RE:対魔忍世界転移憑依物語 ─綴木みこと─ 作:楠崎 龍照
─もっと舌絡めろ。─
─もっと。─
─もっともっと。─
─もっともっともっともっともっと。─
─気持ちいい。─
─きもちいい。─
─きも、ち、いい。─
─きもい。─
─ちがう。─
─いい。─
「違う」
─当番誰だ?─
─誰だ。─
─だれだ。─
─だれ。─
─わたし。─
「違う」
─混ぜろよ。─
─混ぜろ。─
─混ざれ。─
─混ざってる。─
─もう混ざってる。─
「違う」
─みこと。─
─みこと。─
─みこと。─
─みこと。─
「やめろ」
─みこと。─
─みこと。─
─みこと。─
─みこと。─
「やめろ!!!」
─それを……─
─私の前で……それを見せるなああああアアアァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!!!!─
「っっ!?」
私は勢いよく瞼を開けた。
気がつけば、白い天井が視界にあった。
「……」
保健室。
その事実を認識するのに、少しばかりの時間が必要だった。
ゆっくりと身体を起こす。
喉の奥にこびりついた違和感や、頭の芯がじんじんする感覚は、完全には消えていない。
「起きた?」
保健の先生が、机の方からこちらを見る。
「……あ、はい」
掠れた声でそう言った。
保健の先生は少し怪訝な表情を浮かべて、こちらに近づいてきた。
ジッとこちらを見つめる。
「顔色は……そうね。問題ないようだけど、このまま早退する?」
「い、いえ、大丈夫です。すみません、ありがとうございます」
私は軽く頭を下げ、保健室を後にした。
廊下へ出ると、昼休みのざわめきはもう薄れかけていた。
食事を終えた生徒たちが、次の授業へ向かって足早に歩いている。
「(……次、何の授業や……)」
そんな疑問を抱いたまま歩いていると、前方から聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「みことちゃん! 大丈夫なの!?」
望月さんが心配そうな表情を浮かべて、こちらに走ってきた。
「あ、卯奈……」
私は思わず足を止めて、ポツリと彼女の名を呟いた。
望月さんは私の顔を見るなり、ホッとしたような、まだ不安が残っているような複雑な顔をしていた。
「もう平気? さっき本当にすごかったんだよ?」
そう言って、食堂での私の様子を伝えた。
それを聞いた私は、「そ、そんな感じだったんだ……」と若干他人事気味に答えた。
「本当に平気? 本当に大丈夫なの?」
望月さんは、凄い心配していると分かる表情をして、私の顔に近づく。
私はかなりドキッとしつつ、笑顔で「……うん。さっきよりは、だいぶマシ」と答えた。
しかし、かなり掠れた声で言った為、望月さんは訝しむ表情になった。
「無理してない?」
「してない……と言ったら嘘になるけど、歩けるし、意識もはっきりしてるよ」
私は軽く言ったつもりだったが、望月さんは全然安心していない。
「ほんとに? じゃあ、次の授業もしんどいなら休んだ方がいいよ?」
「次の授業ってなんだっけ?」
「合同演習だよ。ほら、三組と合同でやるやつ! だから休んだ方がいいと思うよ!」
「……あぁ、うーん。大丈夫。こんなのでへこたれてたら対魔忍なんてやってられないよ!」
その言葉に望月さんは、絶対大丈夫じゃない。でもみことちゃんが言うなら、私がとやかく言うのは……でも絶対に大丈夫じゃない。という2つの感情が混ざりせめぎ合っているような複雑の表情を少し浮かべた後、「本当に無理はダメだよ?」とそれだけ言った。
「うん。ヤバくなったら保健室に行くね」
私はなるべく柔らかな表情を浮かべた。
「……分かった。でも、絶対無理しないでね」
「うん」
そう返しながら、私は胸の奥で小さく息を吐く。
まぁ無理していないかと訊かれたら、全然無理している。
けれど、みことの身体を返す為に、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「それじゃあ、みことちゃん。合同演習だから私着替えてくるね。みことちゃんは先に運動場に行ってて!」
「え、あ、うん」
そう言って、望月さんは跳ぶような動きで廊下の角を曲がって行った。
着替えるって言っていたから恐らく更衣室だろう。
「(体操服にでも着替えるのかな?)」
そう考えた刹那。
自分の身体を見下ろし、今私が着ている服が対魔忍スーツである事に気がつく。
「(あぁ、そゆことか……対魔忍を養成する学園なら、こういう演習系は体操服じゃなくて対魔忍スーツでやるよな……)」
私は……正直、他の対魔忍たちの姿を平然とした表情で直視できるのだろうか?という不安と興奮と期待を抱きつつ、学園の外に向かう事にした。
外へ出る場所は分からなかったが、対魔忍スーツを身にまとった、先程の授業の時に見た覚えのある学生たが皆一定の方向へも歩いていたため、何となくついて行こうと考えた。
「(……)」
私は廊下を歩く学生たちの流れに混ざるようにして、校舎の外へ向かった。
「(うわぁ……エロい……)」
すれ違う学生対魔忍たちは、皆当然のように対魔忍スーツを身にまとっている。
色も形も実に様々だ。
露出の多いもの、装甲のような意匠が施されたもの、布面積は少ないのに妙に威圧感のあるもの。
そのどれもが、私の知っている対魔忍の世界そのものだった。
女子対魔忍の形状はともかく、男子対魔忍スーツも大概エロい。
「(……ふっ……)」
思わず心の中で変な笑いが漏れた。
いや知っていた。
知っていたけど、いざ実際に目の当たりにすると破壊力が違う。
土橋権左とか二車骸佐の初期対魔忍スーツと似たようなデザインのスーツを着てる男子対魔忍もいる。
「(これ……平然としていられるかなぁ……)」
不安の中で私は5時間目の授業、合同練習へと向かった。
その途中で──。
「みことちゃーん!」
聞き覚えのある明るい声が背後から飛んできた。
「……っ」
私は振り返る。
そこには、更衣室で着替え終えた望月さんがぴょんぴょんと走ってきた。
大きな兎耳に、赤い上着を羽織ったバニー風の対魔忍スーツ。
その姿は可愛さの権化というべきものだ。
「(うわっ……エェッロッ!?)」
思わず、息を呑む。
ゲームの立ち絵で見たもの以上にエロく、何よりも破壊的に可愛いかった。
「みことちゃん? どうしたの?」
望月さんが不思議そうに首を傾げる。
私は一瞬だけ言葉に詰まったあと、どうにか口を開いた。
「……いや、卯奈のスーツ、やっぱ似合うなぁって思って」
「えっ、ほんと!?」
その一言で、望月さんはぱっと顔を明るくした。
「えへへ、ありがとー! これ結構お気に入りなんだよね!」
「……うん。卯奈って感じする」
「ほんとに? やったぁ!」
無邪気に笑う望月さん。
その笑顔を見ていると、胸の奥が少しだけ痛む。
「みことちゃんも似合ってるよ? いつも思うけど、みことちゃんのスーツってかっこいいよね 」
「……そ、そうかな」
借り物の身体で、借り物のスーツを褒められる。
それが少し……みことに申し訳がなく、私は曖昧に笑うしかなく、それを誤魔化す為に私は「じゃ、じゃあ早く運動場に行こう」と言った。
グラウンドには既に学生対魔忍たちが集まっていた。
そこにはふうまさんや相州さん、上原さんたちもいた。
無論、3人とも見た事のある対魔忍スーツを着ている。
「(……っ!)」
他の対魔忍たちも同様に、それぞれが自身の持つ忍法に適したデザインの対魔忍スーツを身に纏っている。
共通して言えることは、皆エロ可愛く、エロかっこいいということだろう。
見慣れたキャラクターも、知らない顔も、皆当然のようにそこにいる。
「(……)」
私が夢見てきた光景が、本当に……残酷にもそこに広がっていたのだ。
嬉しいはずなのに、なんなのだろうな、得体のしれない……この感情は。
そんな事を思っていると、私と望月さんの姿を見た相州さんが声をかけてきた。
「みことちゃん! もう大丈夫なの!?」
「見学してた方がいいって!」
「あぁ、あの倒れ方は普通じゃなかっただろ。無理して参加する必要はないぞ」
3人とも明らかに私を心配していた。
先程の食堂での様子を見ていたのだから当然だろう。
「う、うん……大丈夫だよ。さっきよりは、だいぶ落ち着いたから」
「でも、顔色まだ悪いよ?」
「そうそう。無理して倒れたら演習どころじゃないって」
「見学でも別に問題ないだろ。幸い、今日の演習は」
相州さん、上原さん、ふうまさんが口々にそう言う。
望月さんも隣で何度も頷いていた。
「……」
本当にありがたい。
ありがたいのだが、ここで見学を選ぶのは少し怖かった。
「……」
目線だけを違う方に向ける。
炎条と取り巻きたちがゲラゲラと談笑をしていた。
ここで逃げるように見学すれば、炎条たちはまた調子に乗るだろう。
それだけは避けたかった。
……綴木みことが……殺人者にならない為に。
「……大丈夫!」
私はなるべく明るく、綴木みことらしく笑った。
「ちょーっと体調崩しただけですから。無理そうならすぐ言いますよ」
「……本当にか?」
「はい。センパイも結構心配性ですねぇ。大丈夫ですよ!」
私はわざと軽く茶化すように言う。
ふうまさんは少し眉をひそめたままだったが、それ以上強くは止めてこなかった。
「なら、絶対に無理するなよ」
「分かってますって!」
私は笑顔で返事をした。
相州さんたちは明らかに納得していない表情だったものの、それ以上は何も追求しなかった。
そして、チャイムが鳴り、5時間目の授業が始まる。
「では、合同演習を始める。みんな、気合いを入れて行くぞ!」
担当の教師が姿を見せた。
長く艶やかな青髪を高く結い、白を基調とした対魔忍スーツを身に纏っている。
「(八津紫先生……!!?)」
あまりにも突然過ぎる八津紫先生の登場に、私は顔には出さず、心の中だけで冷や汗を流した。
「今回の演習形式は一対一。制限時間は五分。どちらかが戦闘不能、もしくは明確に優勢を取られたと私が判断した時点で終了とする。組み合わせだが、こちらで決める。いいな?」
八津先生の覇気に気圧されつつ、我々学生対魔忍たちは背筋を伸ばして「ハイッ!!」と、運動場に響かせた。
とりあえず、私も周囲に合わせて返事をした。
「(望月さんの言ってた通り、サシでの勝負か)」
炎条に対する意識が強すぎて、ふうまさんたちにはああは言ったものの……かなりマズイのでは?
今更、少し見学をしておけば良かったと後悔の念が出てきた。
そして、八津先生が手元の名簿へ視線を落とす。
「では、組み合わせを」
そう口にした、その時だった。
「八津先生」
聞き覚えのある声が、運動場に響く。
「……」
嫌な予感がした。
いや、嫌な予感しかしなかった。
八津先生が声の方へ視線を向ける。
「なんだ、炎条」
炎条焔。
先程から視界に入れないようにしていた男が、一歩前へ出ていた。
顔には、妙に整えた真面目そうな表情を貼り付けている。
だが、その目の奥には隠しきれていない悪意があった。
「俺、綴木みこととやりたいです」
その一言で、周囲がざわついた。
「……」
私は無意識に拳を握る。
あぁもうやっぱり来た。
本当に来やがった。
「理由を言え」
八津先生は片眉を上げ、炎条を見据える。
「はい。綴木はまだ忍法に開花していません。ハッキングを駆使した後方支援とはいっても、仮に敵に狙われた際、自力で身を守れなければ即座に捕らえられて壮絶な拷問などを受けることになります。なら、こういう演習で一度、正面から危険を味わっておくべきだと思います」
もっともらしい。
実にもっともらしい言い分だった。
後方支援型の対魔忍であっても、敵に狙われた時の対処を学ぶ必要がある。
忍法が使えないなら、なおさら実戦形式の訓練で経験を積むべきだ。
表面だけをなぞれば、指導熱心な同級生の言葉に聞こえなくもない。
「……」
だが、あの目を見れば分かる。
あれは心配している目ではない。
鍛えたい目でもない。
「嘘だよ!」
真っ先に声を上げたのは望月さんだった。
「炎条くん、さっきのこと根に持ってるだけでしょ!? みことちゃんに仕返ししたいだけじゃん!」
彼女は立ち上がり、炎条の方を指さして言い放つ。
「そうだよ。流石に露骨すぎ」
「炎条……お前ダサいぞ」
相州さん、上原さんとも続けて言う。
ふうまさんは何も言わずに私の方をジッと見つめていた。
そんな様子の中、炎条は鼻で笑うだけだった。
「そんな訳ないだろ。同じ対魔忍同士なんだから、開花の手伝いをするのは当たり前じゃん。むしろ、いつまでも甘やかしてる方が本人のためにならないんじゃないですか?」
「炎条……!」
望月さんが一歩前へ出ようとしたところで、八津先生がパン、と手を叩いた。
「そこまでだ」
その一言で、騒ぎかけていた空気が止まる。
八津先生は炎条を一瞥した後、今度は私の方へ視線を向けた。
「綴木」
「……はい」
反射的に背筋が伸びる。
「炎条はこう言っている。だが、忍法を使えないお前には厳しい内容になるだろう。無理に受ける必要はない。見学に回っても構わん」
その言葉に、望月さんたちが少しだけ安心したような顔をした。
きっと、私が断ると思ったのだろう。
断るべきだ。
普通に考えれば、絶対に断るべきだ。
「……」
今の私は本調子ではない。
幻聴の残滓も消えていない。
身体だって完全に慣れているわけじゃない。
まして相手は、明らかに私へ悪意を向けている炎条だ。
ここで受ける理由なんて、どこにもない。
「……」
それでも、私は炎条を見た。
こちらを見下すような目。
授業中からずっと、綴木みことを落ちこぼれだと笑っていた目。
みことの身体を。
みことの人生を、軽く見ている目。
彼のその目が……私を無敵にして行った。
「……ええ」
私は立ち上がりながら口を開く。
「私は一向に構いませんよ……!」
周囲がざわめいた。
「みことちゃん!?」
「やめた方がいいよ!」
「みこと、無理すんな!」
望月さん、相州さん、上原さんの声が飛ぶ。
ふうまさんも、こちらを見て眉をひそめていた。
けれど私は、炎条から目を逸らさなかった。
「炎条さん」
私は、なるべく綴木みことらしい笑みを貼り付ける。
「ありがとうございます」
その言葉に、炎条は一瞬だけ怪訝そうな顔をした。
「……は?」
当然だ。
この場にいる誰にも、今の“ありがとうございます”の意味なんて分からない。
「……いいだろう」
八津先生が短く告げた。
「炎条、綴木。前へ出ろ」
「はい!」
炎条は勝ち誇ったように返事をする。
私は静かに息を吸い、運動場の中央へ歩き出した。
隣から、望月さんの不安そうな声が聞こえる。
「みことちゃん……本当に無理しないでね……」
「うん。大丈夫だよ、卯奈」
そう答えた声が、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
本当に大丈夫かなんて分からない。
勝てるかどうかも分からない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
私は今、炎条から逃げる気だけはなかった。
「……」
運動場の中央に立つ。
向かい側には炎条。
彼は明らかに余裕ぶった笑みを浮かべていた。
「じゃあ、綴木。俺がお前の忍法を開花させてやるよ」
「ええ、よろしくお願いします」
私は軽く頭を下げる。
その礼儀正しい動きに、周囲が少しざわついた気がした。
みことらしくない動きだ。
だが、今の私には、どうでもよかった。
「二人とも、準備はいいな?」
八津先生の声が響く。
「はい」
「大丈夫です」
私と炎条が頷く。
八津先生は一拍置いてから、右手を上げた。
「では、始め!」
その声と同時に、炎条が動いた。
「行くぞ! 火遁・豪火炎!」
掌から放たれた炎の弾が、真っ直ぐこちらへ飛んでくる。
「っ!」
一瞬、身体が強張る。
こちらへ真っ直ぐ迫ってくる火球。
「(うおっ……あ、これ普通に避けれる……!)」
軌道が見えた。
速度も、角度も、どこへ逃げればいいのかも分かる。
考えるより先に、身体が横へ滑った。
炎の弾が、私の脇を掠めて通り過ぎる。
「……っぶねぇ……」
小中高と、ドッジボールで無駄に最後の方まで残れる程度の反射神経はあった。
あと、死後に対魔忍世界へ行くために、友人に協力してもらってピンポン玉を避けるトレーニングを三年ほどしていたのも、多少は役に立っているのかもしれない。
それともう1つ……いや……今はそれを言うのはやめておこう。
「チッ……! 火遁・壊炎弾!!」
炎条が苛立ったように次の忍法を放つ。
先程よりも大きい火炎弾。
熱が強い。
頬を掠めただけで、じりっと焼けるような感覚がした。
「(若干熱いけど……気をつけてれば当たる攻撃じゃないな……!)」
直線的に飛んでくる火炎玉を、私は紙一重で回避する。
一発。
二発。
三発。
炎条は連続で火球を撃ってくるが、軌道が読めれば避けられる。
「(いける……避けるだけなら、いける……!)」
だが、このまま避け続けても埒が明かない。
制限時間は五分。
優勢を取らなければならない。
私は飛んでくる火の玉を回避しながら、必死に策を練る。
「(……この方法で行くか)」
打開策を思いついた私は、炎条の攻撃を避けながら少しずつ距離を詰めた。
「なっ……チィッ!!」
すぐにボコれると舐め腐っていたのだろう。
炎条の顔から、明らかに余裕が削れていく。
想像以上に私が避けることに、焦り始めていた。
「火遁・大地爆成!!」
炎条は両手を地面につけ、周辺の地盤を爆破させた。
「っ!」
足元から嫌な気配が走る。
だが、予備動作があった。
爆破までの僅かなタイムラグもあった。
私は咄嗟に横へ跳び、爆発範囲から逃れる。
直後、地面が爆ぜた。
土と砂が巻き上がり、辺りに砂煙が広がる。
「くっ、辺りが……!!」
炎条の視界が塞がる。
こちらからも炎条の姿は見えづらい。
だが、それでいい。
「……」
私は足音を立てず、低い姿勢で炎条へ忍び寄った。
砂煙の中、彼は焦ったように周囲を見回している。
「どこだ!? 出てこい!」
私は足元の砂を両手で掴む。
「……あぁ」
「っ!?」
シャレにならない殺気が炎条の全身を包み込む。
鳥肌が走り、彼は瞬間的にこちらへ振り向いた。
「……殺す」
私は握った砂と砂利を、彼の両目めがけて叩きつけるように投げた。
「うぎゃああああ!! いだい!! 目が!! 目がああああああ!!!」
一瞬の出来事だった。
炎条は反応できず、両手で目を押さえて悶え苦しむ。
周囲がざわついた。
何か言っている。
だが、心の声が絶え間なく響き続ける私には、周囲の声など聞こえるわけもない。
「……」
狂気に歪み切った殺人者の笑みを浮かべる。
左手にガソリンを持っているような錯覚すらある。
私は左手の拳を固めた。
「……」
─ありがとう─
身の毛もよだつような殺気が、綴木みことの身体から漏れ出る。
それは歴戦の戦士である八津紫には感じ取れた。
後方支援専門の電子の申し子からは想像がつかない殺気。
ヨミハラや東京キングダムにいる輩でも、ここまでの殺気を感じたことは無い。
「ッハ……!」
ありがとう。
私のいた世界では、どれだけ憎くても、どれだけ殺したくても、誰かを殴ることすら許されなかった。
家族も、友人も、未来も、夢も。
その全部が、私を人間の形に縛りつけていた。
私があの世界で生きるには足枷となるものが多すぎた。
─けれど、今は違う─
─いまは演習─
─相手は私を指名した─
─私はそれを受けた─
─つまり、今この場で炎条を殴ることには、理由がある─
─大義を掲げる人間や無敵の人間ほど恐ろしく怖いものは無い─
「ありがとう……」
ぽつりと、声が漏れた。
「本当に、ありがとう」
炎条は目を押さえたまま、こちらの声に反応して一歩後退る。
「な、なんだよ……お前……!」
その怯えた声を聞いた瞬間、人をぶん殴れる事に囚われた私は思わず自分の名前を言ってしまった。
─……綴木みこと─
「……古寺智樹」
しかし、幸か不幸か、炎条を含めて、1人を除いて聞こえていない。
「(古寺……智樹……?)」
八津紫の耳にだけは、聞こえていた。
一瞬、怪訝な表情を浮かべる。
だが、その疑問を追うより早く、彼女の全身が別の危機を察知した。
あの目は、演習の目ではない。
「綴木!」
八津先生の鋭い声が運動場に響く。
その声は私には届かない。
「く、くそ、ま、待て!」
炎条は両目を抑えて声を漏らす。
その声を聞いた瞬間、私の口元が歪んだ。
「……ありがとう」
私は小さくそう呟き、踏み込んだ。
「綴木、そこまでだ!」
八津先生の制止が飛ぶ。
だが、私の身体は既に動いていた。
心の中で、私は叫ぶ。
公的に、お前を殴る機会を与えてくれて!!!!!
本当にありがとう!!!!!!
つづくきがしない
RE:対魔忍世界転移憑依物語X ─綴木みこと─を作った方がいい?
-
是非見たい。
-
旧みことでいい。
-
旧みことを残したまま、新みことX見たい。