RE:対魔忍世界転移憑依物語 ─綴木みこと─   作:楠崎 龍照

6 / 8
4話 幻聴

 

 

 

 

 

授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

張り詰めていた座学室の空気が、ようやく緩んだ。

 

「……」

 

私はようやく小さく息を吐いた。

長かった。

たった1コマの授業だというのに、私には永遠にすら感じられた。

 

「(はぁぁ……マジでしんどかった……)」

 

情報量の多い授業だった。

おおよそ1つの授業で起きていい出来事ではない。

そんな中で、あちこちで椅子を引く音が鳴り、緊張を解くように学生たちが「やっと昼飯だ」「急げ、購買パン売り切れるぞ!!」「最近太ったからダイエットしないと……」等の言葉が飛んでくる。

 

「(そうか、4時間目が終わったら昼休みか)」

 

私は配られたプリントを折り畳み、立ち上がった。

 

「(……みことって……弁当持ってきてないよな)」

 

座学室を出ていく学生対魔忍たちの姿を目で追いながら、心の中でそんな確信があった。

以前、3年ぐらい前に購買パンを購入するみことの情報を見たことがある。

 

「(あの情報と、こちらのみことが同じであるかは分からないが……今回は購買パンを買おうかな)」

 

そう結論づけた瞬間、別の問題が脳裏を過ぎる。

 

「(……みことって何のパン買うんや?)」

 

綴木みことが普段どんなパンを選ぶのか、そこまでは知らない。

下手に妙な物を買って、周囲に違和感を持たれるのも避けたい。

 

「……」

 

そんな問題を思ったが、それは直ぐに消える。

ぶっちゃけた話、他の人はそこまで見ている奴はいないだろう。

仮に、他の人がその違和感を持って、それをこちらに言ってきたとしても、言い逃れなんていくらでも湧いてくる。

少なくとも、先程の授業を乗り切るよりも明らかに難易度が低い。

そんな事を考えていると……。

 

「みことちゃーん、お昼ご飯食べよーー!」

 

不意に声をかけられ、私は顔を上げる。

望月さんだった。

その後ろには相州さんと上原さん、そして少し離れた位置にふうまさんもいる。

 

「みんなで購買行くんだけど、みことちゃんも来るよね?」

「……あ、うん。もちろん行くよ」

 

断る理由がない。

みことの日常に自然に乗れるのか凄い不安ではあるが、まぁどうにかしよう。

 

「(助かった……)」

 

私は小さく胸を撫で下ろしながら、皆の後について座学室を出た。

 

「チッ……」

 

その様子を見て、炎条は目に見えて分かるぐらい不機嫌な表情をして、舌打ちをした。

 

「……」

 

私は気づかないふりをした。

そうでもしないと、私は炎条を殺してしまうと感じたからだ。

座学室を出ると、廊下は昼休みの空気に一変していた。

さっきまでの張り詰めた空気とは違う。

食堂へ向かう者、購買へ走る者、友人同士で肩を並べて談笑する者。

どこを見ても、当たり前の学園の日常が広がっている。

 

「購買、まだ残ってるかな〜?」

「やばい、急がないと焼きそばパンなくなるかも」

「お前また焼きそばパンかよ」

 

彼ら彼女らも……対魔忍でありながら学生なのだと。

改めて私は感じた。

実際に内側を見ると……いやなんでもない。

 

「(購買か……何売ってるやろか……?)」

 

私はふうまさんや上原さんたちの後ろを望月さんと共について行った。

そんな時、突然に望月さんは口を開く。

 

「みことちゃん、今日は何買うの?」

「……え?」

 

いきなりの問いに、私は一瞬だけ固まる。

 

「えっと……うーーん……」

 

まずい。

来るかもしれないとは思っていたが、思ったより早かった。

私は焦りつつもなるべく綴木みことで居ようと必死になる。

 

「みことちゃん、いつも購買だと結構悩むよねー」

「そうそう。で、最終的に無難なの選ぶんだよな」

 

相州さんと上原さんが勝手に補足してくれる。

 

「……あーうーーーん……悩むなぁ……」

 

私は両腕を組んで唸るように考える素振りをする。

そんな中で、ふうまさんが「焼きそばパンだろ? 前に購買でそんな事言ってなかったか?」と、何気ない調子で口を挟んだ。

 

「……あーっ!」

 

私はわざとらしく声を上げる。

 

「そうでしたそうでした! いやぁ、さっきの授業で頭使いすぎて、もうお腹の中まで真っ白になってましたよ〜」

「……。大丈夫かよお前……」

 

ふうまさんが少し呆れたように眉をひそめる。

だが、その声音は責めるものではなかった。

 

「ふふっ、みことちゃん今日ほんとにヘロヘロだね」

「でも、焼きそばパンなら分かりやすくていいよな」

「じゃあ今日はみことちゃんは焼きそばパンで決定?」

 

相州さんと上原さん、望月さんが楽しそうにそう言う。

あー助かった。

本っ当に助かった。

まさか、こういう形で答えが降ってくるとは思わなかった。

マジで良かった。

そう安堵したのも束の間、私たちはそのまま人の流れに乗って購買へ向かった。

購買に着くと、そこはちょっとした戦場になっていた。

殺し合い1歩手前ぐらいの勢い、忍法を使っていないだけまだ良識があるのかもしれない。

どの世界でも、昼休みの争奪戦だけは変わらないようだ。

 

これ急がないと。

私がそう一言呟こうとした刹那。

 

「急げ急げー! 遅れたらマジで何もなくなるよ!」

「卯奈、お前毎回それ言ってるだろ」

「でも実際なくなるんだもん!」

 

望月さんがぴょこぴょこと軽い足取りで前を行く。

それを見たふうまさんは少し笑い、走っていく。

続いて上原さんや相州も走り出した。

 

「久しぶりやな……」

 

私は高校時代の購買パン争奪戦を思い出しながら、走り出す。

自身とは違う身体に違和感を覚えつつ、それでも彼女の身体に合わせて力の入れ方を意識して体を動かした。

 

「(速っ)」

 

脚は思っていた以上によく動いた。

軽い。

よくよく考えればそうか。

一般人の私と、忍法が開花していなくても学生対魔忍で、ある程度の任務をこなしてきた綴木みことでは、身体の作りが違うのだ。

ほんの数歩で、私はそれを理解する。

 

「(……っ)」

 

部外者である私が、勝手に使っている罪悪感に襲われ、途中で立ち止まりそうになるが、私はそれを必死に抑え込んで、ふうまさんたちについて行く。

 

「みことちゃん、焼きそばパン! ほらあっち!」

「……っ、うん!」

 

望月さんの声に反応し、私は咄嗟に人の隙間へ身体を滑り込ませた。

みことが小柄なだけあって、スルリと人混みの中へと入れた。

 

「……あれか……!!」

 

私の視界に焼きそばパンが2つトレーの上に置かれているのが見えた。

 

「このコッペパンは俺のものだ!!!」

「おっめぇはクロワッサン3つと揚げパン2つ取ってんだから少しは引っ込んでろ!!!」

「チョコクロワッサンは誰にも渡さないよ!!!」

「アンタダイエット中でしょ!? だったらそんなカロリー高いパン食べずに我慢しなさい!!」

 

そんな喧騒の中、私は2つの焼きそばパンを鷲掴みにしてその場から離れる。

 

「うっし!」

 

その手に握られた焼きそばパンを自分の目で確認した私は達成感に包まれた安堵を覚えた。

しかし、この達成感は綴木みことの身体あってもものであり、私はそれを借りているだけに過ぎない。

胸の奥が、ひやりと冷たくなる。

勝手に使って、勝手に感心して、勝手に安心している。

それがどうしようもなく後ろめたかった。

 

「う、うん! なんとか!」

 

私はなるべく綴木みことの笑顔を作り、2つの焼きそばパンを望月さんたちに見せびらかす。

 

「おー、さすがみことちゃん!」

「いいなー蛇子1つしか取れなかった」

「やるなぁ」

望月さん、相州さん、上原さんがそれぞれ声を上げる。

少し遅れて、ふうまさんも人混みを抜けてこちらへやって来た。

手にはパンと紙パックの飲み物がある。

 

「くっそぉ……目当てのメロンパン取れなかった」

 

そう悔しそうな声を出すふうまさん。

すると相州さんはキョトンとした表情になってふうまさんに訊ねた。

 

「今日は鶴先輩お手製のお弁当じゃないんだ」

 

相州さんの言葉に、ふうまさんは「あー……」と少しだけ困った顔になって頭を掻いた。

 

「鶴先輩、風邪で寝込んでるんだよ」

「えっ、大丈夫なの!?」

「熱はあるけど、今は休ませてる。最初は『お弁当ぐらいは作ります』って言い張ってたけどな」

 

ふうまさんは小さく肩を竦める。

 

「時子とライブラリーと……あと俺の命令で、今日は大人しく寝ててもらってる」

「うわぁ……それ、鶴先輩めっちゃ渋々だったやつじゃん」

「実際、かなり不服そうだったぞ。けど、あの状態で動かせるわけないだろ」

「ふふっ、なんか想像つくかも」

 

望月さんたちがそんな風に笑う。

そのやり取りは、どこか温かくて、気の置けない日常のものだった。

 

「……」

 

私はその会話を聞きながら、ほんの少しだけ口を緩めた。

対魔忍RPGのストーリーを見ていた私にとっては、あの人ならそんな風になるだろうな。

と、容易に想像出来たからだ。

そして、それを説得する時子さんやライブラリーさん、ふうまさんの情景も面白いぐらいに想像することができた。

 

「みんな買えたし、会計を済ませて食べるか」

 

ふうまさんの言葉に皆が同意して、お会計を済ませた後、私たちはテーブルへと移動を始めた。

私もその場の空気を呼んでふうまさんたちの後をついていく。

そして、私たちは空いている席に座った。

昼休みの食堂スペースは、購買と同じくかなり賑やかだった。

パンの袋を開ける音、紙パックのストローを刺す音、あちこちで飛び交う笑い声。

 

「(どこの世界でも変わらないな)」

 

学生対魔忍たちの和気あいあいとした様子を見た私は、高校、大学時代の様子を思い出して、少ししんみりしてしまった。

 

「……」

 

私は手の中の焼きそばパンを見下ろす。

少し温もりの残る包装。

それをジッと見つめていた。

 

「みことちゃん、食べないの?」

 

望月さんにそう言われ、私ははっとして顔を上げた。

 

「あ、ううん。食べる食べる」

 

慌てて袋を開ける。

ソースの匂いがふわっと立ちのぼり、思わずほんの少しだけ頬が緩んだ。

 

「(あぁ、いい香り。美味そう)」

 

心の中でそう呟きつつ、私は「頂きます」と言ってから焼きそばパンをガブリと頬張る。

 

「……っ」

 

思っていたよりも、ずっと普通の味だった。

焼きそばの濃いソース。

少しだけ混じる紅生姜の香り。

特別な物じゃない。

高校や大学の購買で食べた事のある、よくある焼きそばパン。

それなのに……。

 

「(なんでこんなに美味いんだ……)」

 

胸底がじんわり熱くなる。

 

「みことちゃん、どう? 今日の焼きそばパン当たり?」

 

望月さんが、紙パックのジュースを持ちながら身を乗り出してくる。

 

「あ、うん……普通に美味しいよ」

 

私は溢れ出そうになる涙をグッと堪え、必死にみことらしい笑顔を浮かべた。

 

「よかったぁ!」

 

それを聞いた望月さんは満面な笑顔になる。

彼女の言葉を聞いた私はキョトンとする。

 

「みことちゃん元気ないんだもん。ちょっとでも当たり引いてほしいじゃん」

 

その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失った。

 

「……」

 

何でもない調子で言っている。

善意の塊みたいな言葉だ。

だからこそ、胸の奥にずしりと来る。

 

「……ありがと、卯奈」

 

どうにかそれだけを返すと、望月さんは「えへへ」と照れたように笑った。

その直後だった。

 

「そういえばさ、みことちゃん」

 

望月さんが、不意に声の調子を変える。

 

「さっきの授業、ほんとびっくりした」

「……っ」

 

やっぱり、その話題になるか。

私は焼きそばパンを持つ手に、ほんの少しだけ力を込めた。

 

「みことちゃんって、ああいうの考えるの得意だったっけ?」

「いや、得意っていうか……今日はたまたま、ちょ〜っと頭が回っただけかな〜って」

 

なるべく軽く、いつもの綴木みことみたいに。

そう思って言葉を作る。

だが、自分でも少しだけ無理があるのが分かった。

 

「でも、すごかったよ? 蛇子、途中から『え、みことちゃんそんなに詰めて考えてたんだ……』ってなったもん」

「俺も。正直、あそこまで具体的に出てくるとは思わなかった」

 

相州さんと上原さんの言葉に、私は曖昧に笑って誤魔化すしかない。

 

「いやいや、たまたまだよぉ。今日はその……なんか変なスイッチ入っちゃってたんだよねぇ」

 

私は両手をブンブン振って謙遜する。

そんな時だ。

 

「ふーん」

 

すぐ近くから鼻で笑うような声が落ちてきた。

 

「ちょっと当てられて喋れたからって、調子乗ってんじゃねーの?」

 

「……」

 

顔を上げる。

炎条焔が、取り巻きらしき二人を引き連れてこちらを見下ろしていた。

さっき授業中に向けてきた嘲りの色は薄れていない。

むしろ、周囲が少しこちらを見直したことで、余計に面白くないのだろう。

 

「炎条、アンタまだ絡むの?」

 

その炎条の態度に相州さんが露骨に眉をひそめる。

だが、炎条は肩を竦めるだけだった。

 

「別に? ただ、さっきのあれで急に持ち上げられてるのが笑えるなって思っただけ」

「……」

「忍法も使えない落ちこぼれが、急に指揮官様気取りっすか?」

 

その一言で、胸の奥にまた黒い焔が噴き上がる。

 

─おらっ、もっと舌絡めろ。─

 

頭の内側から。

耳ではなく、脳の奥に直接、汚れた声がこびりつく。

 

─もっと舌絡めろ。─

─絡めろ。─

─できるんだろ?─

─できるんだろ?─

─こんなオ〇〇ーしてるくらいなんだからよ。─

 

「……っ!?」

 

ハロウィンみことの回想の声が聞こえてくる。

精神が砕け始める。

心臓の鼓動が激しくなる。

視界が廻り始める。

手の震えが止まらなくなる。

人を殺したい感情が湧き上がる。

 

─うぐぐ……し、絞め過ぎだって!─

─絞め過ぎ。─

─そんなにザ〇〇ン欲しいのかよ。─

─欲しいのかよ。─

─この、こいつ!─

─ドス〇ベビ〇チが!─

 

「……っ!?」

 

私は焼きそばパンの袋を握る手に力を込めた。

アカン。

ここでキレたら終わる。

今度こそ、本当に終わる。

この身体は私のモノじゃない。

彼女……綴木みことの身体なんやぞ!?

 

「なんか言えよ」

 

─もっと舌絡めろ。─

─もっと。─

─舌。─

─絡めろ。─

─できるんだろ?─

─できる。─

─できるんだろ?─

─できるんだろできるんだろできるんだろ?─

 

炎条が薄く笑う。

その顔が、どうしようもなく気に食わない。

だから私は、焼きそばパンを机に置いてから、ゆっくりと口を開いた。

無論、少し小馬鹿にした表情を浮かべ……。

余裕の……中途半端な大人の態度で迎え撃つ。

 

「……別に」

 

自分でも驚くほど、低い声が出た。

 

「私は、聞かれたから答えただけだよ」

「は?」

「それで調子に乗ってるように見えたなら……炎条くんの方が、よっぽど余裕ないんじゃない? 大丈夫?」

虐殺したい

 

空気が、ぴしりと張る。

炎条の顔から笑みが消えた。

 

─もっと舌絡めろ。─

─気持ちいい。─

─絞め過ぎだって。─

─当番誰だ?─

─俺も混ぜろよ。─

─便器汚すなよ。─

─ギリギリを狙うんだと。─

─生き返らせないでくれよ。─

─イタズラするぞってか?─

─つまんねぇー。─

 

「……んだと?」

 

殴りかかろうとする炎条より先に、ふうまさんが口を開き、私の炎条の間に入る。

 

「その辺にしとけ、炎条」

 

低いが、よく通る声だった。

 

「昼休みにまで喧嘩始める気か?」

「喧嘩売ったのはそっちだろ!」

「い、いや、どう見てもお前からだろ」

 

上原さんも呆れたように肩を竦める。

相州さんも「ほんとしつこいよ?」と険しい表情で言う。

 

─お仮死にしてくれなきゃ、─

─お仮死にしてくれなきゃ、─

─お仮死にしてくれなきゃ、─

─イタズラするぞってか?─

─ってか?─

─ってか?─

─ってかってかってかってか。─

 

炎条は舌打ちしそうな顔で、私を睨みつけた。

 

「……覚えとけよ」

 

三流悪役みたいな台詞を残して、炎条は取り巻きと一緒に去っていく。

 

「……」

 

炎条が過ぎ去った後も声は止むことはなかった。

 

─もっと。─

─絡めろ。─

─しんでる。─

─しんでる。─

 

心臓が嫌な音を立てている。

手の震えが止まらない。

喉に違和感を感じて息ができない。

もはや、殺したいという気持ちは通り過ぎた。

なんでいま私が炎条を殺していないのか分からない。

 

「みことちゃん?」

 

望月さんの声が、遠くから聞こえた気がした。

 

「……」

 

返事が出来ない。

喉がうまく開かない。

視界の端がじわじわと暗くなっていく。

焼きそばパンの匂いすら、今は気持ち悪さに変わりかけていた。

 

「っ……っ……!」

 

呼吸が浅い。

喉元に丸い異物が引っかかっている。

苦しい。

視界が廻る。

声が聞こえる。

声が聞こえる。

声が聞こえてくる。

 

─あんまり早く生き返らせないでくれよ。─

─早く。─

─早く。─

─早く生き返らせないでくれよ。─

─生き返らせないで。─

─生き返らせないで。─

─生き返らせないでくれよ。─

─後でチクチクされんのは俺なんだから。─

─俺なんだから。─

─俺なんだから。─

─俺なんだから俺なんだから俺なんだから。─

 

「みことちゃん、大丈夫!?」

 

今度は望月さんの声がはっきり届く。

私はそこでようやく、身体が動き始めた。

 

「あ……え?」

「みことちゃん!?」

 

望月さんが椅子を引く音がした。

その音すら、今の私には遠く聞こえる。

 

─ん?─

─ああ、もうちょっと放っておいてやってよ。─

─放っておいてやってよ。─

─今回は仮死の時間ギリギリを狙うんだと。─

─ギリギリ。─

─ギリギリ。─

─ぎりぎり。─

─ぎり。─

─ぎ。─

 

「っ、ぁ……」

 

駄目だ。

止まらない。

頭の中で声が反響して、反響して、反響して、現実の音を押し潰していく。

視界が崩れる。

 

「おい、みこと!」

 

ふうまさんの声が沈む。

気づけば、私の身体がぐらついていた。

椅子がガタッと大きな音を立てる。

 

「っ……!」

 

倒れる。

そう思った瞬間、誰かの手が肩を支えた。

 

「危ない! みこと!」

「みことちゃん! 顔やばいよ!!」

「保健室だ、すぐ連れてくぞ」

 

上原さんと相州さん、ふうまさんの声も聞こえる??。

もう内容までは上手く頭に入ってこない。

 

「……あっ……が……」

「とにかく座らせろ。いや、駄目だな……卯奈、水持ってこれるか?」

「う、うん! すぐ取ってくる!」

「蛇子、先生呼んでこい!」

「分かった!」

 

周囲が一気に慌ただしくなる。

昼休みの賑やかさが、今だけはやけに遠い。

私の世界だけ、膜を一枚隔てたみたいにおかしくなっていた。

 

「みこと、聞こえるか?」

 

ふうまさんの声。

低くて、落ち着いた声。

その声だけが、かろうじて現実に繋がっているみたいだった。

 

「……っ」

 

私は何とか頷こうとした。

けれど、上手くいかない。

呼吸が浅すぎる。

 

「大丈夫だ。ゆっくりでいい。立つな」

 

ふうまさんの手が、私の肩をしっかり支える。

その言葉は優しいというより、はっきりした指示だった。

だからこそ、今の私にはありがたかった。

 

─うぐぐ……し、絞め過ぎだって!─

─絞め過ぎ。─

─絞め過ぎだって。─

─そんなにザ〇〇ン欲しいのかよ。─

─欲しいのかよ。─

─欲しいのかよ。─

─欲しいのかよ欲しいのかよ欲しいのかよ。─

 

「……ぁ、ぁ……」

 

まだ声は止まらない。

 

「みことちゃん、水!」

「ありがと、卯奈。……みこと、飲めるか?」

「……」

 

答えられない。

だが、望月さんが泣きそうな顔をしているのが見えて、私は無理矢理でも動かなければと思った。

震える手を伸ばそうとした瞬間、その手があまりにも震えていることに自分で驚く。

 

「……無理すんな」

 

ふうまさんが紙コップを受け取り直す。

それから、少しだけ屈んで、私の目線に合わせた。

 

「保健室行くぞ」

 

短い言葉だった。

でも、その一言で決まった。

 

「鹿之助、反対側持てるか」

「わ、わかった!」

「卯奈、先生が来たら保健室に行くって伝えといてくれ」

「う、うん!」

 

2人に抱えられるような形で、どうにか立ち上がった。

足元がふらつく。

焼きそばパンの袋が、机の上でぐしゃりと潰れていた。

 

「……」

「歩けるか?」

「……ぅ、ん……」

 

掠れた声で、それだけを返すのが精一杯だった。

保健室へ向かうために一歩踏み出した瞬間、また視界が揺れる。

けれど今度は、一人じゃなかった。

支える手がある。

周囲の声がある。

それだけで、辛うじて私は崩れずに済んでいた。

 

 

 

 

 

綴く……気がしない……。

RE:対魔忍世界転移憑依物語X ─綴木みこと─を作った方がいい?

  • 是非見たい。
  • 旧みことでいい。
  • 旧みことを残したまま、新みことX見たい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。