転生したらミミロルになってた件   作:ダダダダダっ子

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新たな日常へ

最初の夜、私は戸惑いの連続だった。店員に連れられて車に揺られて気付けば知らない部屋の中。蛍光灯の冷たい光ではなく、温かな電球色の明かりが天井から降り注いでいる。床は鉄の網ではなく柔らかなカーペット。鼻をくすぐるのは消毒液ではなくカレーの匂い。夕飯だろうか?

 

「お父さん、お母さん! 見て! わたしのミミロルだよ!」

 

小さな少女が弾むように私を抱えてリビングに駆け込む。母親らしき女性は「可愛いわね」と笑顔を浮かべ、父親らしき男性はテレビを見ながら「世話はちゃんとするんだぞ」と少しぶっきらぼうに言った。その声音に冷たさはなく、むしろ呆れ半分の優しさがにじんでいた。

 

その夜は少女の部屋で過ごした。部屋の隅には小さなベッドと机。壁にはカラフルなシールやポスター。そして、私のために用意されたふかふかのクッションがあった。

 

(柔らかい……)

 

藁でも鉄の網でもない。身を丸めるだけで体温が逃げていかない。私はクッションに鼻を埋め、思わず涙が滲んだ。これだけで、生きている実感が胸を満たしていく。

 

「おやすみ、ミミロル」

 

布団に潜り込む少女が、小さな手を伸ばして私の耳を撫でる。その温かさに包まれながら私は眠りに落ちていった。

 

 

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この家に来てから数週間がたった。新たな環境で過ごしていくうちに今の自分の状況について十分に理解出来てきたと思う。

 

「んん……ミミロル……おはよう」

 

私の隣で眠っている女の子。名前はリナらしい。彼女はまだ小学生になったばかりなのに親に起こされずに自分で起きれるという。この年にしてはよく出来た子だ。

 

「リナーっご飯もう出来てるわよー」

 

扉の向こうから女性の高い声がする。エバの母親の声だ。名前はサユリ。銀行員と主婦を両立しているスゴい人で朝食や夕食の準備をしながら、私にもポケモン用のフードとカットした野菜を小皿に用意してくれる。

 

「はぁい、今行くよ」

 

リナは部屋のドアを開けてリビングに向かっていく。私はその後ろをとてとてと着いて行った。リビングのドアを開けると、コーヒーのいい香りが辺り一面に漂った。

 

「おはようリナ……今日も1人で起きれて偉いな」

 

父親のタクミさんは会社勤め。帰りは遅いが週末や長期休みになると必ず家族を連れてどこかに遊びに行く。少し不器用で口数も少ないけれど、リナの事を大切に思っているらしく毎日話を聞いている。私に対しても「ちゃんと面倒見てもらってるか?」と頭を撫でながら聞いてくるのがどこか可愛い。

 

「ミミちゃんのご飯も用意してるからね」

 

サユリさんは私の目の前にご飯を置く。今日のメニューはカットしたレタスとにんじん。チーズ風味のポケフードだ。あのペットショップで食べさせられていた味気ないペレットとはまるで違い、柔らかい香りとほんのりとした甘さが舌に広がる。食べるたび涙が出そうになるほどだった。

 

「いってきまーす!」

 

リナ達が学校へ、職場へと向かうために家を後にする。私は家に残って1匹お留守番だ。現在の時刻は8時40分。ここから15時になるまで誰も帰ってこない。そしてこの6時間私は何もせずに過ごしているのかと聞かれると無論、そんな事はない。

 

「リビングや玄関の雑巾掛けに、床に落ちた体毛の処理。ティッシュやトイレットペーパーの補充。そして……害獣退治!」

 

私はカーテンからチョロチョロと出ている尻尾をギュッと掴む。小さい悲鳴と共に現れたのはオレンジ色の体をしたずんぐりむっくりのポケモン、デデンネだった。

 

「チュヤー! 僕は害獣じゃないでチュ! 訂正してくだチャい!」

 

「うるさい! お前のせいで先月の電気代2万超えたんだぞ! ママさんが嘆いてたんだぞ!」

 

「ニンゲン共の都合なんてボク知らないデチュ! さっさと電気吸わせてくだチャい! コンセントよこせ!」

 

デデンネは私に尻尾を掴まれたままジタバタと体を揺らす。電気を出されたら厄介なので私は窓を開けて外に放り投げた。デデンネは地面に激突し『チュゲッ!』と声をあげる。

 

「出てけ! 2度と来んじゃねぇ!!!」

 

「この……ニンゲンの奴隷め! こんどは20万吸い取ってやるでチュ!」

 

そう言うとデデンネは茂みに向かって走り去っていった。

 

「やれるもんならやってみろってんだよ……まったく!」

 

デデンネを追い出して一息ついた時、時計の針は12時30分を指していた。もう特にやる事もないのでテレビでも見ようかと思ったその時、自分の耳がぴくぴくと痙攣する。

 

「……ん? 人間の声?」

 

気になったので私は窓を開けて耳を出し、会話を盗み聞きする事にした。

 

「ねえ聞いた? 近所のチラーミィ、いなくなったんだって」

「ほんと? この前はピチューがいなくなったって言ってたじゃない」

「そうそう。もうここひと月で3匹目よ。みんな小さい子ばっかりなのよねぇ」

 

耳がピクリと動く。小型ポケモンが行方不明?

 

「夜になると姿を消すらしいのよ うちのエネコちゃんだって心配で心配で……」

「やだぁ、怖いわねぇ 変な人が捕まえてるんじゃない?」

「でも交番も動いてるみたいよ? それで何にも足取りが掴めないなんて……ねぇ?」

 

おばちゃん達は、野菜の詰まった袋を片手に大げさな身振りを交えながら話し続ける。やがて十字路に差し掛かり木々に遮られて彼女達の姿は見えなくなった。

 

「……ちゃんと戸締りしとかなきゃだな」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

時刻17時。この時間になるとリナが家に帰ってくる。そのあとにサユリさん、19時ごろになってからタクミさんという順番だ。ところが今日は違った。

 

「ただいまー……あれ? ミミちゃんしかいないの?」

 

今日、最初に家へと戻ってきたのはサユリさんだった。珍しい事もあるんだなと思いながら玄関の靴を並べる。

 

時刻18時。リビングにシチューのいい匂いが漂う。サユリさんが調理しているのだ。サユリさんがエプロン姿で鍋をかき混ぜ、時おりスプーンで味見をしては「うん、いい感じ」と小さく頷いている。

 

私は足元に座り込み、おこぼれを貰いながら耳をそばだてていた。

 

(もうすぐリナが帰ってくるはず……だよね?)

 

しかし、玄関の扉は開かない。外はすでに夕暮れ。オレンジ色の光が窓から差し込み、リビングを照らしていた。

 

「リナ遅いわねー」

 

サユリさんも腕時計をちらりと見ている。声は努めて落ち着いていたが、指でトントントンと机を何回も叩いていた。

 

(リナちゃんが家族に連絡もなしに帰ってこないなんて事は無かった……無事だといいけど……)

 

胸の奥がざわざわと騒ぎ始める。私は玄関のほうを向き、耳をピンと立てて待ち構えた。けれど、聞こえるのは外を走る車の音と、鍋のぐつぐつ煮える音だけ。

 

そして時計の針が19時35分を指す。玄関のドアが開き、帰ってきたのはタクミさんだった。しかし、その背後にリナの姿はなかった。

 

「ただいま、少し遅くな……どうしたんだ?」

 

彼は上着を脱ぐ間もなく、サユリさんの顔色を見て立ち止まった。リビングには、張り詰めた空気だけが満ちていた。

 

「……リナが帰ってこないの」

 

サユリさんの声は小さく震えていた。タクミさんは一瞬だけ黙り込み、すぐにスマホを取り出す。

 

「学校には連絡したか?」

 

「したわ。先生たちにも確認してもらったけど、下校時刻には確かに出たって……」

 

タクミさんの顔が険しくなる。

 

「警察だ。すぐに通報しよう」

 

電話を掛けるサユリさんの声はどこか上ずっていて、普段の落ち着いた雰囲気はすでに消え失せていた。タクミさんも「はい……はい……」と短く返事を繰り返しながら、電話片手に家の中を落ち着かない様子で歩き回っている。

 

(リナ……どこにいったんだろ……)

 

私は落ち着けずに辺りをうろうろ歩き回っている。不安で心が一杯になったその時、コンセントのあたりから、かすかな電気のはぜる音がした。目を細めて音の立てた方を見ると、小さな影がそこにちょこんと現れていた。

 

(!)

 

丸っこい体にオレンジ色の体。デデンネだ。サユリさんやタクミさんは気づかずに電話に集中している。

 

「やあ、また来たでチュ」

 

「……なんの用? 2度と来るなって言ったはずなんだけど」

 

デデンネは私にだけ聞こえるように、ひそひそ声で話しかけてきた。頬袋をぷくりと膨らませて無表情で呟く。

 

「お前ん家のガキ……どこにいるか、ボク知ってるでチュ」

 

胸がぎゅっと締めつけられる。私はズカズカとデデンネに近づき首の肉を思いっきり掴む。

 

「お前が! お前が何かしたんか!?」

 

「い、いたたた! 違う! 違うでチュ! 落ち着いて落ち着いて!」

 

デデンネは手足をバタバタさせながら必死に否定する。頬袋がぷくぷくと光り始めたが、私がさらに力を込めると、かすかに火花を散らすだけで、放電する余裕もないようだった。

 

「なんでリナちゃんが帰って来ない!? あなた何か知ってるの!?」

 

「ボ、ボクは……見ただけでチュ! 夕方、あのニンゲン……森の方へ連れてかれるのを見たんでチュ!」

 

「森……? 誰が連れてった?」

 

「……でっかい虫ポケモンでチュ。緑色で、腕がカマみたいな……たぶん、ハハコモリでチュ」

 

私は息を呑んだ。ハハコモリ……森に住む母なる虫ポケモン。だが人間の子供をさらうなんて話は聞いたことがない。

 

「リナは……無事だよね?」

 

「し、知らないでチュ! でも確かに、泣きながら抱えられてたのは見たでチュ……! 信じるかどうかは勝手でチュけど!」

 

私はデデンネを放り出した。床に転がった彼は「いたた……」と呻きながら赤くなった頬をさすっていた。

 

リビングの向こうでは、まだサユリさんとタクミさんが警察へ必死に状況を説明していた。もちろん彼らにはデデンネの声は届いていない。

 

(早く伝えないと……いや待て! そもそも私はポケモンだ。人はポケモンの言葉がわからない。どうやって伝える? そもそもそんな猶予あるのか? そうこうしているうちに遠くへ逃げられたらエバちゃんは……)

 

私は強く歯を食いしばったあと、デデンネの方を見る。

 

「おい! デデンネ! 私を案内しろ!」

 

「え!? 行くんでチュか!?」

 

「うるさい! 時間はもう無いかもしれないんだ! ほら早く!」

 

「わ、分かったでチュ。こっちでチュ!」

 

私は窓から地面に飛び降りると、すぐさま森の方角へと駆け出した。せっかく出来た新しい生活、新しい家庭。失うわけにはいかない。

 

「絶対に……絶対に! リナちゃんを助ける!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

警察署・監視カメラ室。モニターには、リュックを背負った少女が帰宅途中の道を歩く映像が映っている。

 

「ここです!」

 

捜査員が早送りを止めた。夕暮れの歩道に、影が差し込む。木立の奥から、異様に大きな影が現れた。緑の体、葉っぱのような手を持つ虫ポケモン、ハハコモリの姿だった。

 

次の瞬間、映像の中で少女が捕えられる。ランドセルだけが道路に残され、ハハコモリは少女を抱えたまま素早く森の奥へ消えていった。

 

「……確定ですね」

 

警部補が低く呟き、無線を取る。

 

「こちら第七分署、映像で確認。被害者・少女一名がハハコモリに拉致されました。至急、『団体』へ救助支援を要請願います」

 

すると無線の奥から低い声が返ってくる。

 

『了解。捜索班を編成、空路からの捜索も行う。現場警察は周辺住民の説明と情報提供に専念してください』

 

「感謝します。では、後ほど」

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