魔王が死んだので、一人残された四天王の俺はヒトと和平を結んでラーメンをすすりたい 作:黒棺
蒼い楽園で暮らしていたという偉大なるヒトの先祖たち、その神話の証人であり、歴史に名を残した巡り人は、有用かどうかを問わず失われた知識をこの世に伝えてきた。
転生者たちはいつしか、星の巡りになぞらえて巡り人と呼ばれるようになった。
死して廻り、再び生まれる価値があると神から認められた存在とみなされ、ヒトの間では聖人として扱われる。
故に。
「うろたえるな! 四天王とはいえ末席……しかもたった一人だ!」
上空に浮かんでいた騎士が号令を出した。今殺したのが隊長だと考えていたが、違ったのだろうか。それとも、隊長に連なる者……副隊長あたりか。いずれにせよ、我に返ったのだろう。騎士達から怯えの色が消え始めた。
「近海に展開した飛行船に連絡をとれ! なんとしてでも討ち取るぞ! 魔王を超える最優先討伐対象だ……
彼らは魔族の巡り人など、断じて認めない。
地面に降りていた騎士達が、魔法を放った。火球に光の矢が殺到する。速効性と手数だけを重視したようで、狙いは甘い。
ライルの装甲に弾かれたものと、至近弾が、すでに積み上がっていた瓦礫を焼き、破砕していく。轟音と土煙が知覚を遮断する。エーテルも乱れ、探知術式も機能しない。しかし、慌てる必要はない。今の俺には全部見えている。
煙を縫って三方向から騎士達が突っ込んできた。前方に一人、背後に二人。全員が血にまみれている。先程仲間の死に呆然としていた者たちだった。しかし、その顔に怯えはなく、その速度には覚悟が乗っている。
「最初からその気概を見せていれば、少しは認めてやってもよかったんだがな」
纏った鎧、その背の両翼を展開する。金属質のそれらは背から迫った騎士達の剣戟を受け止める。
同時に、前方から迫った騎士を、右腕の顎《あぎと》で捕らえ噛み砕く。致命傷。胴体の両側より深々と金属の牙が食い込んでいる。ごぼりと黒い血が吐かれる。
「なんで、見えて」
「サーモグラフィー……ああ、わからなくていい。とにかく、今の俺にはこういう小細工は効かない」
翼を動かし、背後の騎士達を後ろへ弾き飛ばす。振り向きながら、全身を使って右の顎に咥えた身体を投げつけた。瀕死の彼を受け止め、その勢いを受け取り吹き飛ぶ計3人に右腕を向ける。顎の間に稲妻が迸り、その奥にある砲が青白く輝いた。
「消し飛べ」
放たれるのは光線。まばゆい碧の奔流は直線を描き、騎士達を飲み込んだ。それだけに収まらず、レンガ倉庫の壁をえぐり、さらにその先のいくつかの倉庫までをも貫いた。
亡骸の存在すら許さぬ暴虐に上空から悲鳴が届く。しかし、それも束の間。光の槍がライルに降り注ぐ。
帝国の騎士だけはある。十全な魔力が込められており、一つ一つが鎧の装甲を砕くだけの威力を持っている。子どもたちを保護したドームから離れなければ──翼をコンパクトに折りたたみ、瓦礫の上を駆ける。足を止めれば串刺しだ。
「へえ、本当の狙いはそっちか」
空中の騎士達は二手に分かれていた。
低空側は大量の魔法陣を展開し、光の槍を絶え間なく放ち続けている。
対して上空側は、複数人で一つの巨大な複雑な文様を描き始めていた。ライルの記憶の中に似たものがあった。空間灼熱魔法。指定した空間を、岩すら溶解させる温度で熱し、さらにその余波で周辺一帯を爆風で消し飛ばす戦術級のそれだ。
さっき突っ込んできた騎士達の目的は、本来であれば発動まで足止めすることだったのだろうか。いや、今は関係ない。このままでは子どもたちも、そして街そのものに被害が及ぶ。
上空に飛んで、術者を倒す──翼を再度変形させようとしたところで、ライルの横にあったレンガの壁が砕け散る。割れ目から巨大な腕が伸び、叩き潰そうと迫る。
「ゴーレムか……助かる」
土の巨体。低空側の誰かが呼び出したか、周辺に伏兵がいたか。いずれにせよ、いい足場だ。
腕を交わし、懐へ潜る。左手の剣を振るい、片足を斜めに切り裂く。崩れ落ちる巨体を、降り注ぐ追撃の盾にしながら駆け上る。頭部を一閃してゴーレムを始末し、翼を展開して宙へと躍り出た。
「──ッ! 術者に近づけるな! 止めろ!」
「遅い」
低空側にいた騎士達が割って入ろうとするが、間に合わない。逆にこちらはすれ違いざまに翼の刃を伸ばし、その首を落とした。
上空側の手前、巨大な魔法陣を展開する最後の砦らしい、巨体を持った騎士が立ちふさがる。だが関係ない。身体を顎で掴み、噛み砕き、空の彼方へと投げ飛ばす。
上空側へとライルは至る。術者達の顔が、驚愕に染まるのが見えた。
左腕の剣に魔力を込める。魔法陣に対して、それを振るう。
「なっ」
空間が軋み、ひび割れる。エーテルで描かれたはずの魔法陣が、斬撃のもと、物理的に砕かれる。
「バカな! 魔法そのものを斬るなど……それはまるで、聖剣の……!」
「おおよその仕組みさえ分かってれば、誰だってできるんだよ」
接近し、返しの刃を振るう。術者達の身体を鎧ごと両断する。この剣は本来、戦闘車両の装甲を切り裂くためのものだ。魔法に依存し、技術力を失った人間が纏う装甲など何の意味もなさない。
「なんなんだよ……これのどこが最弱だ……!」
「事実だ。俺は四天王の中で一番弱い」
こんな機構に頼らなければ、あいつらと同列に並べないほどに弱い。
身体一つで山を溶岩に変え、晴天を嵐に変え……それらができるあいつらに比べれば、ずっと。
『
唐突に念話で、アリスの声が届く。
「ああ……こっちも確認した」
相対する騎士達の向こう、夜の海に複数の飛行船が飛んできているのが見えた。その前面には魔法陣が展開されている。騎士達からの要請があれば、即座に砲撃を開始するだろう。
国境を定めた覚えはないが……明らかに戦闘行為だ。
「……そういえば、幹部は捕まえなくちゃならなかったな」
この場に命令を下していた騎士、それに接近し地面へと叩き落とした。
これでいい。右腕を騎士に、その向こうにいる船へと向けた。
「待てっ……投降する! だから……!」
「武装解除もせずに何を言っている?」
怯えながらも彼らは未だに剣を構えている。故に聞く価値などない。一蹴する。
「鎧に金をかける前に、白旗でも織っておくんだったな」
放つ。ある者は防御魔術を、あるものは逃亡を、あるものはその場で祈りを。
星の海を渡る船。かつてそれらを打ち沈めるために使われていた熱線は、それらを等しく無へと帰した。
騎士達を全て消し去った光線は、右腕の動きと共に最後の獲物を求める。
喰らい尽くすように、熱線は倉庫街を蹂躙し、海を割る。やがて──帝国の飛行船へと至った。
夜空に炎が灯る。数秒遅れて轟音が耳を打った。
「やりすぎです」
それが現場に訪れたアリスの第一声だった。
「倉庫街の被害額も洒落になっていませんし……ラインハルト様を、人徳のある人物としてヒト共にアピールする……その目的をお忘れですか?」
「ライルでいい。むず痒いんだよ。……そもそも、アピールの効果にも疑問が出たよ。久々に、帝国のヒト至上主義に触れて思い出した。『分かたれた種族同士が相まみえることはない』……本当に、そのとおりかもな」
ライルは瓦礫の山の上で横になりながら答えた。鎧は既にない。魔法で物理現象を書き換え、作り出したものは魔力が切れれば元に戻る。纏っていたものはすでに砂となって崩れ落ち、または夜の空気となって街の一部へと溶けていった。
「貴方は、それが出来ると証明するために、この街を作ったんでしょう」
「……そんな崇高なものじゃない。ここでどれだけ平和を再現したところで、いつかは壊れるんだ。この街をこうしたのは……ただ」
そう、ただ。
決別したあいつらが、それでもいつか帰ってきたときに、戦いを忘れられる場所を作りたかっただけだ。
起き上がる。空になった檻が視界に入る。
子どもたちはすでに、アリスが手配した憲兵によって保護されている。港の警備隊と、一人残した騎士はすでに牢屋の中だ。
暗い中で破壊音を聞かせ続けてしまった……そのことに罪悪感を覚える。アリスの言うとおり、やりすぎだ。もっと他にやりようはあっただろう。
「少なくとも、四天王の末席が健在であり……十分な脅威であることを知らしめることは出来た。これを元に帝国を牽制し……元共和国市民の子供を救出したとして、共和国と和平を結ぶのはどうだ」
「悪くはないと思います。しかし、帝国とは決定的に対立するでしょうね」
「もともと無理だろ。巡り人だぞ、俺は。宗教的にはあいつを超える討伐対象だとさ」
戦争が終わる? とんだバカもいたものだ。冗談でもそう言ったあのときの俺を殴ってやりたい。
瓦礫の山から飛び降りる。着地した瞬間、足元にあった石が砕ける音が、空虚に響いた。
「今後の動きを決める。今夜は付き合ってもらうぞ」
「随分と積極的ですね。承知いたしました。主人の滾る獣欲を満たすのも私の役目です」
「そうじゃねえよ?」
メモリー破損でもしたか? それに、仲間をそういう対象としてみる気はない。
「一時的でもいい。さっさと和平を結んで、束の間の平和を手に入れて……毎日らぁめんを啜って生きる。それさえ出来れば十分だ」
「……貴方はもっと、今に目を向けるべきだと思いますけどね」
聞き流し、アリスの横を通り過ぎた。抗議するかのように蒸気の音がプシュっと鳴った。そしてガタリという音が空間に響いた。
ラインハルトとしてアリスと行動する時、彼女はいつも一歩後ろから着いてくる。機械人形らしく、その足音はいつも一定距離で届く。そして彼女は無駄な音をほとんど立てない。
──だから、違う音はよくわかる。
「……何の音だ?」
「わかりません。瓦礫の下からのようですが」
「生き残りか?」
あるいは伏兵か。まずいな。飛行船を落とすときに大部分の魔力を使った。
なにより、戦闘能力に不備のあるアリスを守りながらでは──。
「ぷはーっ! ようやくっ、出られた!」
惨状に似合わない、妙に達成感のある声だった。
瓦礫の山の頂上から影が這い出し、立ち上がった。
「獣人……のようですね」
アリスがつぶやく。
影の……いいや、少女の頭にはヒトにも魔族にもないものがあった。耳だ。それもおそらく、猫の。
「おい、ここで何をしている」
捕まっていたはずの子どもたちなら全員救出した。彼女は一体……そこまで考えて、ライルは思い出した。
倉庫に侵入する直前、最初に倒した見張りが呟いていたことを。
──そういや、昨日獣人を一匹捕まえただろ。上玉だったけど、あれどうしたんだ?
「なにって……あーっ、その声、あなたでしょ! 私がいるってのに、バカスカ撃って、戦って!」
少女が跳んだ。速い。ライルが構える前に彼女はライルの眼の前に降り立ち、不機嫌そうな顔を突き出してきた。
「ちゃんと確認しなさいよ! ずっと木箱に閉じ込められてたのよこっちは! この可愛い私が、ナレ死のモブキャラとしてストーリーから退場とか、マジありえないんだけど!?」
「そ、それは本当に悪かった。救出対象だというのに気づかず、本当に済まない。どうお詫びを……モブキャラ?」
なんだ、その言い方は。というか
そしてこの……こちらが四天王だと分かっているはずなのに、妙に馴れ馴れしいこの態度はなんだ?
ふん、と少女は鼻を鳴らして告げた。
「全部聞いてたわよ。私はスズカ……あんたと同じ、巡り人よ!」