森亜るるか、そしてアイスの人   作:ヒラメもち

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アニメ6話(前編) アイスの法則性を見破った

 

 学生の春休みが終わって、明らかに子どもたちや若者の活気が変わっていた。

 

 午前中の客足は、がっつり減っている。

 昨日までは公園で遊ぶ小学生たちがたくさんいて、街に遊びに行く中学生や高校生も来てくれてたけど。今日はそれもない。

 

 せいぜい、まだ幼稚園や保育園にも入ってない子たちが、親御さんを連れて立ち寄ってくれるくらい。

 学校が始まったからこの時間帯は仕方ないとは思う。でも客が数えるほどの人数しか来ないと、やっぱり現実の厳しさを感じる。祖父母が続けてきた駄菓子屋って、こういう暇な時間はどうしていたんだろうか。

 

 あの常連のアイス少女とオトモ妖精も、午前中には来なかった。

 しかも運悪く、昼間に雨が降ったんだ。

 

 短時間だったけど、それでも俺にとっては痛手だ。公園にいた子たちは一斉にいなくなり、そのまま戻ってくる気配もない。だってベンチや遊具どころか、地面まで濡れていて、わざわざ外で遊ぶ理由もないだろう。

 

 発電機の低い音だけが、やけに耳についた。

 

 今日のアイスケースの中身は、ほとんど減っていない。ソフトクリームも数個作ったくらい。コーンは湿らないように、ケースに入れっぱなしだ。

 

 こればっかりは、どうしようもない。天気と気温と時間帯、そういうことに左右される商売だと予想してたけど、納得できるかは別問題なんだ。

 

「……今日は厳しいな」

 

 どうしてもそんな呟きをしてしまう。

 

 このままここにいても、たぶん大きな動きはない。場所を変えるか、それとも今日は早めに切り上げるか。でも雨が降る度にそうしていては、稼ぐこともできない。

 

 この1999年4月から、何十年も、アイス屋だけでやっていけるのかどうか、少し自信を失いかけていた。

 

 そして、曇り空を見上げていた時だった。

 

「アイスの人」

 

 聞き慣れた声だった。俺は驚きつつも、とても安心できた。

 

 今日もベージュの髪に黒いリボンのアイス少女だ。名前も知らないから勝手に呼ばせてもらっているけど、オトモ妖精も隣にちゃんといる。

 

 正直、今日は来ないと思っていた。

 

「いらっしゃい」

 

 思わず、ちょっと弾んだ声になった。

 

 アイス少女は特に気にせず、アイスケースの中を観察するように吟味している。

 このアイス愛好家の最高記録は、1日5回分のアイスだ。この雨上がりの曇り空だろうと、お構いなしにアイスを食べてくれるらしい。

 

「今日はあれか、パトロール?」

 

 なんとなく、そんな軽い調子で聞いてみる。

 事情を話してくれないだろうから、当たりさわりのない内容だ。

 

「人探し」

 

 アイスケースの中に視線を固定したまま、アイス少女は答えてくれた。

 

「へぇ、この『まことみらい市』から探すのは大変そうだな」

 

 賢いことや雰囲気といい、普段は名探偵をしているのかもしれない。数年前からある漫画の『名探偵コナン』だったか、あれも主人公の見た目は少年だったはず。

 

「あたしの占いに出ているから、あとは向かうだけよ」

 

 オトモ妖精がそう教えてくれた。

 名探偵には相棒がいるものなんだろう。いわゆるホームズとワトソン、俺あまり知らないけど。

 

「なるほど。だからアイスを持って行く予定か」

 

 俺もずいぶんと、アイス少女のマイペースさには慣れてきた。

 

 アイス少女にとって、アイスは名探偵のトレードマークだからな。街を守る正義のヒロインが、俺のところで買っていってくれるのは光栄なことだ。

 

「それにしても、今日はずいぶんと売れてなさそうね」

 

 オトモ妖精からの遠慮のない一言だった。

 ぐさっと来るが、事実だから否定はできない。

 

「まあな。見ての通りだ」

 

 俺は軽く肩をすくめてみせる。

 隠したところで仕方がないし、むしろこういうのは正直に言ったほうが楽だ。

 

「……やっぱり、アイスだけじゃ厳しいかもな」

 

 気を許しているからか、ぽつりと本音が出てしまう。

 

 このアイス屋を始めた時から、春休みで順調すぎたのかもしれない。今日みたいな日が続くと思うと、さすがに不安を感じてしまう。

 

「……やめるの?」

「あ、いや、そうじゃなくて、駄菓子でも置こうかなってこと」

 

 祖父母の駄菓子屋を思い出しながら、そんな案が頭に浮かんだ。アイスのように天候に左右されづらい。溶けてしまうアイスだけじゃなく、ついでに買っていってくれるかもしれない。

 幸いにも、家に在庫は余りすぎてるほどだ。格安で置いておける。

 

「いいと思うわよ。マシュマロを置いてたら、あたしが買ってあげるわ」

 

「それなら明日用意しておこう」

 

 やっぱり妖精もお菓子を食べるんだな。

 喋るし、動くし、たまに浮いてるし、生き物として食べてもおかしくはないか。

 

「……決めた」

「ああ、どれにする? いつも通り2段?」

 

 俺がオトモ妖精と話している間も、アイス少女はずっとアイスケースを見ながら考えていた。

 いつも通りの無表情だ。どんな組み合わせにするか、まだまだ読み取れない。

 

「これと、これと、これと」

 

 すっと指が動いていく。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、と順番に。

 

「3段……?」

 

「これと、これと、これと、これと、これで」

 

 淡々と、迷いなく、指差していく。

 俺はそれを目で追って、しっかりと記憶したけどな。

 

「……え? 8種? マジ?」

 

「どれだけ食べるの!?」

 

 オトモ妖精も、口を大きく開けて驚いている。

 

 しかも種類もバラバラだ。

 チョコ、抹茶、ケーキ、チョコミント、レモンシャーベット、バニラ、チョコ、グレープシャーベット、ストロベリー。

 

 味はまあ置いておこう。アイス少女には考えがあるはずだ。

 でも、頭の中で積み重ねただけで、8段アイスが倒れるイメージしか湧かなかった。

 

「コーン、分けるか?」

 

 提案してみる。

 そのほうがいい。どう考えてもそのほうがいい。

 

「1つでいい」

 

 アイス少女はまるで当然かのように、すでに代金を乗せて、待ってくれている。

 

 いや、確かにメニュー表に、アイス複数乗せの値段を書いてるものな。でも3段までだったはずだぞ。

 

 高校数学で習うような『数列』のように、値段を脳内で計算したのか?

 まさか『お得に8段アイス食べれてラッキー』なんて思ってないよな?

 

「よしっ、やってみよう」

 

 決して遊びでなく、疑う様子もない。アイス少女は純粋な瞳を向けてきている。

 ならばアイス屋のプライドで作ってみせる。

 

「よろしく」

 

 ただ注文してるだけかもしれないけど、アイス少女から応援されてるように思えて、ますます気合が入った。

 

 俺は息を整えて、ひんやりと冷たいディッシャーを手に取る。もう何年も前になるけど、授業で美術や書道をしていた時のような感覚だ。

 

 完成図はイメージした。

 

 まず1段目でコーンの上に、しっかりと土台を作る。

 2段目少し角度をつけて、重心をずらす。

 

 3段目は斜め上に置く。

 

 螺旋構造だったり、ジグザグ型だったり、それを目指していく。ただただ8個をタワー状に積み重ねただけでは、見た目はともかく、食べることが困難になる。

 

 4段、5段、ほんの少しでも傾けば全部が崩れてしまう。

 6段、7段、8段、工夫しても抑えきれない高さだ。

 

 なんて重さなんだ。

 もはやアイスというより、カラフルなオブジェだ。遠くから見ればたぶんブーケや花束だ。

 

 色とりどりの球体が重なり合って、我ながらまるでクリスマスツリーのような芸術ではないだろうか。

 

 問題は、これをどう渡すかだ。

 俺は両手で持って、おそるおそる、前に差し出す。

 

「やるじゃない。本当にできるなんて」

 

 オトモ妖精が褒めてくれるのはいいけど、できたのは奇跡といえる。こんなの注文されると思ってなかったから、練習したことなんてない。

 

 今日からこれは『アイスツリー』と命名しよう。

 アイス少女は、両手の指で受け取ってくれた。

 

「重い」

 

「だろうな」

 

 表情からは読み取れず、アイス少女からはそんな呟きだけだ。心の中だと、感動してくれてるといいな。

 

 とにかく、無事に渡せて安心だな。

 あとは食べている最中に倒れないことを祈る。

 

 アイス少女は背を向けて歩き出した。

 いやいや、度胸がありすぎるだろ。がんばって工夫したとはいえ、アイスツリーは8段だぞ。

 

 しかも片手の指だけで持ち直して、それで運んでいく。なんだろう、お嬢様としての修行に、バランス感覚を鍛えることでもあるんだろうか。

 

 今日は気温も低いし、溶ける心配はそこまでないのかもしれないけど。

 

 あれを短時間で全部食べきるのか。

 いろいろ聞きたいことがまた増えたけど、俺はアイス少女とオトモ妖精を見送る。

 

「人探し、がんばれよ~」

 

 俺ができるのは、そんな応援をすることくらいだった。

 

 返事はなかったけど、それでも構わない。

 なんとなく言っておきたかっただけ。

 

「……アイスツリーは裏メニューにしておこう」

 

 そう決心した。

 

 積むのも大変だし。

 あれを倒さず食べきるのは、究極のアイス愛好家だけだろう。

 

 

 

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