宇宙の帝王がウマ娘のいる次元に来る話   作:灯火011

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宇宙の帝王、登場!

 宇宙の帝王にとって、それはほんの些細なアクシデントに過ぎなかった。

 

 ある宇宙の端。その星で激しい戦闘の最中、突如として発生した時空の裂け目。ブラックホールにも似た超重力の渦に巻き込まれたフリーザは、咄嗟に出力を上げて脱出を試みた……はずだったが、気づけば見知らぬ路地裏に降り立っていた。

 

「力の大会以来……少しばかり、甘くなりましたかね」

 

 自身の両手を眺めながら、フリーザは自嘲気味に呟いた。かつての自分であれば、周囲の空間ごと消し飛ばしてでも強引に突破していただろう。地獄での精神統一や、あの孫悟空たちとの共闘を経て、良くも悪くも自分の中に奇妙な余裕が生まれていることを自覚させられる。

 

 気を取り直し、周囲を見渡す。アスファルトの道路、無機質なビル群、そしてそこを行き交う人々。孫悟空のいる地球の景色とよく似ていたが、決定的な違和感があった。

 

(……人間しかいませんね)

 

 スカウターがなくても、気の探り方にはすっかり慣れた。道行く者たちの戦闘力は、せいぜい「5」にも満たない。地球特有の獣人タイプの人間もいなければ、空を飛ぶエアカーもない。ただの人間だけが存在する、極めて原始的で平凡な世界……。

 

 そう結論付けようとした時、フリーザはふと、遠くの巨大なモニターに映る『馬の耳と尻尾を生やした少女たちが、トラックを走る姿』を目に留めた。

 

(おや? 種族は他には居ないかと思いましたが、あれは……?)

 

「そこの君。ちょっといいかな?」

 

 思考を遮るように、背後から声をかけられた。

 

 振り返ると、紺色の制服を着た男――この星の治安維持を担う警察官が、呆れたような、それでいて警戒したような目でフリーザを見ていた。

 

「よく出来たコスプレだねえ。ドラゴンボールのフリーザですか? でも、真昼間の町中でやるのは感心しないな。ほら、その尻尾とか、歩行者の邪魔になっちゃうからさ」

 

 フリーザの眉間がピクリと動いた。

 

(この私を捕まえて、こすぷれ? おまけに邪魔だと? ……消し炭にして差し上げましょうか)

 

 右の人差し指に、微かに紫色のデスビームの輝きが灯りかける。しかし、その時フリーザの脳裏に、無邪気で残酷なあの「全王」の顔がフラッシュバックした。

 

(いけませんね。この次元のどこで、あの全王様が見ているやもしれません。そうでなくてもビルス様に目を付けられているというのに。軽挙妄動は避けるべきでしょう)

 

 フリーザはスッと指先を下ろし、見事なまでに猫を被った、というよりは宇宙の地上げ屋としての営業スマイルを浮かべた。

 

「……ホッホッホ。これは失礼いたしました。決して怪しい者ではないのですよ。捜査に協力いたしましょう」

 

「お、意外と素直だね。じゃあ、ちょっと署までご同行願えるかな」

 

 パトカーに乗せられる宇宙の帝王という、なんともシュールな光景のまま、車は走り出す。道中、フリーザはどうしても気になっていたことを尋ねた。

 

「一つ、お伺いしても? そもそも、なぜ私の……いや、『フリーザ』という名前をご存知なのです?」

「えっ? いやいや、そりゃあ『ドラゴンボール』って漫画からでしょ? 最近『スーパー』のアニメもやってたしねえ。いくらなんでも有名すぎるよ」

「まんが……あにめ……?」

「っていうかお兄さん、声までフリーザそっくりだねー! 声優さんでも目指してるの?」

 

(私の輝かしい宇宙支配の歴史が、この星では娯楽作品として消費されているとでも……?)

 

 全く会話が噛み合っていない。フリーザの中で静かな怒りと困惑が渦巻いたが、顔には決して出さなかった。

 

 やがて、警察署に到着する。取調室へ向かう前、警察官は洗面所へとフリーザを促した。

 

「さ、まずはその見事なメイクを落としてねー。話はそれからだ。石鹸はそこにあるから」

「……」

 

 促されるままに鏡の前に立つフリーザ。純白と紫の皮膚。血の通った、完璧な肉体。落ちるようなメイクなど、最初からどこにも存在しない。

 

(……もう、よろしいでしょう)

 

 蛇口から水が流れる音が、静かな洗面所に響く。フリーザが顔を洗う素振りを一切見せないことに気づき、警察官がいぶかしげに近づいてきた。

 

「どうしたの? 早く落とし――」

 

――ビュンッ!!!

 

 空気を裂く鋭い音と共に、真っ白で太い『尻尾』がうねり、警察官の首と胴体を瞬時に拘束した。

 

「う、ぐっ……!? な、なんだ、これ……!?」

 

 ギリギリと締め付けられ、警察官の顔が青ざめる。作り物の小道具などではない。生々しい筋肉の動きと、冷たく硬い感触が、それが本物の生体器官であることを彼に悟らせた。

 

「メイク、ですか? ……困りましたねぇ」

 

 フリーザはゆっくりと振り返り、鏡越しではなく、直接その冷酷な真紅の瞳で警察官を見据えた。

 

 口元には、先ほどの営業スマイルとは違う、絶対的な強者としての嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

 

「私、本物なんですよ。ちょっとばかり、迷い込んでしまった、ね?」

 

 息も絶え絶えになる警察官を尻尾で宙に吊り上げながら、フリーザはこの未知の地球――どうやら足の速い小娘たちがもてはやされているらしいこの世界を、どのように楽しんでやろうかと、静かに笑い声を上げた。

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