1992年4月20日
久しぶりに日記を再開する。
ついに幕府非国体論が完成したのだ。
実に素晴らしい事だ。幕府というのは実に不要な存在で、世襲で政治中枢を担わせる実に非近代的で非デモクラシー的な制度だ。
今日という日は最高ではないか。ついに本が完成したのだから。
今日は枕を高くして眠れそうだ。
1992年4月21日
家に内務省の職員がやって来た。あの本を出版禁止にすると。
ふざけるんじゃない。あれは私の努力の結晶である。それを踏み躙るなどあってはならない。
内務省も結局武家・将軍どもの佐幕に洗脳され隷属しておるのだ。国家機関も信用にならない。
いや、むしろ内務省は将軍に弱みを握られているのではないだろうか。あのような政治はナチスそのものである。将軍は天皇をさえないがしろにしたうえでナチスのごとき専制と思想弾圧を行っているのだ。
このようなことは断じて許されない。武家も将軍も元枢府の顧問官どもも五摂家の連中も今に見ろッ今に見ろッ今に見ろッ今に見ろッ今に見ろッ!!
1992年4月22日
あの本は結局出版停止で済んだ。逮捕されなかっただけまだよかったか。しかし、本を弾圧するなど断じて許されない。武家はナチスだ。出版の自由を蔑ろにし、奴らは本を発禁処分にした。これは焚書である。ナチスのごとき横暴であり、暴政である。五摂家はナチスだ。将軍は総統だ。共産国の書記長だ。暴君だ。あのような連中は放ってはおけない。
やはり天皇を頂点にした自由でデモクラシー的な国家が必要である。思想を弾圧せずに本を正当な理由なく発禁処分にしないような自由な一君万民の国家が。あの本は題名が悪かったな。今度は「國體ノ顯現」として出版しよう。昔文部省が似たような名前の本(国体の本義のこと)を出版していたような気がするが、気にせずに書いてしまおう。いや、むしろ何も改訂せずに「幕府非国体論」の内容を丸々乗せて出版してしまえばいい。
問題があれば違う題名で書き、ちょっとまずそうな表現をチョイチョイと書いてやれば問題ないはずだ。
今度こそは出版してやろうぞ。
1992年4月23日
今日もテレビには武家と将軍どもに関するプロパガンダが流れている。いつもこうだ。将軍礼賛将軍礼賛将軍礼賛でもう嫌になる。
こんな国ではBETA?という大陸にいるとされるよくわからん奴ら、まあ、とんでもない勢いで来ているそうだが、それが日本に来た時に防げないんじゃないか?
幕府という制度は何とも腐敗している。先の大戦で負けたのもそのせいだ。
最近政界の重鎮が姿を消したり突然主張が変わるのも既得権益に浸っている武家どもが政治家に贈賄して便宜を図っているせいだ。
武家はどこの立場でもとことん優遇されてやがる。
そうだ、昔斯衛軍に入れなかった落武者が帝国軍に出張ってきていい気になっていたのを思い出した。
私は昔帝国陸軍で第八戦車連隊の連隊長になったが、私が連隊を離れた後の者はたった五年しか務めていない斯衛崩れの元少佐の落ち武者どもばかりだ。血筋さえあれば、ああも容易く椅子に座れるのか。
やはりこの美しい日本を取り戻すためには武家や将軍を廃絶する必要がある。
日本の国体と将軍は相容れない。将軍の存在などあり得ない。たった数百年の制度が現代に適合するものか。権威は天皇陛下だけでいい。将軍などただの天皇の威を借る詐欺師だ。世界最悪のペテン師だ。特権階級の牙城だ。前近代の象徴だ。このような存在があってはならないのだ。
1992年4月24日
今日はいい日だ。今日はニュースを見ずにテレビ番組を見たが、将軍などとは無縁で実にいい。あれでいいのだ。
1992年4月25日
昨日の続きを見た。実に面白いではないか。一年ぐらい見る時間が無くて貯めていたが、やはり面白い。このまま一週間は見ていられそうだ。精神の保養になる。
1992年4月26日
もう本を専業で書くのはやめだ。ここ一週間有給休暇を取っていたが、明日から働こう。
1992年4月27日
もう出版社は辞めよう。青森にでも引っ越そうか。
そういえば、もし日本海沿岸が戦場になったら津軽海峡は艦隊が邪魔して通れないよな。
あそこにトンネルを作ればいいのに作らないというのは政府はバカなのか、それとも武家どもが連絡船の権益に固執しているのか。
いずれにせよ、あそこにトンネルさえあればいいものを
1992年4月28日
青森に引っ越そうか。引っ越さまいか。妻も子供もいるし、私はもう39歳、引っ越すにはちと難しいな。仕事もまだ決まっていないし、子供はまだ長男が4、次男が2だ。どうしようか。
1992年4月29日
まだ広島にとどまっていよう。もし何かあった時は東に行けばいい。それだけのことだ。
1992年4月30日
けさのニュースによれば、戦況は悪化しているらしい。はたしてBETAとやらは本当なのだろうか。私が現役の連隊長だったときはBETAは大陸の奥地にいたそうだから強さはわからんがさぞ強力なのだろう。
1992年5月1日
上司から急にあることを伝えられた。仙台の支社へ異動せよと。
1992年5月2日
このことを話した。まさか東北への異動とはな。
1992年5月3日
今日は家にいた。
1992年5月4日
今日は平凡だった
1992年5月5日
昨日に同じ
1992年5月6日
異動を受け入れた。広島に越してからちょっとしか経っていないが、これでもいい。
1992年5月7日
そろそろ準備だ。
1992年5月8日~1992年6月14日
特に変わり映えもなかったし、つまらなくもなかった。ただ、色々忙しかった。
だからここは一括で書いてしまった。
1992年7月1日
やっと仙台に引っ越しが終わった。環境は変わってしまったが、ここはかなりいい場所だ。引っ越して正解だな。
1992年7月2日
こっそり書いていた本をとある会社に出版してもらった。
一週間で発禁になりやがった。二回目だ。
特高が来るらしい。