転生したらミミロルになってた件   作:ダダダダダっ子

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ミミロルになっちゃった!?

私の人生はまだまだこれからだった。

 

生まれも育ちも平凡。高校を卒業後タマムシ大学に入学して地元で公務員に。27歳の時に幼馴染と結婚、子供を授かるにまで至った。

 

波乱万丈でもドラマチックでもない、そんな普通の人生……だけど幸せだった。私にはこれが特別な宝物だった。

 

「だから……どうか、どうか家に帰してくれませんか?」

 

「不可。汝、既に死を迎えた儚き命なり」

 

胸の奥がひゅうと音を立てて崩れ落ちた気がした。今、私は暗い空間にいて目の前にいる白いモヤに向かって必死に話しかけている。どうやってここに来たのかも分からない。

 

「汝に必要するは記憶の追憶。辿り辿れば真実に行きつこう」

 

「は!? えーっと……」

 

最後に覚えているのはハンドルを握って家からスーパーに向かおうとしている場面。夫とポケモンに子供を任せ、消耗品と晩御飯の材料を買いに行って……そこから後はさっぱり記憶がない。

 

「分かりません……そもそもあなた誰ですか? 人……? そもそも生物?」

 

目の前の白いもやはゆっくりと口を開いた。声は遠くから響く鐘のように低く、しかしどこか柔らかさを含んでいる。

 

「我は何者でもあり、何者でもない。人々は我をアルセウスと呼ぶがそれは便宜に過ぎぬ。始まりにして終わり形あるものと形なきものの狭間に在るものそれが我の在り方なり」

 

「ていうか……私、死んだんですか? で、でもなんで?」

 

問いは震えた。最後の記憶がない私にとって今起こってるこの現象は悪い夢にしか思えない。死んだ瞬間さえ覚えてないのに、『あなたはもう死んでます!』などと言われて信用できるだろうか。

 

アルセウスは首をかしげるように見えた。光が一瞬だけ強まり彼の輪が柔らかく揺れる。

 

「記憶の喪失は必ずしも損失ばかりではない。魂は激しい痛みや過重をそのまま抱え続けるとやがて崩れる。故に魂は自身を守るために記憶の一端を閉ざすことがある。忘却は時として慈悲となる」

 

「私……これからどうなっちゃうんですか?」

 

「汝を完全にかの世より取り返すことは、我が手の及ぶところに非ず。生と死の輪は織りなす糸の如く複雑なり。然れど、我は汝に新しき形を与えん。命は続き汝の選択は汝のものなり」

 

「新しき形って……?」

 

私は息を呑む。想像の及ばぬ答えが来ると、喉が渇いたように締まる。アルセウスは柔らかく微笑んだように見える。その表情は厳しさを帯びていながら、どこか母のような温もりがあった。

 

「汝は今度、人の形でなくとも、として世界に触れよ。使命は与えぬ導けとも守れとも命ぜぬ。ただ一つ、自由に生きよ。悩め、転べ、また立て……喜びを見出せ。汝が何を選ぶかその選択こそが汝の新しき物語を紡ぐであろう」

 

「自由に生きる……ですか」

 

アルセウスは続ける

 

「忘却は完全なる悪ではない。時に己を守り時に新たな始まりを用意する。汝が過去を全て求めんと欲すれば、それはまた別の試練を招くかもしれぬ。されど最も肝要なのは汝の心だ。己に正しくあれ。そして他を想えよ。然らば汝はどの形にあれ良く生くるべし」

 

言葉は終わると同時に、空間がゆっくりと光を帯びた。温かさが肌を撫で、胸の奥に小さな鼓動が生まれるのを私は感じた。これまでの自分の鼓動とは違う。サイズもリズムも異なるが、それは確かな「生」の合図だった。

 

身体が縮む感覚。視界が低くなる感覚。床の冷たさが足の裏に近く、匂いが濃く、世界の一つ一つが鮮やかに迫る。私は戸惑いながらも、どこか心地よさを覚えていた。

 

「時間だ……行くが良い」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……てっきり人間に生まれ変わるモンだと思ってたんだけどな」

 

ふわふわとした耳の感触、しっぽの柔らかさ。ガラスに映る姿を見れば小さなウサギのような体がそこにあった。なんと私はミミロルに生まれ変わっていたのだ。

 

ガラスの奥の景色を眺めてみる。私がいる場所はペットショップだった。棚には色とりどりの食べ物やぬいぐるみ、壁際にはケージが幾つも並んでいる。蛍光灯の淡い光が列を作り、ガラス窓越しに見える他のポケモンたちは、それぞれに落ち着きなく身を動かしていた。藁と餌の甘い匂い、そして消毒液のすっきりした香りが混ざって鼻をくすぐる。

 

「ペットショップ暮らしかぁ……」

 

昔本で読んだ事がある。野生ポケモンが1日のうちに外敵に襲われる確率はおよそ70%、子供のうちに生涯を終える確率はなんと42%もあるそうだ。私は自分に置かれた状況を再確認する。ケージの中には給水器や餌箱がある。エアコンがあるから暑さの心配も必要ない。外敵にも襲われない……まさに最高の空間。

 

「野生は厳しいってよく聞くし、逆にこっちの方が安全なのかも」

 

しかし、そんな楽観的思考はすぐに崩れる事となる。

 

 

 

 

転生してから1週間。

 

「はぁ……」

 

私はようやくこの生活の苦しさに気付いた。ガラス越しに外を眺めながら、私は思わず耳をぺたりと垂らす。

 

(自由に生きろ、なんて言われたけど。これのどこが自由なの?)

 

ここは小さなケージ。藁が敷かれ木の棒と水飲み場があるだけ。足を伸ばそうにも隅から隅まで数歩で終わる。人間だった頃は家や職場を行き来して、車を運転して、好きな時に外の風を吸えた。けれど今は……ただの商品でしかない。誰かに買われるまで、ここから出られない。

 

「私……ほんとに、自由を与えられたの?」

 

 

 

 

さて、ここでペットショップでの生活を紹介してあげよう。

 

昼間は、私はショーウィンドウの中の一匹として並べられている。明るい蛍光灯の下、通りを歩く人々の視線を浴び続ける。子どもがガラスを叩けば胸がびくりと震え、少し物音がすれば耳が勝手に動いてしまう。断片的に人間の頃の記憶があるせいでこの体での生活はストレスで溢れていた。

 

だが、それでもまだ昼はいい。人の声や光がある分、孤独を忘れられる。問題は夜だった。

 

『もう閉店だから奥に戻そうか』

 

そう言って店員がやってくると、私は掴まれて小さなキャリーに入れられる。そこから店の奥通路の影のような場所に連れていかれ、さらに狭いケージに押し込められる。

 

そこは窓もなく、灯りも最低限。昼間の広い(といっても数歩しか動けないが)ガラスケースと違い、今度は本当に身を丸めるしかない。床は鉄の網で、足の裏がじんじんと痛む。藁の匂いはなく、代わりに漂うのは消毒液と埃の混じった乾いた匂い。

 

他のポケモンたちも同じように狭いケージに収められている。鳴き声を漏らす者もいればすっかり諦めたように丸まって眠る者もいる。私は目を閉じて、ただひたすら耳を動かした。遠くから聞こえる時計の音と時折響く冷蔵庫のモーター音だけが夜を刻んでいた。

 

(アルセウス……あなたが言った「自由に生きよ」とは、こういうことなんでしょうか?)

 

胸の奥で問いかけても返事はない。代わりにケージの隣からふわりと声が届いた。

 

「……眠れないの?」

 

小さな囁き声。振り向けば格子の向こうに瞳が輝いていた。薄暗い中でその瞳だけが星のように光っている。

 

「慣れてない子はだいたいみんなそうだよ」

 

「……あなた誰?」

 

「それは僕にもよく分からない。でもニンゲンは僕のことをイーブイって呼ぶよ」

 

イーブイは少し尻尾を動かして格子に鼻先を押しつける。その仕草は妙に無邪気なのに、声色はどこか大人びていた。

 

「夜は暗いし、誰も見てない。ここじゃ、ただ朝を待つしかないからね」

 

私は胸を締めつけられるような思いで耳を伏せた。

 

「……やっぱり、自由なんてないじゃない」

 

その言葉にイーブイはしばらく黙る。そしてかすかに笑った。

 

「自由は……待つんだよ。ボクらは選べないけど、外に出た時には何にでもなれる。買われた先は楽しいかもしれないし、苦しいかもしれない。でも檻の外に出られるのは確かだ」

 

「外に出たら……何にでもなれる?」

 

「そう。だから焦らないこと。眠れない夜は話そう。僕でよければ付き合う。時間は何もしなくても過ぎてくれるから」

 

イーブイの言葉に私は小さく息を吐いた。暗闇の中で唯一寄り添ってくれる声がほんの少しだけ心を温めてくれた。

 

私は格子に前足を触れてそっと囁く。

 

「ありがとう……イーブイ」

 

それから数日が過ぎた。夜になるたび、私は隣のイーブイと囁き合った。

 

今日のご飯の事とか、今日きた客の話。前世の記憶を元に豆知識なんかも披露してみた。イーブイは驚きながらも耳を立てて、毎回私の話をじっと聞いてくれた。

 

逆にイーブイの話を聞くこともあった。彼は今よりもっと子供のころ山奥で群れからはぐれてここに捕まったらしい。「だからボクは、家族ってやつをよく知らないんだ」と言ったときの寂しげな目が焼きついて離れない。

 

毎晩行われるこれはハッキリ言って傷の舐め合いにすぎない。だがそれでも1匹で夜を過ごすよりは100倍マシだった。私の同じ辛い境遇にいる子がいて、それに慰められるのも、慰めるのも、平常心を保つのには十分すぎるくらいだった。

 

しかしそんな生活も長くは続かなかった。

 

『このイーブイ、もうすぐ一歳だろ? そろそろ値がつかなくなる』

『そうねぇ……可愛いけどね、売れ残りは置いとけないし。来週売れなかったら工場送りかしら』

『……そうですか』

『そんな気を落とさないで。この仕事やってたら絶対こういう事は起こる。仕方のない事なの』

 

とある晩、奥の倉庫で店員たちが話している声が耳に飛び込んできた。私は思わず息を止めた。

 

(……工場送り?)

 

その言葉のなんと不穏なことか。思わず体が震える。ケージに戻されてからも何も言えなかった。隣で「どうしたの?」と覗き込むイーブイに、ただ首を振るだけだった。胸の奥に鉛のような塊が居座って、声にならなかった。

 

そして一週間後のとある朝。いつも隣にいたイーブイの姿は、もうなかった。

 

「え……」

 

格子の隙間から覗いても、どこにもいない。

 

すると店員の話し声が聞こえる。

 

『あれ? イーブイは?』

『イーブイなら、昨日の夜に引き取られたよ』

『あー……そうですか』

 

『引き取られた』が、あの言葉。工場送りを指すのか、本当に誰かに買われたのか私には確かめる術もない。ただ空になった隣のケージだけが、答えの代わりのように私を見つめ返していた。

 

私は今日も店員に連れられてショーウィンドウに並べられる。胸の中はイーブイの事でいっぱいだった。彼はどうなったのか。今もまだ生きているのか。悶々としている時、とあるものが目に入る。

 

【大型ポケモン用無添加ミート! 動物性タンパク質70%使用!】

 

ポスターに描かれた肉の山を見た瞬間、背筋が凍りついた。

胸の奥がぎゅっと締め付けられる。息が上手にできない。

 

(まさか……そんな……)

 

頭の中で、あの夜の会話が蘇る。

 

『そろそろ値がつかなくなる』

『来週売れなかったら工場送り』

 

工場送りとはつまり……

 

胸の中で渦巻く疑念が、ついに形を持ち始めた瞬間だった。

 

「無添加ミート……工場送り……売れ残り……」

 

喉の奥が焼け付くように熱くなる。イーブイの行き先。工場送り。肉。全ての点が一本の線に繋がろうとしていた。

 

「ま、まさか……!」

 

胸の奥の叫びは止められなかった。その時だった。

 

カラン、と小さな鈴のような音。ふと視線を上げると、ガラスの向こうに少女が立っていた。6歳くらいだろうか。大きなリボンをつけ、隣には母親らしき人がいる。無邪気な瞳が、まっすぐに私を覗き込んでいた。

 

「……っ!」

 

思考より先に、体が動いた。私はガラスに駆け寄り、前足で必死にそれを叩く。

 

「助けて!! お願い!! ここから出して!!!」

 

声は震え、涙が溢れた。それでも叫ばずにはいられなかった。喉が裂けてもいい、手が千切れても良い。イーブイを失ったこの現実を黙って受け入れるなんて、到底できなかった。

 

「ここは牢屋なの!! 私は商品じゃない!! お願い、聞いて……助けて!!」

 

しかし少女にはポケモンの言ってる事が分からない。

 

『ピョンピョンしてる〜! かわいい〜♡』

 

ぱあっと笑顔を浮かべ、ガラスに顔を押しつける。その瞳には恐怖も悲哀も映らず、ただ『愛らしいミミロル』が跳ねている光景しかなかった。

 

「違う!! 可愛いとかじゃない!! 本当に、助けてってば!!!」

 

私は爪が割れそうになるほどガラスを引っ掻いた。耳をばたばたと振って必死に訴えた。けれど少女はキャッキャと笑うばかりで、背後の母親が「ほら、時間よ」と声をかけるとあっさりと手を振って立ち去ってしまった。

 

残されたのは、私のかすれた声とガラスに映る哀れなミミロルの姿だけ。

 

「…………」

 

膝が震え、力が抜ける。私は床に崩れ落ちた。叫んでも届かない現実。真実に触れかけているのに、どうしても誰にも伝わらない。胸の奥に残ったのは、どうしようもない孤独と、焼けつくような悔しさだった。

 

「なんで……なんで……こんな事に……」

 

そこから先は地獄のような日々だった。

 

次々と仲間が消えていく。朝には隣にいたはずの姿が、夜にはもうケージからなくなっている。買われていったのか、工場送りなのか、確かめる術はない。ただ残されたケージの空虚さだけが、無言の答えとして突き刺さる。

 

「また一匹いなくなった……」

 

心の中で数えることが、いつの間にか習慣になっていた。ここに来てから1週、2週、3週間。気がつけば、新入りの方が多くなり、古参はどんどん減っていく。

 

私は昼間、ガラス越しの人間たちに必死にアピールした。立ち上がって耳をぴょこんと動かし、わざと可愛らしく前足を揃えてみせる。尻尾を揺らし、時には跳ねてみせる。

 

どうか、見つけて。どうか、私を選んで。

 

だがその努力は虚しく笑顔に変換されるだけだった。

 

「見てマー君! ぴょんぴょんしてる!」

「かわいいね。でも今日は見るだけだよ」

 

私の叫びは、ただのパフォーマンスにしかならない。本気で訴えても、言葉は届かない。売れ残ったらどうなるかなんて人間達は想像する必要もないから。

 

そして夜が来る。暗い奥の小さなケージに押し込まれ、鉄の床に身を丸めながら私は震える。仲間たちも、次は自分かもしれないという恐怖に押し黙っている。時折すすり泣く声が聞こえるが、それすら長くは続かない。諦めが涙を乾かしていくからだ。

 

私は耳を伏せ、胸の奥で何度も同じ問いを繰り返す。

 

(明日、私はまだここにいるの? それとも……)

 

眠るたびに、次に目を覚ました時もう誰も隣にいないのではないかと思う。自分の番がいつ来るか分からない。

ただ、それが確実に近づいていることだけは理解してしまっている。

 

売れ残ることが、こんなにも怖いなんて。自由に生きろと言われたのに、私は今や死を待つことしかできていない。

 

もう、限界だった。

 

(今日で何日過ぎた? 1ヶ月? 2ヶ月? そもそも今私生まれてから何ヶ月なんだ? もしかして工場に送られるのはもうすぐ?)

 

その日も同じように朝を迎え、私は薄暗いケージの中で丸くなっていた。いつもと変わらないはずだった。

 

その時。

 

ギィ、と金属音を立てて扉が開いた。蛍光灯の白い光が差し込み、影が伸びる。

 

店員の足音が近づく。そして、迷うことなく私のケージの前で止まった。次の瞬間、冷たい手が私の体をがしりと掴み上げる。

 

「ーーっ!!」

 

頭が真っ白になる。呼吸が止まり、鼓動が耳を打ち破るほど響く。

 

(あ、あぁぁ! ついに……私の番……!)

 

工場送り。その言葉が脳裏で爆ぜた瞬間、体が勝手に暴れた。

 

「やだ!! 離して!! 行きたくないっ!!」

 

足を突っぱね、必死に店員の腕を蹴る。爪が空を掻き、耳が乱暴に揺さぶられる。喉が裂けそうなほど叫びながら、私はもがき続けた。

 

「いやあああ!! 殺さないで!! やめて!! お願い! お願いします!!!」

 

尻尾を振り乱し、必死に抵抗しても、店員の腕はびくともしない。むしろ力を込めて、私の体をさらに強く押さえ込んだ。

 

「……落ち着け」

 

無機質な声。感情の欠片もない。私の恐怖も、必死の叫びも、ただの「騒ぐ商品の音」としか認識されていないのかも。

 

視界が涙で滲む。隣のケージの仲間たちが、怯えた瞳でこちらを見つめている。次は自分かもしれないという震えを、必死に隠すように身を縮めて。

 

(助けて……誰か……! 死にたくない……!!)

 

それでも私は暴れることをやめなかった。この手を振りほどけなくても、喉が潰れるまで叫ぶしかなかった。生きたい、ただその一心で。

 

「やだ!! いやあああ!!!」

 

爪が割れ、喉が痛みに裂けても、私は必死で抵抗した。だが次の瞬間……

 

「これから新しい家族のとこに行くってのに……暴れんなよ」

 

店員の低い声が耳の奥に落ちてきた。

 

「……え?」

 

頭が混乱する。

 

(工場じゃない……? 新しい家族……?)

 

胸を締め付けていた死の恐怖が一瞬だけ形を崩した。だが……まだ信じ切れない。

 

(本当に? 本当に私は……殺されない?)

 

そのまま段ボールの小さな箱に入れられ、店の外へと運ばれる。外気の匂いが鼻をくすぐった瞬間、涙がまた溢れた。ここに来てから初めて嗅ぐ自由の匂い。

 

(本当に……生き延びたの……?)

 

箱が揺れ、耳に聞こえる。なんと無邪気な声だろうか。

 

「わぁ! ミミロルだ! かわいい!!」

 

あの子だった。ショーウィンドウ越しに、私を見ていたあの女の子。大きなリボンを揺らし、両手を胸の前でぱんと合わせて、私を見つめている。

 

すると母親らしき人が微笑みながら言う。

 

「そうよ。今日からこの子は、あなたのポケモンよ。仲良くしてあげてね」

 

少女は小さな手を差し伸べる。その瞳の中には、恐怖も、絶望も映っていない。まるで光輝く太陽のように無垢なものだった

 

「……あぁ……あぁぁぁ!」

 

まともに言葉が出ない。胸に積もっていた恐怖と孤独が一気にほどけて涙になる。でも彼女にはその意味は分からない。私のすすり泣きも、ただ『ちょっと怯えてるみたい』としか映らないのだろう。

 

「だいじょうぶだよ、いっしょにあそぼ!」

 

少女の声はあまりにも無垢で、あまりにも優しかった。私はその小さな手に、そっと前足を重ねた。本当に救われたのか、それともまた新しい檻が始まるのかは分からない。

 

(でも……それでも……)

 

少なくとも今は、生きている。生きていける。それだけで胸が震えるほど嬉しかった。

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