魔王が死んだので、一人残された四天王の俺はヒトと和平を結んでラーメンをすすりたい   作:黒棺

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ハーメルン匿名杯という自主企画に滑り込みで参加してました。お疲れ様でした。……なんで終わってから突然お気に入り登録が増えているんだ……

急遽少し推敲しました(内容は変わってない)


スズカの前世

 カウンターの上に丼が置かれた。香ばしい匂いが鼻孔に満ちる。

 ギル曰く、今日のラーメンのスープにはボア(イノシシ)に咥えて海でとれた魚介を使ったらしい。その試みは成功しているようで、野性的で突き刺すような香りの中に奥深さが混じっていた。

 

「これが……ラーメン……!」

 

 ライルの隣でスズカが目を輝かせていた。手錠はすでに外してある。服も変えさせた。

 彼女が着ているのは、灰色を基調としたフード付きの上着に、黒いスカート。目立たないような服装という注文で頼んだが、スズカにはセンスが無いと文句を言われた。悪いが選んだのは俺じゃない。

 

 ラインハルトをリーダーとする魔王軍第四大隊、そこに所属する女性メンバーからアリスに服を借りさせた。ただ、スズカのことを伝えるわけにはいかないため、誤魔化しておいてくれと言ったところ「我が(あるじ)が言えないことに使うそうです」と伝えやがったらしい。

 

 さっき別の部下から連絡が来た。メンテナンスさぼってやろうか。

 

 スズカはしばらく、くんくんと匂いを嗅いだ後、箸で麺を掴み一気に啜った。数秒後、耳が立ち上がり黒い尻尾がピンと伸びた。

 

「美味しい!」

 

 新鮮な反応だったのだろう。ギルがスズカの純粋な反応を見て破顔した。

 

「そうだろう! こんな若い()が食べてくれるのはやっぱり嬉しいな。いっつも、こいつ含めておっさんしか来ねえからな」

 

「発言に気をつけろ、せくはらってやつになるぞ。あと俺はおっさんじゃねえ」

 

「私から見たら二人共おっさ……イタタタタタタ!」

 

 スズカの頭を掴み、指の力でしめあげる。シシオウ、お前娘の育て方間違ってるぞ。

 そして前世の境遇は聞いたが、それを差し引いてもこいつ、精神年齢が巡り人としては低すぎるだろう。

 

「頭触るのこそ明らかなセクハラでしょ!」

 

「黙れ。お前もうちょっと発言と行動に気を使え」

 

「おい、ラーメン食わせてやれよ。伸びるだろ」

 

 ギルが睨んできたので、手を離した。スズカは片手で頭をさすりながら、再びらぁめんを啜りだした。レンゲも使い、スープも味わっている。

 だが、どこかぎこちなかった。

 

「本当に食べたことなかったんだな」

 

「言ったでしょ。私前世はほとんど寝たきりだったって」

 

 便利屋ライルの部屋で、スズカから前世の話はおおよそ聞けた。

 

 彼女曰く、西暦二〇〇〇年台の地球、ニホンに住んでいたらしい。生まれたときに何かあったのか、それとも病気に掛かったのか、とにかく彼女はその生涯のほとんどを病院のベッドで過ごしたという。

 

 彼女にとって世界とは両親と兄弟、病院の窓から見える街の風景、部屋にあったテレビ、そして小説とゲームだった。

 

『将来なんてないこと、分かってたからね。アニメとかラノベとか見ながらいっつも思ってた。なんで私はこの主人公じゃないんだろうって』

 

 彼女が部屋の中で零したつぶやきには、確かに重みがあった。両親に愛されていなかったわけではなかったのだろう。それでも選択の余地がなく、別の人生に思いを馳せることしかできなかった境遇は察するにあまりあった。

 

 だから巡り人となって浮かれることは理解できた。もっとも……その人生が今、台無しになろうとしているわけだが。

 ずずっとスープを飲む音が狭い店内に響いた。器の中を見れば、残りは半分ほどだった。

 

「普通に話してるけど……この嬢ちゃんもライルと同じ巡り人なのか?」

 

「そうよ?」

 

「そうよってなあ……」

 

 ギルが目を丸くした。バンダナをまいた頭を掻きながらため息をついた。

 

「……もともと信仰心なんて薄かったが、こうも例外を目の当たりにすると、幼い頃にあった教えはなんだったんだってなるな」

 

「教え?」

 

 スズカが箸を止めきょとんとした。しっぽがゆらゆらと揺れている。

 

「巡り人はヒトからしか生まれない……って言われてるんだよ。ま、そこの我らがラインハルトが有名になりすぎて基盤が揺らいでるけどな」

 

「そういえばそんなこと聞いたわね。私も転生者……巡り人だし何いってんの? って思ったけど」

 

 ライルは自身の中でカチリとピースが嵌る音を聞いた。巡り人を隠そうとしないこの態度、そしてこの正しそうで致命的に間違っている疑問。

 スズカは問題の根本が分かっていない。口を挟んだ。

 

「巡り人が主張する前世は今のところ例外なく、魔族の角も獣人の耳もない。ヒトの姿をしていたわけだ」

 

「……地球からの転生だったら、そうじゃないの?」

 

「そうだ……で、だ。この世界でヒトってのはギルみたいな種族のことを指す。……ようするに、巡り人だと主張するということは自分はもともとヒト族だって言ってるようなもんなんだよ」

 

「……あっ」

 

 おそらく巡り人というのはこれまでも、魔族や獣人の中から生まれていたのだろう。

 それでも名を残していないのは……巡り人であることを隠し通したか、主張した時点で殺されてしまったか、そのいずれかだと思う。

 スズカは運がいい。距離があると言っていたが、理解のある家族だ。

 

「だから、打ち明けた時……悲しい顔されたのかな」

 

「だろうな」

 

 重い沈黙が降りた。肘をつきながらギルの方を見れば、気まずい表情をしていた。目をそらされた。

 厨房の奥で、鍋の蓋がかたかたと音を鳴らしている。その音が妙にくっきりと聞こえた。

 

「あーもう!」

 

 スズカが叫んだ。器に転がしていた箸をがっとにぎり、器を持ち上げ勢い良くかきこんだ。汁がとびちり、服を汚す。

 がっと音を立てて彼女は器を置いた。ギルがぎょっとしている。器が割れないか心配しているのだろう。

 

「決めた! 帰ったら謝る! そして私が紛れもなく、二人の娘だって言う!」

 

 店の引き戸がガタガタと揺れるほどの声量だった。しばらくしてから、ギルが親指を立てた。

 

「……いいな! 応援するぜ。本当にいい()だな、スズカちゃんは」

 

 そうだな。この街を危機に巻き込んでなければな。言わないけど、この店の存続もこいつのせいで危ういからな。

 もっとも元をたどれば帝国が悪く、そしてこの街でそんな隙を作った領主が悪いのだが。

  

「……ところで」

 

 スズカは首のスカーフを整えながらこちらを向いた。スカーフはライルが付けさせた。奴隷の首輪を見えないようにするためだ。

 彼女の金色の瞳にライルの姿が映る。

 

「私、あんたの前世の話聞いてないんだけど」

 

「……そういや俺もだな。巡り人だから色々作れたとは聞いてるけど、確か兵隊だったか?」

 

「本当に知りたいか?」

 

 スズカではなく、ギルの目を見つめて言った。

 

「……知らないほうがいいやつか?」

 

「ギルは聞いたら……下手したら発狂するだろうな」

 

「よし分かった。厨房で仕込みしてくる」

 

 ギルが奥へ引っ込んだ。とは言っても、こちらがよほど声を抑えない限り多少聞こえるだろう。

 立ち上がる。スズカに対しても顎でしゃくった。

 

「場所変えるぞ、ギルには間違っても聞かせたくない」

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