宇宙の帝王がウマ娘のいる次元に来る話   作:灯火011

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 洗面所から響いたくぐもった呻き声と、異常な気配。それに気づいた数名の警官が慌てて駆けつけると、そこには宙吊りにされ白目を剥く同僚と、涼しい顔で立つ異形の宇宙人の姿があった。

 

「な、なんだお前は!?」

「署内で暴漢だ! 応援を呼べ!!」

 

 すぐさま警報が鳴り響き、署内は大混乱に陥った。

 

 四方八方から警棒や拳銃を構えた警官たちが押し寄せるが、誰一人として不用意に近づくことはできない。フリーザが放つ、生物としての根源的な「格の違い」――圧倒的なプレッシャーが、彼らの本能に警鐘を鳴らしていたのだ。

 

「ホッホッホ。そう怯えないでください。私はただ、手を洗いに来ただけですよ」

 

 フリーザは拘束していた警官を無造作に床へ放り投げると、悠然と歩き出した。

 

 後ずさりする警官たちをまるで先導させるかのように、あるいは彼らを引き連れるかのように、フリーザはゆっくりと階段を下り、広々とした1階のロビーへと歩みを進める。

 

 ロビーにはすでに数十人の警官が集結し、出入り口を封鎖してフリーザに銃口を一斉に向けていた。張り詰めた空気が、針を落としただけでも爆発しそうなほどにピンと張り詰めている。

 

「どうやら、何か誤解があるようですね。ひとまず話し合いを――」

 

 フリーザが両手を軽く広げ、紳士的に語りかけようとした、その瞬間だった。

 

 極度の緊張と、目の前の存在が放つ得体の知れない恐怖に耐えきれなくなった若い警官の一人が、思わず引き金に指をかけてしまった。

 

パーンッ!!!

 

 鼓膜を劈くような発砲音がロビーに響き渡る。放たれた弾丸は、一直線にフリーザの眉間へと吸い込まれ――

 

「……おやおや」

 

 パキン、と。

 

 フリーザの顔の数センチ手前で、弾丸はピタリと止まっていた。いや、正確には、フリーザが右手の人差し指と親指で、飛来する銃弾をいとも容易く『つまんで』いたのだ。

 

「ひっ……!?」

「う、撃った弾を、指で……!?」

 

 絶望的な光景に、警官たちの顔から血の気が引く。フリーザはつまんでいた弾丸をクシャリとひしゃげさせ、床にポロリと落とすと、極上の笑みを浮かべた。

 

「まあこれはこれは。野蛮なご挨拶ですねぇ」

 

 その笑顔のまま、フリーザの瞳の奥に冷酷な光が宿る。

 

「ひとまず、落ち着いてお話をしましょう。……さもなくば」

 

 フリーザがスッと人差し指を正面玄関のガラス扉の向こう――駐車場へと向けた。

 

 そして、指先から放たれた極小の赤いエネルギー弾が、音もなくガラスをすり抜け、外に停められていたパトカーに着弾する。

 

――ドギュウウゥゥンッ!!!

 

 凄まじい爆発音と共に、パトカーが一瞬にして炎に包まれ、大破した。爆風で玄関のガラスが粉々に砕け散り、ロビーにいた警官たちが悲鳴を上げて床に伏せる。熱風と黒煙が吹き込む中、フリーザだけが微動だにせず、ただ静かに微笑んでいた。

 

「……お分かりですね?」

 

 その一言は、決して大きな声ではなかったが、炎の爆ぜる音を縫って全員の耳に確実に届いた。

 

 逆らえば、次は自分たちがこうなる。

 

 絶対的な死の恐怖がロビーを支配した、その時。

 

「ま、待てっ!! 撃つな! 銃を下ろせぇぇっ!!」

 

 2階の階段から、制服の乱れも気にせず、文字通り転がり出るようにして恰幅の良い男が駆け下りてきた。顔中から滝のような冷や汗を流し、息を乱している。

 

「わ、私がこの署の責任者、署長です……! お、お話をお聞きします! ですからどうか、お鎮まりを……ッ!!」

 

 土下座せんばかりの勢いで頭を下げる署長を見下ろし、フリーザは満足げに目を細めた。

 

「ええ、喜んで。ようやく、話の通じる方がいらっしゃいましたね」

 

 

 署長室の重厚なソファに、フリーザは優雅に足を組んで腰を下ろしていた。対面に座る署長は、いまだ額に汗を滲ませながらも、震える手で淹れたての紅茶を差し出す。

 

「……なるほど。ブラックホールのような時空の裂け目に、ですか」

 

「ええ。お恥ずかしい話ですが、少々油断をしましてね。気づけばこの見知らぬ地球にいた、というわけです」

 

 フリーザは紅茶の香りを楽しみながら、極めて紳士的な態度で事情を説明した。先ほどの暴虐ぶりが嘘のような落ち着き払った様子に、署長も次第に冷静さを取り戻していく。

 

 そして話題は、この世界における「フリーザ」という存在について及んだ。

 

「実は……私たちの世界では、あなたのいらっしゃる宇宙の出来事は『ドラゴンボール』という漫画やアニメとして描かれているのです。つまり、大衆の娯楽として……」

 

 恐る恐る告げる署長だったが、フリーザは

 

「先ほどの警官たちもそう言っていましたね」

 

 と静かに頷いた。

 

「私の輝かしい宇宙支配の歴史が娯楽とは、少々業腹ではありますが……まあ、次元が違えばそういうこともあるのでしょう」

 

「は、はい……! あの、実を言いますと……!」

 

 寛大な態度を見せるフリーザに、署長はふと意を決したようにデスクの引き出しを開けた。

 

「私はまさにその『ドラゴンボール世代』でして……! なかでも、フリーザ様のことが、その、すごく好きでして……!!」

 

 興奮気味にまくしたてる署長の手には、色褪せた下敷きや、年季の入ったカードダス、そして精巧に作られた第一形態の小型フィギュアが握られていた。

 

「当時のグッズ、ずっと大切に持っているんです! あの圧倒的な絶望感、そして部下への丁寧な言葉遣い……まさに理想の上司であり、悪のカリスマとして、ずっと尊敬しておりました……!」

 

(……悪のカリスマ、理想の上司、ですか)

 

 かつて自分を打ち破った野猿どもからは憎悪の対象でしかなかったが、よもや別次元の地球人で、ここまで自分を熱烈に崇拝している者がいるとは。

 

「ホッホッホ……なるほど。私の魅力を理解しているとは、あなた、なかなか見どころがありますね」

 

(まんざらでもない。いや、案外悪い気はしない)

 

 そう思いながら、フリーザは自身のグッズを眺め、署長との他愛もない談義に花を咲かせた。宇宙の帝王と地球の警察署長が、アニメグッズを間に挟んで談笑する様は、なんとも奇妙で平和な光景だった。

 

 和やかな空気が流れる中、ふとフリーザが窓の外へ視線をやった時だった。

 

 眼下の道路を、車道を縫うようにして、凄まじいスピードで駆け抜けていく数人の少女たちの姿があった。一般の自動車など容易く置き去りにするほどの脚力。頭には獣の耳、腰にはふさふさとした尻尾が生えている。

 

「……おや?」

 

 フリーザは目を細めた。

 

「署長さん。そういえばわたくし、これまで宇宙の数多の星を旅して回っておりましたが……あのような種族を見るのは初めてです。彼女らは一体?」

 

 窓の外を見た署長は、オタク特有の早口になり、パァッと顔を輝かせた。

 

「ああ! 彼女たちは『ウマ娘』といいます! 身体能力は常人を遥かに凌駕していましてね!」

 

 署長は身を乗り出し、熱っぽく語り始める。

 

「彼女たちが競い合うレースは、もう世界中で大人気なんですよ! レースの後には『ウイニングライブ』というステージもあって……いやあ、私も週末はよくテレビにかじりついて応援してましてね! 実は最近の推しはですね――」

 

(ウマ娘……ただの人間しかいない退屈な星かと思いましたが、なかなか面白い生態系が根付いているようですね)

 

 署長の熱弁をBGMにしながら、フリーザの真紅の瞳は、興味深げに窓の外の残像を追っていた。

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