宇宙の帝王がウマ娘のいる次元に来る話   作:灯火011

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 トレセン学園の重厚な扉を開け、理事長室に足を踏み入れたフリーザは、極めて優雅に、そして紳士的なお辞儀をして見せた。

 

「初めまして、秋川理事長。わたくし、フリーザと申します。本日は貴校の素晴らしい施設を見学させていただきたく、参上いたしました」

 

「きょ、驚愕……ッ!」

 

 秋川やよい理事長は、目の前の存在が放つ、次元の違う圧倒的なプレッシャーに一瞬息を呑んだ。生物としての格の違いを肌で感じ取り、本能が警鐘を鳴らす。

 

 しかし、そこは数多のウマ娘たちを束ね、導くトレセン学園のトップである。彼女はすぐに持ち前の胆力を取り戻すと、バサァッと豪快に扇子を広げてみせた。

 

「歓迎! 異世界からの客人とは驚きだが、我が学園に隠し立てすることなど何一つない! 好きなだけ見ていくといい!」

 

「ホッホッホ。それは寛大なご処置、感謝いたしますよ」

 

「うむ! では、案内は頼んだぞ、たづな!」

 

 理事長室を後にしたフリーザは、たづなの案内で広大な敷地内を巡回した。

 

 芝、ダート、坂路と完璧に整備されたトレーニングコース。清潔で合理的な学び舎。そして心肺機能を鍛え上げるための巨大なプール。

 

(……ほう。これはよく出来ていますね)

 

 フリーザは内心で感心していた。かつて自身が統治していたフリーザ軍の惑星基地や、戦闘員たちの訓練施設と比較しても、ここは目的意識が極めて明確にデザインされている。闘争心を煽りつつも、決して壊れないように計算し尽くされた設備環境だ。

 

(先ほどの理事長とやら……あれだけの数の血の気を持て余した者たちを、暴走させることなく一つの方向へ束ね上げている。非常に指揮官として能力が高い。私の軍の幹部としてスカウトしたいくらいですよ)

 

 そんな物騒な評価を心の中で下していると、たづなが一つの大きな建物の前で立ち止まった。

 

「こちらが、屋内のトレーニングルームになります。主に筋力トレーニングや、基礎体力の向上に使われておりまして――」

 

 そう言って、たづなが扉を開けた瞬間。

 

――メシャァァァンッ!!

 

 という、およそスポーツ施設には似つかわしくない、分厚い金属が無理やり拉げ、軋むような重低音が室内に響き渡った。

 

 フリーザが視線を向けると、そこにはトレーニング機器に囲まれたフロアの中央で、一人のウマ娘が立っていた。

 

 彼女――ジェンティルドンナは、涼しい顔をして右手をぐっと握り込んでいる。そして彼女の掌の中では、本来であれば砲丸投げなどに使われるであろう『硬質な鉄球』が、まるで粘土か何かのように無惨にひしゃげ、指の形に沿って凹んでいくところだった。

 

「ふむ……今日の握力の仕上がりは、こんなところかしら」

 

 ジェンティルドンナは満足げに呟くと、原形を留めていない鉄の塊をゴトリと床に転がした。

 

「……おや」

 

 その光景を見たフリーザは、目を丸くしてパチクリと瞬きをした後、感心したように深く頷いた。

 

「あれは、鉄球ですね? なるほど、ただ走るだけかと思っておりましたが、あれほどまでの密度を持つ金属を素手で変形させるとは。ウマ娘のパワー、実に見事です。私の軍の下級兵士でも、あれほどの腕力を持つ者はそう多くありませんよ」

 

 宇宙基準の感心を示すフリーザ。しかし、隣に立つたづなの様子がおかしい。

 

 彼女は額にツーッと冷や汗を流し、引きつった愛想笑いを浮かべながら、両手をパタパタと振って訂正した。

 

「あ、いえ、フリーザ様。その……」

「ん? たづなさん、どうかしましたか?」

「誤解なきよう申し上げますと……普通のウマ娘は、鉄球なんて握りつぶせないんですが……」

 

「……はい?」

 

 フリーザは怪訝そうに首を傾げ、再びジェンティルドンナの方へと視線を戻した。

 

「……なるほど。普通のウマ娘はできない、と」

 

 フリーザはたづなの言葉に小さく頷くと、そのまま無言でトレーニングルームの中へと歩みを進めた。たづなが止める間もなく、宇宙の帝王は鉄球を転がしたばかりのウマ娘――ジェンティルドンナの背後へと静かに近づく。

 

「失礼。そこのお嬢さん」

 

 唐突な声かけに、ジェンティルドンナが振り返った。

 

 その瞬間、彼女の力強い瞳と、フリーザの冷酷な真紅の瞳が真っ直ぐに交差する。

 

(……この男)

(……ほう)

 

 言葉を交わすまでもなく、二人は互いの奥底にある本質を即座に直感した。

 

 種族も、生まれの星も、戦ってきた次元も違う。

 

 だが、ただ一つ。――他者を圧倒し、己の力のみで頂点に君臨しようとする『覇道を行く者』としての絶対的な覇気が、両者の間に火花のように散ったのだ。

 

「ウマ娘というのは皆、それほどの力を持っているのかと思いましたが……どうやら、あなたは特別な力をお持ちのようですね。私はフリーザ。貴女のお名前は?」

 

「ジェンティルドンナ、と申しますわ。フリーザ様。――ええ。私の前に立つ者は、全て……、道を譲る運命にあります」

 

 不敵な笑みを浮かべるジェンティルドンナ。彼女は目の前の異形の男から放たれる、底知れぬプレッシャーに全く怯む様子を見せなかった。むしろ、その未知の力に対する好奇心と闘争心が煽られているようだった。

 

「それはそうとしてあなた……見慣れない顔だけれど、随分と面白い気配を纏っていらっしゃいますわね」

 

 ジェンティルドンナは足元にあった、まだ誰も使っていない新品の鉄球を拾い上げると、挑戦的な笑みと共にフリーザの目の前に差し出した。

 

「どう? お試しになっては」

 

「ジェ、ジェンティルさん!? ダメですよ、その方は大切なお客様で――」

 

 慌てて止めに入ろうとするたづなを、フリーザは片手を上げてスッと制止した。

 

「ホッホッホ。いいでしょう。郷に入っては郷に従え、と言いますしね」

 

 フリーザは優雅な所作で、差し出された鉄球を右手の三本指だけで受け取った。

 

 ジェンティルドンナがじっと見つめる中、フリーザは顔色一つ変えず、ただ静かに指先へ力を込める。

 

 ジェンティルドンナが潰した時のような、金属が拉げる荒々しい音すら鳴らなかった。

 

 ただ、まるで熱した飴玉でも握り込むかのように、滑らかに、そして極めて暴力的な圧力によって、直径10センチ以上あった純ムクの鉄球が、一瞬にしてピンポン玉ほどのサイズにまで『圧縮』されてしまったのだ。

 

「……っ!」

 

 極限まで密度を高められ、高熱を発して赤く変色した鉄の塊。それをフリーザは、指先で弄ぶようにコロコロと転がし、涼しい顔で微笑んだ。

 

「いかがですか、ジェンティルドンナさん。 少々、力が入りすぎてしまったかもしれませんが」

 

 その、あまりにも優雅で圧倒的な力の片鱗を見せつけられ……ジェンティルドンナの全身が、かつてない高揚感で打ち震えた。

 

 恐怖はない。自分を上回るかもしれない純粋な「力」を前にして、彼女の闘争本能が歓喜の声を上げていた。

 

「……素晴らしい」

 

 ジェンティルドンナは目を細め、肉食獣が獲物を定めるような、ゾクッとするほどの熱を帯びた視線でフリーザを見据えた。

 

「ねえ、あなた。……一度、私と『力比べ』をしてみない?」

 

 宇宙の帝王に真っ向から力勝負を挑むという、あまりにも常軌を逸した提案。

 

 たづなが「ひっ」と短い悲鳴を上げて青ざめる中、フリーザは手の中の鉄球をポロリと床に落とし、最高に楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ええ……いいですよ。こちらに来てからは少しばかり、運動不足でしたからね」

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