魔王が死んだので、一人残された四天王の俺はヒトと和平を結んでラーメンをすすりたい 作:黒棺
ライルはその場を蹴って離れる。同時に魔力を足から地面に伝わせる。精度はいらない。石敷きが波打ち、盛り上がり、ドームのような形を作り、子どもたちが囚われた檻を完全に覆った。悲鳴が聞こえるが配慮する余裕はない。
砕けた木材とレンガが降り注ぐ。勝ち誇った笑みを浮かべこちらに振り返った男が、落ちてきた柱に潰された。周りに転がしていた者たちも同様だ。動けないまま瓦礫に飲まれ、石材にその命を垂れ流していく。
瓦礫は建築資材にも降り注ぎ、それらを砕き、崩し、連鎖的な崩壊を引き起こした。
かわし切ったが、土煙が視界を塞ぐ。子どもたちの檻は無事だろうか。いや、魔法で作ったものは長くは保たない。
世界を騙すということは、いつかバレるということだ。逸脱した物理現象はやがて元の形に戻ろうとする。今は無事でも、土のドームが瓦礫に埋もれていればそのうち押しつぶされる。
だが──ライルは上を見上げた。天井があったはずのそこには何もなく、代わりに遠くに夜空が見えた。
否、そこに何かが浮かんでいた。
「……騎士、か?」
夜闇に溶けそうな、しかしはっきりと金属の光沢をもつ黒の鎧を纏っているものが複数、宙に立っていた。風を操り浮かんでいるのだろう。
「魔族風情が、誰の許可をもって我々を見上げている」
返ってきたのは答えですらなく、侮蔑だった。逆光のせいでその表情は見えないが、おそらく嫌悪に満ちているのだろう。
参ったな。ライルは心の中で呟いた。これが、そういうことなのだとしたら。
いや……断定するのはよくない。ああ、そうだ。落ち着け。まずは対話だ。対話から、なんだ。相手の目的を確認して、認識の齟齬を消さなければ。
「……不愉快にさせてしまって申し訳ない。ところで、帝国の騎士たちと見受けられるが、アリス……いいや、領主に許可を取ったのか?」
「何を言っている? 領主? ここは帝国の土地だ。許可が必要な道理などあるものか」
元をたどれば共和国のものだろう。それを侵攻によって奪い取った。そして、俺達魔族が兵站のために奪取したのが今のアルティームだ。
呆れた認識だなと、ライルはため息をついた。
浮かんでいる騎士は十数人。そのうちの数人が降りてくる。彼らは潰れた死体を一瞥したあと、ドームを認め、ライルの方へと向いた。
「魔法を解け、魔族。無駄な抵抗はやめろ」
「もうほとんど答えは出てるけどな。あんたら、こいつら……いやもう死んでるけど、追ってきたとかじゃないんだな?」
「追う……? まさか、これが違法組織だとでも思っているのか? 奴隷狩りは正当な権利だ。我々は商品を受け取りに来ただけだ」
これだから、この世界はクソッタレだ。
前世で戦い抜いた果にあるのが、守ったかもしれない未来に生まれたのが、こんなクズ共だと見せつけてくる。
「その中にはヒトの子供も混じっている。お前らさっき、ここが帝国の土地だと言ったな。まさか、帝国の市民を奴隷にする気か?」
「魔族の支配を受け入れた者たちだろう。市民権などあるものか」
騎士たちが剣を抜いた。ロングソード。しかしただ物を斬るためのものではない。ヒトが魔法を使うために必要とする杖、その機能も有していることをライルは知っている。
「本当に愚かだ。魔族も獣人も、我々ヒトが使い、導かなければならない。それが足りなかったから、魔王のような存在が生まれたのだ。破壊しか脳の……」
言葉はその続きを永遠に失った。
弾ける音が夜に溶けた。レンガを打ち砕く音が遅れてその場に居る全員の耳を打った。
噴水のように赤が咲く。薄い月明かりが舞い上がったそれを仄かに照らし、乱雑に地面に描かれる死に様を彩った。
「え……え?」
死体の隣にいる騎士が呆けた声を出した。降り注ぐ血しぶきを避けもせず、目を見開いたまま浴び続けていた。
──嗚呼。
それは、ダメだ。
心の中で状況に言葉が追いついたのは、そこまで認識して、ようやくだった。
「軍人の矜持も持たぬクズどもが、誰の許可を得て我らが王を口にする?」
ライルの角が白く光り輝く。身体から魔力が波打ち、宙に漂うエーテルがそれに応じて音なき歓喜の声を上げる。
「その薄汚い口で、我が
ライルの身体から小さく稲妻がほとばしった。ちらばった瓦礫がカタカタと音を立てて、舞い上がる。それらはライルの身体の中心にして渦巻き、ぶつかり合いながら一つの形を作っていく。
「なあ、教えてくれないか? 俺は……前世の俺達はいったい、なんのために戦い抜いたんだ?
「なんの……話だ」
思わず薄く笑った。わかるわけがない。答えなど返ってこない。
だが──お前らは俺が何なのかを知っているはずだろう。
「アリス、力を貸せ」
『……何のために、その倉庫街作ったと思っているんですか? まさか全部壊す気ですか?』
まあ、貴方がそういうのなら仕方ないですが──ため息混じりの回答に苦笑する。念話なのだから載せなくていいだろうに。
角の光とは別に、ライルの首にかけていた機械が青く輝く。借り受けるのは、演算能力。
土塊は鉄へ、煙は銀へ、夜の空気を白金へ。
機械仕掛けの人形がもつリソースを使用し、世界を原子レベルで書き換え、ライルはとうに世界から失われたものを身にまとう。
「その……姿!」
「ああ……そう言えばこの姿だけは伝わってるんだったか」
右腕に金属の
左腕に一振りの剣が絡みついた。握られるのではなく、手先を延長するかのように生えたそれは、電気を纏い空間を歪ませた。
背には一対の黒鉄の翼が覗き、その刃先をたゆたわす。
仮面が顔を覆う。開けられた蜘蛛の目を思わせるような穴が赤く光った。
「ああ……ああ! やつだ!」
上空に待機していた騎士が悲鳴のような声をあげた。
そして叫ぶ。魔王に連なる、ヒトの脅威のその名を。
「