11話が楽しみです予約投稿。
4月に入ってから、2週間ほどが過ぎた。
雨が降るとまだ寒い。でも晴れた日は、長袖では暑さを感じるほどだ。
おかげさまで、晴れの日の売り上げは安定してきている。やっぱり売れる数が多いのは、安めの市販アイスと、シンプルなソフトクリームが多いんだけども。
この1999年4月に、いわゆるアイス界隈に追い風が来ていると思う。
シルキーアイスってやつが話題だからだ。お高めの市販アイスで、味もブランドも洗練されている。しかもCMの影響も大きいだろう。あまり詳しくないが、人気女優が相当美味そうに食べているらしい。
それはアイス職人のレシピに基づいて、しかも工場生産だ。
だから、俺もレシピの細かな調整を始めているけど、ここ最近は革新的なレシピを思いつく時が多い。
商品として出せるレベルだとも思う。だからこそ、アイス少女に食べてもらいたい。
しかしあのアイス少女は、ここ数日は来ていない。
最初は、偶然だと思っていた。たまたま時間が合わないだけかもしれないし、正義のヒロインとしての活動が忙しいのかもしれない。あの子は気まぐれだろうし。
あくまでアイス屋と常連客の関係だ。
名前も連絡先を知るわけもなく、戦いで怪我でもしたんじゃないかと心配になってしまう。
探す余裕もなく、温暖で休日という最高条件で、俺はアイスをどんどん売っていた。
この軽トラックの設備には金をかけていて、本当に冬眠してしまいそうな時期までに稼いでおかなければならない。
子どもたちを連れたご家族に売っていくと、次に現れた人には、ちょっと驚いた。
大柄で、朗らかな笑顔の男だった。
その服装が珍しい。役者や舞台の人みたいな、和風っぽい格好をしている。でも纏っている雰囲気は、親しみやすさを感じさせる。
「お、手作りで良い店じゃねぇか」
役者男は、軽く見回しながらそう言ってくれる。俺には、素直に褒めているように聞こえた。
「ありがとうございます。アイス、ソフトクリーム、駄菓子などを置いてます」
俺がそうお礼を言うと、男は『ふむ』と、目的のものがないことを残念がっていそうだ。どうやら、アイスや駄菓子にはあまり興味がないらしい。
「どら焼き屋は知ってるか?」
「どら焼きですか……和菓子屋は近くにあった気がします」
どら焼き専門店まではさすがに知らない。
できるだけお客さんの要望には応えたいが、さすがにどら焼き設備を置く余裕はなかった。駄菓子みたいに市販で用意するだけでは、目の前の役者男は満足しないだろう。
役者男は『わかった。探してみよう』とだけ言って、がっかりした様子もない。むしろ、ワクワクしている様子だった。
そして、見覚えのある1人と1匹が、こちらにやってきていた。
アイス少女とオトモ妖精で、数日ぶりに来てくれた。
「ここはアイス屋。どら焼き屋はあっちにある」
アイス少女はそう言って、方向を指で示す。
どこか真剣な表情をしているように思えた。
「じゃ、買ってくるからここで待ってろ」
役者男は朗らかに笑って、アイス少女とオトモ妖精の手のひらに、それぞれ小銭を置いた。そして、大きい歩幅で向かっていった。
親なのか、保護者なのか、それともただ面倒見がいい知り合いなのか。子どもにおこづかいを渡すような関係ではあるっぽい。
でもアイス少女にも似てないし、当然オトモ妖精にも似てないよなぁ。あれか、『特警ウインスペクター』に出てくる司令官ポジションか?
そんなことを思っていると、アイス少女が台の前に立った。
「……2段アイスをお願い」
いつもより声は小さくて、少しだけ消極的だった。子ども割引込みの金額ぴったりを、すでに台に置いている。
なんだか優しい花のような香りがするんだけど、香水だろうか。こういうときってどう反応をすべきなんだ。
いや、今は注文が優先だな。
「ああ、今日はまず2段だな。どれにするか決めてくれ」
俺がそう答えると、隣ではオトモ妖精がぴょこんと浮く。
「マシュマロがあるじゃない!」
「おっ、気づいてくれたか」
駄菓子を置く案は、オトモ妖精と話していたから思いついたんだよな。実家の在庫を持ってくるだけだから、俺にとって全く負担でもない。
オトモ妖精は、さっきのおこづかいの一部を台に置いた。
「これなら5つ分だな」
「そんなにくれるのね!」
個包装のマシュマロを5つほど手のひらに乗せると、両腕で器用にオトモ妖精は抱え込んだ。マシュマロが大好物ということが伝わってくる。
ふと横を見れば、アイス少女がアイスケースの中を指差して、こちらを見てきていた。
「……新しいアイス?」
「そう! 最近、新しいレシピを急に思いつくんだよ」
俺は頷きながら、興奮してしまいそうだった。アイス愛好家に気づいてもらえたのは嬉しいことだ。アイスケースの端の一部に新作コーナーを作ってみたが、ちゃんと気づいてくれた。
「ん、これと、これにする」
アイス少女が指差したのは、ストロベリーと、クリームソーダで、2種類だ。
「まいど」
俺はすぐに準備に移った。ディッシャーを冷やしてある場所から取り出して、コーンを手に取る。
裏メニューとなっている8段や9段の『アイスツリー』より、数十倍の速度でできあがる。まるまるとした2段アイスは、3月の頃より完成度が高まっていると思う。
アイス少女は、片手でコーンを受け取ってくれた。
「また食べたくなったら、サービスするからな」
「ん、また注文しにくる」
アイス少女とオトモ妖精は、そのまま付近のベンチへ向かっていった。
オトモ妖精は、見た目こそ狐のぬいぐるみみたいなのに、器用に個包装を開けた。マシュマロを取り出しては、もぐもぐと嬉しそうに食べている。
アイス少女も食べ始めている。
小さな口で、静かに、だ。
そんな瞬間を、俺は初めてちゃんと見た気がする。
だっていつも背中を向けているところを見てきたからだ。あの9段の『アイスツリー』なんて、食べるというより、吸い込んでるようなスピードで完食していた気がする。
ひと口ずつ、少しずつ、味わっている。
じろじろ見るのは失礼だろうけど、お嬢様感がすごい。
他のお客さんも来たから、俺はそちらに対応することとなった。
***
アイス少女は、視界の端では、コーンをまるでスナック菓子かのように食べきっていた。
アイス少女は、オトモ妖精に何かを話してから、ベンチから立ち上がる。
「サービスって?」
「この前は助けてもらったからな。サービスするよ」
厳密には、金髪少年たちを助けたんだけども。
俺が大人として助けるべきだったのに、代わりにアイス少女が変身して助けてくれたから。
「じゃあ、これと、これ」
指定してくれたのは、チョコレート系と、新作ホワイトチョコの、2段アイスだ。
アイス少女は、すでに決めていたらしく、既存と新作のアイスを組み合わせてきた。この子の脳内では、俺が想像できないようなアイス計算がされているんだろう。
今思えば、俺は単体のアイスを作ってはいても、組み合わせまで考えて作っていなかったことに気づかされる。
「この新作は、ほんのりミント風味で、そこに口の中でパチパチするキャンディを入れてみたんだ」
この前、仕込みをしてる時のことだ。まるで天から知識が授けられたように、ピキーンとレシピを思いついたんだよな。俺はアイスの新時代を開拓した気がする。
アイス少女は、そんな2段アイスを、珍しく両手で受け取った。
「ありがと」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
いろいろと珍しくて、少し驚いた。礼を言うことはあったけど、こういう丁寧さは初めてだった。
アイス少女はそのままベンチへ戻って、また静かに食べ始めた。まだ新作アイスには到達していないから、反応が気になるところだけど。
少し離れた場所で、そこそこヤバイ光景が起きていた。
だって、中学生くらいの女子2人が、さっきの役者男に追われているんだ。
女子2人は何かを持っていて、明らかに逃げている。何かの撮影なのか、それとも本当に不審者なのか、判断がつかない。
「あれ、敵だったのか? いや、でも……?」
役者男は、おこづかいを渡すほどには、アイス少女たちと関係があるんだ。しかも彼本人からも、敵意のようなものは全く感じなかった。
それが今は、不審者みたいな行動をしている。
「巻き込まれないように離れて、アイスの人」
いつのまにかアイス少女やオトモ妖精はベンチから立ち上がって、目の前まで来ていた。そのままアイスを持って向かっていく。
「戦いが始まるでしょうね」
オトモ妖精もそう言った。
1人と1匹が動いたことで、俺はだいたい察する。
たぶん、あの2人が正義のヒロインの正体なんだろう。
誰が街を守るヒロインか、誰が敵か、わからなくなってきたぞ。
だけど。
アイス少女は先日の海で変身して援護してたし、常連客でもいてくれるし、俺は味方だと信じている。俺の安全を気にしてくれている。
俺は、急いで片付けを始めた。
まずは看板を片付ける。アイスケースの蓋を閉める。駄菓子の置き場にも布をかぶせて、ロープで固定し始める。
かなり遠くで、何かがぶつかるような音がした。どうやら戦いは始まったらしい。
俺は一度だけそっちを見たが、すぐに視線を戻す。今の自分にできるのは、せいぜい戦いの邪魔をしないことくらいだ。距離は離れていても、あの戦いの規模の大きさだ。この周辺すら戦場になる可能性はある。
ほとんど片付けを終えた俺のところに、なんとアイス少女と妖精がもう一度戻ってきた。
「ちゃんと離れる?」
少女は、短くそう言った。
念押しだと思う。自分が戦いに行く前に、俺が巻き込まれないかを確認されている。前回は、アイス少女に助けられたが、俺が無謀にも戦場に走ってしまったからだろう。
「片付けたら、すぐ離れるよ」
俺は戦えない。ここに残っても邪魔になるだけだ。
わかってはいるけど、目の前で起きていることに何もできないのは、やっぱり悔しい。
俺はディッシャーとコーンを取って、アイスケースを開けて、急いで2段を作る。
とりあえず、あっさりとしたフルーツ系で、さっきのチョコレートの口直しになるだろうかと思って選んだ。
「これが応援の気持ちだ」
「ん、わかった」
アイス少女は、2段アイスを片手で受け取ってくれた。
戦場でも食べてる姿を見てると、この子はアイスを食べると強くなるんじゃないかと思ってる。野菜を食べさせる口実に、祖父母が昔、ほうれん草を食べて強くなるヒーローの話をしてた。
いや、俺は、今日もいろいろ情報が増えすぎて混乱している。
「とにかく、頼んだぞ」
俺は声で、アイス少女の背中を押した。
この応援の気持ちを、あの紫とピンクの子にも届けてほしい。
戦うのは俺じゃない。アイス少女には行くべき場所がある。ここで気をつかわせるより、戦場での援護を任せたい。
「……ありがと。今日もアイス美味しかった」
アイス少女はそう言って、戦場へ少し足早に歩いていく。
今日はたくさんお礼を言ってくれる日だった。
お礼を言いたいのは、こっちなのにな。
また1日アイス17個を食べるような常連に戻ってくれるだろう、そんな予感をしていた。