学生の春休みが終わって、明らかに子どもたちや若者の活気が変わっていた。
午前中の客足は、がっつり減っている。
昨日までは公園で遊ぶ小学生たちがたくさんいて、街に遊びに行く中学生や高校生も来てくれてたけど。今日はそれもない。
せいぜい、まだ幼稚園や保育園にも入ってない子たちが、親御さんを連れて立ち寄ってくれるくらい。
学校が始まったからこの時間帯は仕方ないとは思う。でも客が数えるほどの人数しか来ないと、やっぱり現実の厳しさを感じる。祖父母が続けてきた駄菓子屋って、こういう暇な時間はどうしていたんだろうか。
あの常連のアイス少女とオトモ妖精も、午前中には来なかった。
しかも運悪く、昼間に雨が降ったんだ。
短時間だったけど、それでも俺にとっては痛手だ。公園にいた子たちは一斉にいなくなり、そのまま戻ってくる気配もない。だってベンチや遊具どころか、地面まで濡れていて、わざわざ外で遊ぶ理由もないだろう。
発電機の低い音だけが、やけに耳についた。
今日のアイスケースの中身は、ほとんど減っていない。ソフトクリームも数個作ったくらい。コーンは湿らないように、ケースに入れっぱなしだ。
こればっかりは、どうしようもない。天気と気温と時間帯、そういうことに左右される商売だと予想してたけど、納得できるかは別問題なんだ。
「……今日は厳しいな」
どうしてもそんな呟きをしてしまう。
このままここにいても、たぶん大きな動きはない。場所を変えるか、それとも今日は早めに切り上げるか。でも雨が降る度にそうしていては、稼ぐこともできない。
この1999年4月から、何十年も、アイス屋だけでやっていけるのかどうか、少し自信を失いかけていた。
そして、曇り空を見上げていた時だった。
「アイスの人」
聞き慣れた声だった。俺は驚きつつも、とても安心できた。
今日もベージュの髪に黒いリボンのアイス少女だ。名前も知らないから勝手に呼ばせてもらっているけど、オトモ妖精も隣にちゃんといる。
正直、今日は来ないと思っていた。
「いらっしゃい」
思わず、ちょっと弾んだ声になった。
アイス少女は特に気にせず、アイスケースの中を観察するように吟味している。
このアイス愛好家の最高記録は、1日5回分のアイスだ。この雨上がりの曇り空だろうと、お構いなしにアイスを食べてくれるらしい。
「今日はあれか、パトロール?」
なんとなく、そんな軽い調子で聞いてみる。
事情を話してくれないだろうから、当たりさわりのない内容だ。
「人探し」
アイスケースの中に視線を固定したまま、アイス少女は答えてくれた。
「へぇ、この『まことみらい市』から探すのは大変そうだな」
賢いことや雰囲気といい、普段は名探偵をしているのかもしれない。数年前からある漫画の『名探偵コナン』だったか、あれも主人公の見た目は少年だったはず。
「あたしの占いに出ているから、あとは向かうだけよ」
オトモ妖精がそう教えてくれた。
名探偵には相棒がいるものなんだろう。いわゆるホームズとワトソン、俺あまり知らないけど。
「なるほど。だからアイスを持って行く予定か」
俺もずいぶんと、アイス少女のマイペースさには慣れてきた。
アイス少女にとって、アイスは名探偵のトレードマークだからな。街を守る正義のヒロインが、俺のところで買っていってくれるのは光栄なことだ。
「それにしても、今日はずいぶんと売れてなさそうね」
オトモ妖精からの遠慮のない一言だった。
ぐさっと来るが、事実だから否定はできない。
「まあな。見ての通りだ」
俺は軽く肩をすくめてみせる。
隠したところで仕方がないし、むしろこういうのは正直に言ったほうが楽だ。
「……やっぱり、アイスだけじゃ厳しいかもな」
気を許しているからか、ぽつりと本音が出てしまう。
このアイス屋を始めた時から、春休みで順調すぎたのかもしれない。今日みたいな日が続くと思うと、さすがに不安を感じてしまう。
「……やめるの?」
「あ、いや、そうじゃなくて、駄菓子でも置こうかなってこと」
祖父母の駄菓子屋を思い出しながら、そんな案が頭に浮かんだ。アイスのように天候に左右されづらい。溶けてしまうアイスだけじゃなく、ついでに買っていってくれるかもしれない。
幸いにも、家に在庫は余りすぎてるほどだ。格安で置いておける。
「いいと思うわよ。マシュマロを置いてたら、あたしが買ってあげるわ」
「それなら明日用意しておこう」
やっぱり妖精もお菓子を食べるんだな。
喋るし、動くし、たまに浮いてるし、生き物として食べてもおかしくはないか。
「……決めた」
「ああ、どれにする? いつも通り2段?」
俺がオトモ妖精と話している間も、アイス少女はずっとアイスケースを見ながら考えていた。
いつも通りの無表情だ。どんな組み合わせにするか、まだまだ読み取れない。
「これと、これと、これと」
すっと指が動いていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ、と順番に。
「3段……?」
「これと、これと、これと、これと、これで」
淡々と、迷いなく、指差していく。
俺はそれを目で追って、しっかりと記憶したけどな。
「……え? 8種? マジ?」
「どれだけ食べるの!?」
オトモ妖精も、口を大きく開けて驚いている。
しかも種類もバラバラだ。
チョコ、抹茶、ケーキ、チョコミント、レモンシャーベット、バニラ、チョコ、グレープシャーベット、ストロベリー。
味はまあ置いておこう。アイス少女には考えがあるはずだ。
でも、頭の中で積み重ねただけで、8段アイスが倒れるイメージしか湧かなかった。
「コーン、分けるか?」
提案してみる。
そのほうがいい。どう考えてもそのほうがいい。
「1つでいい」
アイス少女はまるで当然かのように、すでに代金を乗せて、待ってくれている。
いや、確かにメニュー表に、アイス複数乗せの値段を書いてるものな。でも3段までだったはずだぞ。
高校数学で習うような『数列』のように、値段を脳内で計算したのか?
まさか『お得に8段アイス食べれてラッキー』なんて思ってないよな?
「よしっ、やってみよう」
決して遊びでなく、疑う様子もない。アイス少女は純粋な瞳を向けてきている。
ならばアイス屋のプライドで作ってみせる。
「よろしく」
ただ注文してるだけかもしれないけど、アイス少女から応援されてるように思えて、ますます気合が入った。
俺は息を整えて、ひんやりと冷たいディッシャーを手に取る。もう何年も前になるけど、授業で美術や書道をしていた時のような感覚だ。
完成図はイメージした。
まず1段目でコーンの上に、しっかりと土台を作る。
2段目少し角度をつけて、重心をずらす。
3段目は斜め上に置く。
螺旋構造だったり、ジグザグ型だったり、それを目指していく。ただただ8個をタワー状に積み重ねただけでは、見た目はともかく、食べることが困難になる。
4段、5段、ほんの少しでも傾けば全部が崩れてしまう。
6段、7段、8段、工夫しても抑えきれない高さだ。
なんて重さなんだ。
もはやアイスというより、カラフルなオブジェだ。遠くから見ればたぶんブーケや花束だ。
色とりどりの球体が重なり合って、我ながらまるでクリスマスツリーのような芸術ではないだろうか。
問題は、これをどう渡すかだ。
俺は両手で持って、おそるおそる、前に差し出す。
「やるじゃない。本当にできるなんて」
オトモ妖精が褒めてくれるのはいいけど、できたのは奇跡といえる。こんなの注文されると思ってなかったから、練習したことなんてない。
今日からこれは『アイスツリー』と命名しよう。
アイス少女は、両手の指で受け取ってくれた。
「重い」
「だろうな」
表情からは読み取れず、アイス少女からはそんな呟きだけだ。心の中だと、感動してくれてるといいな。
とにかく、無事に渡せて安心だな。
あとは食べている最中に倒れないことを祈る。
アイス少女は背を向けて歩き出した。
いやいや、度胸がありすぎるだろ。がんばって工夫したとはいえ、アイスツリーは8段だぞ。
しかも片手の指だけで持ち直して、それで運んでいく。なんだろう、お嬢様としての修行に、バランス感覚を鍛えることでもあるんだろうか。
今日は気温も低いし、溶ける心配はそこまでないのかもしれないけど。
あれを短時間で全部食べきるのか。
いろいろ聞きたいことがまた増えたけど、俺はアイス少女とオトモ妖精を見送る。
「人探し、がんばれよ~」
俺ができるのは、そんな応援をすることくらいだった。
返事はなかったけど、それでも構わない。
なんとなく言っておきたかっただけ。
「……アイスツリーは裏メニューにしておこう」
そう決心した。
積むのも大変だし。
あれを倒さず食べきるのは、究極のアイス愛好家だけだろう。