RE:対魔忍世界転移憑依物語 ─綴木みこと─   作:楠崎 龍照

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二章 愛し命とこの世のはたて
10話 仮初の命として……


 

 

 

 

 

 

「分かり……ました……」

 

涙で滲んだ視界のまま、私は小さく頷いた。

勝手に消えるな。

勝手に自分を切り捨てるな。

そう言われたことが、胸の奥に重く残っている。

苦しい。

けれど、少しだけ救われたような気もした。

 

「では、今後の方針を決めましょう」

 

井河校長先生の言葉が校長室に静かに響く。

その一言で、室内の空気が変わった。

感情ではなく、現実の話に移る。

綴木みことを助けるために。

そして、今この身体を動かしている私をどう扱うのか。

その両方を決めるための時間。

 

「まず、この件を知る者はここにいる者、限られた教員と彼女を救う手立てになると考えられるリノア・セリング、ルイス、桐生佐馬斗に限定します」

 

井河校長先生は静かにそう言う。

 

「外部には出さない。学園内でも、必要がない限り共有しません。綴木さん本人の安全と、古寺さん、あなたの安全のためです」

 

そう言って、井河校長先生は私の方を見た。

私は「……はい」と小さく頷く。

まぁ、当然だろうな。

綴木みことの身体に別世界の人間の意識が入っている。

そんな話が広まれば、何が起きるか分からない。

興味本位で近づく者もいるだろう。

利用しようとする者もいるだろう。

そして、綴木みこと自身の立場も滅茶苦茶になる。

 

「次に、古寺さん」

 

井河校長先生の視線が私へ向く。

 

「当面の間、あなたには綴木さんとして学園内で生活してもらうことになります」

「……っ」

 

心臓が飛び跳ねるような感覚が走った。

綴木みこととして生活する。

つまり、これからも私は、彼女の顔で、彼女の声で、彼女の場所に居座ることになる。

私は震える口で言葉を出す。

 

「それは、私がまた綴木みことを演じるということですか?」

 

自分で言って、喉が詰まった。

昨日からずっと、それが一番苦しかった

井河校長先生は、誤魔化さなかった。

 

「残酷なことを言っている自覚はあるわ。でも、今はそれが一番安全です」

 

井河校長先生の声は静かだった。

けれど、その言葉は私の胸を深く抉った。

 

「……一番、安全」

 

私は小さく反芻する。

分かっている。

理屈では分かっている。

ただ、感情でそれを処理できるほど私の人間は完成されていない。

20代の男性が、10代の女の子の中に入ったままそれを演じろと言うのは……本当に残酷なものだ。

でも……。

 

「……でも」

 

私は震える声で言う。

 

「それをしなければ、綴木みことさんの立場が壊れる。そういうことですよね」

「ええ」

 

井河校長先生は、静かに頷いた。

 

「綴木さんが突然別人のようになった。そう周囲に認識されれば、彼女はもう、今まで通りの綴木みこととして学園に戻れなくなるわ」

 

井河校長先生の声は静かだった。

 

「たとえ後で本物の綴木さんが戻ってきたとしても、周囲の目は変わってしまう。昨日までと同じ友人関係も、学園での立場も、何もかもが歪んでしまうかもしれない」

「……」

「だから、今は綴木さんの日常を壊さないことを優先します。古寺さん、あなたにとっては残酷な話だけれど、それが綴木さんを守ることにも繋がるわ」

 

言いたいことはある。

嫌だと言いたい。

すっごい嫌だと言いたい。

だけど、それを拒んだ結果、綴木みことの居場所が壊れるのなら。

 

「……分かりました」

 

私は小さく頷いた。

 

「綴木みことさんの日常を守るためなら、やります。完璧とはいかずともある程度なら演じられますよ。向こうの世界でアホほど彼女の事を見ていましたので」

 

言った瞬間、校長室の空気が少しだけ止まった。

 

「……アホほど」

 

ふうまさんが、ぽつりと呟く。

 

「ええ、アホほどです」

 

私は真顔で返した。

自分でも、今この場で使う言葉ではなかった気がする。

だが、変に取り繕う余裕もなかった。

 

「……そこは、少し安心していいところなのかしら」

 

井河校長先生が、ほんの僅かに苦笑する。

その表情に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ気がした。

 

「ええ。望月さんたちが良い証拠だと思いますよ」

 

私がそう言った瞬間、望月さん……いや、卯奈が少しだけ眉を寄せた。

 

「……卯奈でいいって言ったのに」

 

小さな声だった。

責めるような声ではない。

けれど、少しだけ寂しそうだった。

 

「……ごめん、卯奈」

 

私がそう言い直すと、卯奈は小さく頷いた。

 

「うん」

 

ただそれだけのやり取りだった。

けれど、卯奈は私を完全に拒絶しているわけでもない。

それが少し安心した。

 

「……ただ」

 

井河校長先生が話を戻す。

 

「古寺さん、あなたが綴木さんとして生活する以上、いくつか守ってもらうことがあります」

 

「はい」

 

私は背筋を伸ばす。

 

「まず、危険な単独行動は禁止します」

「……はい」

 

私は素直に頷いた。

昨日、単独行動をした結果があれだ。

何も言い返せない。

 

「登下校、移動、授業後の行動。可能な限り、ここにいる誰かと一緒に行動しなさい」

「……分かりました」

「特に、人気の少ない場所には一人で行かないこと。図書室や保健室、校長室に用がある場合も、必ず誰かに伝えてから動くように」

「はい」

「次に、身体の扱いについて」

 

井河校長先生の声が、少しだけ重くなる。

 

「綴木さんの身体は、あなたのものではありません。ですが、今その身体を動かせるのはあなたです」

「……はい」

 

その言葉が、胸に重く落ちる。

分かっている。

分かっているからこそ、痛い。

 

「怪我をさせないこと。無理な訓練をしないこと。危険な場所へ行かないこと。そして、身体に関わることで迷った場合は、必ず保健の先生か、私たちに相談すること」

「……分かりました」

「それと、自分一人で抱え込まないこと」

「う……分かりました」

 

井河校長先生に釘を刺されて私は小さく頷くしかなかった。

いま一番守れる自信がない約束だと感じたが、とりあえず頷いた。

 

「それじゃあ、古寺さん、今日は休みなさい。学校内の対応としては、表向きには、演習中の精神的負荷と炎条くんたちによる暴行の影響として扱います」

「はい。分かりました」

 

私は小さく頷いた。

演習中の精神的負荷。

炎条たちによる暴行。

確かに嘘ではない。

嘘ではないが、本当のことかと言われると……うーん。

けれど、今はそうするしかないのだろう。

 

「炎条くんたちについては、こちらで処分を決めます。あなたが気にする必要はありません」

「……分かりました」

 

そう答えたものの、胸の奥に黒いものが僅かに揺れた。

気にする必要はない。

そう言われても、気にしないわけがない。

あの男たちは綴木みことを傷つけた。

綴木みことの身体を傷つけ、名前を汚し、笑った。

……許せるはずがない。

 

「……」

 

けれど、私は拳を握らなかった。

膝の上に置いた手を、ただじっと見つめる。

 

「古寺さん」

 

井河校長先生の声が、静かに落ちる。

 

「あなたが怒る理由は分かります。けれど、その怒りで動けば、綴木さんの身体も、あなた自身も危険に晒すことになるわ」

「……はい」

 

私は小さく頷いた。

 

「……気をつけます」

 

そう答えると、井河校長先生は小さく頷いた。

 

「それから、ここにいる皆にもお願いがあります」

 

井河校長先生の視線が、ふうまさん、卯奈、相州さん、上原さんへ向く。

 

「古寺さんが綴木さんとして生活する以上、あなたたちには今まで通り接してもらう必要があります」

「今まで通り……」

 

卯奈が小さく呟く。

その声は少し震えていた。

 

「そう。外では、彼女を綴木みこととして扱いなさい。呼び方も、態度も、できるだけ変えないこと。周囲に違和感を持たせないためです」

「……分かりました」

 

先に頷いたのはふうまさんだった。

 

「みことを守るためなら、そうします」

 

その言葉に、胸の奥が少し痛む。

みことを守るため。

そのために、私はみことを演じる。

ふうまさんたちは、私をみこととして扱う。

なんて残酷な話だろう。

 

「……私も」

 

卯奈が小さく手を握りしめる。

 

「私も、頑張ります。でも……」

 

そこで言葉が詰まった。

卯奈は私の方を見る。

昨日までと同じ顔。

同じ声。

同じ姿。

けれど、中身は違う。

その事実を、彼女は今、無理矢理飲み込もうとしている。

 

「……でも、急には無理かも」

「卯奈……」

「ごめん。みことちゃんのためだって分かってる。でも、今すぐ全部いつも通りにしろって言われても……多分、ちょっと変になる」

 

卯奈の正直な言葉に、私は何も言えなかった。

当然だ。

むしろ、それが普通だ。

 

「無理に完璧である必要はないわ」

 

井河校長先生が静かに言う。

 

「ただ、周囲に気づかれない程度に抑えてくれればいい。混乱するのは当然です」

「……はい」

 

卯奈は小さく頷いた。

 

「相州さん、上原さんも」

 

井河校長先生に視線を向けられ、二人も真剣な顔で頷く。

 

「分かりました」

「お、俺も、できる限り普段通りにします」

 

相州さんは私を見る。

その目はまだ揺れていた。

けれど、敵意ではない。

 

「……正直、まだ全然整理できてないけど」

 

相州さんはそう言って、困ったように眉を寄せた。

 

「でも、みことちゃんを助けたいのは本当だから」

「俺も」

 

上原さんも続く。

 

「正直、頭は全然追いついてない。昨日まで普通に話してたみことが、実はみことじゃなかったって言われても、すぐには飲み込めないよ」

 

上原さんは、少しだけ視線を落とす。

だが、すぐに顔を上げた。

 

「でも、本物のみことを助けたいのは同じだ。だから、協力する」

「……ありがとうございます」

 

私は頭を下げた。

自然と、深く。

綴木みこととしてではなく、古寺智樹として。

 

「……顔を上げて」

 

井河校長先生の声に、私はゆっくりと顔を上げる。

 

「古寺さん。あなたが謝るべきことと、謝らなくていいことは分けなさい」

「……はい」

「綴木さんの身体に入ってしまったこと。それ自体は、今の話を聞く限り、あなたの意思ではないわ」

「……」

「けれど、その身体をどう扱うか。これからどう振る舞うか。それはあなたの責任になる」

 

その言葉は優しくはなかった。

けれど、突き放すものでもなかった。

責任。

その言葉が、胸の奥に重く沈む。

 

「……分かりました」

 

私は小さく頷いた。

 

「綴木みことさんの身体を傷つけないようにします。彼女の日常を壊さないようにします。可能な限り、彼女らしく振る舞います」

 

言葉にするたびに、喉が締まる。

 

「そして、必ず彼女を戻す方法を探します」

 

校長室に、静かな沈黙が落ちた。

 

「……うん」

 

最初に声を出したのは、卯奈だった。

 

「私も、協力する」

 

彼女はまだ泣きそうな顔をしていた。

けれど、その瞳は逃げていなかった。

 

「みことちゃんを助けたいから。だから、協力する」

「……ありがとう、卯奈」

 

そう言うと、卯奈は少しだけ目を伏せた。

 

「でも、外ではいつも通りだからね」

「……え?」

「外では、みことちゃん。今まで通り。そうしないと、変に思われるから」

 

卯奈は、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

「でも……ここでは、まだちょっと考えさせて」

「……うん」

 

私は頷く。

当然だと思った。

昨日まで友人だと思っていた相手が、実は別人だった。

そんなものを、すぐに受け入れろという方が無理だ。

 

「俺も、外では普段通りにする」

 

上原さんが言う。

 

「けど、正直まだ混乱してる。だから変なこと言ったらごめん」

「いえ……当然です」

「私も」

 

相州さんが、少し困ったように笑う。

 

「みことちゃんを助けたいのは本当。でも、あなたのことも……どう見ればいいのか、まだ分からない」

「……はい」

 

その言葉は痛かった。

けれど、正直でありがたかった。

嫌われたわけではない。

拒絶されたわけでもない。

でも、受け入れられたわけでもない。

今の私には、それがいい感じの距離なのだろう。

 

「なら、こうしよう」

 

ふうまさんが口を開いた。

 

「外では今まで通り、みこととして接する。呼び方も態度も変えない。ただ、この場にいる時や、人目がない時は……古寺さんとして話す」

「……」

 

古寺さん。

その呼び方に、胸が少しだけ痛んだ。

けれど、同時に少しだけ息がしやすくなった。

綴木みことではない私を、ちゃんと別の存在として見てくれている。

 

「……分かりました」

 

私は頷いた。

 

「それでお願いします」

「それと」

 

ふうまさんは、少しだけ声を低くした。

 

「一人で動くな。何か調べたいことがあるなら、俺に言え」

「……はい」

「昨日みたいなことは、もう二度と起こさせない」

 

その声には、静かな怒りがあった。

炎条たちへ向けた怒り。

そして、守れなかったことへの怒り。

 

「……すみません」

「謝るな」

 

即座に返された。

 

「謝るところじゃない」

「……はい」

 

私はまた泣きそうになり、奥歯を噛んだ。

井河校長先生は、私たちを一通り見渡してから、静かに頷いた。

 

「では、当面はその方針で動きます。古寺さんは今日一日、保健室で休養。明日以降の授業参加は、保健の先生と医療班の判断を仰いでから決めます」

「分かりました」

「ふうまくん」

「はい」

「あなたには、古寺さんの補助をお願いするわ。綴木さんの友人関係、学園内での立ち回り、必要な情報の共有。無理のない範囲で支えてあげて」

「分かりました」

 

ふうまさんは迷わず頷いた。

 

「卯奈さん、相州さん、上原くんも。外では今まで通りに。ただし、古寺さんの様子がおかしいと感じたら、すぐに私か八津先生、保健の先生へ連絡しなさい」

「はい」

「分かりました」

「了解です」

 

それぞれの返事が返る。

私はその光景を見て、胸の奥が少しだけ苦しくなった。

 

昨日まで、私は一人で何とかしようとしていた。

自分が消えればいい。

自分が耐えればいい。

自分が黙っていればいい。

そう思っていた。

けれど今は、違う。

綴木みことを救うために。

綴木みことの日常を守るために。

私の知らないところで、誰かが動いてくれている。

 

「……ありがとうございます」

 

私はもう一度、頭を下げた。

 

「必ず、綴木みことさんを戻します」

 

その言葉に、誰も軽々しく頷かなかった。

大丈夫だとも、きっと戻せるとも言わなかった。

それでも。

卯奈が、小さく言った。

 

「うん」

 

ただ、それだけだった。

 

けれど、その一言が、今の私には十分だった。

 

 

 

 

 

校長室を出る頃には、足取りが少し軽くなっていた。

これから私は、また綴木みこととして歩かなければならない。

彼女の声で笑い、彼女の名前で呼ばれ、彼女の日常を壊さないように振る舞わなければならない。

ただ、これからは1人ではないということだ。

 

「……」

 

卯奈がこちらを見た。

 

「みことちゃん」

 

その呼び方に、胸が小さく跳ねる。

外では、今まで通り。

そう決めたばかりだ。

 

「……なに、卯奈?」

 

私は、綴木みことらしく笑おうとした。

上手く笑えていたかは分からない。

けれど、卯奈は少しだけ泣きそうな顔で、それでも頷いた。

 

「保健室まで、一緒に行こ」

「……うん」

 

私は頷く。

綴木みこととして。

古寺智樹として。

そのどちらでもあり、どちらでもないまま。

私は、彼女たちと並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

続くのか分からんよぉぉぉぉぉぉぉ。

RE:対魔忍世界転移憑依物語X ─綴木みこと─を作った方がいい?

  • 是非見たい。
  • 旧みことでいい。
  • 旧みことを残したまま、新みことX見たい。
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