RE:対魔忍世界転移憑依物語 ─綴木みこと─   作:楠崎 龍照

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3話 炎条焔

 

 

 

 

 

図書館から出た私は、この世界線が対魔忍RPGに準拠した世界である事が判明。─こんな状態で来たくはなかったけどな─

 

「(後は今がどの時間軸であるかの確認か……)」

 

図書館を出てからも、私は校内をしばらく歩き回っていた。

時系列を掴むため、生徒の会話や掲示板を拾っていたのだが、気づけばそれなりに時間が経っていた。

対魔忍RPGの世界線だとしても、まだ安心は出来ない。

問題は、その先である。

ブレインフレーヤーに支配された、あの破滅の世界線なのか。

それとも、未来から来た水城ゆきかぜによって分岐した、別の未来へ進んだ世界なのか。

 

「(せめて……ラティクールさんや、マヤ・コーデリアさん、眞田咲さんたちがいる方なら……)」

 

私は廊下を歩きながら、この世界がどこへ向かっているのか、その手掛かりを拾おうと視線だけを周囲へ向ける。

 

「(まずは……会話か、掲示板か……)」

 

私は周囲の生徒たちの話し声へ、それとなく意識を向けた。

聞こえてくるのは……マエサキにデザートビュッフェが出来た話、アソビステーション5を買いに行く話、そのアソステ5とガチャット&クタンク9を通販で注文したら配達員にパクられたなどの話題が耳に入る。

 

「(……それっぽい話の内容がないなぁ……)」

 

そんな時、チラッと掲示板に目が行く。

そこには食堂で新しいデザートが出た旨の広告にめっちゃ見た事のある人物が載っていた。

 

あのブレインフレーヤーが大絶賛!?

食べたら皆笑顔アヘ顔スマイルワールド!

最強バナナスムージー!

 

という謳い文句の横に、見たことないすんごい満面な笑顔を浮かべてバナナスムージーを手に持ったラティクールの姿が掲載されているではないか。

 

「……。………………え?」

 

思わず二度見をしてしまった。

凄い笑顔。

時間軸を判明させる要となるラティクールさんがいた喜びと驚きよりも、彼女から見せた満面の笑顔の広告に呆気に取られてしまった。

 

「……ンふっ……めっちゃ笑顔やん」

 

素の声と共に変な笑いが出る。

あまりにも予想外すぎて、ほんの一瞬だけ頭の中の重苦しさが吹き飛んだ。

だが、それと同時に、私はその広告をもう一度見つめ直す。

 

ラティクール。

未来対魔忍世界ではない、別に分岐された世界……アルサールとテセラックが破壊された対魔忍RPG本編に登場した、ケートスを狩る使命を持ったブレインフレーヤーの騎士の一族の一人だ。

訳あって、この五車に居候し、学生対魔忍として勉学にも励んでいる。

 

「……当たりや」

 

濃霧と暗闇に支配された世界が一気に晴れた気がした。

─それで? 人を殺したい気持ちは消えたか?─

 

「……消えるわけがないだろうよ。」

 

せっかく開けた視界に、また黒い靄が差し込んでくる。

文遁覚醒みことが出た時期を境に聞こえてくる私の声。

希望が見えたところで、私の中身まで綺麗になるわけじゃない。

五年かけて腐り落ちたものが、そう簡単に消えるわけがない。

私は……人であり続けるため、抗い続けるしかない。

戦争が活発となった今、公式が出す綴木みことの純愛を見れる機会は完全に失われた。

それでも……私は……生きなければならなかった。

この世界がある程度救われた道を行っていようと、私の中に積もった五年分の途方もない怨憎まで救われるわけではない。

 

「めんどくさいな……生きるって……」

 

晴れた視界が、光が、再び怨憎という名の闇に覆われていく。

生まれてきていい人間ではなかったと思いながら、私は慣れない身体で廊下を歩いた。

 

「救えない人間や。私は……」

 

少し猫背で気怠げに終わりの見えない廊下を歩く。

それは長い、長い旅路のようだ。

 

「……」

 

そんな時、終わりの見えない廊下にチャイムの音が鋭く響いた。

私は視線を天井に上げながら周囲を見渡す。

 

「(……今って何限目や?)」

 

ほどなくして、廊下にいた生徒たちが慌ただしく教室へ戻り始める。

どうやら休み時間が終わったらしい。

 

「やば、4時間目の授業始まる!」

「急げ急げ!」

 

そんな声が耳に入り、私は小さく息を吐いた。

 

「(……四時間目か)」

 

行くべきか……。

行かないべきか……。

 

「(……1回、行ってみるか……)」

 

本当はリスクを考慮すれば行くべきでないことは明白だ。

それでも……。

それでも、私は見たいと思ってしまった。

綴木みことが生きていた日常を。

私が本来、死んだ後にしか辿り着けなかったはずの光景を。

 

「挙手制の授業である事を願おう……」

 

ボソリと呟き、授業を受けることを覚悟した。

私は綴木みことのクラスに向かおうとしたが、ふと重大な情報に気がついた。

 

「(私……みことのクラス知らない……)」

 

完全に足が止まった。

 

「やばぃ……」

 

口から言葉が漏れ出る。

あまりにも致命的な事実に、私はその場で軽く眩暈を覚えた。

 

「(致し方ない……。また体調不良を訴えて保健室で休もう……)」

 

私はそんな事を心の中で呟き、踵を返そうとした。

だが、その後ろから聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

 

「みことちゃん、もう大丈夫なの!?」

「あ、卯奈」

 

望月さんの声が後ろから聞こえ、私は咄嗟に振り返った。

そこには、少し息を切らせた卯奈が立っていた。

教室へ向かう途中だったのだろう。

けれど、私の姿を見つけた瞬間に足を止め、そのまま真っ直ぐこちらへ駆け寄ってくる。

 

「みことちゃん、ほんとに大丈夫? 顔色まだ微妙だよ?」

「う、うん……ちょっとマシには……なった、かな……」

 

苦し紛れにそう返す。

だが、自分でも声が上擦っているのが分かった。

望月さんはそんな私の様子に気づいているのかいないのか、心配そうに眉を下げたままこちらを見つめてくる。

 

「でも、まだフラフラしてるように見えるよ? 四時間目、無理しない方がよくない?」

「……」

 

その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失う。

行きたい。

見たい。

けれど、クラスも分からない。

そんなことすら知らないまま教室に向かえば、それこそ一発で終わる。

 

「だ、大丈夫だよ。それに休み過ぎると成績にも影響でちゃうし」

 

我ながら苦しい言い訳だとは思ったが、望月さんは「うぅ〜ん……」と唇を尖らせながらも、それ以上強くは止めてこなかった。

 

「それはそうかもだけど……ほんとに無理しないでね?」

 

「……うん、ありがと」

 

そう返しつつ、私は内心で小さく安堵する。

これで少なくとも、“教室へ行く”こと自体は不自然ではなくなった。

……問題はその先だ。

 

「(ここで聞くしかないか……)」

 

私はなるべく平静を装い、綴木みことらしく望月さんへ視線を向ける。

 

「ねぇ卯奈」

「ん?」

「今日の4限……今日の4時間目ってなんだっけ?」

「今日の4時間目は実戦論だよ」

 

望月さんはあっさりと答えた後、不思議そうに首を傾げる。

 

「え、みことちゃんほんとに大丈夫? 3組との合同授業だよ?」

「……あー……」

 

私は曖昧に笑って誤魔化す。

 

「ごめん、ちょっと頭がまだ回ってなくて……ブレインダイブした時、ちょーっと深いところまで潜りすぎたみたい」

「それ、やっぱりまだ休んだ方がいいやつじゃない?」

「だ、大丈夫だよ……たぶん……」

 

自分で言っていて全く説得力がない。

だが、望月さんはそれ以上強く止めることはせず、ただ心配そうに私を見ていた。

助かった。

 

「場所はどこだっけ?」

「座学室だよ。二階にあるとこ」

「……あぁ、そっか」

 

必要な情報は揃った。

 

「ありがと、卯奈」

「うん。でも、ほんとに無理しないでね? 一緒に行こ」

「……うん、卯奈ありがとう」

 

断る理由もなかった。

というより、今の私にとってはありがたい申し出だった。

座学室の場所も分からなければ、3組との合同授業という時点で一人で辿り着ける自信もない。

私は望月さんの横に並び、二階へ向かって歩き出した。

 

「……っ」

 

階段を一段一段登る度に心臓の鼓動がドンドンと激しさを増していく。

それは久しぶりの授業だからか、綴木みこととして振る舞わなければならないプレッシャーからか。

そのどちらもなのだろう。

嫌な心臓の音だ。

 

「みことちゃん?」

 

「……なんでもない」

 

そう返すのが精一杯だった。

望月さんはまだ心配そうだったが、これ以上は踏み込まず、歩調だけを少し緩めてくれた。

本当にありがたい。

今の私に、その気遣いは涙が出てくるほどありがたい。

 

「ねぇ卯奈。実戦論って、今日はどんなことやるんだっけ……」

 

なるべく自然を装って尋ねる。

望月さんは「あれ? えーと……」という顔をして首を傾げたが、すぐに答えてくれた。

 

「たしか、敵の拠点に侵入した時にどう動くかとか、自分が指揮官だったらどの対魔忍を選ぶかーって授業内容だったかな?」

「……っ」

 

身体を動かす実技系の授業ではないことに安堵し、私は肩の力が少し抜けた気がした。。

 

「そ、そっか……」

 

だが、安堵したのも束の間だった。

今度は別の意味で胃が重くなる。

 

「(指揮官前提か……)」

 

つまり、ただ座っていれば終わる授業ではない可能性が高い。

下手をすれば意見を求められるし、当てられるかもしれない。

……終わったか?

 

「みことちゃん? やっぱりまだしんどい?」

「あ……いや、ちょっと頭が回ってなくて……」

 

半分は誤魔化しで、半分は本音だった。

今の私は、自分の呼吸を整えるだけでも精一杯だ。

それでも、望月さんは「そっかぁ……」と小さく頷いただけで、それ以上は追及してこなかった。

二階へ上がりきると、廊下の先に座学室と書かれたプレートが見えてくる。

その前には、すでに何人かの生徒が集まっていた。

 

「……」

 

見た事のある人物や、見た事のない人物がチラホラいる。

チャイムは鳴り終わっているというのに、まだ室内に入れない生徒が私を含めていた。

合同なだけあって、かなりの学生対魔忍が座学室にいるのだろう。

 

─今なら逃げれるぞ。逃げるか? いつものお前のように─

「バカを言うなよ……。ここまで来て……今更逃げれるわけが無いだろうよ……」

 

私は小さく息を吸い、望月さんの背を追うように座学室の中へ足を踏み入れた。

 

─人殺しや自殺からは逃げ続けている臆病者のくせに、こういう事だけは逃げないんだな。生きづらい人間だよ(おまえ)は─

「うるせぇな……自殺するぞ(ころすぞ)マジで……」

 

望月さんにも気づかれない程の声量で独りごちる。

そして、私と望月さんは座学室へと入った。

座学室の中は、思っていた以上に広かった。

机の数も多く、既に席につき始めている生徒もいれば、まだ友人同士で話している者もいる。

ざわついた空気の中に、授業開始直前の独特な緊張が混ざっていた。

いや、チャイムは鳴り終わっていたので授業開始直前ではないのだが、まだ先生が来ていないので、ある意味授業開始直前と言えるか。

 

「……」

 

合同で使う座学室だからだろうか、普段の教室のように席順が決まっている感じはなかった。

既に来ている生徒たちも、それぞれ空いている席へ適当に座っているように見える。

望月さんは座学室の中をキョロキョロと見渡しながら、空いている席を探していた。

「うーん……どこか空いてるかな……」と小さく呟きながら、望月さんは教室の奥へ視線を向けた。

すると……。

 

「あ! 卯奈ちゃん、みことちゃん、こっちー!」

 

明るい声が飛んできた。

視線を向ける。

そこには私の見知った二人がいた。

 

緑色の綺麗な髪を揺らし、背丈はやや小柄なくせにやたら主張の強い胸を抱えた少女。

相州蛇子がニコニコと手招きしている。

その隣には上原鹿之助。

遊撃隊の2人だ。

 

「……」

 

私は少しだけ緊張を覚えた。

みことは上原さんや相州さんとも接点はある。

当たり障りのない返答では逆に怪しい。

かといって、黙るのはもっと怪しい。

どうしたものかと迷っていた、その時だった。

 

「危ねぇ! ギリギリセーフ!」

 

後ろから、聞き覚えのある声が走ってくる。

 

「……」

 

振り返る。

そこには、図書館で見たばかりの青髪の男、ふうま小太郎がいた。

相州さんがすぐさま、からかうように声を上げる。

 

「ふうまちゃん遅刻ー!」

「おせーぞふうま。また昼寝か?」

 

鹿之助さんも肩を竦めながら笑う。

ふうまさんは少しだけ困ったように頭を掻いた。

 

「悪い。ちょっと、ある人に呼び止められてな」

「へぇ〜? ある人、ねぇ?」

「なんだよその含みのある言い方は」

「別に? ちょっと気になっただけ」

 

相州さんがにやにやと笑う。

上原さんも「お前そういう言い方すると余計怪しいぞ」と面白がっていた。

3人の距離感も、掛け合いも、そこには確かな日常があった。

二車の反乱の後に結成された遊撃隊の3人。

慣れ親しんだ空気感が自然に回っていた。

だが、次の瞬間には別の緊張が胸を締めつける。

その輪の中へ、今から私も入らなければならない。

綴木みこととして。

何食わぬ顔で。

私は心の中で小さく息を吐いた。

よし。

最悪な手だが、仕方ない。

……ふうまさん、申し訳ない。

私のデコイになってほしい。

私は小さく息を吸ってから、綴木みことらしい調子を無理矢理作って演じる。

 

「そういえば、センパイ。鬼崎先輩とのデートはどうでしたか〜?」

 

その一言で、その場の空気がひっくり返る。

 

「まっ、ま、待て!? なんの事だ!?」

 

ふうまさんが見事に食いついた。

飲んでいたお茶でもあれば吹いていたであろう勢いで狼狽えている。

 

「えっ!? なになに!? デート!?」

「ふうまちゃん……どういうこと?」

「おいふうま、ついにやったのか!?」

 

望月さん、相州さん、上原さんが一斉に食いつく。

 

「(よし、これで私への視線は逸れた……)」

 

あとで詫びの一つや二つは用意する。

本当にすみません、ふうまさん。

私は少しガソリンを投下する。

 

「にしし、しらばっくれても無駄ですよ〜。みことちゃんのラブセンサーを舐めないでください。隠したってお見通しなんですから!」

 

あぁ、我ながら最低だ。

だが、今はこれしかなかった。

 

「ねえねえみことちゃん、どんなデートしてたの!?」

 

望月さんが目をキラキラ輝かせてこちらに聞いてくる。

 

「え、えーと……あっ、でもあんな恥ずかしい事は人前で言うのはちょっと……私の口からは……」

 

自分へとのヘイトを逸らすべく、私はとんでもない思わせぶりな嘘をぶちかました。

 

「待て待て待てええええええ! みこと! それなんの話だ!?」

「おいふうま! お前まさかやっちまったのか!?」

「違う違う! そんなことするわけないだろう!?」

「ふうまちゃん……ごめん後で話を聞きたいんだけど?」

「ま、まて蛇子!誤解だ!俺は何もしてない!!」

 

ちょっとした阿鼻叫喚になり、私は自分のしでかした行為に少し後悔する。

 

「(しまった……ちょっとやりすぎた……)」

 

収拾がつかなくなりかけた、その時だった。

 

「はい、皆さん。そこまでにしてちょうだいね?」

 

柔らかい声が、座学室のざわめきをすっと切った。

私は反射的にそちらを見る。

緑色の瞳を持ち、橙色の長い髪を後ろでまとめた女性が穏やかな微笑みを浮かべたまま教室へ入ってくる。

津島(つしま)優紀子(ゆきこ)先生だ。

ゲームで見るより何倍も綺麗だと感じた。

先生の登場に、さっきまで騒いでいた空気が一気に整っていく。

 

「(あぁ……助かった……)」

 

私は内心で心底安堵しながら、望月さんたちと一緒に席へついた。

津島先生は教卓の前に立つと、座学室全体をゆっくり見渡した。

 

「今日の授業の内容は、敵拠点に侵入した際の行動判断と、人員選出についてよ」

 

その言葉に、教室の空気が少しだけ引き締まる。

この世界に来て初めての授業が始まった。

他の学生対魔忍は普通の授業だろうが、私は違う。

綴木みことを演じた状態で、授業を受けなければならない事だ……。

額から脂汗が滲む。

当てられないことを……神にでも祈ろう。

……この世界の神は……ジュノー様やダキニ様か……。

 

「(ジュノー様に祈りを捧げたら逆に当てられそうだな。よし、ダキニ様に祈りを捧げよう……。当てられないように……)」

 

そんな情けない祈りを胸の内で捧げているうちに、前の席から順番にプリントが回ってきた。

 

「はい、後ろの人に回してちょうだいね」

 

津島先生の声が座学室に広がる。

私は差し出された紙を受け取り、後ろの席の人に回しながら、自分の分のプリントを見る。

 

「……っ」

 

内容を見た瞬間、私の全身に悪寒が走った。

敵拠点へ潜入する際の方法。

侵入経路。

誰を選出するか。

そして、その横には、敵拠点の見取り図が記載されていた。

私が予想してた3倍以上に、ちゃんと考えなければならない授業で冷や汗が流れ出る。

 

「(……これ終わったんじゃないか……??)」

 

ただ座っていればいい授業ではない。

今の私は綴木みこととして座っている。

変な解答をすれば、それはそのままみことの違和感になるのだ。

 

「(いやこれどうしよ……)」

 

私は額に流れる冷や汗を悟られないように、なるべく平常心を保ちながらプリントを机に置いた。

 

「……」

 

私は目線だけを望月さんの方へと向ける。

望月さんが自分のプリントを覗き込みながら小さく呟く。

 

「うぅ〜ん……難しい……みことちゃん、どうする?」

 

突如、私に話を触れられ、私は咄嗟に綴木みことを演じる。

 

「う、うーん、ちょーっと私にも分かんないなぁ……」

 

そんな事を言って誤魔化していると、津島先生は教卓の前で静かに説明を始める。

 

「難しく考えすぎなくて大丈夫よ。今回は、完璧な正解を出してもらう授業ではないの。自分が指揮官だったらどう考えるか、どんな対魔忍を選出をするか。それを見せてほしいのよね」

 

その穏やかな声に、少しだけ教室の空気が和らぐ。

しかし、その中で私だけが和らがない。

 

「(……)」

 

津島先生はそう言い終えると、ゆっくりと座学室全体を見渡す。

 

「(やめろ、こっちを見るな! その動作、嫌な予感しかしない!)」

 

小中高大と経験しているからこそ分かる。

あれは適当な生徒を当てる動作だ。

 

「(……頼むダキニ様……どうか当てられませんように……!)」

 

私の切実な祈りなど知る由もなく、津島先生の視線は静かに教室の中を巡っていく。

 

「じゃあ、綴木さんならどんな対魔忍を選ぶ?」

「っ!!?」

 

心臓が跳ね上がった。

嫌な予感が当たった。

当たりやがった。

 

「(ダァキニ様アアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!)」

 

心の中で断末魔をあげる。

座学室の空気が、ふっと私の方へ向く。

前の方の席から、後ろの方の席まで、ざわついていた視線が一斉にこちらへ集まる。

望月さんまで「みことちゃん?」と小さく首を傾げていた。

 

「(終わった……)」

 

頭が真っ白になる。

だが、真っ白になっている場合ではない。

ここで無言を貫けば、それこそ綴木みことらしくないで終わる。

冷や汗が止まらない。

自分の目の前に強大な敵がいるような感覚に襲われる。

 

「え、えっと……」

 

時間を稼ぐように視線をプリントへ落とす。

敵拠点の見取り図。

侵入経路。

人数制限。

敵戦力、未確定。

内部構造、一部不明。

 

「(……落ち着け。授業や。正解を当てるんやない。考え方を言えばいい……)」

 

津島先生の言葉を必死に思い出す。

完璧な正解じゃなくていい。

自分が指揮官ならどう考えるか。

それを見せればいい。

何秒経過したのか分からない。

そんな時、窓際の席から男性の声がする。

 

「忍法も使えない落ちこぼれなんかに、分かるわけねーっすよ!」

 

と。

鼻で笑うような声。

 

「(は……?)」

 

その言葉を聞いた私は、心からドス黒い感情が溢れ出る。

 

「ちょっと炎条! なんて事言うのよ!」

 

その言葉に相州さんがキレ気味に声を上げた。

それを聞いた炎条と呼ばれる男性は「だって事実じゃん。こんな落第生が分かるわけねーって!」と小馬鹿にしたように笑い出す。

その笑いに、彼の取り巻きと思われる奴らもクスクスと笑い始めた。

 

「炎条さん。流石にその言葉は頂けませんよ?」

 

津島先生も私を庇う。

それでもあのクソガキはヘラヘラとイキり散らかす。

 

「でも事実でしょう? 忍法も使えない、成績もパッとしない。そんな奴に指揮官役なんて無理っすよ。時間の無駄じゃないですか!」

 

クラスの空気が僅かに軋む。

笑っていた取り巻きすら、流石に先生の前で言い過ぎたと思ったのか、声を潜めた。

 

「……」

 

その瞬間、私の中で何かがパンッと音を立てた。

落ちこぼれ。

忍法も使えない。

分かるわけがない。

その言葉の一つ一つが、綴木みことへ向けられたものとして、私の神経を逆撫でした。

ハロウィンみことの2の回想を見た直後のような、人を殺したい感情が湧き上がる。

 

─殺すか? ガソリンを撒いて殺すか?─

─殺してしまおう。毒物を撒いて殺そう。神経剤を撒いて殺そう─

 

「……」

 

指先が強く握り込まれる。

駄目だ。

駄目に決まっている。

ここで感情のままに動けば全て終わる。

みことの人生が終わる。

みことが大好きな私に、それが足枷となり、爆発寸前の感情を縛り付けた。

 

「綴木さん?」

 

津島先生の声が、私を現実へ引き戻した。

私はゆっくりと息を吸う。

喉に異物が詰まり、息を思うように吸えない。

それでも、湧き上がる殺害衝動を封じ込め、この身体が私の物では無い事を思い出させた。

そして、震える唇をゆっくりと動かす。

 

「……分かりますよ」

 

ざわり、と座学室の空気が揺れた。

誰が聞いても綴木みことという少女から発されたとは思えない程に冷たい声。

しかし、炎条が気にすることなく鼻で笑う。

 

「は?」

「……あ?」

 

それに対して、私はギロリと怨憎と殺意の籠った目付きで睨みつける。

一瞬だが、炎条の表情が引き攣ったように感じた。

無視して、私はプリントの見取り図へ指先を落とす。

敵拠点。

侵入経路は三つ。

正面は広く、見張りも厚い。

裏手は狭いが逃走経路が乏しい。

側面は崩れた外壁があり、内部構造が一部不明。

 

「……外内部の索敵係として、相州蛇子さんの吸盤、上原鹿之助さんの電遁によるソナーで敵性存在の位置を把握します。内部構造が一部不明ですが、私と九摩羅ジュンさんによるハッキングを用いて、内部の監視機構や内部の地図を奪い、一部不明な内部をクリアリングします。その後、監視機構や電子ロック、通信網を可能な限り無力化。敵の視界と情報伝達を潰します。可能なら、嘘の情報を敢えて流して混乱させます」

 

教室の空気が、しんと静まる。

私はそのまま続けた。

 

「その上で、正面には陽動、これはふうま小太郎さん、八津九郎さんの身体が丈夫な男性対魔忍を置きます。陽動が始まってから数分後に正面の裏側にある裏手の侵入経路に柳六穂さん、星乃深月さんを置き、その入口から柳さんが毒の霧を生成し、星乃さんが風遁の力で毒霧を5分間、内部へと送り込み、中の敵性存在をなるべく毒殺します」

 

自分でも驚くほど、頭の中が冷えていた。

殺したい、という感情だけが異様なほどに澄んで、作戦へと変換されていく。

 

「毒が通らない、あるいは毒で動きが鈍らなかった敵性存在が出た場合に備えて、5分後に制圧要員を内部に送り込みます。無論予め解毒剤を投与しつつガスマスクを被った状態です。八津紫さん、秋山凜子さん、鬼崎きららさん、水城ゆきかぜさん、七瀬舞さん辺りがいいでしょう。例え毒に耐性のある存在であっても確実に殺して、その場を制圧ができると思います。仮にドローン系統等が大勢居たとしても、それは私がハッキングして味方につけます」

 

そこまで言い切った瞬間、教室が水を打ったように静まり返った。

 

「(あっ、やらかした……)」

 

言い終えてから、ようやく自分が何を口走ったのかを理解した。

座学室の空気が凍っている。

望月さんは目を丸くしたまま固まり、相州さんも上原さんも一瞬言葉を失っていた。

ふうまさんですら、黙ってこちらを見ている。

炎条焔も、さっきまでの余裕を僅かに失っていた。

 

「……」

 

私はようやく、自分の声があまりにも冷たかったことに気づく。

綴木みことらしくない。

というか、今のはもう誰がどう見てもおかしい。

頭の中にあった“殺したい”が、そのまま作戦に流れ込んでいた。

 

「……綴木さん」

 

津島先生が口を開く。

口調的に怒っているわけではない。

だが、その声は少しだけ慎重だった。

 

「発想そのものは理にかなっているわ。索敵、情報奪取、通信遮断、陽動、制圧……順番も綺麗ね」

 

そこで一度、津島先生は言葉を区切った。

 

「ただ、少しだけ“排除”に寄りすぎているかしら」

「……」

 

私は息を呑む。

心の中で頭を抱えた。

 

「今回の課題は、敵拠点への侵入と行動判断。殲滅戦ではないのよ。もちろん、敵を無力化する発想は大事。でも、その前提に確保や救出が入る可能性も忘れないでほしいの」

 

優しい言い方だった。

だが、その一言は私の中に真っ直ぐ刺さった。

 

「……すみません」

 

自分でも驚くほど小さな声が出た。

津島先生は微笑む。

 

「謝らなくていいのよ。むしろ、そこまで組み立てられたのは立派だわ。ただ、少し視野を広げるともっと良くなる、という話ね」

 

その言葉で、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

「……」

 

私は机の下で、そっと拳を握り締めた。

 

「でもよぉ」

 

そこで、炎条焔が不機嫌そうに口を開く。

さっきまでの余裕は少し削れていたが、それでもなお引き下がる気は無いらしい。

 

「言ってることは分かったっすけど、結局それって皆殺し前提じゃないっすか。そんなの実戦じゃ、ただ危ないだけでしょ?」

 

負け惜しみ混じりの声。

けれど、私はそちらを見なかった。

今の自分があのクソ野郎を見ると、また何か余計なものまで口から出そうだったからだ。

いや、今の私には無理だった。

視線をプリントに落としたまま、私は低く答えた。

 

「それはそうでしょう……!」

 

座学室がまた静まる。

喧嘩が起きる数秒前のような緊張感が室内を満たしていた。

炎条が「は?」と眉をひそめたのを、視界の端で感じる。

私は続けた。

 

「危なくない潜入任務なんて、最初からあるわけが無い。敵拠点に侵入する時点で、こっちが不利なのは当たり前。だから、戦う前にどれだけ優位を作るか考えるんでしょ。危なくない任務があるのなら……」

 

─通常の綴木みことの回想も、文遁覚醒みことの回想も、全部、ふうまとのいちゃラブだっただろうよ!!!!!!─

 

自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。

怒りは消えていない。

ただ、その怒りが今は冷えて、言葉の形を取っている。

 

「正面からぶつかるのが一番分かりやすい。でも、それが一番被害が出る。だったら、毒でもハッキングでも何でも、使えるものは全部使って、味方の損耗を減らした方がいい」

 

「……」

 

炎条が黙る。

 

「……ただ」

 

私は、津島先生に言われた事を思い返してゆっくりと息を吸った。

 

「確保対象や救出対象がいるなら、毒の使用範囲は絞るべき。そこは情報が揃うまで前提を置いちゃいけない。だから本当なら、最初に確認すべきなのは敵を何人殺せるかじゃなくて、中に守るべきものがあるか、だと思います。確保や救出の事が頭から抜けていました」

 

津島先生は、私の言葉を最後まで聞いてから、ゆっくりと頷いた。

 

「ええ。今の修正はとても大事ね。最初の案は少し攻撃的すぎたけれど、そこへ確保や救出の視点を足せたなら、ちゃんと“考え直せる指揮”になっているわ」

 

津島先生の柔らかい声。

けれど、その一言は教室全体へ向けられていた。

 

「実戦では、最初に思い浮かんだ案がそのまま正解になるとは限らないの。今みたいに、一度出した考えへ別の条件を重ねて修正できることも大事なのよ」

「……」

 

炎条焔はまだ面白くなさそうな顔をしていたが、さっきまでみたいに軽口を挟んではこなかった。

取り巻きの方は、もう笑ってはいない。

 

「じゃあ、炎条さん」

 

津島先生が今度はそちらへ視線を向ける。

 

「あなたなら、どうするかしら?」

「え?」

 

さっきまで好き放題言っていたくせに、炎条は言葉を詰まらせた。

教室の空気が、今度はそちらへ流れる。

 

「綴木さんの案のどこが危ないと思ったのか。それなら、あなたならどう組み立てるのか。聞かせてちょうだい?」

 

柔らかい声だった。

だが、逃がすつもりのない声音でもあった。

 

「……いや、その……」

 

炎条が口ごもる。

さっきまでの勢いが、目に見えて萎んでいく。

 

「批判は簡単よ。でも、実戦論の授業で大事なのは“自分ならどう考えるか”なの。そこまで言ったなら、きっと良い案があるんでしょう?」

 

教室のあちこちで、空気がわずかに揺れる。

笑いを堪えている者すらいるのが分かった。

 

「……っ」

 

炎条は舌打ちこそしなかったが、悔しそうにプリントへ目を落とした。

その様子を見た私は、みことを馬鹿にされたままでは終わらなかった事に、胸の奥の秘めた衝動が、ほんの少しだけ静まった気がした。

 

 

 

 

続くわけがない

RE:対魔忍世界転移憑依物語X ─綴木みこと─を作った方がいい?

  • 是非見たい。
  • 旧みことでいい。
  • 旧みことを残したまま、新みことX見たい。
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