゃん、いざとなれば僕のビームで以ってしてこの根暗神父を全裸に剥き、マグロのように商店街に吊ってやる。
それはとても愉悦に満ちた光景になるだろう。
「綺礼、例の聖遺物だが…」
「師よ、万事滞り無く。第八の者からそれらしき化石を発見したとの報告が」
「そうか…」
なにやらコソコソと怪しい会話を繰り広げる二人の男。
傍から見れば厨二病を拗らせたクレイジーな大人なのだが本物なので尚更タチが悪い。
そしてなにが嬉しいのかニヤニヤとほくそ笑みながらアゴヒゲを撫でつけているトキオミ氏。
これ完全にヤヴァイ奴や。
「にゃー(今のうちに逃げようず)」
「シロ?」
僕はリンちゃんの腕からするりと抜け出すと、パジャマの裾を咥えて即時撤退を促した。ハリーハリーハリー。
「お、おとーさま」
「ん? ああ、もうこんな時間か。凛、先程言ったことは忘れてはいないね?」
「…はい」
「ならば私から言う事は何もない。
「はい、おとーさま。
頬にキスをしておやすみの挨拶を異国言語で交わすトオサカ父娘。くっ、なんとも別世界というか僕の入る余地は無い、英語でさえ苦手だというのに。
こちとらにゃーしか言えないのだ畜生め。
「すごかったね、シロ」
「にゃー(せやな)」
地下室から撤退した僕らは、広く仄暗いトオサカ家の廊下をソロりと歩いてサクラちゃんとアオイさんの眠る寝室へと帰還する。
あ、アオイさんというのはリンちゃんサクラちゃんの母親のことだ。長髪が素敵な和風美人で、当然ヒゲオミ氏の奥さん、いわゆる人妻という事になる。
理不尽極まりない現実格差に泣きたくなる。
「凛」
「ひゃっ!?」
突然後ろから掛けられた男の低い声にリンちゃんが悲鳴をあげて飛び上がった。僕らの背後に音も無く佇む無表情の大きな男、コトミネキレイである。
全身が黒衣でコーディネートされているため、顔だけが宙に浮かんでいるように見えてとてつもなく不気味だ。僕が猫じゃなければ確実にチビっていた。リンちゃんもちょっとチビっている匂いがする。
僕は高性能猫毛センサーによって既にこいつの気配を察知していたので驚きは無い。
しかしまるで意図して消しているかの様に常人より希薄な気配、やはりこの男は只者ではない。
「な、な、なんのよう…?」
「…部屋まで送っていこう、暗いからな」
暗闇に佇む男への恐怖とちょっとチビった屈辱で震えるリンちゃんに、相も変わらず何を考えているのか分からない無表情で手を差し出す神父見習い。
この男、まさか小児性愛の変態なのか。…そういえば聖職者は厳しい禁欲生活のため、稀に屈折した異常性癖を発現する者がいると昔雑誌かなにかで見た覚えがある。
「にゃー!(ぴゃあああああ!!!)」
「む……」
僕がリンちゃんの前に出て毛を逆立ててフシャーと威嚇すると、変態ロリミネキタナイが僕の威圧を喰らって後退った。ええい、ロリコン退散! ロリコン退散!
「そ、そうよ…シロがいるんだから!つきそいはけっこうよ!」
そうだ! 言ってやれリンちゃん! 僕がナンバーニャンだ!
「ふむ…その猫……シロ、と言うのか?」
「そ、そうだけど…」
一体何がどうしたことか、濁ったお目々で僕の愛らしい猫耳からスラリと伸びた尻尾まで、舐め回す様にてろてろと視線を這わすロリミネに僕は戦慄した。
まさか……この男……とんでもない変態である。
ロリどころか人間を超えて猫に欲情する異常性欲のド変態。ちなみに僕は♂であるからこいつは謂わばケモホモ野郎。ロリミネ改めケモミネホモイと命名する。
「シロか……いい名だ」
「にゃー(こっちみんな)」