グラウンドに、教官の鋭い怒号とウマ娘たちの荒い息遣いが響いていた。
「ペースを落とすな! 全員揃ってあと五周、一律で走り切るぞ!」
そこは、まだ専属のトレーナーがついていない、いわゆる「チーム未所属」のウマ娘たちが集まる合同練習の場だった。才能の原石たちは、いつか声をかけられる日を夢見て、教官が組んだ画一的な基礎トレーニングに汗を流している。
グラウンドの脇で、日傘をさした特別顧問――フリーザは、その光景を静かに、しかし鋭い眼光で観察していた。
(……ふむ。軍隊の基礎練としては悪くありませんが、いささか非効率的ですね)
数多の星を侵略し、多様な種族を適材適所で使い分けてきた宇宙の帝王の目には、彼女たちが抱える「歪み」が手にとるようにわかった。
「少し、よろしいでしょうか。教官殿」
「ヒッ……!? フ、フリーザ特別顧問……!!」
突如背後からかけられた丁寧な声に、教官は肩をビクッと震わせて振り返った。彼もまた、寮でフリーザの「伝説」を耳にしている一人である。
「ホッホッホ、そんなに怯えないでください。素晴らしい指導だと思い、拝見しておりました。……ただ、少しばかり気になる点がありましてね」
フリーザは日傘を畳むと、隊列から遅れ、息も絶え絶えになっている大柄なウマ娘を手招きした。
「そこの、栗毛のお嬢さん。少しお話を」
「は、はいぃっ……!」
怯えながら駆け寄ってきた彼女に対し、フリーザは極めて穏やかな声で問いかけた。
「貴女、走っていて足の筋肉がすぐに強張ってしまいませんか? それから、息を吐くのが極端に苦手でしょう」
「えっ……。あ、はい。どうしてそれを……?」
「貴女の太ももと蹴り出しの『パワー』、そして初速の『スピード』はなかなかのものです。しかし、心肺機能……つまり『スタミナ』への変換効率が著しく悪い。このまま画一的な長距離走を続けても、貴女の持ち味である爆発力はすり減るだけですよ」
ズバリと弱点と長所を言い当てられ、ウマ娘は目を丸くした。フリーザは彼女から視線を外し、隣で固まっている教官へと向き直る。
「教官殿。連帯感を生むための全体主義的な指導、私も嫌いではありません。ですが、彼女たちは規格化された戦闘員ではなく、個の才を競うアスリート。スピード、スタミナ、パワー、勝負どころで踏ん張る根性、そしてレース全体を俯瞰する知能……。一人一人、明確にパラメータの偏りが見受けられます」
フリーザは決して教官を見下すことはなく、むしろ、現場の指揮官としての敬意を払うように、静かに意見を求めた。
「先ほどの彼女の筋肉の付き方を見るに、スタミナ作りは水泳などの別メニューに切り替え、今は短距離の瞬発力に特化させた方が、より才能が開花すると思うのですが……日頃から彼女たちを見ている教官殿の目には、どう映りますか?」
頭ごなしに否定するのではなく、自らの分析を提示した上で、現場の教官に最終的な判断と花を持たせる。その完璧な気配りに、教官はハッとさせられた。
「おっしゃる……通りです。彼女は短距離路線を希望していましたが、私が基礎体力の底上げに固執するあまり……。すぐにメニューを再編します!」
「ええ、それがよろしいかと。指導者とは、部下の資質を正確に把握してこそですからね」
教官が深々と頭を下げるのを見て、周囲のウマ娘たちの瞳に恐怖とは全く違う、キラキラとした尊敬の色が宿り始めた。
■
フリーザのパーソナライズは止まらない。彼は次々とウマ娘たちに視線を向け、的確な指示を出し始めた。
「そこの貴女。フォームは美しいですが、終盤で集中力が切れる癖がありますね。ただ走るだけでなく、レース展開を読む『賢さ』が足りない。今日はグラウンドを離れ、過去のレース映像を三時間見込みなさい」
「そこの黒髪のお嬢さん。貴女は少々諦めが早すぎる。己の限界を超えるための『根性』を鍛える必要があります。あの巨大なタイヤを引いて、私のところまで全力でダッシュしてみなさい。……ホッホッホ、できますよね?」
ただ厳しいだけではない。何が足りないのか、どうすれば強くなれるのか。誰よりも自分たちの「適性」を見抜き、明確なビジョンを示してくれる異形の存在。
「す、すごい……私の脚質、一目見ただけで……!」
「フリーザ顧問の言う通りに走ったら、全然息が上がらない……!」
気がつけば、未所属のウマ娘たちはフリーザの周囲に群がり、熱心にアドバイスを求めるようになっていた。教官もまた、ノート片手にフリーザの指導論を必死にメモしている。
「ホッホッホ。順番に、慌てずとも逃げやしませんよ。……さあ、次はどなたですか?」
夕暮れのグラウンド。
そこには、かつて宇宙を恐怖で支配した悪の帝王ではなく、部下の才能を誰よりも愛し、的確に育成してのける『理想の上司』の姿が、夕日に照らされて輝いていた。