魔王が死んだので、一人残された四天王の俺はヒトと和平を結んでラーメンをすすりたい   作:黒棺

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前世軍人の矜持

「本当に買収されてやがるな」

 

 レンガ倉庫の屋根に伏せながら、ライルは息をため息をついた。視線の先でヒトの男たちが向かい合っている。一方は質のよくなさそうな服をだらしなく着ており、遠目にみても人相が悪い。そしてもう一方が纏うのはハリのある高級感のある服──明らかに、この港の警備隊の装備だった。

 

 チンピラといっても差し支えのない男たちは、腰に刃物をぶらさげているというのに、警備隊は武器を構えもしない。それどころか何かの包みを受取り、笑いながら言葉を交わしてその場を去っていく。

 

 その顔をしっかりと脳裏に焼き付け、遠眼鏡を下ろす。

 距離が遠くて聞き取れなかったが、唇の動きを読んだ限り「明日もよろしく」だろうか。

 

 アルティームは魔族が占領した街だが、ライルは一方的な支配を良しとはしなかった。ヒトも魔族も、そして獣人にも平等な機会を設けた。警察組織にもそれを反映した。

 あいつが──魔王がいつか頭を冷やしたときに、共存の可能性を残せるようこの街を作り上げてきた。

 

 ぴしりと、小さな音が夜に溶けた。いつの間にか力を込めていたらしい。握った遠眼鏡のレンズにヒビが入っていた。

 

「観察はもういいか」

 

 立ち上がる。湿った夜風が頬を撫ぜ、潮の香りが鼻の奥にツンと響いた。

 屋根から飛び降り、地上へと落りる。着地の瞬間、一瞬魔力を込めて風を起こす。衝撃を殺すと同時に、足音を消した。

 

 この街、アルティームの夜は暗い。街のあちこちから排気される蒸気が冷やされ、夜空に靄がかかっているからだ。星空はくすみ、夜空に浮かぶ二つの月もその輝きが削がれている。

 

 人通りの多い場所は、エーテル灯をあちこちに配置して明るさを保っているが、倉庫街はそうもいかない。それがこの犯罪組織の活動を後押ししたのだろう。

 ライルは足音を消しながら、チンピラたちに近づいた。彼らは二人組で、レンガ倉庫の搬入口の前を陣取り、通りに目を光らせていた。つまり、見張りだ。

 

 子供の救出だけを考えるなら屋根から侵入するべきだが、こいつらも捕縛したい──さて、そろそろか。

 

「おい、そろそろ交代だ」

 

 搬入口が開き、別の二人組が現れた。チンピラたちが声に反応して、そちらを向いた。

 

「おつかれっす……あいつらまだ来ないんすか?」

 

「まだだな……本国のお高くとまってる奴らだ。平民を待たせることなんて何も思ってないだろ」

 

「ほんと貴族ってやつは……そういや、昨日獣人を一匹捕まえただろ。上玉だったけど、あれどうしたんだ?」

 

「商品とは別の檻に入れてある。取引の後、ボスが使うとさ。そのあと俺達も使っていいって話だ」

 

「マジっすか? たのし……がっ!?」

 

 素人だな。見張りの交代など一番隙ができるときだ。だからこそ、より警戒しないといけないというのに。

 ライルはチンピラの背後をとり、その首根っこを右手で掴んでいた。

 

「まずは一人」

 

 頭部の角が輝き、魔力が脈動する。呼び出す現象は電気。世界が書き換えられ、右手から稲妻が迸る。男の身体が痙攣する。

 

「なんだてめぇ!」

 

「聞いてる場合かよ」

 

 尋ねる暇があれば、剣を抜けばいいものを。全身を使って、掴んだ男を投げつける。戦場で敵の身体はいい武器になる。質量があり、大抵は味方殺しを避けようと判断が鈍り、攻撃の手が止まる。その間にこちらは、次の手が打てる。

 

 彼らがチンピラの身体を受け止めたときには、ライルはその場にしゃがみ、石畳の地面に手を当てていた。角が再び白く輝いた。

 

「寝とけ」

 

 岩の杭が男たちの周りの地面から突き出す。四方八方から彼らに迫るそれは、先を尖らせては居ないが、質量は十分だった。

 貫きはしないものの、それは彼らの顔や腹を勢いよく打った。痛みに呻かれる前に、さらに電流を呼び出し、伝わせる。神経を焼かれれば、声を出すことすら許されない。

 

「軍人じゃなさそうだからな、殺したくはないんだ」

 

 気絶した彼らを見てつぶやいた。どれだけおぞましいことをしていようが、民間人であるなら正規の手続きを受けるべきだ。それがライルの、前世から引き継いだ信条だった。

 そしてそれが、魔王と決別した理由だった。

 

 他の見張りが居ないことを確認して、ライルは搬入口から中に入った。カビ臭さが鼻についた。壁にかけられたエーテル灯が点滅しており、手入れがされていないことがよく分かった。

 この奴隷売買組織は最近入り込んだらしい。だが、管理の杜撰さはもっと前からだったのだろう。つけ込まれるのは当然か。

 戦争が終わって、全てがうまく行ったならヒトとの貿易にも使いたかったんだけどな。こんな事件も起こったのなら、しばらくは叶わないだろう。いや……もともと夢物語だったか、そんなものは。

 

 内部は建築資材が放置され、視界が悪い。しかし、奥から声が聞こえてくる。進んでいけば、だんだんそれが大きくなっていった。聞こえてくる内容からして、見張りが倒れたことはまだ伝わっていないらしい。

 

 やがて、会話が交わされている場所にたどり着いた。

 物陰に隠れて耳をすませば、度し難い会話が交わされているのが分かった

 

「そろそろ客の到着だ。仕分けの最終チェックをしろ」

 

「おい、性別ちゃんと確認しとけよ。こいつ男だろ」

 

「あーくっそ、うるせえなぁこいつら」

 

 複数の檻の中に子どもたちが収められていた。種族と性別ごとに分けられている。帝国が取引先と聞いていたから魔族と獣人は当然として、ヒトすらも対象内か。アリスの言う都市丸ごと焼き討ちも誇張ではないかもしれない。

 

 ──人質の救出方法? そもそも突入しなければいけなくなった時点で失敗だろ。ゆっくりと対話する、それが基本だぞ。

 

 ふと、脳裏にそんなセリフがよぎった。自分が言ったのか、それとも誰かに言われたのか。それで解決できれば苦労しないんだけどな。

 倉庫の構造は頭の中に叩き込んである。ライルは視線を天井に向けた。エーテル灯に魔力を供給するための管が、そこに通っている。

 

 右手を向ける。魔力を込め、身につけた金属製の甲手を変形させる。

 魔法とは世界を騙すもの。この世界に満ちるエーテルを使って物理事象を捻じ曲げる。それが魔法の正体だ。

 筒の中に電気を呼び出し、ライルは呟いた。

 

「撃ち抜け」

 

 放たれるのは金属の弾丸。一本の線を宙に描き、それはエーテル管を破壊する。甲高い音が響き、瞬間、倉庫は闇に包まれた。

 最初に上がったのは子どもたちの悲鳴だった。極限状態に加え、暗闇のなかに閉じ込められた。幼い、訓練も受けていない精神にはたまったものではないだろう。

 すまないと心の中で謝りながら、闇の中を駆ける。

 

「おい、何が起きた!」

 

「エーテル灯が切れやがった! ……誰か居るぞ!」

  

「っくそ! 静かにしろガキ共! ──ぐぁっ」

 

 魔法は使わない。角が光って位置がばれる。

 足音は立てない。音というのは案外情報を持っている。

 殺しはしない。それが軍人としての矜持──だが、容赦はしない。接近して、一人ずつ確実に意識を刈り取っていく。

 

「おい、返事しろ! 何が起きてる!」

 

「襲撃だよ。……そして、お前で終わりだ」

 

 男の背後に立ち、その背にナイフを当てた。

 

「檻の鍵をよこせ。探すのは面倒だ」 

 

「おまえ……こんなことしてただで済むと思うなよ。俺達の取引相手は」

 

「帝国の貴族様だろ。それくらい知っている。むしろ……四天王のお膝下でこんなことして、ただで済むと思ってんのか?」

 

 脅しを込めて、ナイフをめりこませる。息を飲む音が聞こえたが、しかし男の口調は変わらなかった。

 

「一人残された臆病者って話だろ。どうせすぐこの街は攻め落とされる。むしろ……奴隷として外に逃してやろうとしてるんだぜ、俺達は」

 

「……詭弁だな。帝国で、貴族の奴隷となった者がどのような扱いを受けるかなんぞ、とうに知っている」

 

 だからこそ──俺はあいつを止めきれなかった。

 

「さっさと鍵を渡せ」

 

「その机の引き出しにある……ところであんた、優しいやつってよく言われねえか?」

 

「……ああ?」

 

 何を言っている。男が乾いた声で嘲笑った。

 

「さっさと殺しとけば……助けを呼ばれずに済んだんだぜ?」

 

「──ッ!」

 

 刹那、天井から轟音が轟いた。

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