トレセン学園の巨大な学生食堂は、夕食時ということもあり、凄まじい熱気と喧騒に包まれていた。
「……なるほど。これがこの星の、成長期のアスリートたちのエネルギー源というわけですか」
フリーザは、案内されたテーブルの席につきながら、周囲の光景に興味深そうに目を細めた。
隣の席で優雅にナイフとフォークを使い、分厚いステーキを切り分けているジェンティルドンナの食べっぷりもなかなか豪快だが、フリーザの視線は、少し離れた席に釘付けになっていた。
そこには、灰毛のウマ娘――オグリキャップが座っていた。
否、正確には、彼女の前にそびえ立つ『標高数十センチはあろうかという、日本昔話のような白米の山』と、それが次々とブラックホールのような彼女の胃袋へ吸い込まれていく異常な光景に、である。
「おかわりだ。タマ、次はどんぶりで頼む」
「まだ食う気かいな!? ったく、オグリの胃袋はどうなっとるんや……!」
タマモクロスが呆れ顔で巨大な炊飯器からご飯をよそっている。その横で、オグリキャップは無表情のまま、もきゅもきゅと凄まじいスピードで咀嚼を続けていた。
「……信じられませんね」
フリーザは自身の前に置かれた上品な紅茶のカップを持ち上げながら、ポツリとこぼした。
「あの底なしの食欲……かつて私と死闘を演じた、孫悟空やベジータを思い出しますよ。あの忌々しい野猿どもも、戦いの前後はあのようにバカみたいに飯を食い漁っていましたからね」
その独り言は、周囲の喧騒に紛れて消える……はずだった。
「あ、あのっ……!!」
突如、隣のテーブルの影から、ひょっこりと顔を出した者がいた。
ピンク色の髪に、どこか落ち着きのない瞳。呼吸を荒くし、何かに耐えるように両手を胸の前でギュッと握りしめているウマ娘だ。フリーザが振り返ると、彼女はビクリと肩を震わせる。
「ヒッ……い、いきなり話しかけて申し訳ありませんっ! で、でも今、孫悟空やベジータというお名前が聞こえたものでして……! あの、フリーザ様! や、やっぱり、彼らって本当にあんな大食いなんですか……!?」
食い気味に、そして異様な熱量で尋ねてくる彼女に対し、フリーザは特に気分を害した様子もなく、目を丸くして尋ねた。
「おや。貴女、お名前は?」
「はっ! ア、アグネスデジタルと申します! そ、その、少しばかり漫画などのカルチャーに興味がありまして……つい、耳に挟んでしまい……!」
挙動不審に自己紹介をするアグネスデジタル。フリーザは少し思案した後、ポンと手を打った。
「ふむ。と、すれば……貴女は彼らのファン、というところですかね?」
「え!? あ、ええと、ファンというか、なんというか……尊い存在を陰から見守る一介のオタクといいますか……!」
「ホッホッホ。無理もありません」
フリーザは上機嫌に笑い、紅茶を一口飲んでから、至極真面目な顔で頷いた。
「あれは素晴らしい作品でした。先日の夜、寮の談話室に置いてあったものを拝見したのですが、思わず一晩で全巻読み切ってしまいましたよ、ホホホ」
「――ッ!?」
その瞬間、アグネスデジタルの脳内で何かが弾ける――スイッチが入る――音がした。
『宇宙の帝王(ご本人)が、自身が登場する大ヒット少年漫画を一気読みし、しかも大絶賛している』という、あまりにも非現実的でメタ的なシチュエーション。オタクとしての血が、完全に沸騰したのだ。
「フ、フリーザ様も読まれたんですか!? あ、あのっ、ナメック星編の圧倒的な絶望感たるや、もう言葉にならなくて! 特にフリーザ様の第二、第三形態への変身シーンのコマ割りや見開きは、漫画史に残る芸術的な――!!」
「ええ、わかりますよ。あの鳥山という作者、私の見せ方を実によくわかっている。絶望から這い上がる主人公の構図を引き立てるための、私の悪役としての立ち回り……あれは中々に計算された見事な采配でした」
「わ、わかりますぅぅぅ!! 敵役(ヒール)に圧倒的な魅力があってこそ、物語は輝くんです! まさかご本人様とこんな高度な解釈違いのないトークができるなんて…………ッ!!」
「ホッホッホ。貴女、なかなか見どころがありますねぇ。よければ、あのセル編以降の展開の考察について、少しお聞かせ願えますか?」
「はいぃぃっ!! 喜んでぇぇぇ!!」
大興奮で身を乗り出し、早口で漫画談義を繰り広げるアグネスデジタルと、それに紳士的な笑みで応じ、的確な作品批評を返す宇宙の帝王フリーザ。
「…………」
そのカオス極まるテーブルの向かい側で、ジェンティルドンナは静かにステーキの最後の一切れを口に運び、食後の水を飲んでいた。
圧倒的なパワーと覇気を持つ自分には見せたことのない、異様に和やかなフリーザの姿。そして、普段はウマ娘の尊さに悶え苦しんでいるデジタルが、宇宙人と意気投合している奇妙な光景。
「……全く」
ジェンティルドンナは呆れたように小さくため息をついた。
だが、その表情は決して不快そうではない。むしろ、この底の知れない宇宙の帝王が、自分たちウマ娘のコミュニティに思いのほか自然に、しかも漫画を通じて、馴染んでいることに、微かなおかしみすら感じているようだった。
「まあ、退屈しない相手であることだけは確かですわね」
そう呟いて、ジェンティルドンナは食後の紅茶のをもらいに、席を立つのであった。
一旦〆です。こんなフリーザ様もいいなって。