魔王が死んだので、一人残された四天王の俺はヒトと和平を結んでラーメンをすすりたい 作:黒棺
木造りの引き戸を開け店を出る。ギルが開いているらぁめん屋は、アルティームの路地裏にある。隣の建物の壁を這うパイプ……エーテル管が視界の上端に入る。昼下がり、空高く昇った太陽はこの狭い通りにも差し込んで、金属の管を鈍く照らしていた。
ぷしゅっと噴き出すような音が耳に届いた。空気中のエーテルが乱れる感覚がした。見上げれば、建物の上の方で、パイプから湿った蒸気が白く吹き出していた。
エーテル蒸気。この街の魔導インフラを支えるために使われる、魔法を使う媒体であるエーテルを中途半端な状態で水に溶かして熱し、霧のような状態にしたものだ。
接合が甘かったのだろう。伝えたほうがいいな──ライルがそう思ったところ、窓から人が顔を出した。角が生えている、魔族だ。手で額を抑える動作をしたあと、顔を引っ込めていった。
「ごちそうさまでしたーっ」
「おーう、また来てくれよな!」
振り返ると、スズカがそんなやり取りをして引き戸を閉めているところだった。こちらを見て、それから目を輝かせながらパイプの方へ視線を滑らせていた。彼女は惹かれるように一歩前に出て、ライルの隣に立った。
「触るなよ、火傷するからな」
「……あんた、私のこと何だと思ってんの?」
「子供だろ」
尻尾に勢い良く背中を叩かれたが、構わず歩き出す。 整備されきっていない石畳が靴の裏と乾いた音を立てる。スズカの軽い足取りが後ろからついてくる。
「私もう、16なんだけど。獣人の元服は15だから大人よ……ていうか、あんたこそ何歳なのよ」
「だいたい25だな……おい、フードしとけ」
「おっさんじゃない!」
無視する。
わめき声の間に布のはためく音が挟まった。言われたとおりフードをかぶったのだろう。
スズカが着ているのはライルの部下の私物で、彼女はスズカよりも身体が一回りほど大きかった。スズカにとって少しブカブカではあったが、頭に着いている猫の耳を隠すにはちょうどいいサイズだった。
ライルは歩みを進め、路地裏から大通りへと出た。喧騒が耳を打った。ちらりと見れば、スズカがフードの上から耳を抑えていた。
「やっぱり現実感ないなー。ヒトも魔族も……獣人もいるなんて」
スズカがぼそりと呟いた。
大通りの中央を馬車が車輪の音を立ててすれ違っていった。
その両脇では整備された石畳の上を、たくさんの人々が行き交っている。配達をしているのか急いで駆けていく男もいれば、通りに並ぶ店を眺めながらゆっくり歩いている少女たちの姿もあった。並んでいる店は様々だ。青果を雑多に積み上げているところもあれば、洒落た服を丁寧に吊るしている店もある。
「ラノベだとありがちな光景なんだけど、現実知ってると……」
「らのべが何かわからんが……ここは少し特殊なんだよ」
歩き出す角を掻きながらこれ以上はまけられないと笑う男性の店主と、並べられた野菜に対してお世辞を言うヒトの男。服を合わせながら悩んでいるヒトの女性に、対して魔族と獣人の女性たちが似合っているかどうか楽しそうに意見を交わしている。
スズカはライルの隣に並んで歩きながら、尻尾を揺らして物珍しげに、視線をせわしなく動かしていた。
「もともとここはヒトの国家の一つ……ルニーヴ共和国の街だった」
「ふうん。だからヒトの割合が多いんだ……あれ、でもあんた達って帝国からこの街を奪ったのよね?」
ていうか、奪ったにしてはやけに──そう続けるスズカが突然「きゃっ」と声を出した。とっさに振り返れば、スズカが石畳の上に尻もちをつき、その身体の上で小さな子供を抱きとめていた。
「ごめんなさい!」と声がし、スズカの向こうから別の二人の子供が駆けてくる。ヒトと獣人、両方とも少年だ。対して、スズカに手をひかれ立ち上がった少年には額に小さな角が二つ生えていた。
「大丈夫?」とスズカが魔族の子供と共に立ち上がりながら聞くと、彼は顔を赤らめながらバツが悪そうに小さな声で謝った。見る限り怪我はしてなさそうだ。
「人多いんだから走っちゃ駄目だよ?」
「はい……って、あ、ライルにーちゃん」
「にーちゃん?」
魔族の子供がライルの顔を見て嬉しそうな声を上げた。一方、スズカは素っ頓狂な声を上げ、こちらに目を丸くしながら顔を向けた。改めておっさんじゃないと聞かせる必要がありそうだ。
二人の少年もこちらにたどり着き、同様に「にーちゃんだ」と声を上げた。その顔ぶれを見て思い出す。確か一ヶ月程前、東の旧市街の空き家を勝手に秘密基地にした挙句、そこで魔法を暴走させたガキ共だ。便利屋のライルとして解決したが……にーちゃんか、分かっているじゃないか。
「お前らか。ちゃんと反省したのか?」
「したよ! つーかなんで言いつけやがったのさ!」
「依頼だったからだよ」
あれは確か、心配した母親が俺に依頼をしてきたのがきっかけだ。言いつけるもなにも、お前らに配慮する義務はない。
「そういや、お前らの知り合いの中に……誘拐された子っていたのか?」
「ゆうかい……ってなに?」
「かーちゃんから聞いた。帝国のやつらがどれーがりしてたんだって。で、ラインハルト様が帝国の悪モノたちをずばーってやっつけて助け出したって!」
「かっけえなあ。ライルにーちゃんと違って」
「お前らマジでまた言いつけてやろうか」
こいつらの将来が不安だよ。額を手で抑えそうになったところ、スズカがライルと子どもたちの間に割って入った。
「君たち、一応この人に助けてもらったんでしょ? そういうのあまりよくないわよ」
思わず目を丸くした。先程までの子供らしさを残した、軽い声色とは違い、落ち着いた深みのある大人の響きへと変わっていた。
「……そういえば誰? このねーちゃん」
「さあ?」
「ライルにーちゃんのあれじゃない? カノジョ」
「おっけー鬼ごっこしましょうか。心まで鬼になってあげ……おい、逃げんな!」
三人の少年たちが走り去る。スズカは一瞬追いかけようとしたが、一歩足を進めたところで止まった。
「だから走るんじゃないの!」
笑いながら去っていくその背中は既に遠い。人混みの中で消えていった。
ライルはふと、昨晩の彼女の言葉を思い出した。奴隷の首輪の機能を告げた時、彼女はその恐ろしさよりも先に子どもたちを心配していた。
「ただのバカなガキ……でもないか。誤解してた」
「なんで今の流れで、失礼な言葉を聞かなきゃならないの?」
「褒めてるつもりだ」
スズカは上着のポケットに手を突っ込みながら、ライルを睨みつけた。
「やらかしたことで株が最低値なのは分かってるけど。……で、話戻すけど。ルニーヴ共和国……もともとヒトの街なんでしょ。あんたの支配……というか魔族も獣人も、妙に受け入れられてない?」
「原因はネルフェ帝国。昨晩俺が殲滅したやつらがそこの騎士だったんだが……帝国は数十年前、共和国を侵略してこの街を占領したんだよ」
「ヒト同士でも戦争するんだ……それで、今度はあんたらが帝国から奪ったと」
「そうだな」
おそらく、帝国は魔族の領域へ侵攻するための、足がかりとして手に入れたかったのだと思う。侵攻したい理由は奴隷狩り、資源、そして──旧世界の遺跡の調査など色々あったのだろう。実際、ここを足がかりに魔族たちは侵攻を受けた。逆に言えば、ここを押さえれば帝国に対して圧をかけることが出来た。
「十年前、俺達はこの街を……共和国の支援を得て急襲し、ネルフェ帝国の軍を追い出した」
「突然複雑になったわね」
「ルニーヴ共和国は帝国ほど差別主義じゃないんだ。獣人とも魔族とも、少なからず交流があった。だから、この街の住人たちは俺……魔族の統治を受け入れてるし、差別感情も結構少ない。むしろ、一部の魔族の方が問題だな」
理由は人それぞれだが、魔族側からヒトに対して敵対心を持っているものは多い。この街で暮らしている魔族でも、心の奥底ではそういった感情を燻ぶらせていることがある。
もっとも、それを抑えきれない者たちの多くは、アルティームからもっと南の……海峡を隔てた魔族の都市国家で暮らしている。そうでないものは魔王に付いていき、戦列に加わった。
「ところで、どこに行く気?」
「人のいないところ……と思ったけどあまり心当たりがないんだよな。便利屋に二人きりだと、アリスに後でなにか言われそうだ。とりあえず広場にでも行くか」